お正月
1月1日。
小春庵は元旦から店を開けるが、三が日の間は短縮営業で15時閉店である。朝に初詣に行った人が帰る途中お昼前後に寄ることが多く、夕方以降はあまり人が来ないので、早めの閉店でも特に問題はない。
「春子さん、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いします」
「華ちゃん明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします。お正月から働かせてしまってごめんなさいね」
華は三が日は働くが、4日からは休んで帰省する予定だ。反対に藍子は三が日は休みで、4日から出勤することになる。
ヒカルは2日まで実家に帰省して3日から勤務するらしい。スタッフは少人数だが何とかうまく調整できて良かった。
お昼までは破魔矢や授与品の袋を持った初詣帰りの人が次々と来店したが、午後になってお客様が途切れたので、春子と華はご予約が入っている分のワッフルを包む作業をしていた。
ドアが開いて華が
「いらっしゃいませ」
と振り返ると、そこには着物姿の女性とスーツの男性、そして高校生ぐらいの男の子が立っていた。
「こちらにどうぞ」
と注文カウンターに案内すると、
「華ちゃん、明けましておめでとうございます」
と声をかけられた。
「え!?」
とよく見るとそれは藍子だった。
「え!藍子さんだったんですか!わぁ、素敵な和服姿…」
華はあまりにも綺麗な藍子の姿に見惚れ、両手で自分の頬を挟んではしゃいでしまった。奥から春子も出てきて、新年のあいさつを交わす。そして旦那さんも
「いつも家内がお世話になっております」
と頭を下げる。
「いえいえ、こちらの方こそ藍子さんには本当にお世話になって感謝してるんですよ」
「いえいえそんな」
藍子はブンブンと手を振り、旦那さんはニコニコして見ている。
「初詣の帰り?」
「はい。三人で初詣してお昼食べてたんです。ここでお茶してから主人の実家に向かおうと思ってます」
「息子さんも一緒でいいわね」
男の子はペコリとお辞儀はしたが無言のままだ。細くてスラリと背が高いところは旦那さんに似ている。
「じゃあ、選びましょ。私は小春スペシャルとホットのカフェオレにしようかしら。あなたはコーヒー?」
と旦那さんに聞くと
「うん、ホットコーヒー、ブラックで。君の豪華なワッフルを一口だけもらうよ」
「あなたは何にする?」
息子さんに聞くと、
「僕もお母さんと同じ。小春スペシャルとホットカフェオレ」
「じゃあ華ちゃん、小春スペシャル2つに、ホットコーヒー1つ、ホットカフェオレ2つ、飲み物は全部お砂糖なしでお願いします」
「ありがとうございます」
華は復唱しながらレジを打つ。
「それと、春子さんに予約をお願いしてたんだけど、主人の実家への手土産も買いたいの。小春オリジナルと白沢抹茶と白沢ほうじ茶を5個ずつ、合計15個を持ち帰りでお願いします。たくさんごめんなさいね、包むの私も手伝うわ。あ、手伝うっていうのも変ね。自分でやるわ、と言ったほうがいいのかしら」
奥から春子が出て来て、
「いいのいいの、聞いてたから。そろそろ来るかなと思って半分もう包んだのよ。お客さんなんだから座ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
「藍子さんも息子さんも白沢ほうじ茶が好きなんでしょ?特別にほうじ茶のワッフルで小春スペシャルを作ろうか?」
「え!いいんですか!?」
「もちろんよ。限定のスペシャルメニューにさせていただくわ」
「ありがとうございます!」
華が続きのレジを打ち、お会計も済むと、春子が厨房で小春スペシャルを作り始めた。
華は飲み物を作りながら考える。
藍子さんのご主人なら同じようにめちゃくちゃ若見えする感じかなと思っていたけど、意外とロマンスグレーの50代半ばな感じ、年相応な方なんだな。でもスラリとして白髪も似合ってて素敵な方だな。藍子さんもご主人も愛想良いけど、息子さんはおとなしくて無口なんだな。見た目は背が高くてかっこいいけど、藍子さんには似てないんだな。
コーヒーの抽出が終わり、ハッと現実に戻って、温めた牛乳と混ぜる。飲み物を運んで、そのまま藍子に話しかける。
「今日はもう1人のお子さんはいらっしゃらないんですか」
「上の子は大学の卒業前の試験に備えて勉強中なの」
「大変ですね」
「そうじゃなかったとしても、長男はもう全然一緒に来てくれないのよ。去年のお正月は2週間の語学研修に行ってたし、その前の年はお友達とスキー旅行、その前は夜中から初詣で…。大学生になると全然一緒に過ごしてくれないのね」
「ギクッ」
「あら、華ちゃんも実家から離れてここにいるんだったわね」
「でも4日から実家に帰るんです」
「それはいいわね。ゆっくりしてらっしゃい」
「ありがとうございます」
改めて藍子の姿を見る。
「お着物本当に素敵ですね。ブルーがよくお似合いです」
「この色ね、藍鼠っていうのよ。私の名前の藍が入っててお気に入りの訪問着なの。この柄のぼかしは白沢友禅の特徴なのよ。きらびやかな京友禅なども素敵だけど、私はこういう落ち着いた雰囲気が好きなの」
「そうなんですね。確かに豪華絢爛なものとは違っていつまでも着られそうだし、上品で、何歳になっても似合いそうですよね」
春子が小春スペシャルを運んできた。
今月のフルーツは、石尾県産の『白鷺娘』というイチゴと、宮崎県産の『寿丸』という金柑で、お正月らしいセレクションだ。あと1種類は、三が日だけは安納芋、4日以降はバナナとなる。
「お持ち帰りの分はあとで渡すので、スペシャルを先に召し上がれ。特別にアイスクリームも2スクープよ」
「えっそうなんですか!ありがとうございます。いただきます」
息子さんも笑顔になる。
「ありがとうございます」
3人で仲良く食べ始める。
春子と華は並んで残りのワッフルを包み始めた。
「この15個の予約、藍子さんだったんですね」
「毎年藍子さんは着物姿で来てくれて、15個買ってくれるのよ。華ちゃんにはびっくりさせようと思って内緒にしてたの」
「本当にびっくりですよ。でも本当に綺麗」
2人はカウンター席に座る一家の後ろ姿を微笑ましく眺めた。
藍子が真ん中で、右に座った夫とワッフルを分け合い、左に座った息子は黙々と食べる。ワイワイと盛り上がるのではないけれど、落ち着いた静かな幸せという感じだ。
華は小さい声で春子に話しかける。
「藍子さんが真ん中なんですね」
「次男くんが左利きだから左端に座ってるんじゃない?次男くんが真ん中だったら藍子さんと肘どうしぶつかるし」
「なるほど、左利きか!藍子さん可愛いからお姫様状態で真ん中なのかと思いました」
「それもあるかもね。でも藍子さんが真ん中のほうが旦那さんとワッフルのシェアもしやすいね」
「なるほどねー。おやつを食べるちょっとしたシーンにも家族の中でいろんな背景があるんですね。もっと小さい頃ならさすがに子供が真ん中だったのかなぁ。小さいうちは肘もぶつからなかったのかも?…」
華はあれこれ想像しながらワッフルを包み終え、2つの紙袋に分けて入れ、客席の藍子に渡しに行った。
「藍子さん、お待たせしました」
「華ちゃんありがとう」
2つの紙袋は、夫と息子がサッと1つずつ取って自分の横に置く。
…おお、紳士が2人。言わなくても瞬時に荷物持ってくれるのね!やっぱり藍子さんお姫様状態だわ…
華はなぜか嬉しそうだ。
そこへまたドアが開いて女性客が1人入ってくる。
「いらっしゃいませ…あ、夢子!来てくれたのね」
春子が出て来て
「あら、華ちゃんのお友達?」
「はい、今日仕事が終わったら一緒に初詣に行こうって約束してて、早めに迎えに来てくれたみたいです。夢子、ワッフル食べる?」
「うん!何がオススメ?」
「もちろんこの小春スペシャルがオススメだよ。ワッフルはオーナーの春子さんが作るんだけど、そこから先の盛り付けは私がやるよ」
「じゃあそれをお願い。あと、ホットカフェオレ、お砂糖2つでお願いします」
小春庵のカウンター席は5つしかないので、必然的に夢子は藍子の家族3人と非常に近い位置に座ることになる。
夢子は支払いを終えると、
「失礼します」
と、旦那さんから1つ空けたいちばん右端の席に座った。
その間に華は張り切って小春スペシャルの盛り付けをする。春子が横からさりげなく夢子の分もアイスクリームを1スクープおまけしてくれた。
華が出来上がった小春スペシャルとカフェオレを運ぶ。
藍子が席から首を伸ばし、華と夢子に声をかける。
「お二人雰囲気がすごく似ているわね。いかにも仲良しって感じがするわ」
「そうなんです、いつも似てるって言われます」
華は親友が来て嬉しそうだ。
「夢子、こちらは今日はお休みなんだけどいつも一緒に働いてる先輩スタッフの藍子さん。めちゃくちゃ綺麗でしょ!?」
「うん」
「今日はまたお着物で一段と綺麗なんだよね。この色、藍鼠色って言うんだよ。この地方の白沢友禅っていって、落ち着いた品のある美しさがある着物なんだよ」
華はまるで自分の身内を自慢するかのように、さっき得たばかりの知識を嬉々として披露する。
「あとね、ドアの前に立ててる木の看板、藍子さんがウッドバーニングで作ったんだよ。ここにあるメニューのプレートも。すごいでしょ?あとこのフルーツの札は何と藍子さんと私の合作なの!」
「はいはい、本当に素敵な方だし本当に作品もすごいけど、あんたがこちらの先輩のこと大好きってことがあまりにも伝わってきて、そっちに圧倒されちゃうよ」
夢子は呆れるように笑い、
「あの、藍子さん、私の親友がいろいろご迷惑おかけすることもあるかと思いますけど、いいやつなんで、今後もどうぞよろしくお願いします」
「迷惑なんて!私も華ちゃんと一緒に働いたりお喋りしたりするの本当に楽しく思ってるんですよ。こちらこそこれからもよろしくお願いしますね」
好きな人たちに囲まれて好きなお店で過ごせるお正月、今年はスタートが幸せだからきっと幸せな一年になるだろうな。華は期待に胸を膨らませた。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




