夜明けの悪霊退治と、ニセコの要石
夏の終わりの涼風が、まだ薄暗い小樽の街を静かに撫でていた。
午前五時。観光客の姿もまばらな運河沿いの石畳を、朝靄が白い蛇のように這っている。
大暮陽――現在はレベル99の絶世の金髪美少女勇者・クレアの肉体を持つ四十九歳のおっさんは、アパートの前に立ち、小さく欠伸を噛み殺した。
「……ふわぁ。にしても、早すぎねぇか、朝五時って。俺、これでも元・高校教師なんだけどな。部活の朝練より早いぞ……」
鈴を転がすような、甘くエロティックな声が朝の空気に溶ける。自分の声だと分かっていても、未だに背筋がむず痒くなる。
着ているのは、妻の祭が先日札幌の百貨店で見立ててくれた、白いオーバーサイズのパーカーに、スキニーデニム。
一七五センチのモデル体型と、パーカーの上からでも分かる暴力的なまでの巨乳を包むには、いささか窮屈だった。
ブルルルルルッ……。
静寂を破り、重厚なエンジン音と共に一台のSUVが路地に滑り込んできた。ソウルレッドクリスタルメタリックのボディが、街灯の光を反射して艶かしく光る。マツダCX-60。
直列六気筒ディーゼルの力強い鼓動が、アスファルトを微かに震わせている。
スモークガラスの窓がスィーッと下がり、運転席から凛とした声が響いた。
「おはようございます、先生。……いえ、ヨウさん。お待たせしました」
黒髪のストレートロングヘアを揺らし、涼やかな視線を向けてきたのは、葉室珠子だった。十九歳。古神道結社・八咫烏のエージェントであり、現代日本の裏社会における腕利きの実力者。
白の小袖を思わせるデザインのブラウスにタイトな黒のパンツという機能的な私服姿だが、細身でありながらも幼い頃から鍛え抜かれた機能美を感じさせるプロポーションは、朝の光の中でも目を引くほど美しい。
「おう、珠子。早いな。わざわざ迎えに来てもらって悪いね」
「気にしないでください。私の仕事に巻き込んでしまったのはこちらですから。さあ、乗ってください」
ヨウが助手席のドアを開けて乗り込むと、CX-60の車内には新しいレザーの香りと、珠子から漂う微かな柑橘系の香水の匂いが混ざり合っていた。
「おっ、いい車だな。乗り心地も最高じゃねぇか」
「ありがとうございます。裏の仕事で山道を走ることも多いので、走破性と居住性で選びました。……シートヒーター、入れますか?」
「いや、大丈夫だ。俺のこのチート身体、寒さにも滅法強いみたいでな」
珠子はほんの少しだけ口元を綻ばせると、シフトレバーを操作し、アクセルを滑らかに踏み込んだ。
CX-60は静かに、しかし力強く小樽の市街地へと走り出す。
「で、今日は具体的に何をするんだ?」
ヨウが助手席でシートベルトを締めながら尋ねると、珠子はハンドルを握ったまま、前方から視線を外さずに答えた。
「私の本来の任務です。私は現在、北海道の後志地区全体を任されています。主な仕事は、神社仏閣、古い遺跡、そして霊の溜まり場などの霊脈の管理と維持。簡単に言えば、定期的なパトロールと、湧いて出た害虫(悪霊や怪異)の駆除ですね。今日は小樽市内から南下しつつ、三〜四ヶ所ほど巡回する予定です」
「なるほどな。裏社会の環境衛生局みたいなもんか。で、俺はそのアシスタントってわけだ」
「陽さんは、私のサポート……というよりは、見学気分で構いません。現代日本の怪異のレベルを把握していただくのが目的ですから」
車は、まだ眠りについている小樽の飲み屋街、花園地区へと入っていった。細い路地、昭和の面影を残すスナックの看板が連なるエリア。
キキッ、と。
ある古びた雑居ビルの前で、CX-60が静かに停止した。
「……着きました。ここが一つ目のポイントです」
珠子の声が、少しだけ一段低く、冷たい仕事のトーンに変わる。
ヨウがフロントガラス越しに目を凝らすと、碧眼の勇者の視覚が、常人には見えない禍々しい瘴気をはっきりと捉えた。
雑居ビルの壁面やアスファルトの隙間から、黒いコールタールのようなヘドロがドロドロと溢れ出している。
そのヘドロの中から、無数の人間の手や、苦悶に歪む顔のようなものがボコボコと浮かび上がっては消え、這いずり回っていた。
「うげぇ……。朝っぱらから趣味の悪い光景だな。あいつらが悪霊ってやつか?」
「はい。夜の街の欲望や絶望、未練が吹き溜まって実体化した悪霊の群れです。放置しておくと人間に憑依して事故や事件を引き起こすので、定期的に祓う必要があります」
珠子はシートベルトを外し、ドアを開けようとした。
「私が結界を張ってから、符術で一掃します。ヨウさんは車内で……」
「いや、待てよ。俺も手伝うって言っただろ。俺がサクッとやっちまうよ」
ヨウは助手席のドアを開けて外へ飛び出した。早朝の冷たい空気の中、ヨウは雑居ビルの前に立ち塞がる。金色の長い髪が朝風に舞い、モデル体型のシルエットが圧倒的な存在感を放つ。
「キシャアアアアッ!!」
ヨウの強大な生命力と魔力を感知したのか、無数の悪霊たちが一斉に這いずりながらヨウへと殺到してきた。地面を覆い尽くすほどの黒い波。
ヨウはスッと息を吸い込み、右手を前にかざした。
(よし、一発カッコよく魔法で浄化してやるか。えーと、魔法名は……『エターナル・ホーリー……』なんだっけ? くそっ、頭の中にスキル名が何千個も浮かんでくるけど、どれが光魔法か分かんねぇ! カテゴリー検索機能くらいつけとけよ!)
ポンコツな初心者プレイヤー状態のヨウは、迫り来る悪霊を前にコンマ数秒で魔法の使用を諦めた。
「ええい、めんどくせぇ! 俺にはこれしかねぇんだよ!」
ヨウは右の拳をグッと握り込み、現世で培ったボクシングのフォームで、地面に向かって思い切り拳を振り下ろした。
ズドゴォォォォォォンッ!!!
物理的な打撃に、勇者の規格外の魔力と神聖なオーラが強引に乗せられた「ただの神聖ゴリ押しパンチ」。
拳がアスファルトを砕いた瞬間、凄まじい純白の衝撃波が爆発し、這いずり回っていた悪霊たちは文字通り一瞬にして塵一つ残さず消し飛んだ。
「……よし。こんなもんか。魔法名なんて叫ばなくても、オーラ纏って殴ればどうにでもなるな」
ヨウは自分の右拳をポンポンと払いながらボヤいた。
背後で、珠子がぽかんと口を開けて固まっていた。
「えっと……ヨウさん。今の、魔法……ではなく、ただの物理打撃ですよね……?」
「おう。魔法は種類が多すぎて使いこなせねぇから、合気とかボクシングの動きに力任せにオーラを乗せただけだ。まぁ、今回はこの程度の低級な小物ばかりだったから、ワンパンで済んだな。大したことなくて助かったぜ」
ヨウはそう言って笑ったが、心の中では冷や汗をかいていた。
(いかんいかん。今回はたまたま相手がザコだったから物理で何とかなったけど、もし実体がないようなヤバい怪異が出たらどうするんだ。俺は現世じゃただのおっさんだぞ。俺TUEEEなんて器用な真似、慢心してたらそのうち絶対痛い目を見る。ちゃんと魔法を検索して、使えるように訓練しとかねぇと……)
「……流石はヨウさんですね。現代日本の裏社会の常識が全く通じないということが、よく分かりました」
珠子は小さくため息をつき、頭を抱えるような仕草をした。しかし、その黒い瞳の奥には、ヨウの圧倒的な力に対する隠しきれない尊敬の念が揺らめいている。
「次、行きましょうか。今日の巡回ルートは、最終的にニセコ火山群の麓にある霊脈の要石をチェックする必要があるので、小樽からどんどん南下していきます」
「おう。なぁ珠子、次の場所に行くまで、ちょっと車内で魔法の練習というか、整理をさせてくれ」
再びCX-60に乗り込むと、ヨウはスマートフォンを取り出した。
「整理、ですか?」
「ああ。頭の中に魔法のリストが山ほどあるんだけど、名前を見ただけじゃ効果がさっぱり分かんねぇんだよ。だから、思い浮かぶ単語を片っ端からスマホのメモ帳に打ち込んで、後で実際に試して効果を確認しようと思ってな。エクセルで管理できれば一番いいんだけどよ」
ヨウは四十九歳のおっさんらしく、美少女の顔で眉間にシワを寄せながら、人差し指でポチポチと不器用にフリック入力を始めた。
「なるほど……。圧倒的な力に驕らず、地道な努力を怠らない。やっぱりヨウさんはすごいです」
珠子は感心したように頷き、CX-60を走らせた。
次の巡回ポイントは、小樽市郊外にある山奥の廃寺だった。
ここにも低級の悪霊がわんさかと溜まっていたが、ヨウにとっては絶好の「魔法の実験場」だった。
「よし、まずは短くて覚えやすそうなヤツからだ。……『ピュリファイ』!」
ヨウが掌を前に向けて呟くと、ポワァァンと柔らかな白い光が放たれ、前方数メートルにいた数匹の悪霊が浄化されて消えた。
「おお、出た出た。これは小規模の浄化魔法だな。威力は低いが使い勝手がいい。メモメモ、と……」
ヨウはスマホを取り出し、「ピュリファイ=前方小範囲の除霊・威力小」と打ち込んだ。
「じゃあ次は……『ホーリー・レイ』!」
ビームのような閃光が一直線に伸び、廃寺の壁をぶち抜いて悪霊を一掃した。
「うおっ、これは直線貫通系か! 威力は高いけど、市街地じゃ危なくて使えねぇな。メモメモ……」
珠子は、その恐るべき神話級の魔法をまるでゲームの検証作業のようにポチポチとスマホに記録していくヨウの背中を見つめていた。
(先生は……いえ、陽さんは、やっぱりかっこいい。見た目が私よりずっと綺麗な女の人になっちゃっても、真面目で、少し不器用で、いざという時は頼りになる……)
廃寺の次は、古いトンネル、そして山道の祠。
ヨウは珠子のナビゲートに従いながら、出現する低級な怪異を相手に地道な魔法の検証とメモ取りを続けた。
時折、「うわっ、この『ホーリー・エクスプロージョン』ってやつ、範囲広すぎだろ! 危うく祠ごと吹き飛ばすところだった!」とボヤいては、珠子に「気をつけてくださいよ」と呆れられながらも、二人の連携は驚くほどスムーズだった。
珠子の的確なナビゲートもあり、予定していたルートは午前中のうちに全て完了してしまった。
車窓を流れる景色は、緑豊かな山道へと変わっている。CX-60は国道393号線を抜け、ニセコパノラマラインの美しいワインディングロードへと差し掛かっていた。
右手に羊蹄山の雄大な姿を望みながら、車内にはカーオーディオから流れる静かなジャズが響いている。
「これで本日の業務は全て終了です。要石のチェックも問題ありませんでした。お疲れ様でした、ヨウさん」
「お疲れ。いやぁ、珠子の案内がスムーズだったからあっという間だったな。俺も魔法のリストが少しだけ整理できて助かったぜ」
ヨウがスマホをポケットにしまいながら伸びをすると、運転席の珠子は、ハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。
チラリ、と。
珠子の視線が、助手席のヨウへと向けられ、そしてすぐに前へと戻る。彼女の白い頬が、ほんのりと朱に染まっていた。
「あの、ヨウさん」
「ん? どうした?」
「今日の仕事、予想以上に早いペースで終わってしまったので……時間が、かなり余ってしまいました」
「そうだな。昼飯食って帰るか?」
「それもいいですが……。ここからなら、蘭越の温泉が近いです。五色温泉、という場所なんですけど」
珠子は少し早口になりながら、前を向いたまま提案した。
「ヨウさん、慣れない魔法で頭も使ったでしょうし。もしよろしければ……温泉に、寄っていきませんか?」
その声には、普段のクールなエージェントとしてのトーンとは違う、年相応の女の子らしい緊張感が滲んでいた。
「温泉! いいなそれ! 俺、あそこの硫黄の匂いが強烈な濁り湯が好きなんだよ。行こうぜ、珠子!」
ヨウが無邪気に賛同すると、珠子の顔がパッと明るくなり、小さく「はい」と頷いてアクセルを踏み込んだ。
ニセコアンヌプリの麓、標高750メートルの山中にある五色温泉。
到着した駐車場には、強烈な硫黄の香りが立ち込めていた。木造のひなびた温泉宿の佇まいは、四十九歳のおっさんの魂にはたまらなく郷愁を誘う。
入浴料を払い、のれんをくぐって脱衣所へ向かう道すがら、ヨウはふと立ち止まり、後ろを歩く珠子を振り返った。
「なぁ、珠子」
「はい、何ですか?」
「……今更だけどよ。俺、中身は四十九歳の元・高校教師のおっさんだぞ。お前に裸見られても、本当に大丈夫なのか?」
ヨウは、少しだけバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「俺のこの姿は絶世の美女だけど、魂はおっさんなんだ。珠子みたいな、スタイルが良くてすげぇ美人な女の子と一緒に入ったら、意識してなくても、ついエロい目で見ちゃうかもしれないぞ? これはもう、オスとしての本能だから仕方ないんだぞ! わかってるのか?」
ヨウの不器用な気遣いと、開き直ったようなボヤキ。
それを聞いた瞬間、珠子は驚いたように目を丸くし、それから、恥ずかしさを誤魔化すようにフイッと顔を背けた。
「……美人って言っていただけるのは、素直に嬉しいです」
珠子は俯き加減になりながら、小さな声で呟いた。
「それに……そういう、目で見られるのも……嫌じゃ、ないです」
声は後半になるにつれて尻すぼみになり、珠子の耳まで真っ赤に染まっていた。
「え? なんか言ったか?」
「い、いえ! 何でもありません!早く入りましょう!」
珠子はヨウの背中をグイグイと押し、脱衣所へと急かした。
脱衣所で服を脱ぎ、内湯のドアを開けると、乳白色の濁り湯から立ち上る湯気が視界を白く染めていた。
平日の昼前ということもあり、広い浴場には誰の姿もなく、完全な貸切状態だった。
「おおーっ、これこれ! この匂い! たまんねぇな!」
ヨウは洗面器で掛け湯をすると、ザブンと一番大きな湯船に浸かった。
「ぷはぁーっ……! 極楽だわ。やっぱ温泉はいいなぁ」
大きく息を吐き、首までお湯に浸かるヨウの姿は、見事な金髪と、お湯の中で揺れる規格外の巨乳が、その光景をこの世のものとは思えないほどエロティックな絵画に変えていた。
「お待たせしました……」
少し遅れて、珠子がタオルで身体を隠しながら湯船に近づいてきた。
ヨウは、お湯の中から珠子の身体をまじまじと見つめた。
葉室珠子の身体には、無駄な脂肪が一切ない。幼い頃からの修練で鍛え抜かれた筋肉質。だが、それは見せる筋肉ではなく、戦うためだけに洗練された極限の機能美だった。
それでいて、決して大きすぎはしないが、バランス良くしっかりと主張している胸とお尻。
白い肌が湯気の中でほんのりと桜色に染まり、黒髪が濡れて首筋に張り付いている。
「……思わず見惚れちまうな。綺麗だ、珠子」
ヨウは、素直な感嘆の声を漏らした。
その言葉に、珠子は内心でガッツポーズをして大喜びした。心臓が早鐘のように打ち、顔が茹でダコのように赤くなる。
しかし、彼女の生来のクールな性格が、素直に喜ぶことを邪魔した。
「……先生の方が、ずっと綺麗ですけどね。嫌味ですよ」
珠子はタオルを置き、ちゃぷんとヨウの少し離れた場所にお湯に浸かりながら、わざと拗ねたように唇を尖らせた。
「ば、バカ、嫌味なわけねぇだろ」
ヨウは困ったように頭を掻き、そして、少し真面目な顔になって珠子を見つめた。
「珠子。……これからは、『先生』って呼ぶのは無しだ」
「え……?」
「戸籍上は、『大暮ヨウ』。カタカナだけど、前の大暮陽とは別人なんだよ。この身体の年齢も、十九歳の珠子とほぼ同じ二十歳だ。だからこれからは、ヨウと呼んでくれ」
ヨウは、お湯の中で自分の白い手をギュッと握りしめた。
「先生じゃなくて、同年代の友達として……呼び捨てで呼んでくれ。俺も、珠子って呼び捨てで言うからさ」
お湯につかりながら、真剣な眼差しで語りかけるヨウ。
その言葉は、珠子にとって、先生と生徒という越えられない壁を取り払ってくれる、魔法の言葉だった。
珠子は、胸の奥が熱くなるのを感じながら、お湯の中でモジモジと指を絡めた。
「……ヨ……。ヨウ」
「おう、それでいい!」
ヨウがニカッと満面の笑みを見せる。
珠子は、嬉しさを噛み殺しきれず、ふにゃりと頬を緩ませた。
「じゃあ〜……ヨウも、もう少し女っぽく話さないとダメですね。見た目と中身のギャップがすごすぎます」
「うっ……。それは難しいな〜。現世のおっさん歴が長すぎて、染み付いちまってるんだよ。まぁ、そのうちな」
「ダメダメです。今日から特訓ですね」
二人は湯煙の中で、声を上げて笑い合った。
珠子は、お湯の下でそっと手を伸ばし、ヨウの白い手をギュッと握った。
「な、なんだよ急に」
ヨウが戸惑うと、珠子は悪戯っぽく微笑んで、何も言わずにヨウの手を強く握り返した。
ヨウは、美しい珠子に手を握られ、なんか無性に恥ずかしくなってきた。中身はおっさんなのに、心臓がドキドキしている。
珠子も内心は恥ずかしさで爆発しそうだったが、照れてモジモジしているヨウの姿が、たまらなく可愛くて愛おしかった。
「お、俺、あっちの湯船にも入ってみるわ!」
いたたまれなくなったヨウは、逃げるように手を離して立ち上がり、隣にある少し小さめの湯船へと移動した。
「あ、ヨウ! そっちは源泉掛け流しで、一番熱い……」
珠子が止める間もなく、ヨウはザブンと勢いよくその湯船に飛び込んだ。
「あっちぃぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!!」
五色温泉名物の、激熱風呂。
ヨウはレベル99の身体の意地でしばらくは我慢しようと踏ん張ったが、顔を真っ赤にして必死の形相で湯船から飛び出した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……! 殺す気か、この温泉!!」
お湯に浸かっていた下半身から胸のあたりまでが、見事に真っ赤に茹で上がっている。
「ふふっ、あははははっ! だから言おうとしたのに!」
珠子は腹を抱えて笑い転げ、備え付けの洗面器で、茹でダコになったヨウの身体に冷たい水をかけてやった。
「ひゃうっ! 冷たっ! 珠子、お前わざとやってるだろ!」
「わざとじゃありませんよーだ」
夏の終わりの静かな温泉宿に、二人の明るい笑い声がいつまでも響いていた。




