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懐旧への一歩  作者: 北原たつき


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懐旧への一歩①

「取られたか」


 舌打ちと一緒に発せられたその言葉の意味を頭の中で探るけれど、これと言って理由が見つからない。

「取られたって何が」

「別に、大したもんじゃないよ」そうカーディガンの袖口で口元を覆う。

 大したものじゃない。とヒントを貰いつつも一向に見当もつかないので、気にせず話の続きをすることにした。

「だからまぁ、とりあえず元気では、やってるよ」

「出会いは?」

「へ?」と言う間抜けな返答が気に障ったのか、歪んだ表情があの頃と変わらない。

「奥さんだよ。いつ。出会ったの」

「大学生の頃だよ」

「ふーん。じゃあ、私の知らない人か」

 明らかに意味が含まれていそうな文節に背筋が伸びる。

「そりゃそうだよ。小中高の奴らとか付き合いないもん」

「山中は?」

「誰」

「え、中二の学級員じゃん」

 わざとらしく左上を見上げてみても俺の容量にはそんな奴はいなかった。

「じゃあ、里美は?聡だっていたじゃん」

 きっと、いたのであろうクラスメイトの名前を挙げられても、十年経った今じゃ謝罪以外やることがなかった。

「ひどいもんだね。そんなんでよく私の顔を覚えていたもんだ」

「本当な」

  今となっては本当に覚えていたかどうか。

 力強い口調が中和されるような甲高い声と一般的にも評価されるであろう綺麗な顔立ち。

 よく笑う性格も、一間空くと必ず髪を耳にかける仕草も。あの頃と何も変わらぬままに、今確か隣にいる。

 彼女は、小中と同じだった『小沢かざね』であることに間違い無い。

 突然目の前に現れ、「かざねだよ」と言われてから思い出したのか、仮に誰でしょうとクイズを出せれても答えられていたか。

 だって俺は、あの時から一度だって彼女のことを思い出したこともないのに、彼女を目の前にした途端、何故確信できるまでに、彼女のことを覚え、思い出せるのか。

「その記憶力を学力で使いたかったとか思ってんじゃないでしょうね」

 バツが悪いので、とりあえず黙っておくと「バシっ」という音と共に背中に激痛が走る。

「いッたいって」

「沈黙は何よりの肯定。って、あんたが言ってたのよ」屈んで痛みに耐える俺を得意げに見下げる。その顔もすぐ背中を叩くのも変わっちゃいない。いやそれは、直せよ。

「背中叩く悪い癖。直せよな」

「あんただって、図星付かれてちゃんと黙るのやめた方がいいよ」

 うるさいので黙ってやり過ごそうと、さっきまで座っていた花壇の縁に座り直した。


 ××


「この道よく歩いたね」足を組み替え、こちらに顔を向ける彼女に思わず目を向けるも、彼女は、俺を見てはいなく、俺の後ろを見ていた。

「あぁ、そうだな」と辺りを同じように見渡し「この道しか歩いていなかったけどな」

 と付け加える。

 俺たちは、友人関係と呼べるほど特別親しかった訳ではなく、休日に遊びに行くことも校内で喋ることもない。ましてや互いの家に出向いたりは一度も無かった。

 ただ、学校の帰り道を一緒に歩く。それだけ。たったそれだけの関係だった。

 今ここから見える路地を挟んで建つ二棟のマンション。右側が俺で左側が彼女の住む家。これだけ近いのだから、自ずと帰り道は同じになる。学校指定の登下校路である道のことを彼女は指し、それは確かに、よく歩いた道だった。文教地区で商業施設も少ない落ち着いた街。石橋を叩いて渡る俺の性格は、この街の影響があるのだろう。

「でも一緒に遊びに行ったこととか・・」

「ないね」と即答し、「ないか」とすぐさま返ってくる。そりゃそうだと顔を綻ばせる彼女。

「一度くらい行っても面白かったかもね」

「冗談はよせよ。楽しんでいる様子が浮かばない」

「確かに」

「趣味も嗜好も違うんだし、子どもの頃は寄り添う思考も持ち合わせてないし」

「あんたはそんなことないと思うけど」

「ん?」とその意を聞き返したつもりだったが、彼女の中で話が進む。

「まぁ、小学高学年からは、男女で趣味嗜好は分裂するからね」

「なんで、あんなにシールを集めたがるの?」ずっと疑問だった流行りの真意を真摯に聴いたつもりが、機嫌を逆撫でしてしまったらしい。

「じゃあなんで鉛筆転がしているだけで、教室であんなに騒げる訳?」

「そりゃお前・・鉛筆バトルは俺らの原風景だろ。懐かしいな。やる?」

「やるわけないでしょ」

 呆れてため息つかれることも大人になると少なくなるんだ。と頭を抱える彼女を見て頭をよぎる。

「と、まぁこのように。それぞれ楽しんでいたものも違う訳で、一緒に遊ぶことはなかったな」そうとりあえず、まとめたフリをしておこう。


シールではしゃぐ女子

鉛筆を転がし狂乱する男子

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