美人の恩恵
春子や藍子やヒカルに日々指導されて、華はずいぶん小春庵の仕事にも慣れてきた。
ある日藍子と2人で接客していた時、常連の男性客が来た。
通りを渡った向かい側の会社に勤める佐藤さん、週に一度は来てくれるお得意さんだ。
華が
「いらっしゃいませ」
とカウンターに立つと、佐藤はその後ろにいた藍子に、
「こんにちは。これ、そこの通りに何とポン菓子のトラックが来てたから買ってきましたよ。懐かしいでしょ。皆さんでおやつに食べてくださいね」
と、紙袋に入ったポン菓子を手渡した。
「まあ、ポン菓子のトラックが?珍しいですね。わぁ、まだあたたかい!ありがとうございます。オーナーに渡しますね」
「いつもおいしいワッフルを作ってくださるお礼ですよ」
春子も出て来てお礼を言う。
「ありがとうございます。あとでみんなでいただきますね」
佐藤はその後ワッフルを購入して帰った。
華が春子に
「お客さんが差し入れくださることなんてあるんですね」
と驚いた顔で言う。
「佐藤さんは時々くださるわね。この店ができてからずっと週イチペースで来てくださるいちばんの常連さんだから、半分友達みたいな感覚になってくれてるのかしら?」
「お友達感覚なんですか。素敵ですね」
春子は、
「他にもたまに差し入れしてくれるお客さんは何人かいるわよ。浜松に行く度にパイを買ってきてくれる前川さんとか、行列で有名な『みつば』の豆餅を買ってきてくれる大山さんとかね。だいたいみんな藍子さんのファンで藍子さんに手渡すのよ。私らは美人の恩恵にあずかってラッキーよ」
藍子は、
「そんなことないですよ!皆さん春子さんのワッフルが美味しくて大好きだし、小春庵のファンだからくださるんですよ。それに春子さんいつも厨房にいらっしゃるから直接手渡せないじゃないですか」
と言い、みんなで笑った。
華も笑いつつ、内心で考える。
うーん、春子さんは確かに奥にいたけど、私はカウンターで藍子さんより前に立ってたんだけどなぁ。
でも佐藤さんは私の後ろにいた藍子さんに手渡したよね。
やっぱり美人に渡したいんだろうなぁ。まあいいけど。
その後春子が特別に10分ずつ休憩をくれて、交代でポン菓子をおやつにいただいた。
出来立てのポン菓子は文句なしに美味しく、春子からカフェオレもいただいて、もやもやはいったん晴れた。
休憩の後、太田園の若旦那が納入に来た。華が受け取ってサインをすると、若旦那は藍子に向かって、
「これ新商品の冷茶用のパウダースティックなんです。お水で溶かして飲んだら美味しいですよ。よろしければ皆さんで休憩中や退勤後にでもどうぞ」
とお茶の箱を一箱手渡した。
藍子は、
「まあ、冷茶のパウダー?すぐに飲めて便利そうですね。ありがとうございます」
すると若旦那は、
「あと、こちらはよろしければ藍子さんお家でご家族と飲んでください」
と別にもう一箱藍子に渡した。
春子が出て来て
「おやおや、また藍子さんのファンが来たのね」
と笑う。
若旦那は真っ赤になり、
「あ、いえ、スタッフの皆さんにももちろん飲んでほしいんですけど、藍子さんは4人家族でいらっしゃるので、皆さんの感想もお聞きしたいなと…」
「はいはい、そういうことにしておきましょ」
「いやあの、もっとたくさんほしい方がいらっしゃったらもちろんサンプルお持ちしますので…」
「いえいえいいのよ、ありがとう。じゃあ藍子さん、ご主人や息子さんの感想を今度若旦那さんに伝えてあげてね」
春子は言い、若旦那は赤い顔のまま去っていった。
60歳の源田氏が52歳の藍子さんをアイドル扱いするのはまあわかる。
50歳ぐらいのサラリーマン佐藤氏が藍子さんのファンなのもまあいいとして、30歳の若旦那まで藍子さんにメロメロなのか、と華はため息が出た。
以前ほどではないがやはり時々こういう美人モテエピソードで少々モヤモヤすることはあり、その都度豪快なヒカルとしゃべったり、大学で夢子としゃべったりして元気を出す、というのは繰り返していた。
まあ今回はいただいたポン菓子もカフェオレも、その後いただいた冷茶も美味しかったので、華は自分で自分のご機嫌は直せたのだけれど。
美味しいものの威力はすごい。
ま、いっか、という感じで華は残りの勤務を終え、
「お先に失礼しまーす」
と帰っていった。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




