塩谷海岸のBBQと、魔王の大津波
八月の中旬。
北海道の短い夏が、その熱気を惜しむかのように小樽の街を強烈な日差しで焦がしていた。
抜けるような青空の元、スタイリッシュなフォルムのSUV――MAZDA CX-60が、海岸線に沿って伸びる国道を滑るように走っていた。
目的地は、小樽の中心部から車で西へ少し走った場所にある『塩谷海岸』である。
お盆休み前だというのに人も少なく、波も穏やかな穴場スポットだ。
「いやぁ、それにしても珠子の車はすごいな。あんなに大量の荷物が全部乗っちまうなんてよ」
助手席に座る大暮ヨウは、快適なエアコンの風を浴びながら、感嘆の声を漏らした。
魂がクレアの肉体に入ってしまって数週間。着慣れないTシャツの胸元が、巨乳のせいで窮屈そうに持ち上がっている。
運転席でハンドルを握る葉室珠子は、サングラス越しの涼やかな視線を前方に向けたまま、フッと微かに微笑んだ。
「これくらい当然だよ、ヨウ。裏の仕事では機材が多くなることもあるからね。収納力と走破性は車選びの絶対条件だったの」
「なるほどなぁ。エージェントってのも大変だな」
後部座席からは、すでにテンションが最高潮に達している妻の祭と、元魔王アイリーンの声が響いてくる。
「海! 海! 早く着かないかなぁ! アイリーン、海ってしょっぱいんだよ、知ってた!?」
「ハイ! 塩辛イ、水! 私、初メテデス! 海、楽シミデス!」
キャッキャとはしゃぐ二人の声に、ヨウは「子供かよ」とボヤきながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべていた。
やがて車は塩谷海岸の駐車場に滑り込んだ。
ドアを開けると、磯の香りを孕んだ夏の熱風が全身を包み込む。
目の前には、太陽の光を反射してキラキラと輝く群青色の海と、弧を描くような静かな砂浜が広がっていた。
「うおおぉぉっ! 海だぁぁぁっ!」
「ウミ! ウミ、デス!」
祭とアイリーンが、車の外に飛び出してバンザイをする。
「こらこら、お前ら! はしゃぐのはいいけど、まずは設営だ! 荷物運ぶぞ!」
ヨウがパンッと手を叩いて指示を出すと、珠子がCX-60のリアゲートを開けた。
大型のタープテント、パラソル、クーラーボックス、そして本格的な蓋付きのバーベキューグリルなどが、美しく詰め込まれていた。
「珠子、お前これ全部一人で用意したのか? 本格的すぎねぇか?」
「せっかくの海だもの。準備は万端に越したことはないでしょ」
四人で手分けして砂浜まで荷物を運び、まずは拠点となるタープテントとパラソルを設営した。
勇者レベル99のバカ力を持つヨウと、元魔王のアイリーンがいるため、重いペグ打ちやポールの組み立てなどは文字通り一瞬で終わってしまった。
ある程度機材のセッティングが完了したところで、ヨウは額の汗を拭い、祭とアイリーンに向かってポンと手を叩いた。
「よしっ! 大体の荷物は下ろしたな。……あとは俺がやっとくから、お前らはもう遊んでこい!」
「えっ、いいの!?」
「ああ。祭は昨日からずっと楽しみにしてたんだろ。アイリーンもしっかり堪能してこい」
ヨウの許可が出た瞬間、祭は「やったー!」と歓声を上げ、着ていたTシャツとショートパンツをバサッと脱ぎ捨てた。
その下には、昨日買ったばかりの深いグリーンのクロスビキニ。
若返りの魔法のおかげで、十代のように白く張りのある肌が夏の太陽の下で眩しく輝く。相変わらずのナイスバディだが、はしゃぐ姿はどこか無邪気だ。
「ヨウオネエサン! 私も、海、行キマス!」
アイリーンもまた、服をスルリと脱ぎ捨てた。
180センチの圧倒的な長身を包むのは、大人っぽい黒のホルターネックのビキニと透け感のあるパレオ。
深紅の髪とオッドアイが相まって、リゾート水着のモデル顔負けの危険な色気を放っていた。
「いってきまーす!」
水着姿になった二人は、浮き輪を片手に、寄せては返す波打ち際へとまっしぐらに駆けていった。
その背中を見送りながら、ヨウは隣でパラソルの下にクーラーボックスを配置していた珠子に声をかけた。
「珠子も行ってこい。せっかく海に来たんだ、遊ばないと損だぞ」
しかし、珠子はネイビーのタンキニ姿のまま、静かに首を横に振った。
「ううん。私は、準備が全部終わってから行きます」
「そうか? まぁ、火おこしとかは俺がやるけど……」
「いいの。……二人でやったほうが、早いから」
珠子はそう言って、少しだけ視線を逸らしながら、炭の準備に取り掛かった。
実は、珠子の心臓は今、早鐘のように打ち鳴らされていた。
(……ヨウと、二人きり)
クールな表情の裏側で、19歳の乙女心は激しく揺れ動いている。
ヨウは、高校時代の担任であり、珠子にとっての初恋の人だ。
当時は冴えない四十九歳のおっさんで、しかもすでに祭という妻がいた。
それが今、絶世の金髪美少女という姿に変わり、こうして目の前で一緒にバーベキューの準備をしている。
関係性も、かつての「教師と生徒」という壁から、「同年代のタメ口の友達」というフラットなものに変わった。
(それでも……やっぱり、私はヨウのことが好きなんだな)
炭に火をつけるヨウの横顔を見つめながら、珠子は密かに胸を焦がしていた。
「ヨウ」と呼び捨てにすると、かつての担任は「なんだ、珠子」と、あの頃と同じように、少し面倒くさそうで、でも限りなく優しい声で応えてくれる。
その事実だけで、珠子はたまらなく嬉しかった。
「珠子、どうかしたか? 顔が赤いぞ。熱中症か?」
「えっ? ううん、違うよ。……ただ、楽しいなって、思って」
珠子が素直な気持ちを口にすると、ヨウはバーナーの火を止め、ニカッと笑った。
「俺も楽しいよ。……でも、準備から運転から、全部お前に任せちまって悪かったな。俺が不甲斐なくてごめんな」
「……ヨウは、そのままでいいのよ」
珠子は、胸の奥がキュンと締め付けられるのを必死に堪えながら、冷静なフリをして言った。
「それより、このデカいお肉、今から焼いておかないとお昼に間に合わないわよ」
珠子がクーラーボックスから取り出したのは、厚さ五センチはあろうかという、巨大な塊肉だった。
「うおっ! なんだこの肉の塊!?」
「火加減は弱火にして、炭をグリルの端にまんべんなく広げるのよ。でお肉を中央に置いたら、蓋をして……あ、香りづけに、このスモークチップも入れて」
珠子の的確すぎる指示に、ヨウは目を丸くした。
「本格的だな。お前友達いないのに、どこでこんな技術覚えたんだよ?」
「相変わらず一言余計ね。……昨日、あれからYouTubeで本場アメリカンのBBQ動画を見て勉強してきたのよ」
「どんだけ楽しみにしていたんだよ!」
ヨウが笑うと、珠子も少しだけ照れくさそうに口角を上げた。
「ソースだって、自家製のものをたくさん作ってきたんだから」
「すげぇな、お前。……嫁力高すぎるだろ、珠子」
何気なくヨウがこぼしたその一言に、珠子の動きがピタリと止まった。
「よ、嫁……っ!?」
「ん? お前みたいなしっかり者が奥さんになったら、旦那は幸せだろうなって話だよ」
「〜〜〜っ! もう、ヨウのバカ!」
顔を真っ赤にしてそっぽを向く珠子を見て、ヨウは「なんだよ急に」と不思議そうに首を傾げた。
ふと、ヨウは珠子の顔を覗き込んだ。
「珠子、お前……よく見たら、目の下にクマがあるぞ。昨日、ソース作りとかで全然寝てないんじゃないか?」
「え? あ、ううん、ちょっと寝不足なだけだから」
「バカ言え。せっかくの海で倒れられたら困る。……じっとしてろよ」
ヨウは、スッと右手を珠子の額にかざした。
「『中級回復』!」
淡い黄金色の光がヨウの手のひらから放たれ、珠子を優しく包み込んだ。
瞬間、珠子の身体に溜まっていた筋肉のコリや疲労感が、嘘のようにフワリと消え去る。
「……すごい。一瞬で身体が軽くなった」
「身体の疲労は取れたはずだ。でも、睡眠不足の眠気までは魔法でも完全には消せねぇからな。後でちゃんと休めよ」
「相変わらず規格外ね、ヨウの力は。……ありがとう、ヨウ」
珠子は、心からの感謝を込めて、ヨウに向かってふんわりと、とびきり可愛い笑顔を見せた。
普段のクールなエージェントの顔からは想像もつかない、純粋で無垢な笑顔だった。
「……っ」
ヨウは、不意打ちのように向けられたその笑顔に、思わず心臓がドキッとするのを感じた。
(おいおいおい、四十九歳のおっさんが、元教え子に何ドキドキしてんだよ!)
ヨウは慌てて視線をそらし、頭を掻いて誤魔化した。
「お、おう。これで準備は終わりだろう。火の管理は俺がやっとくから、珠子も早く海行ってこいよ」
「……いいえ、大丈夫よ」
珠子は、自分のアップルウォッチを操作し、肉の焼き時間を計算してタイマーをセットした。
「よし、タイマーが鳴る時間までは、大丈夫だから。……ヨウも行くよ!」
珠子は、ヨウの右手を取ると、グイッと引っ張った。
「えっ? ちょ、おい! 俺は日陰にいるって言っただろ!」
「ダメ。海に来て海に入らないなんて、許しません」
珠子に手を引かれ、ヨウは渋々ながらも、太陽の下へと引っ張り出された。
***
「冷てぇっ! 北海道の海、やっぱ水冷てぇな!」
足首まで海水に浸かったヨウが、身をすくませる。
「アハハハハ! 陽、こっちこっち!」
少し沖の方では、祭が巨大なフラミンゴの形をした浮き輪にしがみつき、バシャバシャと激しく足を動かしていた。
だが、泳げない祭のキック力では、浮き輪は波に揺られるだけで、一向に進まない。
「マツリサマ! 私ガ、お手伝い、シマス!」
アイリーンが、腰まである海水を軽々と掻き分けて祭の元へ近づいた。
そして、浮き輪に乗った祭をフラミンゴごとヒョイッと持ち上げると、空高くポンッと放り投げたのだ。
「キャァァァァァァッ!!」
宙を舞う祭。
しかし、着水地点にはアイリーンが瞬動で先回りしており、見事に浮き輪ごとキャッチした。
「も、もう一回! アイリーン、もう一回やって!」
泳げない恐怖よりもスリルが勝ったのか、祭はキャッキャと大喜びでリクエストしている。
「こいつら、元気だな……」
ヨウが苦笑いしていると、隣で珠子がスイスイと綺麗なクロールで泳いできた。
「ヨウ、水、気持ちいいよ。……ねぇ、ちょっと悪戯しない?」
珠子が、小悪魔のような笑みを浮かべて、祭を指差した。
「祭さんを引っ張って、少し沖の方に置いてくる真似をするの」
「おっ、そりゃ面白いな! 祭のやつ、泳げないからガチでビビるぞ!」
ヨウと珠子は、海中を潜水し、祭の乗る浮き輪の真下へと忍び寄った。
そして、浮き輪のロープを掴むと、沖に向かって引っ張り始めたのだ。
「え? あれ? なんか急にすっごいスピードで進み始めたんだけど!?」
ザバァッ!
ヨウと珠子が海面から顔を出す。
「ひゃははは! 祭、じゃあな! 俺たちは岸に戻るから!」
「頑張ってね、祭さん!」
ヨウと珠子が手を振って、岸の方へ泳ぎ去るふりをする。
実際のところ、足は十分につく深さなのだが、波に揺られて錯覚した祭はパニックに陥った。
「えっ……? ちょっと、陽! 待って、冗談でしょ!? 私、本当に無理だからぁぁぁっ!」
祭の顔から血の気が引き、フラミンゴの首に必死にしがみつく。
「陽のバカァァァッ! 見捨てないでぇぇぇっ! うわぁぁぁぁんっ!!」
祭は、ガチ泣きを始めた。
「マツリサマァァァッ!! 今、助ケニ行キマスゥゥゥッ!!」
アイリーンが、凄まじい水しぶきを上げて猛ダッシュしてきた。
浮き輪にガシッと掴まると、怒りに燃えるオッドアイでヨウと珠子を睨みつける。
「ヨウオネエサン! タマコ! マツリサマヲ、泣カセルナンテ、ユルシマセン!」
「ご、ごめん祭! 足つくから大丈夫だってば!」
ヨウが慌てて謝るが、時すでに遅し。
アイリーンは、空いた片手で海面を強烈に叩いた。
ドッバァァァァァァンッ!!!
アイリーンのバカ力によって巻き起こった局地的な大津波が、ヨウと珠子を容赦なく飲み込んだ。
岸に打ち上げられたヨウと珠子は、砂まみれになって咳き込むことになった。
「バカ!陽……! 本当に怖かったんだからね……!」
まだ涙目でヨウの肩をポカポカと叩く祭。
「ごめんごめん、俺が悪かった。……ほら、そろそろお昼の時間だぞ」
ヨウがそう言うと、まるで図ったかのように、珠子のアップルウォッチが「ピピピピッ」と鳴り響いた。
「あっ、ご飯!」
その音を聞いた瞬間、祭とアイリーンの表情から怒りがスッと消え去り、満面の笑顔が咲いた。
食い気に勝るものはない。
***
タープテントの下には、珠子が用意した完璧なバーベキューランチが並べられていた。
巨大な塊肉は、表面が香ばしく焼け、ナイフを入れると中は美しいロゼ色のミディアムレアに仕上がっていた。
「うおおぉぉっ! すげぇ! マジで美味そうじゃねぇか!」
「オ肉! オ肉デス!」
ヨウとアイリーンが歓声を上げて肉に飛びつく。
「んん〜っ! お肉柔らかーい! 最高っ!」
祭は、焼きたての肉を頬張りながら、クーラーボックスから缶ビールを取り出し、プシュッと開けた。
「海で飲むビール、控えめに言って神だわ! ぷはぁーっ!」
「マツリサマ、私モ、ソレ飲ミタイデス!」
アイリーンも、ビールを受け取り一気に喉に流し込んだ。
「シュワシュワシテ、オイシイデス!」と笑っている。
「ヨウは飲まないの?」
珠子が、肉を切り分けながらヨウに尋ねた。
「いや、俺はいいよ。念の為な、誰か運転手が必要だしな」
ヨウは、麦茶の入ったコップを傾けながら答えた。
そして、ふと珠子を見てニヤリと笑う。
「珠子は、まだ十九歳だからな。お前が一緒に飲めるようになるのは、来年からだな」
「……そうだね」
珠子は、少しだけはにかむように微笑んだ。
「来年は、私が飲むから……帰りの運転は、ヨウがしてね」
「おう、わかったよ。任せとけ」
何気ない、未来の約束。
それが珠子にとっては、どんな高級な肉よりも甘く、心を満たしてくれる言葉だった。
***
食事を終え、ビールを飲んで満腹になった祭とアイリーンは、完全に遊び疲れた子供のように、目をこすり始めていた。
「ふぁぁ……なんだか、急に眠くなってきちゃった……」
「私モ……オ腹イッパイデ、眠イデス……」
船をこぎ始めた二人に、ヨウは苦笑しながら指差した。
「ほら、お前ら。テントの奥にコット(簡易ベッド)広げてあるから、あそこで寝てこいよ」
ヨウに促され、祭とアイリーンはテントの奥へと向かい、ゴロンと横になった。
一分も経たないうちに、二人は抱き合うようにして平和な寝息を立て始めた。
「こいつら、本当に仲良いよな。……アイリーンは俺の下僕のはずなのに、絶対、俺よりも祭のことの方が好きだよな〜」
「ふふっ。ヨウ、もしかして嫉妬ですか?」
残った皿を拭きながら、珠子がクスクスと笑う。
「ち、違うよ! なんかこう……少し悔しいだけだ!」
ヨウは金髪をガシガシと掻き回し、誤魔化すように後片付けのスピードを上げた。
「ほら、珠子。あとの片付けは俺がやっておくから、お前も休んでいろ! お前は働きすぎだ」
「えっ、でも……」
「いいから! 睡眠不足なんだから、ちゃんと寝とけ」
ヨウが強引に言うと、珠子は少しだけ迷った後、素直に頷いた。
「……そうね。じゃあ、お言葉に甘えて、ヨウに任せるね。私も少し休むわ」
珠子はテントの奥、祭たちの隣にあるもう一つのコットへと横になった。
魔法で疲労は取れていても、やはり眠気は残っていたのだろう。目を閉じるとすぐに、静かで規則正しい寝息を立て始めた。
一人残されたヨウは、手際よくバーベキューの片付けを終えた。
「ふぅ……終わった」
パラソルの下で一息つくと、心地よい海風のせいで、ヨウ自身にも急激な睡魔が襲ってきた。
「あー、俺も眠くなってきたな。……ちょっと仮眠するか」
ヨウは、タープテントの中へと潜り込んだ。
テントの中は三人の美女たちが眠っているせいで、女性特有の甘い匂いと日焼け止めの香りが充満していた。
(……おいおいおい、寝るスペースがねぇぞ)
コットは三つしかない。
ヨウが横になるためには、珠子のコットの端を少し分けてもらうしかなかった。
「悪い、珠子。少し詰めてくれよ」
ヨウは、そっと彼女の身体を奥へとずらそうと手を伸ばした。
しかし、テントの中の薄暗さと眠気で手元が狂ったヨウの手は、珠子の柔らかな胸の膨らみに、わずかに触れてしまった。
「……あぁっ……」
瞬間、眠っていたはずの珠子の口から、普段のクールな彼女からは絶対に聞けないような、甘く、官能的な声が漏れた。
「っ!?」
ヨウの心臓が、不意打ちを食らったように大きく跳ね上がった。
(ヤバいヤバいヤバい! 不可抗力だ! 俺は今は女の身体だ、同性同士なんだから問題ないはずだ!)
ヨウは己の動揺を抑え込み、なんとか祭たちと珠子の間にある、わずかな隙間に身体を滑り込ませた。
横になると、両側から女性の柔らかな体温が伝わってくる。
「……んん……陽……エッチしよう……」
突然、左側から祭の寝言が聞こえてきた。
「マツリサマ……ゴシュジンサマ……大好き、デス……」
アイリーンも、寝ぼけながら祭にすりすりと顔を押し付けている。
(こいつら、どんな夢見てんだよ……)
ヨウは顔から火が出るほど恥ずかしくなり、祭たちから顔を背けるように、右側――珠子の方へと寝返りを打った。
しかし、それが間違いだった。
寝返りを打った先には、いつの間にかこちらを向いていた珠子の顔があったのだ。
無防備な寝顔は、息を呑むほどに美しく、そして愛らしかった。
(……ダメだ。これ以上こんな至近距離にいたら、おっさんの理性が吹き飛びそうだ)
ヨウは、いたたまれなくなって立ち上がり、テントの外へ出ようとした。
しかし、その時。
「……んっ……」
寝ぼけた珠子の腕が、不意に伸びてきて、ヨウの腰をギュッと抱きしめたのだ。
「えっ……珠子!?」
立とうと思えば、勇者の力で簡単に振り解くことはできた。
しかし、ヨウは動けなかった。
珠子の身体から香る、潮風とシャンプーの混ざったいい匂い。
密着した肌から伝わってくる、穏やかな温もり。
それが、ヨウの胸の奥に不思議な安堵感をもたらしたのだ。
「……まぁ、少しだけなら、いいか」
ヨウは抵抗するのをやめ、珠子の腕の中で目を閉じた。
波の音が、心地よい子守唄のように響いている。
テントの中の熱気と、三人の女性の寝息に包まれながら。
四十九歳の魂を持つ美少女勇者は、いつしか深い、平和な眠りへと落ちていった。




