新しい道へ
送別会の翌日は木曜日で、藍子とヒカルの勤務日だ。ヒカルが午後に出勤して2人は顔を合わせると、
「涙の送別会の翌日なのに2人で勤務って、なんだか恥ずかしいわね」
と笑いあった。
ドアが開き、メガネをかけた若い女の子が入ってくる。
「いらっしゃいませ」
「あの、面接に来ました網野と申します」
「少々お待ちください」
藍子が厨房の春子に知らせに行くと、
「あら、来た?じゃあ私少しの間スタッフルームで面接してくるわね。ワッフルは今焼いたばかりだから、お客様来られたらここから売ってね」
「はい」
「足りなくなったら呼びに来てちょうだい」
「承知しました」
春子と女の子はスタッフルームに行く。
「面接か…」
15分ほど経つと2人は出て来た。
「ワッフルは足りた?」
「ギリギリでした。3種類ともあと1個です」
「じゃあその3個こちらの初響ちゃんに包んであげてくれる?持って帰ってもらうわ」
「承知しました」
藍子が包んで手渡し、初響は
「ありがとうございます。いただきます」
とお辞儀をして帰った。
「さ、次のワッフル焼くわね」
春子は厨房に向かった。
「今の子、初響ちゃん、情報系専門学校に通ってるんだって。普通にカフェの面接として来たんだけど、お店のホームページも作れるか聞いてみたら作れるっていうの。動画編集も得意で、SNSの投稿ももし依頼されたらやりますって言ってくれてるの」
「有能!」
「だからこのチャンスにうちもホームページやSNSアカウント作ってみようかしら」
「それはいいですね。そういう世界に詳しいスタッフが1人いれば、配信者が来られた時も対応しやすいかもしれないし」
「ホームページやSNSで今月のフルーツもお知らせできますね」
「確かにそれは便利だわ。ただねぇ、あと1年で卒業で、就職活動しながらの勤務になるのよ。だから週に1回程度しか入れないかもしれないし、1年でいなくなっちゃうのよね」
「それは惜しいですね。でもしっかりとホームページやSNSの基礎を作っていってくれると、あとは春子さんが引き継げるのでは?」
「うーん、できるのかしらねぇ。無謀だったらホームページは先送りでSNSだけでもいいけどね。ま、いずれにせよあなたたち2人の穴を埋めるには今の初響ちゃんの他にあと2人は雇わないといけないわね。まだまだ募集しなきゃ。新人教育も忙しくなるわ」
「私、引継書を作ってきましょうか。ひと通りの流れを書面とイラストで確認できるようなもの」
藍子が申し出ると、春子は
「それは助かるわ!ぜひお願いします!」
ドアが開き、常連の佐藤氏が現れた。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは。藍子さん、キキちゃんとジジちゃんは元気ですか?」
「キキちゃんとジジちゃん?」
春子とヒカルは顔を見合わせる。
「はい、元気です」
藍子は春子とヒカルのほうを向き、
「長男夫婦が保護猫を引き取ったって言ったでしょう?実はその保護猫団体のボランティアの中に、佐藤さんがいらっしゃったんです。引き取りに行く時私も付き添って行ったら、佐藤さんと会ってびっくりしたんですよ」
「そんな偶然あるのね!」
佐藤氏があとに続く。
「本当は保護猫を受け入れる時の面接はかなり慎重なんです。何回も面接やお試しを繰り返して、信頼できる家族かどうかを見極めるんです。でも藍子さんのことは前から知っているし、長男さんの晴弥さんご夫婦も本当に優しい方で、通常よりかなり早くOKが出たんです」
藍子が続ける。
「お嫁さんの紅葉ちゃんが先に新居に引っ越して、キジトラのキキちゃんと黒猫のジジちゃんと3人?で生活始めてるんです。晴弥はまだうちで私たちと暮らしてるんですけどね」
「わぁ、そうなんですね。お写真ないんですか?」
「あるわよ」
藍子はスマホを取りに行き、晴弥と紅葉がそれぞれ子猫を抱っこしている写真をみんなに見せた。
「可愛すぎる…」
春子もヒカルものけぞって卒倒しそうだ。
「普通にデートで保護猫カフェに行ったら、この2匹に不思議なくらい気に入られてしまったらしいの。離れられなくなっちゃったそうです。結婚の話も出ていたから、もう2人と2匹で一緒に新婚生活始めよう!ってなったんですって」
「優しいお二人ですね」
「あ、こんな話ばかりで佐藤様のご注文お聞きしてないわ」
「ハハハ、僕は今日はワッフル3種類を2個ずつ、合計6個で。仕事帰りに保護猫団体の集まりに行くから差し入れしてきます」
「かしこまりました」
ワッフルを手分けして包み、紙袋に入れて渡すと、佐藤氏は
「藍子さん、今日のボランティアの集まり、獣医科の看護師さんも来る予定で、子猫のお世話の話も聞けるんですけど、もしよろしかったら来られませんか?うちの家内も来る予定なんですけど」
「そうなんですか!?何時からですか?」
「19時からです、あの保護猫カフェで。子猫用のカリカリのサンプルも配布予定なんですよ」
「19時ならうちの主人も仕事帰りに間に合うかもしれないです。私は早めに行かせていただくことにして、主人もギリギリで参加させてもらっていいですか?」
「もちろん大歓迎です!晴弥さんご夫婦もいらっしゃったらぜひ」
「ありがとうございます。聞いてみます。行くとしたら事前に連絡したほうがいいですか?」
「いいえ、飛び入り参加でも大丈夫です」
「では最低でも2人、多ければ4人で参加させていただきます。わぁ、楽しみだわ」
「あ、それなら僕ワッフルもう少し買い足します」
「いえいえ、それは私が買って持っていきます」
「そうですか?ありがとうございます。では後ほど」
佐藤氏が帰ると、藍子もワッフルを買い、帰る準備を始めた。
「みんなどんどん新しい道が開けてきたのね」
春子は目を閉じてしみじみと浸る。
「さあ、私も4月からの新しい小春庵に向けてがんばるわ」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




