送別会
今日は水曜日で小春庵は定休日だが、スタッフ4人が集まって送別会兼ランチ会を行うことになっている。
春子は朝から準備をしていたが、華も始まる30分以上前に到着し、スタッフルームのテーブルの飾り付けを担当した。
準備のために行った雑貨店には卒業式のような飾りも売っていたが、いかにもお別れ風な飾りはしないことに決め、門出を祝う春らしいパステルカラーのテーブルクロスを購入してきた。テーブルに広げ、真ん中に小春スペシャルの「今月のフルーツ」の羊毛フェルト作品を順に並べていく。
「歴代のフルーツで飾り付け?」
「はい。6月から作り始めて3月まで、10ヶ月分は既にあったんですけど、4月のと5月のはこの日のために作ってきました」
4月はバナナ、石尾県産の『淡紅』というピンクのイチゴ、愛媛県産の『サンサン』という甘夏だ。
そして5月はバナナ、石尾県産の『北国キング』というメロン、長野県産の『ブルージュエル』というブルーベリー。
各月のフルーツの名前を記した三角札も並べていく。
「壮観ね。華ちゃんがここで1年間がんばってくれた姿が浮かんでくるわ」
2人でしみじみと眺めていると、藍子とヒカルが一緒に到着した。
「こんにちは。これで全員ね」
「本日はありがとうございます」
「お休みなのにすみません、ありがとうございます」
2人はお辞儀をして入った。3人が席につき、春子は厨房へ行った
「すごい!1年分のフルーツを飾り付けしたの?」
「こうやって見るとそれぞれの月の出来事が浮かんでくるわね」
華は早くも涙が出そうだが、ぶるぶると顔を振って、
「私、春子さんのお手伝いしてきます」
と厨房へ小走りに行った。
春子が作ってくれたランチのトレーと、華が入れた飲み物を、藍子とヒカルも一緒に運び、会が始まる。
「皆さん本日はお集まりいただきありがとうございます。いつも小春庵のために一生懸命働いてくれて、皆さんには本当に感謝しています。一度こういう機会を持ちたいと思いつつなかなか実現できなくて、やっとできたのが送別会で悲しいんだけど。でも今日は涙はなしで楽しい時を過ごしましょう」
春子はみんなの顔を見渡し、
「それじゃ、コーヒーで乾杯しましょうか」
春子とヒカルはホットコーヒー、藍子と華はホットカフェオレを持ち、それぞれに少し持ち上げた
「乾杯〜」
「じゃあまず私の作ったワッフルランチを食べてね。ワッフルに、スクランブルエッグ、カリカリベーコン、ミニサラダはカシューナッツ入りね。こちらの小鉢はプレーンヨーグルトにフルーツグラノーラを乗せて、さらにクランベリーもトッピングしてます。ミニカップはコーンスープね。あとでアイスクリームのデザートもあります」
「めちゃくちゃ豪華ですね」
「美味しそう」
「じゃあ食べましょう。いただきます」
みんなで手を合わせて食べ始める。
「美味しい!」
「美味しすぎます」
「ありがとう。これは主人が生きていた頃によくお休みの日のブランチに作っていたものなの。2人の好きなものばかり集めたのよ」
「そうだったんですか」
「久しぶりに作ったの。5年ぶりかしら?我ながら美味しいわね」
しばらく雑談しながら食べたあと、春子が言う。
「それではここでヒカルちゃんからご挨拶があります」
ヒカルはみんなの顔を見渡す。
「ここ小春庵で3年半アルバイトさせていただきました。春子さん藍子さんにはたくさんのことを教えていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。ハナとは楽しい時間をたくさん過ごせました。皆さんありがとうございました」
頭を下げる。
「今月20日に大学を卒業して、その後は富川県の「ブレイズグランドアリーナ」で勤務することに決まりました。新人なのでまだトラック競技の指導などはできないんですが、夢だった指導者にいつかなれるように、しっかり下積み修行します。夢が叶ったらここに報告しに来ます。あ、でもその前にも多分時々食べに来ると思いますけど」
みんなドッと笑った。
「じゃあ富川に引っ越すのね」
「はい、卒業式の翌日に引っ越します」
「荷物運び手伝いに行きましょうか?」
華が聞くと
「え?いいの?助かるわー」
ヒカルは嬉しそうだ。
春子が立ち上がり、
「ではデザートの時間です。華ちゃん盛り付け手伝ってね」
と言い、2人は厨房へ行った。
ほどなく2人はお皿を持って戻ってきた。
「わぁ!アイスクリームにお茶の粉末がかかってますね!」
「美味しそう!」
「いつもワッフルに使ってる粉末茶をトッピングしたのよ。藍子さんとヒカルちゃんはほうじ茶よね?華ちゃんと私は抹茶にしたけど」
「はい!」
「さすが春子さん!」
「ではデザートいただきましょう」
アイスクリームも食べ終え、みんなすっかり満腹になり、それぞれ2杯目のコーヒーとカフェオレを手に持った頃、春子が再び声をかける。
「はい、それではここで、藍子さんからもご挨拶があります」
「え!?」
「え!?」
藍子がみんなの顔を見る。
「皆さん…。実は3月31日付けで、小春庵を去ることになりました」
「そんな!嘘でしょ!」
華が顔を手で覆う。
「ChaCha3月号にウッドバーニングの記事が載って以来、ChaChaさん経由でいろんなカフェから看板制作の依頼が来て、お受けすることになったんです。ChaChaさんとの1年間の合同企画で、原則1ヶ月に1件、現地のカフェを訪問してコンセプトを知ってから制作に着手するということで、毎回取材付きなんです」
「え!すごすぎるんですけど」
「じゃあ毎月ChaChaに藍子さんの記事が載るんですか?」
「合同企画の12回だけね」
「1年間毎月!」
「藍子さんがさらに有名になって遠い人になっちゃう!」
「雑誌に載るのは看板で、私じゃないですけどね」
藍子は笑う。
「月に1回現地も行くし結構大変かなと思ったり、でも少しなら小春庵と掛け持ちできるかもと思ったり、迷ってたんですけどね、でも実はプライベートなんですけど長男が結婚しまして」
「え!おめでとうございます」
「ありがとう」
「あれ?でもまだ学生さんですよね?」
「2人とも今月卒業なの。就職したらお互い泊まりもある仕事ですれ違いになるし、それならもう少しの時間も余さず一緒にってことで、結婚の時期を早めたんです」
「うわーラブラブですね」
「何のお仕事なんですか?」
「長男は薬学部を出て製薬会社の開発職、お嫁さんは看護学科を出て看護師になるの」
「あーそれだと泊まりありますね」
「そうなの。で、籍は既に入れて4月から近くのマンションに住むんですけど、時々手伝いに来てほしいって頼まれて」
「何となくそれは過保護っぽいような気もしますけど…」
「そうなの。それだけだとそうなんだけど、実は2人が保護猫を引き取ることになったんです。息子は研修でしばらく東京に行ったりして不在になるので、誰もいない日は私がお世話しに行くことになったんです」
「あー、それは行ったほうがいいかもですね」
「私は猫が大好きなので、楽しみなの。息子じゃなくてお嫁さんの方から頼まれたのも嬉しくて。でも時間は取られるので、小春庵との掛け持ちはあきらめて、しばらくの間は看板制作と子猫ちゃんのお世話、ついでに長男夫婦におかずを差し入れしたり、そんな生活になるかと思います」
「そうなんですね」
「本当に看板作家さんになるんだ…」
「何もかも2月に急に決まって、私も嘘みたいって思ってるのよ。1年間の契約が終わったらその後はどうなるかわからないし、長男の家もそのうちお手伝い行かなくて済むようになるだろうし、いつかまた小春庵に戻らせてほしいと春子さんにお願いする日も来るかもしれないですけど…」
「いつでも大歓迎よ」
「ありがとうございます!それで今日は皆さんにプレゼントがあります」
藍子は「小春庵」という文字とワッフルの絵がウッドバーニングで描かれたウッドコースターを、ヒカルと華に渡した。透明の袋に麻紐で可愛くラッピングされている。
「良かったら使ってね」
「わぁ、ありがとうございます」
「そしてこちらは春子さんに。よろしければ店内飲食のドリンク用に使ってください」
2人に渡したものと同じコースターが10枚入っている
「ありがとう。小春庵のイメージにぴったり。使わせていただくわ」
「あと、もう一つ。皆さんの似顔絵を描いてきました」
小さいサイン色紙にそれぞれの似顔絵が描かれている。みんな小春庵のエプロン姿だ。写実的ではなくイラスト調の可愛い感じで描かれているが、それでいて特徴がよく出ている。華の顔も、似ていてすぐに華だとわかるけれど、可愛らしい感じにちょっとアレンジされている。
「ありがとうございます。みんな似てる」
みんな目がうるうるしてきた。
ヒカルが、
「実は私もプレゼントがあります。ブレイズアスリートクラブのオリジナルミニタオルに、皆さんの名前を刺繍してもらってきました。春子さんには春らしい明るいイエロー、藍子さんにはブルー、凛とした美しさのイメージです。ハナにはピンク。華やかなお花のイメージね」
1人1人に手渡す。
「ごめんなさい、早速使わせてもらうわ」
「私も」
3人は早々に包みを開けて、そのタオルで涙を拭いた。
「私も実はあります」
華が鼻声で
「皆さんにワッフルの形の羊毛フェルトストラップを作ってきました」
「わあ、可愛い」
「去年だったらこんな難しい形は作れなかったんですけど、この1年でいろんな点で成長させてもらうことができました。本当に小春庵に感謝しています」
「何だか最後みたいな挨拶だけど、華ちゃんはまだまだここで働いてね」
「はい!もちろんです!」
華はお得意の力こぶを作ってみせた。
みんなで食器を洗って片付け、最後には春子からワッフル3種類1個ずつを持ち帰り用に包んだものがプレゼントされ、会はお開きになった。
春子はもう少し店に残ると言い、藍子は噂の長男が車で迎えに来た。若いお嫁さんは遠慮してか後部座席に座っていたが、藍子も助手席には座らずお嫁さんと並んで座り、早速プレゼントのタオルや羊毛フェルトストラップを見せている。
藍子の乗る車に手を振って別れ、ヒカルと華は2人で駅まで歩く。
「こうやって2人で駅まで歩くのもあと何回かな」
「最初の頃よく私がウジウジと悲観的な考えを言って、ヒカルさんに帰り道お説教されましたね」
「いやその言い方!まあその通りだけど。強くなったよね、ハナ」
「はい」
「安心して卒業できるようになって良かった」
「これから先にまた落ち込むことがあったらどうしたらいいですか」
「そうだねぇ。春子さんの求心力で、また相談にのってくれそうな優しい人たちが集まってきそうだとは思うけど、でももし私に相談したかったらメッセージ送っておいで。これからもいつでも相談にのるよ」
「良かった。ありがとうございます。嬉しい」
「うん。じゃあね」
駅に着き、2人はそれぞれのホームに別れて手を振った。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




