会いたい
第十八話 会いたい
百華楼。
その門の前で。
姜 賢俊は。
足を止めた。
「……ここ?」
「ああ」
隣で。
朴 世俊が答える。
「ここが百華楼」
「…………」
三月。
探した。
妓楼へ行くと聞けば。
場所を聞いた。
自分でも調べた。
一軒。
また一軒。
門をくぐった。
そのたびに。
違った。
今日も。
ここへ来るまで。
どこか。
怖かった。
もし。
違ったら。
月の髪飾り。
十七歳。
元は両班。
三月前。
そこまで重なって。
違うはずがないと思っている。
それでも。
自分の目で。
柔莉を見るまでは。
信じるのが。
怖かった。
「賢俊」
「何」
「入らないの?」
「……入る」
賢俊は。
門をくぐった。
◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ」
女たちの声が。
聞こえる。
賢俊は。
辺りを見た。
女。
女。
また。
女。
けれど。
探している顔は。
ない。
「世俊様」
一人が。
すぐに世俊へ気づいた。
「今日もいらしたんですか?」
「今日は俺じゃない」
「え?」
世俊が。
隣を見る。
女も。
賢俊を見る。
「この人が」
「月華はどこですか」
世俊が。
口を閉じた。
「……お前、もうちょっと何かあるだろ」
「月華に会いたい」
「聞いてないな」
女が。
目を瞬かせる。
「月華ですか?」
「はい」
「少々お待ちください」
そう言って。
女が奥へ消える。
賢俊は。
その背中を。
じっと見ていた。
「落ち着けよ」
「落ち着いてる」
「全然見えないけど」
「うるさい」
世俊が。
小さく笑った。
やがて。
奥から。
女が一人。
出てきた。
賢俊は。
一瞬。
息を止めた。
けれど。
違う。
月華ではない。
年上の女。
派手ではない。
けれど。
立っているだけで。
妙な迫力があった。
春花だった。
「月華に会いたいってのは」
春花が。
二人を見る。
「どっちだい」
「俺です」
賢俊が。
すぐに答えた。
春花の目が。
賢俊を。
上から下まで見る。
「名前は」
「姜 賢俊」
「姜家?」
「はい」
「三男坊か」
「はい」
春花は。
少し。
考えるように。
賢俊を見た。
「月華とは?」
「…………」
賢俊の。
口が。
止まった。
何と。
答えればいい。
婚約者。
だった。
もう。
違う。
幼馴染。
それだけでは。
足りない。
好きな人。
それを。
ここで言うのか。
迷って。
結局。
一番。
間違っていない言葉を。
選んだ。
「……昔から、大切な人です」
春花の。
目が。
少しだけ。
細くなった。
「それで?」
「会わせてください」
「駄目だね」
「…………」
賢俊が。
止まった。
世俊が。
横で。
顔を逸らした。
「……え?」
「聞こえなかったかい?」
春花が。
腕を組む。
「駄目だと言ったんだよ」
「どうして」
「どうして?」
春花の。
眉が上がる。
「随分なことを聞くね」
「俺は――」
「姜家の三男坊だから?」
「違います」
即答だった。
春花が。
黙る。
「金なら払います」
「金の話してるんじゃないよ!」
百華楼に。
春花の声が。
響いた。
世俊が。
小さく。
「出た」
と呟いた。
「何か言ったかい?」
「何も」
春花は。
もう一度。
賢俊を見る。
「あんた」
「はい」
「ここを何だと思ってる」
「…………」
「金を払えば、好きな女に会わせてもらえる場所だと思ってるのかい?」
「……違うんですか」
「少なくとも」
春花が。
低い声で言う。
「うちは違う」
賢俊は。
何も言わなかった。
「月華は物じゃない」
春花が。
続ける。
「あんたが誰だろうが」
姜家でも。
両班でも。
昔。
何だったとしても。
「月華が会いたくないと言えば、会わせない」
賢俊の。
目が。
わずかに揺れた。
「……じゃあ」
「何だい」
「聞いてください」
春花が。
眉を寄せる。
「月華に」
賢俊は。
真っ直ぐ。
春花を見る。
「俺に会いたいか」
「…………」
「それだけ、聞いてください」
春花は。
黙った。
賢俊は。
続けなかった。
会わせてくれとは。
もう。
言わなかった。
月華が。
嫌だと言うなら。
帰る。
三月。
探した。
やっと。
見つけた。
それでも。
柔莉が。
自分に会いたくないのなら。
無理に。
会うつもりはなかった。
しばらく。
春花は。
賢俊を見ていた。
やがて。
「……待ってな」
それだけ言って。
奥へ入っていった。
◇ ◇ ◇
「月華」
呼ばれて。
月華が。
顔を上げた。
「はい」
「ちょっと来な」
「……?」
春花のところへ。
月華が歩いていく。
「何ですか?」
春花は。
少しだけ。
月華の顔を見る。
そして。
言った。
「客だよ」
「私に?」
「ああ」
月華が。
目を瞬かせる。
自分を。
指名する客など。
まだ。
ほとんどいない。
「誰ですか?」
「姜 賢俊」
時間が。
止まった。
「…………」
月華は。
何も言わなかった。
言えなかった。
昨日。
聞いた。
三月。
ずっと。
探してくれていた。
妓楼を。
一軒ずつ。
自分を。
探して。
そして。
今日。
来た。
本当に。
来た。
「……どこに」
ようやく。
声が出た。
「表で待ってる」
「…………」
「会いたいってさ」
月華の。
指が。
震えた。
無意識に。
髪へ触れる。
そこには。
今日も。
月の髪飾りがあった。
「どうする」
春花が。
聞く。
「…………」
月華は。
俯いた。
三月前。
最後に見た。
賢俊の顔。
――探す。
――全部探す。
――見つかるまで探す。
昨日。
知った。
本当に。
探していた。
そして。
今日。
ここまで。
来た。
「嫌なら断る」
春花が。
言った。
「姜家だろうが何だろうが関係ない」
月華が。
顔を上げる。
「会うかどうかは」
春花は。
月華を見る。
「あんたが決めな」
月華は。
目を閉じた。
あの日から。
何も。
自分では。
決められなかった。
婚約が。
なくなることも。
家族と。
離れることも。
妓生になることも。
ここへ。
来ることも。
全部。
誰かが。
決めた。
でも。
これは。
自分で。
決めていい。
月華は。
目を開けた。
月の髪飾りへ。
もう一度。
触れる。
そして。
「……会います」
春花が。
黙って。
月華を見る。
「私」
月華の。
声が。
少し。
震えた。
それでも。
もう一度。
自分の意思で。
言った。
「姜 賢俊に」
会いたい。
「……会いたいです」




