所長室にて 2
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「エルデの用件は、彼女の魔法の教育のために教本を購入したいがどうしたらよいだろう、という相談だったと思いましたが。それに、教本のことは父上の管轄外でしょう。」
「ふ~ん。アークはそれしか気にならなかったのね。」
「全く。同じ手紙を読んだはずなのに、どうしてこうも解釈が違うんですかね。」
―――シャルと私は一応実の親子のはずなんだが。
「そうよねぇ。でも、シグに教本を買いたいって言っても『勝手にしろ。』での一言で終わるような気がするわ。シグは色々と手続きが必要なの分かってて、全部誰かに丸投げするんだから。」
シャルは肩を竦めて苦笑しながら頷いた。
「・・・でしょうね。ですからシャル宛の手紙にしたんですよ。それに、学校と学院で使う教本は使う前に図書館で自分のの魔力を流す必要がありますよね。」
「そうよ。教本が悪用されないためにも、図書館の職員が必ず立ち会うの。いつ、誰に何の教本を渡したという記録を取るためにね。魔力を流した教本は、本人にしか開けないようになってるもの。」
「あれって、本人に似せた魔力を別人が流したら開くんですかね?」
「それね。誰もが考えそうなことだけれど、開いたためしはないわよ。ていうか、偽の魔力を流した時点で教本が使い物にならなくなるわ。確か、塵になってしまうんじゃなかったかしら。」
「あの本ってそんな仕掛けがあったんですか。いつも教本を貰う時に、何で図書館までわざわざ行かないとならないんだろう、とは思ってましたよ。行くのが面倒ですし。」
「もう、大事なことなのに。忘れてる人が多過ぎるのよ。」
シャルは憤慨してカップのお茶を一気に飲み干した。幼い頃よりその瞳の色から紫水晶の君と呼ばれ、その優雅な微笑みを一目見ただけで多くの者が魅了されたという逸話の持ち主が目の前の人物だとは俄かに信じ難い位だ。彼女が笑顔を絶やすことのない王宮内ではなかなか見られない姿である。
「そういえば、エルデってば学院の教本は全部持っているのかしら?あの子、学院に六年間もいなかったでしょう。」
「エルデも私も学院には三年間しか通ってませんから、最初の三年分は持っていないかもしれませんね。」
本来学院こと王立魔法学院は、学校こと王立魔法学校を卒業した者もしくは十二歳以上の一定水準の能力を持った者が六年間通うことになっている。また、成績優秀な者は入学後、各自の能力に応じた学年に編入して学び始めることが可能である。このため、原則六年間通うことになっている学院であるが、個人の能力により卒業するまでの期間が短くなることがある。エルデと私は十二歳で学院に入学した時点で学院四年生のクラスに編入し、学院は三年間で卒業した。もしかしたら私もエルデも飛ばした三年分の教本は持っていないかもしれない。
「それにあの子、初歩から魔法を教えるつもりなんでしょう?学校の教本もいるんじゃない?」
「そうですね。学校の教本は一式購入する必要がありますね。あれっていくらなんですか?」
「学校や学院の教師と学生が使う教本の費用は王国が負担しているわ。私的な家庭教師が使う場合は教育の記録を報告書として提出すれば無償だったはずよ。報告書を出さない場合はお金か研究に使える素材と物々交換、だったかしら?」
さすが研究所の雑務もこなすシャルだ。制度の細かい点まで良く知っている。
「それなら、エルデも報告書を出すか手持ちの何かと交換することで教本の入手は何とかなりますね。」
教本の費用は何とかなりそうだな。あとは教本か。
「それから、教本に魔力を通すことを所長室ですることはできるんでしょうか。」
「そうねぇ。できなくはないけど、図書館の担当者をここに呼ぶ必要があるから面倒なんじゃない?」
シャルは暗に図書館の担当者を内密にここまで連れて来れるのか、と私に言いたいようだ。
「確かに、図書館の担当者に隠蔽の魔法を使うのは後々面倒になりそうだから、ここまで来てもらうのは悪手ですね。でも、この状況で彼女を図書館に連れて行っても大丈夫なんでしょうか。」
「うーん。銀髪は目立つから、いつも教本を渡している学校か学院の図書館へ彼女を呼ぶのはやめたほうがいいわね。」
「人気のない場所・・・。図書館に一般人が入れない部屋なんてありましたっけ?」
私は言葉を切るとシャルのカップにお茶のお代わりを注いだ。ついでに自分のお茶を少し炎の魔法で温めて飲んだ。そのような場所が図書館の中にあったか?と図書館の中の様子を思い出していると―――
「あら、あるわよ。本当に、このお茶いい香りねぇ。」
シャルは満足気にお茶の香りを楽しんでいる。
「ええっ!そんな場所、あるんですか?」
今度は私が思わず大声を出してしまった。結界が狭いので、声が結界に響いて空気がビリビリする。
「あらまぁ、アークも大きな声が出せるのねぇ~。」
大声を出した私にシャルがのんびり感心している。ああ、もう。何かが、違う。
何がどうしてこうなった。
「シャル、そういうことではないでしょう。そんな場所、どこにあるんですか!初めて聞きましたよ。」
「あら、アークは知らなかったかしら?図書館の書庫に、閲覧用の小部屋があるからそこを使えばいいんじゃないかしら。」
「図書館の書庫にそんな部屋ありましたっけ?」
「んもう、嫌だわ。私、アークに話してなかったかしら?」
「ちょっと待って。シャル、書庫って学校か学院の図書館の書庫のことですよね?」
私の質問にシャルが驚いた。
「違うわよ。図書館って王宮図書館のことよ。」
「ああ、そちらでしたか・・・。」
「ええ、王宮図書館の書庫に閲覧用の小部屋があるの。アークは学校と学院の図書館が繋がっているみたいに、研究所の図書館と王宮図書館の建物は繋がっていはいるのは知ってるわよね。」
「ええ。建物自体が連絡通路で繋がってることは知っています。ですが・・・私は王宮図書館へ行くことはほとんどないですね。」
「そうね。まぁアークは仕事柄、王宮図書館へ行く必要はほとんどないわよねぇ。私はシグの手伝いで時々お邪魔するんだけど。」
「シャルは父上の手伝いまでしてるんですか。ただでさえシャルは抱えている案件が多いのに、そんなに手を広げて大丈夫なんですか。」
「あらぁ、シグの手伝いなら結婚した時からしているし、別に私が全部一人でやっている訳ではないから大丈夫よ。」
シャルは涼しい顔してお茶を飲んでいる。全く、シャルの行動の自由さはどこから来ているんだか。
「それにね、アーク。王宮図書館の書庫って誰もが入れる場所じゃないから好都合だと思わない?」
シャルは飛び切りの悪戯を思いついた時のような良い笑顔をして笑った。
「シャル。そもそも入れる人が限られている場所に、訳ありの人物が入れる訳ないでしょう?」
「うーん、実は王宮図書館の書庫って意外とそうでもないのよね。あそこは、その人物が誰の紹介を受けてきたかということの方が重要なの。どうせエルデが連れて来るんだから、エルデが身元保証人を兼ねた紹介者にしておけばいいと思うわ。申請してみてエルデだけで彼女の後ろ盾が足らないようだったらアーク、あなたか私がエルデの後見人という形で付き添うしかないわね。それでも、図書館の担当者を誰にも知られずに所長室に呼ぶよりは楽だと思うわ。王宮図書館で特別な資料を閲覧するために、書庫の利用を申請するのはよくあることだもの。」
「まぁ理由は最悪、後付けでもどうとでもなりますよね。シャルはエルデの後ろ盾になるという理由よりも、ただ単にエルデが保護した人物を見てみたいだけなんでしょう?」
ぎっくぅぅぅっ。
図星を刺されたシャルの顔が一瞬引き攣ったが、すぐに気を取り直すと何事もなかったかのようにまた一口、優雅にカップのお茶を飲む。
「そ、それは兎も角。ここに学校か学院の図書館の人を呼ぶよりも、王宮図書館に魔法学校の図書館の人を呼んだ方が違和感は少ないと思うわ。同じ図書館内なら図書館の仕事で来ているように周囲に見せ掛けることができるもの。実際、彼女が訳ありの人物であることには変わらないのでしょう?」
「まぁ、そうですね。」
「王宮図書館の書庫は、王命で昔の資料を探したり蔵書点検をする時に関係者以外立ち入り禁止にすることが時々あるの。学校や学院、研究所の図書館よりは人払いをしやすいと思うわ。後は銀髪を上手く隠してもらって―――」
「それは髪を染めてここに来てもらう、ということですか?」
「いいえ、上手く隠せるんだったらローブだけでもいいんじゃない?」
「それはシャルが銀髪を見たいからでしょう?」
「だってぇ、銀髪よ。ぎ・ん・ぱ・つ。私、銀髪の人って見たことが無いんだもの。せっかくだから本物の銀髪を見てみたいわ。ある程度隠せるのだったら、あとはエルデに認知阻害の魔法を掛けて貰いましょう。」
「シャルは随分エルデ任せですねぇ。」
私は呑気なシャルに呆れてしまった。実母なのに、時々彼女の精神年齢が分からなくなる。
次回も2週間後の12/29(火)12時の予約投稿の予定です。2020年の投稿は次回が最終になります。
今回も最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。




