白沢のお母さん
翌週再び雑誌社ChaChaの中野氏と高橋氏が来て、藍子は看板や店内の札などウッドバーニングの作品に関しての取材を受けた。その記事は、小春庵の記事と一緒に2月発売のChaCha3月号に載る予定で、編集が進められることに決まった。
12月中旬のある日、月曜で華はお休みの曜日だが、藍子もヒカルも都合が悪く、華が臨時で勤務することになった。
「おはようございまーす」
「華ちゃん来てくれてありがとう。今日はよろしくね」
「よろしくお願いします」
「閑散期だから多分大丈夫とは思うけど、今日は2人だけでがんばろう」
「はい!」
お客様は確かに少なめだった。数人来たあとはぱったり来なくなり、春子は
「ちょっと気が早いけど、暇だから年末の大掃除を少しずつ始めようか。これ、毎年使ってるリストなの。終わった箇所には丸印をつけていってね」
渡されたリストには、「冷蔵庫A」「冷蔵庫B」「換気扇」「照明器具の上」などいろんな箇所が記入されていた。
華はまず冷蔵庫Aの中身を冷蔵庫Bに移し、空になったAの中をアルコールとペーパータオルで拭き始めた。
掃除をしながら春子と話す。
「今日は藍子さんとヒカルさんどうされたんですか?」
「藍子さんはお子さんの大学入試説明会よ。受験は1年後だけど、そろそろ志望校を絞っていく頃なのかな?」
「確かにそういう時期ですね」
「ヒカルちゃんは4月から就職する会社の配属面談よ。お隣の富川県まで行ってるわ」
「配属面談…」
ヒカルが春に卒業して就職することは出会った時からわかっていたが、改めて聞くと動揺してしまう。
「スポーツクラブでしたよね」
「そう。北陸最大手のブレイズアスレチッククラブね」
「すごいですよね、ハイレベルの選手もたくさんいるクラブのトレーナーって」
「ヒカルちゃんはトラック競技専門だから、本部がある富川のブレイズグランドアリーナに所属したいみたいよ。あそこはタータンのコースもあるから。体育大卒でメダル豊富な優秀なエリートとかでないとなかなか配属されない狭き門らしいけどね」
「そうなんですか。でももし富川になるとヒカルさんきっと引っ越しちゃいますね」
「そうね。一応白沢駅前にもブレイズアスレチックジムならあるし、あそこだと近いから就職後もきっと遊びに来てくれるだろうけど、規模は小さめのスポーツジムだからね、ヒカルちゃんがやりたい業務ではないかもね。大学では保健体育コース取ってたらしいし、ジムのプログラム組むのも得意だろうとは思うけど」
「うーん、ヒカルさんには物足りないかもですね。近いんですけどね」
「あとどこにあったっけ?」
その後も春子と華は勝手に人事担当になって、ヒカルをいろんな部署に配属させては、喜んだりがっかりしたりしていた。
そこへドアが開く。
「おはよう」
「サカちゃんさん!お久しぶりです!」
「あら華さんお久しぶり。今日は珍しいのね」
「ピンチヒッターで来てます。月曜だからサカちゃんさんに会えるかなって期待してたんです。嬉しいな」
春子は
「おはよう。今日もありがとう」
と納入品を受け取る。
「サカちゃんずいぶん懐かれちゃってるのね」
「可愛い娘ができたみたいだわ。華さんは実家から離れて一人暮らしだもんね。春ちゃんと私が白沢のお母さんみたいな感じで見守らなきゃね」
「え!白沢にお母さんが2人も!?嬉しすぎます」
華は自分の胸を抱き締めるようにして喜んだ。
そこへまたドアが開き、スラリとしたサラリーマンの男性が入ってきた。
「こんにちは」
「前川様、いらっしゃいませ」
時々買いに来てくれるお馴染みの前川氏だ。華が注文カウンターに立つ。
「いつもの小春オリジナルを3つお願いします。持ち帰りで」
「ありがとうございます」
お会計を済ませ、ワックスペーパーで包んで紙袋に入れ、
「お待たせいたしました」
と渡すと、
「ありがとう。これ、浜松のおみやげのパイだよ。皆さんでどうぞ」
とお土産の紙袋を手渡された。
「え!いいんですか?ありがとうございます」
華は受け取り、春子も
「いつもありがとうございます」
と声をかけ、前川氏は帰っていった。
初めて常連さんから差し入れを直接受け取っちゃった!
華は個人的なプレゼントをもらったわけでないのにウキウキする。
「春子さん!もらっちゃいました!」
「良かったわね。このパイ美味しいものね。みんなでいただきましょう。サカちゃんもひとつ持って帰って」
「あら、ありがとう。じゃあ遠慮なくいただいて、と。そろそろ帰るわね。またね」
ピンチヒッターで急に来たけど楽しいなー。華はご機嫌だ。
「ところで華ちゃん、1月前半のシフトをもう決めなきゃいけないんだけど、お正月の予定はどんな感じ?入れる人がいなさそうなら休業でもいいかなと思ってるんだけどね」
「私、1日から3日までは勤務できます。4日から少し実家に帰りたいんですけど」
「そうなの?それなら藍子さんが三が日はお休みで4日から出られるらしいから、ちょうどいいわね」
「そうなんですか!良かったです。入れ違いですね」
「実家には何日ぐらい?」
「2泊して6日の夜に帰ろうと思ってます」
「オッケーよ。じゃあそれでシフト組むわね」
「よろしくお願いします」
「クリスマスも入れちゃってるけど本当に大丈夫なの?」
「夜に親友の家に行って2人で持ち寄りパーティーするんですけど、バイトは全く問題ないです」
「あら、じゃあささやかながら私からワッフルの差し入れだけしようかしら」
「え!いいんですか!?ありがとうございます!」
華は勤務が終わると、前川氏の差し入れのパイを1つバッグに入れ、クリスマスパーティーのことを考えながら、ウキウキと楽しそうに帰った。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




