懐旧への一歩②
「休み時間は、たまに遊んだじゃん」
「クラスのみんなとな」
「何していたか覚えてないけど」
「ドッヂボールとか?」
「ドッヂボールね・・よくやってたわ」
「強かったじゃん。男子と混ざって渡り合ってたし」
「運動神経は良かったからね」
「鬼ごっことか。確かに足早かったな」と付け加えて後悔すると、彼女はその後ろ髪を逃すまいと、口角が上がる。
「そうね、いつもあんたすぐ捕まえられるから一番最初に狙ってたわ」
「うるさい」
ケタケタと笑う彼女。
「普段あまり笑いも怒りもしないのにあんたの悔しそうな顔を見るのがおかしかったのを覚えてる。懐かしい」
「趣味悪すぎるだろ。大体何やってたかも覚えていないのに俺の嫌なことだけは覚えているんだな」そう言い返しても、聞く耳も持たないほどに笑う彼女。本当に懐かしい。ともはや邪気などないその笑い方を見ては一瞬で時間が戻る感覚が込み上げて来た時、「本当に。懐かしい」そう、落ち着きを取り戻した彼女も呟いた。
彼女と見た景色は、何もかも全てが懐かしい。十年。たった十年かもしれないけれど、齡二十年そこらの若者にとっては、その十年前の景色は、浸るには十分なものである。
「毎日、ほとんど毎日帰っていたもんね」
「そうだったか?」少し惚けたフリをする。
「そうだよ。必ず、下駄箱抜けるとあんたがいたから」
「その、俺が一緒に帰りたいから帰ってたみたいなのやめろよ」
「違うの?」にやけて、顔を覗き込んでくる彼女。
「違う・・だろ」その仕草に思わず仰け反り、たじろいだ言葉が出る。
「ふーん」そう、彼女は勝ち誇ったような顔で続けて口を開く。
「そっかぁ。中学生になっても。クラスが変わっても。私が休んで他の子に教えても
うまで待っててくれたりもしたのに?」
「知らないな」
本当に知らない。『待つ』という感覚で、下駄箱前にいた記憶は、俺は知らない。
ただ、いつの日か。いつの日からか、下駄箱の前に一人で立つ時間は当たり前のものになっていて。それは、チャイムが鳴れば自然と教室に戻るように。給食のメニューにデザートがあるとつい心が躍るように。
俺の生活の一部で、自然で当たり前の風景。当たり前だから、その風景をあまり覚えていない。
きみがどんな服を着ていたかとか。きみと何を話していたかとか。何にも覚えていない。けれど、隣にきみがいたこと。四季を巡りあの道を歩いたこと。きみの笑っていた顔は、鮮明に覚えている。
そんなこと、きみに言えやしないけれど。
「そんな照れなくてもいいのに」
「照れてなんかない」
照れていたつもりなんてこれっぽっちもないのに、そう言う彼女。それ以上は詮索してこないことが余計にひっかかるものの、きっと今、笑っているであろうその顔を見られずに、偶然通りかかる飛行機雲を何気なく目で追う。
十年分の十分
「じゃんけんで負けた方がジュースね」なんて、幼少期もやったことのないノリを今初めてやってみた二人。当然、俺が負けて、少し離れた自販機で自分と彼女の分を二本買って戻る。
「ありがとう」
「あいよ」
プシュッと炭酸の抜ける音が二人分鳴る。
「というかさ、昔の話ばかりでつまんないよ」喉を潤わせるや否や、勢いよく話題を展開する彼女。
「そうかな?」
「懐かしさに浸ったってね。時間を動かさなきゃ」
止まったままでも、俺は良いんだけれども。
「じゃあ、なんだ。最近何にハマってる?」
「うわっ」
「もう、俺から質問などしない」
「ごめんごめん。嘘だよ」
咄嗟に出たその低い声は、嘘ではない何よりの証拠だった。遠くを見つめる俺に対し、拝んでくる彼女を知らんぷりで缶ジュースを口に運ぶ。
「えっとね、最近は、編み物かな」
「ほえー」と気の抜けたような返事が癇に障り睨まれる。
まだ不機嫌なのは俺の方だって。
確かに関心のなさそうな返事をした自覚はあるものの、実際はその逆で。
「いや、まだ編み物やってたんだなと」
「まだ?」顔が歪み始める彼女に間髪入れず答える。そう鍛えられている。
「いや、小学生の頃から編み物やってたじゃん」
より詳細に答えたつもりだけど、怪訝な表情は未だ変わらず。
「・・・誰と勘違いしてんの。私、編み物なんてここ最近始めたんだけど」
睨みの限界値を突破し始め、この状況は、どんな巧妙な言い訳も。どんな論破王でも打開できないことも知っているので、静かに目を瞑り、拝むことにした。
「勘違いだったようです」
「ん、だから誰。私の知ってる人?なんか貰ったとか?」
静けさ故の恐怖。冷たい空気で身が震えるというのは、よく出来ているなと。本当に怖いものというのは、冷たくて、静かなものなのだと、数分間の冷酷な視線の下、彼女からの問い詰めによりよく学ぶことができた。
これからの十分




