神の処刑のような儀式
この物語は、十三歳(中学生)の橘スズちゃんが、パイロットとしての存在を自問しながら、平和維持組織のノヴァ日本支部の室長の青年や、パイロットたちと協力する話です。
ウーゼ5号機内に挿入されている、およそ全長が五メートルもある円柱型のプログ。
ウーゼは、全長約二十メートルだ。
『総員戦闘態勢。繰り返す。総員戦闘態勢』
そのコックピットにも、戦闘態勢の合成音声アナウンスやオペレーターの報告の声が、ディスプレイから聞こえる。
どこか大人のような顔立ちの少女は、突然、後方を見た。
彼女は先ほどまで、まぶたを閉じていたが、コックピットの背もたれに左手を置く少女を見る。彼女にとっては、いつもどおりだが、突然現れた少女の様相は、日本人とはかけ離れていた。
まず、少女の髪は白髪だ。長さは、肩と胸まである。頬の上に毛先がかかっており、くるりとなっている。
彼女は、肩をあらわにした白いワンピースを着ている。
二対のリボンは、首から少女の胸元を支えており、彼女が現れたときには、二の腕辺りの袖がふわりとなる。
上半身以外は、腰に巻かれたベルトから足にかけてすらりとしたスカート部分はすっきりしており、シンプルで装飾も何もない。
大人のような彼女の、美しい墨のような黒い瞳が、目の前を捉えていた。
彼女は、凛とした声で少女の名をつぶやいた。
「ユキ」
彼女は、細い体にピッタリと沿わせた暗灰色のインサートスーツに身を包み、コックピットに足を伸ばして座っている。
開かれたディスプレイは、『真白ユキ——リリム——』と表示している。
コックピットに座る彼女は、まるで独白のように、ぽつりとつぶやいた。
「リリムは、あなたの呼称名だったわね」
「あのときのこと、ごめんなさい。カエデ」
「今さらいいわ。それに謝られても……」
カエデは流し目で、開かれたディスプレイを見る。
彼女は先ほど、「それに謝られても……あのとき、私を敵とみなして襲わなければよかったのよ!」と胸のうちにある思いを吐いて、ユキの白いワンピースを強くつかむのをこらえていたのだ。
「今日はウーゼに乗らなくていいの?」
ユキは首を横に振った。
「ううん。今日、5号機の実験」
「ああ、そういえばそうね……」
カエデは、あごに左手を当てた。カエデは利き手が左手なのだ。彼女の胸までの黒髪も、少しなびく。
そうだったわ。今日は、5号機の起動実験ね——でも。彼女は首だけで、ユキに振り返った。彼女も自分と思っていることは同じだろう、と彼女は考えたからだ。
ユキの長い髪の襟足が、はらりとなる。そこには、日が暮れるときを一人で見てしまったときのような、そんな情景も含まれているような気がした。
「また来たの? エンジェルは」
彼女は無表情で、眼前を凝視する。
高低差がある5号機のコックピットでは、前方の斜め下にケージが見えるような構造になっていて、両端には、渡り廊下もほんの一部だけだが見えている。
そのユキを見上げている彼女は、ふと、自分の中に湧き上がってきた気持ちを言葉して紡ぐ。
「そう。また、ね。あなた、私のこと嫌いじゃないの?」
ユキは、一瞬、何かを言おうとして言いよどんだが、すぐに、その顔は無表情に戻った。
「嫌いじゃない」
カエデは不思議そうに、ユキの顔を見る。
彼女がそこまで人間を好んだのか、と、多少なりとも、彼女の中に驚きを覚えたからだ。
だが一方のユキは、まるでオペレーターが報告を伝達するように、淡々と言葉を告げる。
「私はただの、交換が効く人形」
カエデは、ユキの話を静かに聞いていた。
「……そう。人形、ね」
カエデがユキから顔をそらし、また、まぶたを閉じてから少し息を吐く。と、その小さな口から、こぽりと、泡がひとつ吐き出される。
息を吸い、また吐き出す。そのような動作を、彼女は繰り返す。
カエデはふいに、瞳を開けた。
「あ……ねえ、彼は? ユキ?」
ユキはカエデの眼前で、ふわふわとただよっていた。まるで、くらげのように。
「アダム? 彼は……多分、遊びに出かけたと思う。さっき、正面玄関に行ってたから」
「あのお気楽人間……でも、いつも笑顔なのに、自分の立ち位置をわかっているのは悔しいわね」
カエデは厚さの薄い唇を噛み、はあ、とため息をつき、ガチャガチャと、金属音を鳴らしながら、緩慢な動きで腕を組む。
「私たちがその気になれば、日本支部のみならず、人類の存亡に関わるって、わかってるのかしら」
後方で、コンピュータ制御をされているCPO循環器と呼称されている機械から、液体が循環をしている。
自分の肺まで入り、呼吸をサポートしてくれる薄い赤色の酸素ガスのCPOを彼女は感じていた。
私のひとつ。この肉体も、この能力も……。ぼんやりと考えていた彼女は、自分の右手を見つめたが、それは、どこか遠くを見つめる黒い瞳だ。〝カオル〟。あのいまいましいエンジェル——。
ふと、形の整った眉をひそめた彼女は、誰かがいる気がすると思考で呼びかける。
『誰……? あなた、ナギサ主任なの?』
彼女は以前、慕っていた女性の名を、思わず呼んでしまった。
彼女にとって、ナギサという女性は、彼女の人生に違和感なく入り込んできた、優しい人間なのだ。
そう、ナギサは優しすぎたのだ。
思わず、そう考えた彼女がつぶやいた名に、相手は反応したが、その声はCPOで響き、否定をする。
「違うわ。アナタはワタシ。ワタシは、アナタの言うナギサではないわ」
彼女はコックピットの背もたれ付近にいる、ユキを見つめる。
今はユキの姿を借りた〝彼女〟は、確かめるように尋ねた。
「アナタ、誰なの? ユキとは違うわね——まさか、あなた、〝カオル〟なの?」
カエデはますます口を歪め、唇を噛んだ。
〝カオル〟は、カエデがよく知っているエンジェル——つまり、〝敵〟だ。だがしかし、〝カオル〟は、ユキには似ていないのだ。では、一体、〝彼女〟は誰なのだろうか。
〝彼女〟は体を屈め、カエデに耳打ちをする。
「ええ。そうよ。ワタシは、あの子とは違う、ワタシ。アナタが言う〝カオル〟とやらでもないわ」
彼女は言いよどんだが、決して、ユキのほうを見なかった。今のユキは、彼女が知っているユキではないからだ。ユキは、ふぅ、と嘆息をついた。
エンジェルが襲来している最中でのこんな問答などは、不必要だ。
彼女は、ユキに再び思考で問われて微笑んだ。
「それに、ワタシはナギサではないわ。こんな見た目じゃないでしょう? 彼女は」
ユキは、コックピットに座っている彼女の太ももに馬乗りになる。
カエデは眉をひそめた。〝彼女〟にナギサのことを言われて、少し腹立たしかったのだ。
「んん……」
「思い出して」
そのとき、ユキの胸の谷間がちらりと見えたが、彼女は気にせず、現れた存在に無表情で顔を向ける。
「誘惑なんて、ばかね」
ユキは、首を振らずに否定した。
「いいえ、違うわ。思い出すのよ。アナタにとって、とても大切な彼女のことを……」
彼女は自身の両手を、若い女性の頬にひたりと当て、冷たい声でささやく。
「ほら」
彼女の脳裏には、次々と断片的に映像が流れ始めたが、徐々に鮮明になると、あることを思いだした。
幼い顔立ちの女の子が、こちらを泣きじゃくりながら見る。
その彼女の目の前にたたずむ、インサートスーツ姿のカエデは、彼女を見つめた。カエデが着用しているのは、暗灰色だった。
幼い彼女の目の前には、白いワンピース姿の少女がいる。カエデは一目で、ユキだとわかった。
そしてカエデはユキを見て、そして、周囲に目配せをするとすぐに察した。
この場面は、橘スズが幼い頃に起きた〝実験〟だ、と。
周囲には、鉄のような濃厚な匂いがただよっている。カエデは、その匂いに鼻を塞がなかった。彼女は気味が悪いが、きちんと見届けなければと考えていた。
なぜなら、この凄惨な〝事故〟現場で、スズは多くを失ったからだ。彼女が春風トシヤ夫妻に自分を引き取られたのも、この諏訪市に招集されたことも、全てスズに関係することは、この情景に詰まっているのだ。
カエデは床に瞳を落とした。それはいまだ、赤黒い血が液体となったまま、一面に存在していた。
インサートスーツ姿のカエデの混乱する思考は、その後方へと情景が移った。
多分だが、ユキが振り返ったらしい。
巨大な螺旋状の一本の槍が、深々と〝それ〟に突き刺さっていた。
それは、両手をだらりと背中に下げている。
すらりと伸びた螺旋状の槍。
彼女はそれを見た途端、心がとても暗くなったが、同時に目が離せなかった。
彼女の中にある、何かを惹きつけるような、彼女の瞳を離させない、強い力が、そこにはあった。
——それは、神の処刑のような儀式。
インサートスーツの彼女はその黒い瞳を、それよりも、遥か遠くに向けているだけのようだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
スズちゃんは、みんなのことを知りたいと思いながら、ほかのみんなは、他人にあまり話せない秘密を持っていたりするので、新米のスズちゃんに話すべきなのどうなのか、そこの調整が難しいんです……。
一方、スズちゃんも、他人には話せない過去がありますので、本人も悩んでおります。
一見、優秀な登場人物でも、実はとても悩んでいたり……など、人間関係の難しさを表せられたらいいな、と思っております。




