小春庵
アルバイトの面接の日。
華は黒いパンツスーツを着て小春庵に向かう。
華は縦にも横にも大きく、顔立ちもスカートが似合うようなタイプではないので、もっぱらパンツスタイルを愛用しているが、大きめサイズでも太ももはパツパツである。
小春庵は小さい古民家をリノベーションして作ったワッフルカフェだった。
木の看板の横のドアから店内に入ると、優しそうなオーナーが奥から出てくる。
「面接の方ね。初めまして、私は小芝春子。この小春庵を経営しています。どうぞよろしく。ではそちらに座ってね」
華は履歴書を渡し、春子はしばらく無言で読む。
「18歳、大学生になったばかりなのね。じゃあアルバイトは人生で初めて?」
「はい、初めてです」
「お家はここから近くかしら?一人暮らし?」
「はい、一人暮らしで家は電車でひと駅です。大学はここから歩いて10分ぐらいです」
「ひと駅なら通うのに便利ね。週に何回ぐらい勤務できそう?」
「多分3回ぐらいなら入れるんじゃないかと思います。でもやってみないと分からないですけど…」
「もちろん、大学の勉強も大切だから、無理のないように少しずつ慣れていってもらうようにするわね」
「ありがとうございます」
「もしここで働いてもらうなら、守ってほしいことがあるの。まず1つ目は身だしなみのことなんだけど、髪はひとつにまとめて爪は短く清潔にすること。食べ物を扱うお店だからね」
「はい」
華は髪を黒ゴムでひとつに括ってきていた。両手の指を広げて自分で確認してみると、ネイルはせず、短く整えられていた。ホッとして春子を見る。
「服は上は白なら何でもOK、下は自由だけどカフェエプロンはつけてもらうわね。あと、高いヒールは履かない。危ないからね」
華は高身長を気にしているので、靴はペタンコしか持っていない。
華は自分のスニーカーをチラッと見てから
「はい」
と答えた。
「2つ目は、笑顔で楽しく勤務すること。嫌々仕事をしても、ワッフルを受け取ったお客様には歪な空気が伝わってしまうわ。美味しいワッフルを、スタッフが楽しそうに売って、お客様が楽しそうに食べる。私はそんな幸せな空間にしたくてこの店を作ったの。だから表面的に笑顔でお客様に対応するだけでなく、内面も楽しく勤務してほしい。辛いことや困ったことが出てきたらすぐに相談してもらえると嬉しいわ」
「はい」
華は笑顔になる。
「3つ目は、ここのワッフルに愛情を持ってほしいこと。あなたはワッフルは好き?」
「はい、好きです」
「良かった。ここのワッフルはね、出来るだけ地元の食材を使って私がひとつひとつ手作りしているのよ。あなたは引っ越して来たばかりだから、白沢産を食べるのは初めてのものもきっと多いと思うけれど、美味しいものがたくさんあるから、ぜひ味わって好きになってもらいたいわ」
「はい、ぜひお願いします」
「はい、では具体的な話に移るわね。うちは水曜が定休日、その他の曜日は10時から17時までの営業なの。早番は9時半から、遅番はできれば13時半からお願いしているのだけど、無理ならもう少し遅くてもOK。で、閉店後の片付けなどもあるので17時半頃に退勤となります」
「はい」
「平日で遅番入れる曜日はあるかしら?」
「火曜日と金曜日は入れます」
「あら、ちょうどいいわね。あと、日曜日はフルにオープンからクローズまで入れる?もちろん休憩は挟んでもらうけど」
「はい、それも入れます」
「ありがとう。良かった。はい、それでは採用決定です」
「はい!ありがとうございます!」
華の顔がパッと明るくなる。
「ここからは3つ目のお願いを実践してもらうために、ワッフルを食べながら話すことにしましょう」
「え!いいんですか?ありがとうございます!」
春子は厨房に入り、木の皿にワッフルやフルーツなどを盛り付ける。
「コーヒーは飲める?」
「あの…、そのままだと飲めないんですけど、牛乳が入っていたら飲めます」
「じゃあカフェオレにするわね」
「すみません、ありがとうございます」
華は顔を赤くする。
「ドリンクはコーヒーとカフェオレ、それぞれホットとアイスがあるのよ」
春子はお皿を2つとカップを2つトレーに乗せて運んできた。
「ではワッフルの説明をします。ここのワッフルは3種類あるの。まずシンプルな『小春オリジナル』、そして白沢のお茶が入っている『白沢抹茶』と『白沢ほうじ茶』ね」
春子は指を折りながら説明する。
「うちは持ち帰りのお客様が多いんだけど、ご覧の通りカウンターに5つだけ椅子があるので、店内飲食もできるのよ。で、店内限定のメニューがこの『小春スペシャル』」
運んできたお皿を指しながら春子は説明する。
「小春スペシャルっていうのは、小春オリジナルワッフルに、フルーツ3種類、アイスクリーム1スクープ、そしてミントの葉と、白沢名産の金箔がトッピングされてるの」
「わぁ、綺麗で美味しそうですね」
「アイスクリームは地元の栄牧場のもの、フルーツは月変わりで、今月はバナナ、これは外国産ね。それと石尾県産の『淡紅』っていうピンクのイチゴ、それに愛媛県産の『サンサン』っていう甘夏なの。ミントはここの庭で私が育てているのよ」
「お庭で!すごいですね!」
「アイスクリームが溶けちゃうからひとまず食べましょう」
2人は食べ始めた。
「アイスクリーム、牧場のだから濃厚で美味しいでしょ」
「本当に美味しいです」
「ワッフルは本当は小春オリジナルだけど、今回は全部味わってほしいから、3種類を半分ずつ切って盛り付けたのよ。食べ切れるかしら?」
「はい、もちろんです!どれも本当に美味しくて。お茶の香りもいいですね」
「好きになってくれた?」
「はい!3つ目のお約束もできそうです!」
「良かった」
春子も微笑む。
「早速次の日曜日から初出勤でも大丈夫?」
「はい、よろしくお願いします!」
「エプロンのポケットに入るぐらいの小さいメモ帳を持ってきてね。覚えてもらうことがたくさんあるから」
「わかりました!」
華は家に帰ると早速友人の夢子にメッセージを送る。
「初バイト決まったよ!」
「おー早い!がんばってね、応援してる!」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、フルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




