所長室にて 1
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シャルは俺の顔を見ると穏やかに微笑んだ。
「ベルク、久しぶり。急ぎなんでしょ?」
「はい。シャルもお変わりなさそうで―――」
「ベルク、今そういった挨拶はしなくていいわ。ソフィー、後はよろしくね。」
シャルは俺の挨拶を途中で打ち切り、ソフィーに声を掛けた。
「ええシャル。勿論ですとも。分かっておりますわ。」
シャルの後ろに控えていたソフィーが部屋の奥で微笑みながら頷いた。
「では失礼致します。」
俺はシャルとソフィーに一礼すると、俺とシャルに隠蔽の魔法を掛けた。俺とシャル二人の周囲が白い煙に包まれたかと思うと、煙が薄れて行くに従って二人の姿が見えなくなっていく。
ソフィーは俺とシャルの姿が消えたことを確認すると、俺達を先導して部屋の扉を開けた。俺達はソフィーに続いて素早く部屋を出る。俺が扉をそっと押したことでソフィーは俺達が部屋を出たことが分かったようで、ソフィーは静かに扉を閉めた。
「ベルク、行かなくていの?」
シャルが念話で俺に話しかけてきた。急ぎだから心配してくれているのだろう。
「ええ、急ぎですがソフィーが部屋に戻る位の時間は何とかなりますよ。」
俺も念話でシャルに返事をする。
「そう。それでも急ぎなら浮遊の魔法も使って行きましょう。ベルク、あなたもできたわよね。」
「は、はいっ。」
うぇっ、浮遊の魔法かよ。俺も一応できるけど、あれ疲れるんだよなぁ。
ソフィーが入り口に立っている護衛の一人に何やら話しかけてから部屋へ戻ったのを確認すると、俺達はアークのいる所長室へと移動を始めた。
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王宮内を墨色のローブに身を包んだ背の高い男性が歩いている。その人物の纏うローブのデザインから、彼が王立魔法研究所に所属している者だと分かる。男性が先導する後ろを、これまた金茶色のドレスの上に落ち着いた臙脂色のローブを羽織った小柄な女性が優雅に歩いて行く。この女性も纏うローブの形が男性と同じことから、研究所所属の者だと分かる。
一見、王宮内の日常によくある光景のように思えるが、そもそもこの二人の移動方法自体が普通ではない。この二人は歩いているように見えるが、実際は二人共床すれすれの高さを浮遊魔法で浮いて移動しているため、彼らの足音は一切聞こえない。そして、そのありえない速さを周囲の人物に見咎められないように隠蔽の魔法で二人共その姿と気配を消し、目的地へと急いでいるのである。実際、その姿は魔法の力に長けた人物が注意深く隠蔽魔法を見破るべく注視して、やっと認識できる位である。普通ならば余程勘のいい人物が、今何か感じたけど気のせいだったかな?位しか認識できないのだ。
王宮内を有り得ない方法で移動している二人組が目指しているのは、王立魔法研究所の所長室である。目的地に着くと二人は魔法はそのままで扉の前で止まった。先導していた男が部屋の扉を静かにノックした。いつもなら返事があるはずだが、返事の代わりだろうか無言で扉がすうっと開いた。中にいる人物が扉を開けてくれたようだ。扉の外にいた男が先に部屋の中に入り、連れてきた女性が部屋の中に入ったことを確認して扉を閉めた。男が二人に掛けていた隠蔽の魔法を解くと、二人の姿が徐々に露わになってきた。隠蔽の魔法が解けてから、二人はそれぞれ自分達に掛けていた浮遊の魔法を解いた。
二人の姿を確認した部屋の主が、無言で応接セットのソファーを指し示した。そちらに座れということだろう。
女性を先導していた男が女性をソファーまで案内する。女性がローブのままソファーに腰を掛けると、部屋の主も向かい側のソファーに座る。先導していた男は女性の後ろに控えるべく、ソファーの後ろへ移動した。三人が落ち着くべき所に落ち着いたのを見ると、部屋の主がおもむろに口を開いた。
「シャル、来てくれてありがとう。急に呼び出して済まないね。」
「あらぁ、シグなんか思い付きでいきなり私のことを連れ出すから、先触れが来るだけでもずっとましよ。」
思わず後ろに控えていたベルクが気まずそうに顔を横に逸らした。
相変わらず父上は母上に対してマイペースだな。私はソファーの後ろに控えているベルクに声を掛けた。
「ベルク、私はシャルと話がある。今からここの応接セットの周りに防音結界を張るから、ベルクは所長室の入口で私が出て来るまで決して誰もこの部屋に入れないように。ベルクで対応可能な用件ならば、対応してしまって問題ない。その場合は後で教えてくれ。それでは頼んだよ、ベルク。」
「畏まりました。それでは、私はこれで。」
ベルクが一礼して部屋を出ると、私は応接セットの周りに張りかけていた強固な防音結界を完成させた。
「あらぁ、アークは随分用心深いのねぇ。」
「ええ。所長室とはいえ、ここは魔法に長けた者達の巣窟ですからね。できる限りの用心をするに越したことはありません。それでも他の場所よりはましだと思いますよ。ここなら自分で思う存分対策が取れますからね。」
「そうねぇ。」
シャルはうふふ、と優雅に笑う。
「ここの私室はともかく、王宮内は慣れてもちょっと息が詰まるものね。それよりアーク、このお茶頂いてよろしいのかしら?」
「どうぞ。エルデの調合した茶葉ですよ。」
シャルはカップのお茶を優雅に飲んでほう、と一息つく。
「あら、意外と美味しいじゃない。あなた達、兄弟でいつの間にそんな交流してたのよ。」
シャルはカップを持ったまま上目遣いにアークを睨んだ。
「仕事のついで、ですかねぇ。『新しく調合した茶葉の感想を聞きたい』って報告書と一緒に使い魔が運んできた物ですよ。」
「使い魔にあんな重い物運ばせたのかしら。エルデってば使い魔も容赦なく使うのね。」
シャルは棚に置いてある茶葉の入っている壺を見て溜息をついた。
「茶葉をこの壺に入れ替えたのは私です。使い魔が茶葉を運んできた時は紙袋に入ってましたよ。」
「そう、一応エルデも考えてるのね。オウちゃん、こんなお使いまでしてあげて偉いわねぇ。」
シャルは少しほっとした様子で窓辺で居眠りをしているオウに声を掛けた。
「それはそうと、最近エルデってば王宮は疎か研究所にすらちっとも来ないでしょう?生きてるのかしら、あの子。」
「ええ、そうですね。ちゃんと生きてますから大丈夫ですよ。それに、近いうちに呼び出せると思いますから会おうと思えば会えるんじゃないですか。」
私はそう言うと、エルデからの手紙をシャルに差し出した。普段の貴婦人らしさはどこへ消えたと言わんばかりの勢いでシャルは手紙を引っ掴むと、急いで内容を確認する。
「んまぁぁぁっ!エルデってば!」
案の定、シャルは驚きのあまり大声が出てしまったようだ。この手紙を最初に読んだときに大声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
「ははう―――シャル、防音結界があってよかったでしょう?」
「え、ええ。防音結界があって助かったわ、アーク。ありがとう。」
動揺したのを誤魔化すように慌ててお茶を一口飲むと、シャルはにこやかに微笑んだ。
「うふふっ。銀髪の十六歳ですって。会うのが楽しみね。」
「気になるのはそこですかっ!」
思わずアークがシャルに突っ込んだ。
「だって、エルデのお店で住み込みで働くんでしょう?エルデもさっさとお店の増築までしちゃってるし。それだけエルデがその子のことを他の人に取られたくない、って思ってるからじゃないのかしら。」
「ですがシャル、あのエルデですよ?」
「あら、あの子が心底嫌っているは貴族の社交で、研究所ではそれなりに人付き合いはでしていたはずよ。まぁ、あなたもあの子も今まで浮いた話一つなかったけれど、一つ屋根の下で暮らす二人の間に、愛が芽生えてもおかしくないわよねぇ。」
シャルは胸の前で手を組むと、ほんのり頬を染めて目をキラキラさせている。ああ、シャルはこの手の話や物語が大好きだったな。
「どれだけ気が早いんですか。エルデは彼女を保護しただけです。それに、記憶の無い名前持ちなんですよ。」
「あら、珍しい名前だけど名前持ちならちょうどいいじゃない。アークもついでだから、そろそろ手頃なお嬢さんと婚約でもしておく?」
全く、とんだ藪蛇だ。私も年齢的にはそろそろ結婚しても良いと思うのだが、王国内の貴族はなぁ・・・。
「私の結婚について、ついでとか手頃とか、どさくさ紛れに言わないで下さいよ。エルデの方だって、そんな気軽に言ってしまっていい訳ないでしょう。エルデの話だと王国内には無い名前だそうですよ。近いうちに国交のある他国に確認を取る必要があるかもしれません。」
「あら。それだったらこの手紙、私じゃなくてシグ宛にしても良かったんじゃないの?」
シャルは先程私がベルクに渡した封筒をひらりと取り出し、扇のように仰ぎ始めた。防音結界の中が暑いと言う話は聞いたことないぞ。何でだ。
王立魔法研究所のローブはデザインが決まっていますが、色は自由です。下に着る服と合わせて全般的にローブは濃色を選ぶ者が多いです。シャルは下のドレスに合わせられるように何色か持っています。
今回も最後までありがとうございました!




