魔法屋の増築 3
サーラが石に粘土を塗り始めた。サーラが粘土を塗った端から私とロイとモリスの男三人で順番に石を組み上げていくので、作業の進み方が予想以上に早い。
あっという間に一部屋分の石が組みあがった。次はサーラの寝室となる部屋だ。
「ここの窓は塞いで、天井近くに明かり取りの窓を作り、右側の壁に廊下へ通じる扉を付けます。」
「新しく明かり取りの窓を作るために外した石で、ここの窓を塞ごうか。足らない分はさっきの扉用に切り出した石を使うことにしよう。」
「あの、窓の所だけ石が違っても・・・」
「ああ、問題ないよ。お店や倉庫は石組みのまま部屋を使うけれど、寝室は書斎のように石が見えなくなるように土魔法で壁に色をつけるそうだから大丈夫だよ。ここはお嬢ちゃんの部屋になるんだってね。」
「はい・・・。」
「そりゃ楽しみだねぇ。さぁ、張り切ってここもさっさと終わらせちまおうか。」
先程の倉庫を作った時と同じ要領で作業を進めていく。サーラの寝室の壁も程なく組みあがってしまった。
「全く、皆さんはどれだけ魔力が有り余ってるんですか・・・。」
と作業の様子を眺めながらモリスが自分の水筒からコップに水を汲むと勢いよく飲み干した。
「いつもならこの位作業が進むと私の魔力も減ってきて、魔力ポーションを水替わりにぐいっと飲んでいる頃合いなんですよ。今日は作業を始めてからまだお茶とお水しか飲んでいないので、何か変な感じですよ。まぁ皆さんのお蔭で、私は随分楽をさせてもらってますがね。さて、廊下を伸ばした隣の部屋は・・・と。」
モリスが図面を覗き込んで次の工程をイメージしているようだ。
「モリスさん、ここから先の部屋は作り付けの家具が壁沿いのあるので、気をつけて作業をしないとならない所ですね。私も隣の部屋から一旦結界を張ってきます。」
私は新しく作った出入り口から脱衣所へ向かった。まずは脱衣所にある作り付けの棚と洗面台、浴室の浴槽に魔法を遮断する結界を張る。それから作業場へ行き、簡易シャワー室の内側と作業場の壁際にある洗い場にも結界を張った。結界を張ってしまえば、増築のためにやることは同じだ。必要な所だけ土魔法で石組みを固定している粘土をほぐし、絡んだ魔力の結び目をほどいていく。窓を塞ぎ、必要な所に壁を足して扉の部分を残して石を組む。新たに窓を作る部屋は無かったため、先程よりも作業は楽に感じた。増築する部分の壁は全て組み終わった。
「屋根は全て既存の部分と同じ石造りで良かったですか。」
「はい、石造りでお願いします。あー今から始めると時間が中途半端ですかね。先にお昼休憩にしましょうか。」
「エルデ様、休憩に入る前にこれまで作業してきた部分を土魔法で固め直した方がよろしいのでは?」
「ああ、そうだね。サーラ、さっきほどいた魔力の結び目を結び直すことはできる?」
「はい、たぶん・・・ちょっと心配なので、できているかどうか確認して下さいね。」
サーラが建物の既存の部分と増築した部分の境目に手を当て、目を閉じて何かに集中しているような表情をしていた。
「これで・・・どうでしょうか。もう少し、きつく結んだ方がいいですか?」
「そうだねぇ、サーラ嬢ちゃん。これって、きつく結んでおいても、解こうとすれば解けるんだろ?」
サーラが結び直した魔力の結び目ををじっくりと見ていたモリスが、何かを感じ取るようにサーラに話しかけた。
「はい、私には・・・ほどけます。」
「そんなら、これでもかっていう位、嬢ちゃんの力できつく結んでおいてよ。エルデさん、また何かあったら俺を呼んでくれるんだろ?」
「ええ、勿論。自分で直すよりモリスさんに直して頂いた方が私も助かります。」
「いつも急ぎの仕事ばかり回してくるとはいえ、グラントが紹介してくれる仕事はこちらが繋がりを持たせてもらえるだけでも有難いお客さんがとても多くてねぇ。俺もなるべくグラントから呼び出された時は、自分の仕事を何とか調整してグラントの仕事を受けるようにしてるんだ。今日だって魔法屋さんに伝手を持てただけでも、俺からしたら十分お釣りがくる位なんだよ。」
「そうですか。そこまで言って頂けると、私も有難いです。」
「あの・・・こんな感じで良かったですか?」
モリスと私が話している間に、サーラが魔力の結び目を結び直したようだ。
「うん、そうだねぇ。これ位なら大丈夫。エルデさん、壁の土魔法は屋根と床が完成してから掛けるものなのかな?」
「本来ならばそうですね。まあ休憩中に何かあっても困りますから、壁だけでも軽く土魔法をかけておきましょうか。ロイ、手伝って。俺とロイそれぞれで一周ずつね。」
私はロイを外壁の側へ呼ぶと、増築した部分の外壁に両手を当てた。ロイも私と少し離れた右隣に立ち、私と同じように外壁に両手を当てる。
「俺とロイとで反対回りで。」
「畏まりました。」
私は軽く目配せしながら肯くと、私は目を閉じて増築した部分の壁を一周させるように土魔法を走らせた。私が魔法をかけ終えて目を開けて右隣のロイを見ると、ロイはまだ土魔法をかけている途中だったようで、壁に手を当てて集中していた。
「モリスさん、これで大丈夫です。それではお昼休憩にしましょうか。」
「あの・・・台所へはどこから入るのですか?書斎からだと汚れてしまいますよね。」
「ああ、裏口から入って作業場を抜けていこう。モリスさん、恐れ入りますがこちらからお願いします。お昼ご飯はモリスさんの分も用意してありますので、ご心配なく。」
「分かりました。いやぁ、お昼ご飯まで用意して頂けるなんて、至れり尽くせりで有難いです。この辺りは飲食店が少ないから、朝こちらに来る時にどうしようかなと思ってたんですよ。」
「この辺りは王都の外れですから、そういう面では少々不便なのは仕方ありませんね。私の方からモリスさんにお伝えしておけば良かったですね。私達のついでと言っては恐縮ですが、マシューの店にモリスさんの分も頼んでおいたので、一緒に食べましょう。」
「おお、マシューの店か!あそこの飯も旨いんだよなぁ。」
「私達にとってはここから一番近いお店なので、いつもお世話になっています。事前に頼めば配達もしてもらえるんので本当に助かっているんですよ。」
私達四人は魔法屋の建物の外壁沿いをゆっくり歩きながら、裏口へ向かった。
「あ、オウちゃん!ここにいたのね。」
サーラが私達を追い越してパタパタと走って行く。ティスの部屋の窓辺にオウの姿を見つけたようだ。
「オウちゃん、こんにちは~。」
サーラはニコニコしながら両手を後ろに組み、オウを見上げている。オウもサーラの方を見ているようだ。
「ここの窓は高いから、ちょっと手が届かないかぁ・・・。また、今度オウちゃんの事を撫でさせてね。」
「サーラちゃん、そろそろ行こうか。」
ロイが振り向いてオウを見ているサーラに声を掛ける。サーラがオウの相手をしている間に、私達はサーラを追い越してサーラの先を歩いていた。
「あっ、すみません・・・それじゃぁオウちゃん、またね。」
サーラはオウに向かって手を振るとパタパタと走って来て私達に追いついた。
「サーラはそんなにオウの事が気に入ったのかい?」
「ええと、オウちゃんだけではなくて、ティスちゃんも好きですよ?」
「サーラちゃんは動物が好きなんだねぇ。」
「そう・・・ですねぇ。」
自分の事を言われて少し微笑んだサーラを見て、理由は分からないが私の心の中が少し暖かくなった。
「作業場を通り抜けます。モリスさん、こちらからどうぞ。」
私達は裏口から作業場を通り、台所へ入った。裏口を入ってすぐの所に、マシューの店の印が描かれた箱が置いてあった。中に昼食が入っているのだろう。
「モリスさん、手はこちらで洗って下さい。」
ロイが台所の洗い場へモリスを誘導する。
「ロイはサーラと一緒に準備をして。モリスさんはこちらへどうぞ。」
「はい。」
「畏まりました。」
私は先にモリスと座り、ロイとサーラが配膳が終わるまでモリスと世間話をしていた。
「それでは準備も終わったようだから皆で頂こうか。今日の食事に感謝を。」
「「「感謝を。」」」
今日の昼食は鶏肉のシチューだった。マシューの料理はいつもながら美味しくて、作業に疲れた私達をほっとさせるものだった。
昼食を終えて食後のお茶も飲み終われば、これまでの作業の続きである。
「いやぁ、やっぱりマシューん所の飯は旨いなぁ。エルデさん、ご馳走様でした。」
「いえいえ、これも日当のうちと思って頂ければ。」
私はそう返事をしながらモリスの手の動きから目が離せなかった。モリスは右手で自分の腹をゆっくりと軽く叩きながら、左手で頭の汗を忙しなく拭いている。モリスが汗を拭っているのは無意識なんだろうかと思う位の動きである。




