謎の少年
この物語は、十三歳(中学生)の橘スズちゃんが、パイロットとしての存在を自問しながら、平和維持組織のノヴァ日本支部の室長の青年や、パイロットたちと協力する話です。
突然、せみの声をかき消すような警報アナウンスが、都市全体に鳴り響く。
『現在、警告レベル・レッドの非常事態避難勧告を発令中です。住民の方々は、お近くの指定シェルターまで避難をしてください』
先ほどまで、JR長野駅構内で各駅停車を告げていた看板が、非常事態避難勧告が発令されたことを告げる。
スズは近くの、この駅で立ち止まり、持っていた携帯電話で、どこかに電話をかけようとした。だが、自動的に鳴る合成音声アナウンスが、彼女の耳に響くばかりだった。
再び、警報アナウンスが、途切れ途切れに、街中に鳴らされる。
『繰り返します。現在、警告レベル・レッドの非常事態避難勧告を発令中です。住民の方々は——』
スズは、ここに来る前に、ノヴァ日本支部関係者からもらったパンフレットを見る。
「絶対、電子より紙のほうが見やすいよね……? こういうパンフレットとか、特に。私が紙派だから?」
スズはB5サイズのパンフレットを、にんまりと誇らしげな顔で眺める。
「ふふっ……」
思わず、彼女の口から笑みの声が漏れ出た。
彼女の手には、全部で百五十ページある、見た目は深緑色の本のような、パンフレットが持たされている。
彼女は周りを見渡した。彼女が感じたことは、太陽光に照らされた陽の光を反射する、眩い銀色の柵に囲まれているみたいだった。
ため息ともとれない小さく吐いた息のまま、彼女はつぶやいた。
「でも、人住んでないのに、ビル街ばっかりだよねー……」
パンフレットの冒頭解説は、こう記述されている。
『長野県諏訪市の諏訪湖地下。その場所に新設された「ノヴァ日本支部」は地上一階から地下三十階の階層まで存在する。
首都移転の後、市民の安全対策のため、内閣総理大臣の菅原は、地下三十階までに同数の層および、住居指定区域を増設を閣議で決定した』
とある少年に、スズは話しかけられた。
「ねえ、お嬢さん。君は逃げないの?」
彼は、黄色のウインドブレーカーを着ていた。彼の分けられていない前髪と襟足の短い黒髪が、周囲の突風になびいている。
スズは、戦争のただ中だというのに落ち着き払っている彼に対し、きょとんとする。え? 誰?
「君こそ、逃げないの?」
少年は、黒と赤が混じった色の目を丸くさせた。
「それもそうだね。じゃあ、君を安全なところに案内しようか」
「はい……?」
彼は、目尻にシワを作って笑った。
「初めまして。僕は一色アオ。アオって呼んでよ。スズさん」
彼は、自分自身を左手の人差し指でさしたが、スズはもろ手を振って断ろうとした。
「え、いや。そんな急には……」
しかし、スズには、目の前の少年が〝僕の名前、呼んでくれないの?〟という、なんだか期待のまなざしで自分を見ている気がした。彼は、首をかしげている。
なので、スズは初対面ながらも、眼前の少年を名前で呼ぶことにした。
「うん。よろしく、アオくん。ていうか、どうして私の名前を知ってるの?」
「ごめん。少し君のことを調べたんだ」
「じゃあ、これからどこに行くの?」
「支部だよ」
スズはまた、首をかしげた。
「支部?」
「ちょっと待ってて。でも、電話切られちゃうかもな」
そういいながら、彼はスズに姿勢を低くするように指示した。
「ねえ、僕の後ろに隠れてて」
「う、うん……。ありがとう、アオくん」
彼はスマートフォン型の携帯電話を黒い袖が広いズボンから取り出すと、耳に当てる。
「僕だよ、山田室長。一色アオ、1号機(改2)パイロット。それとも——〝アダム〟のほうがわかりやすいかな?」
彼は、優しい声色のままで電話の相手に問いかけたが、その声音は真面目になった。
「時間がないから、手短に言うよ。最重要保護対象が一名いる。うん、僕と今一緒にいるよ。え? 僕?」
彼はくすりと笑う。
「ウーゼには乗りたいなあ。その点では〝狼の子〟と、僕は同じだね」
スズはアオの、幅が広い黒いズボンをつかむ。
「ん? ちょっと待って——スズ。大丈夫。大丈夫だよ」
彼は優しく微笑むが、スズは首を横に何度も振る。
「時間がないから、僕の言うとおりにしてくれる?」
「うん。わかった」
スズを先導するアオは、赤が混じった黒い瞳を細め、唇を噛みしめる。
「街を壊す気なのか? エンジェル」
そして、彼は、卑下するようにつぶやく。
「それは、昔の僕と同じか……」
それはまるで、彼自身が体験したことがあるような言葉遣いだった。
スズには、アオが体験したことがまだ何も理解できていなかった。そして、これから出会う人々にも、スズと同じような過去があるとも、彼女は何も知らずに。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
スズちゃんは、みんなのことを知りたいと思いながら、ほかのみんなは、他人にあまり話せない秘密を持っていたりするので、新米のスズちゃんに話すべきなのどうなのか、そこの調整が難しいんです……。
一方、スズちゃんも、他人には話せない過去がありますので、本人も悩んでおります。
一見、優秀な登場人物でも、実はとても悩んでいたり……など、人間関係の難しさを表せられたらいいな、と思っております。




