適材適所
あれから数週間後。
コンラッド王子は、北方へ向けて旅立った。
王城の正面からではなく、裏門からの出立だった。
お付きの者は僅かである。
幼い頃から仕えている側近が一名、そしてベアトリーチェと専属侍女が一名。
見送りもヴィクトワール王妃と、新たに王太子となったヴィクトリア王女、第二王子のランスロットのみだった。
「ミシャ公爵、道中お気をつけて。」
ヴィクトリアは頭を下げた。
「……王太子殿下も、どうかお身体にお気を付けて。」
ヴィクトリアは一瞬、目を見開いたが直ぐに姿勢を戻した。
「コンラッド。公爵としての務めを忘れぬように。」
「はい。」
ヴィクトワール王妃もそう声を掛けた。
「ランスロット……徹夜ばかりするんじゃないぞ。」
「善処します。」
御者が出立の時刻を知らせに来た。
「では、皆様。お元気で。」
コンラッドは馬車へと乗り込み、ドアが閉まった。
そして、北方王領へ向かって、馬車は動き出した。
ヴィクトワール王妃たちは、馬車が見えなくなるまで見送った。
「……私たちも戻りましょうか。」
「はい。」
王宮へ戻っている道中、ヴィクトリアは今まで疑問に思っていた事をランスロットに問う。
「ねぇ、ランスロット。王太子の地位は私になったけど……。本当に良かったの?」
すると、ランスロットは肩を竦める。
「研究の時間が無くなりますから。
現在、恒星観測の継続実験をしておりますので、王太子になりますと観測時間が著しく減少し──」
ヴィクトリアは「また始まった……」という顔をする。
「要約すると?」
「王太子としての公務と研究の両立なんて無理ゲー。」
「……貴方らしいわね。」
「それに、姉上の方が王太子に向いてます。」
「まぁ、それは否定しないけど……。」
笑い合いながら、宮殿へと戻って行った。
コンラッドとベアトリーチェが旅立った日。
学園ではある沙汰が言い渡されていた。
積極的に噂を流していた上位貴族たちには、一週間の停学が言い渡された。
集められた生徒たちは、顔を青ざめ、直ぐに反論した。
「そんな!」
「ただの噂じゃないですか!」
「そんな事で停学ですか!?」
生徒たちの反論に、学園長は眉を僅かに釣り上げる。
「たかが噂?そんな事?
……あなた達、自分の立場を分かっているのですか?」
有無を言わさない声圧に黙ってしまう。
「あなた達、高位貴族は下位貴族、または民たちの模範にならなければなりません。
あなた達は"秩序"の頂点に組み込まれている人間です。
面白おかしく流した噂で、どうなりましたか?」
誰も何も言い返せない。
「噂の真相を確かめもせず、面白おかしく話を広げた結果、王太子の交代、学園内の秩序の乱れ……そして、ある特定の生徒の評判を落としたのです。
己の言葉に力がある、という事を今一度見つめて直しなさい!」
学園長は力強く言い放った。
噂に関わっていない生徒達は、全校集会として、大講堂に集められた。
副学園長が全生徒を見渡す。
「国王陛下より、御言葉を頂いております。」
副学園長は、一枚の紙を広げる。
「此度の騒動を受け、皆それぞれ思うところがあるだろう。
だが、己らが面白おかしく話していた噂話で結果どうなったかを改めて考えてみてほしい。
貴族は特権にあらず。責任である。
上位貴族は己の発言に力があるという事を、下位貴族は噂に流されぬよう、今一度自分たちの立場を改めて考え直すように。」
副学園長が読み終えると、大半の生徒たちは俯いていた。
「国王陛下の御言葉の通りです。
今一度、自分たちの"立場"というものを、理解してください。」
全生徒は一斉に頭を下げた。
騒動から、早くも1年半が経った。
ヴィクトリアの立太子に関する儀式、式典は全て終了した。
各国からは相変わらず、ヴィクトリアへの縁談が殺到している。
官僚たちは疲弊し切っており、ヴィクトリアの側近たちも目を逸らせた。
ヴィクトリアは腕を組んで考えて……ゆっくりと呟いた。
「最低条件は、胃が頑丈な方ね。」
官僚や側近たちは顔を上げる。
「私の仕事量を見て、倒れない人。
モヤシじゃダメよ。これで……半分ぐらいには絞れない?」
後ろに控えていたヴィクトリア付き女官となったゾフィーが一歩前に出る。
「でしたら、帝国の第四皇子殿下と、公国の第六公子殿下は適任でしょう。
それから、辺境伯家の次男殿、侯爵家の三男殿もおすすめです。」
あれ?なんで、ゾフィーおるん?と思ったでしょ?
ヴィクトリアが熱望して、ゾフィーを女官に迎え入れたんだよ。
ゾフィーもゾフィーで「せっかく、王妃教育受けましたもの。身に付けた知識やマナーは活かしませんと!」とあっさり了承。
現在、バリバリのキャリアウーマン街道を爆走している。
「ヴィクトリア殿下、失礼いたします。」
侍従が報告書を片手に執務室に入ってきた。
「北方のミシャ公爵より、『熊による農作物の被害が深刻である。熊の生態に詳しい専門家の意見を聞きたいから紹介してほしい。』と連絡がございました。」
報告書をめくるヴィクトリアの顔は真剣だ。
「……アカデミーで熊の生態に詳しい教授にアポを取って。旅費、研究費は王家が負担します、と伝えて。」
「はっ。」
侍従は一礼すると、足早に執務室を後にした。
ヴィクトリアは次の書類へ手を伸ばす。
「次は?」
「帝国との交易協定案です。」
「先に外務省との合同会議ね。」
「承知いたしました。」
「午後は?」
「南部の水害対策会議、その後に新任官僚の任命式でございます。」
「分かったわ。」
ゾフィーは淡々と手帳へ予定を書き込む。
「その後、夜は外交使節団との晩餐会です。」
「……今日は帰れるかしら。」
「無理ですね。」
「無理か〜……。」
ヴィクトリアは苦笑した。
執務室には書類が積み上がっている、各地から届く報告書。
外交文書、予算案、災害報告、その他多数……。
王太子の仕事は、今日も山積みだった。
だが、誰一人文句を言わない。
それが、自分たちの責務だからだ。
窓の外では、王都の鐘が静かに鳴り響く。
今日もまた、この国は動いている。
それぞれが、自分に相応しい場所で、その責務を果たした。
――これぞ、適材適所である。




