帰省
「ただいまー」
三が日が無事に明けた1月4日、華は久しぶりに実家のドアを開ける。夏休みには帰省しなかったので、約9ヶ月ぶりの実家だ。
母が玄関まで来て、
「華ちゃんおかえり」
と、幼い頃のようにギューッと抱きしめる。
「もう、ぽっちゃりのお母さんがぽっちゃりの娘をギュウギュウハグして、暑苦しいわよ」
華はのけぞって逃げる。
「いいじゃない、久しぶりなんだから。元気にしてた?」
「うん」
「おせちはもうないけど、お餅はまだたくさんあるわよ。お昼まだでしょ?夜はすき焼きをする予定なんだけど、お昼はどうしようか。外食でもいいけど」
「お母さんのオムライスが食べたいな」
「オムライス?そんなのでいいの?もっとお正月らしいものじゃなくていいの?」
「じゃああとでおやつにお餅焼いてくれる?磯辺焼きで。あ、バター焼きもいいなぁ」
「両方でもいいわよ」
「それとここにいる3日間の間に一度はハンバーグ作ってほしいな。あと唐揚げも。肉じゃがも」
「男子高校生みたいなリクエストね」
「失礼ね、可愛いワッフル屋の店員に向かって。あ、忘れるところだった!これ、小春庵のワッフル3種類買ってきたよ。あとでこれもおやつに食べようね」
華は母親に大学生活のこと、親友の夢子のこと、小春庵のことなどを話す。
「それでさ、小春庵のパートの藍子さん、もう別世界の生き物みたいに綺麗なの。見た目が綺麗なだけじゃなくて、優しいし所作はエレガントだし英語も話せるし、もう完璧。みんなから好かれてるんだよ。お母さんが見たらびっくりするよ」
「東京ならそんな女優さんみたいな人もいそうだけど、白沢にそんなすごい人いるのかねぇ。まああんたのちょっと大げさな性格の分差し引いて聞いとくよ」
「いや本当だって!細くて守ってあげたくなるほど華奢でね、私もあんなふうに生まれてたら良かったなーって思っちゃう。あー今年は藍子さん目指してダイエットしようかなぁ。ハンバーグとか唐揚げ、キャンセルしようかな」
「何言ってんの、お正月にダイエットする人なんていないわよ。逆にダイエット中の人もお正月だけはお休みして美味しいものたくさん食べるもんよ」
「そう?」
「当たり前よ。お正月はたらふく食べて幸せな顔になって、そこから幸せな一年が始まるのよ」
かくして華は3日間たっぷり母の愛情に包まれ、おいしいものを食べまくり、好きな時に好きなだけ寝て、3kg太った。白沢に戻る日の午後、服のウエストがきついことにちょっぴりショックを受けつつも、
「3日間楽しかったし、ま、いっか」
と笑い、久しぶりに母と2人で商店街を歩いて駅まで送ってもらうことにする。
「じゃ、行くわね、お母さん。体に気をつけてね」
「華ちゃんもね。今年も"華"の女子大生生活楽しむのよ」
✳✳✳✳✳
時は少し戻り、華が実家で美味しいものに囲まれていた頃、小春庵では藍子とヒカルが勤務していた。
「藍子さん、お正月私が休んでた日に旦那さんとお子さんと一緒に来られたそうですね。私もお会いしたかったなぁ」
「あら、そう?ありがとう、また一緒に来るわね。息子が来てくれたらだけど」
「初詣だったんですか?」
「そうなの、そこの白澤神社にね」
「学問の神様の菅原道真のところですね」
「そうそう、次男が来年受験なので拝んできたのよ。で、道真さんにちなんで『うめのはな』でランチしたあとこちらに来たの」
「なんで道真だと梅の花なんですか?」
「『東風吹かば匂ひおこせよ梅の花…』っていう和歌聞いたことない?」
「うーん、あるような、ないような…?で、その和歌とどんなつながりが?」
「道真は優秀な学者でもあり政治家でもあったんだけど、ある時九州の太宰府に左遷されたのね。で、庭の梅に、自分がいなくなっても春になったら忘れずに花を咲かせるんだよっていう歌を残して京都から去るんだけど、梅は道真を追いかけて太宰府まで飛んでいくの。そして向こうで花を咲かせた、それが『飛梅伝説』ね。今も太宰府天満宮の境内にはその飛梅が御神木としてあるのよ」
「わぁ!ロマンチックな伝説ですね」
「でもその追いかけ方が、お花や種が飛んでいって向こうで芽吹いたとかじゃなくて、木が根こそぎ飛んでいったらしいのよね。涙が出そうな伝説の中でそこだけちょっぴりギャグっぽいなぁって私は思ってるんだけど」
「確かに!」
2人が笑っていると、ドアが開いた。
「いらっしゃいませ。あら大山様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします」
常連の大山が来て、お互い新年の挨拶を交わしてお辞儀をする。
「今日は息子さんとお二人ですか」
「そうなんです。え~と、ワッフル3種類1個ずつもらおうかな」
「母さんは抹茶が好きだからそれだけ2個にしたら?」
「そうだな、じゃあ白沢抹茶だけ2個、あとは1個ずつの、合計4個持ち帰りでお願いします」
「ありがとうございます」
「今日は差し入れ何もなくて手ぶらでさ、ごめんね」
「そんな、とんでもないです!毎回手ぶらでいらしてくださいね」
藍子とヒカルは並んで2個ずつワッフルを包む。
「あの、今日は上園華さんはいないんですか」
息子さんがためらいがちに聞く。
「あいにく今日はシフトに入っていないんですが、何か…?」
「あ、いえ、同じ大学なんです」
「あら、お友達なんですね。せっかくいらしたのに申し訳ないです。いらっしゃったことはお伝えしますね」
「ありがとうございます」
2人が帰ったあと、藍子とヒカルは顔を見合わせる。
「え…ハナに男の子の友達いたんだ…。しかも大山さんの息子さんて…」
2人はクスッと笑う。
「まあ、あまりからかいすぎないように気をつけましょう。華ちゃん繊細だからね」
✳✳✳✳✳
「ハクション!」
その頃華は唐揚げを食べながらくしゃみをした。
「華、唐揚げにこしょうかけすぎじゃない?」
「かけてないよー…ハ ハ、ハクション!ん?誰か噂してんのかな」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




