配信者
11月になった。
白沢市には日本三大庭園の一つ「白鷺園」があり、特に冬景色が有名だが、秋の紅葉の季節にも多くの観光客が訪れて賑わう。
小春庵の今月のフルーツは、鹿児島県産の安納芋、石尾県産の『六尾丸』という栗、そして『白沢しずく』という梨になった。安納芋は果物ではないが、10月から12月だけバナナの代わりに使われている。栗は春子によってコンポートにされていた。
今月の華の羊毛フェルトは、まず安納芋は焼き芋1本の状態と半分に割ってオレンジがかった中身が見えているもので、食べたいぐらい美味しそうに出来ている。栗はちゃんとイガも作って本格的だ。梨は丸ごと1個のとくし形切りにしたもので、こちらも上手くできている。華は最近の中でも特に今月の作品には自信があった。
その日はヒカルと勤務していた。お客様が途切れて誰もいない時、20代と思われる女性2人組が入ってきた。おしゃれで可愛い上に顔がそっくりだ。双子だろうか。
「いらっしゃいませ。こちらでお伺いいたします」
華は注文口に案内してメニューを見せる。2人組は小春スペシャルを見て、目を輝かせる。
「わぁ、美味しそう。この羊毛フェルトも可愛いわね。じゃあ小春スペシャル2つお願いします。店内でいただきます」
「かしこまりました」
「あと、動画の撮影してもいいですか?」
奥から春子が
「今は他に誰もいらっしゃらないので、短時間ならどうぞ」
と声をかける。
華は先月から小春スペシャルの盛り付けも担当している。
最初は緊張でガクガク震え、手順書を見ながら必死にやっていたが、最近は慣れてきて何も見ずにできるようになってきた。
お皿を2枚並べ、ワッフル、安納芋、栗、梨と丁寧にお皿に乗せていく。
アイスクリームを冷凍庫から出し、1スクープずつ皿に乗せる。そして仕上げのトッピングをしたら完成だ。
トレーに乗せて席まで運ぶ途中、2人組はもう撮影をスタートしていた。
「こんにちは、『ルルララ』でーす」
2人はポーズを取る。
「今日は2人で白沢市に来ています。日本三大庭園の一つ、白鷺園に行くつもりなんですけど、その前に素敵な古民家カフェの『小春庵』さんを発見したので、立ち寄らせてもらいました。見てください、こんな可愛いお店でーす」
2人組は客席周辺やガラス越しの庭を映す。
華は割って入るのをためらったが、仕方ないので声をかける。
「お待たせいたしました。小春スペシャルでございます」
「わぁ、ありがとうございまーす。ジャーン、こちらが今日私たちが注文した、このカフェのスペシャルメニュー『小春スペシャル』です」
2人組は華の姿は映り込まないようにして、小春スペシャルのお皿をアップで映す。華は注文カウンターの内側に戻り、自分の盛り付けたスペシャルが映される様子を、嬉しいような恥ずかしいような思いで見ていた。
「では、内容を説明します。メニューによると、オーナーさん手作りの『小春オリジナル』というワッフルに、鹿児島県産の安納芋・石尾県産の『六尾丸』という栗・そしてここ白沢産の『白沢しずく』という梨が添えられています。厳密には安納芋は果物じゃないんですけど、果物より糖度が高くて美味しいとのことで、秋だけ果物の代わりに使われているそうです。というかもう安納芋はそのままでスイーツと呼んでもいいくらい甘くて濃厚でトロトロで美味しいですよねー。あと、栗って果物?と私は一瞬思ったけど、考えてみるとこれは木になるんだから多分果物の1種ですね、はい。綺麗なコンポートになっています」
お皿のアップを映したままひとつひとつ指さしながら説明をしていく。
「梨も、みずみずしくて美味しそうですね。その横には、白沢市内にある『栄牧場』で作られた濃厚なアイスクリームも添えられていて、この小春庵のお庭でオーナーさんが育てているミントの葉が乗っています。そして、なんとここ白沢市の名産である金箔がゴージャスにトッピングされているということで…ん?あれ?金箔がない…。あれ、そっちも?両方?あの、すみません、金箔もしかして乗せ忘れました?」
華は急いで客席に向かい、2人組は撮影を中断する。
「申し訳ございません。いったん下げて金箔を乗せてまいります。あ、でもアイスクリームが溶けてしまいますね…」
振り返ると春子が合図している。
「すぐに新しいものと取り替えてまいりますので、少々お待ちください!」
お皿を2つ下げて春子のいる厨房に持っていく。
「春子さんすみません、金箔のことすっかり頭から抜け落ちちゃって」
「いいからここは任せて」
幸い他のお客様はいなかったので、春子とヒカルでお皿を1枚ずつ担当し、あっという間に作り直して2人で席まで運び、揃って頭を下げる。
「申し訳ございません。新しく作り直したものをお持ちいたしました」
華はただ突っ立って見ているしかなかった。
2人組は顔を見合わせ、
「ごめんなさいね、わざわざ作り直してくれてありがとうございます」
丁寧にお礼を言う。そして小さい声で何か相談したあと、
「今日は動画はやめて写真撮るだけにしますね」
と言い、スマホで静止画像を数枚撮って「いただきます」
と手を合わせ、食べ始めた。
中に戻ると、さっきの小春スペシャルは2皿とも廃棄処分されている。しょぼんとしながら華はお皿を洗った。
ヒカルはいつもはスパルタ式で華に接しているが、さすがに凹んでいる様子を見て、しばらくは中の仕事を華に任せて自分がお客様への応対をすることにし、次に入ってきたお客様のオーダーを聞いていく。
配信者の2人は長居することもなく10数分で食べ終わり、
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
と声をかけて、持っていたウェットティッシュでカウンターの上を丁寧に拭き、トレーを返却し、お辞儀をして去っていった。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
3人は深々とお辞儀をした。
華はしばらく中の仕事に徹したが、ヒカルが年配のお客様のご注文をかがんで熱心に聞いている間に次のお客様が入ってきたので、気を取り直して注文を聞いた。
お会計を終えると、ワッフルを包んでいるヒカルのところに戻り、
「また小春スペシャルです」
と小声で言う。ヒカルは
「私がやろうか?」
と言ったが、華は
「いえ、私がやります。ちゃんと手順書見ながら気をつけてやります!」
「わかった」
ヒカルは包み終えたワッフルを
「お待たせいたしました。ありがとうございました」
とお客様に手渡してお辞儀をし、急いで華のところに戻る。
華は次は絶対ミスのないように、手順書を手元に置き、
「ワッフル、安納芋、栗、梨、アイスクリーム…」
と声に出して盛り付けていき、付き添うヒカルはアイスクリームを冷凍庫に戻す。華は続けて
「ミント、金箔、よし!」
と言い、ヒカルの顔を見たら、ヒカルもうなずく。
華はお皿をトレーに乗せて客席のお客様に持って行った。
「お待たせいたしました。小春スペシャルでございます」
「あれ?そんな豪華なの?私、いちばんシンプルなオリジナルを頼んだつもりだったんだけど…」
「えっ!」
華は固まる。
女性はレシートを見る。
「あら、レシートもスペシャルになってるわね」
「申し訳ございません!」
急いでトレーを持って戻り、シンプルな小春オリジナルを春子から受け取ってお皿に乗せ、再度お客様のお席に持っていく。
「たいへんお待たせいたしました。小春オリジナルでございます」
その後ろから春子も来て、
「お会計を多く頂戴してしまっていたので、差額を持ってまいりました。大変申し訳ございませんでした」
2人で頭を下げる。
「いいのよ、じゃあいただきます」
中に戻り、華が
「すみません、頭の中が金箔のことでいっぱいだったんです…」
と謝ると、春子は
「さっきのはもう渡したあとだったから廃棄処分したけど、今のは渡す前で華ちゃんが持ってたからセーフね。特別に10分休憩あげるから、ヒカルちゃんと半分こして食べておいで。ちょっとアイス溶けかけてるから急いで食べてね」
と言ってくれた。
小春スペシャルと取り分け用のお皿などを持って、2人はスタッフルームへ行く。
「ヒカルさんすみませんでした。なんかもう頭の中がガーンとなっちゃって」
「もう、そんな引きずらなくていいのに」
ヒカルはワッフルはひとまず後回しにし、溶けかけたアイスクリームとフルーツを半分に取り分けて、しばらく2人は黙って食べた。華はアイスクリームを口に運びながらもガクッとうなだれて、味もわかっていなさそうだ。
「私がミスしたせいで配信者さんのテンション下がって撮影も中止になっちゃいましたね」
「まあ仕方ないよ」
「そもそもこんな可愛いお店でこんな素敵なメニューを私みたいな容姿の者が運んできた時点でちょっとテンション下がったのかも」
「うわー、久しぶりだな、ハナのそういうの。なんで突然容姿のことなんか出てくるの?全然関係ないじゃん」
「うーん、でもスタッフ側は映さずに反対側だけ撮ったのは、私のせいもあるのかなぁって。私可愛いお店のイメージと合わないもの」
ヒカルはあきれたように、
「あれはむしろマナーというか、あの人たちが常識人だったってことよ」
「え?」
「勝手にスタッフを映すのはマナー違反でしょ。それにもしこっち側のカウンターの内側が映ると、流しとか洗剤とか、スタッフ用のメモとか、見えちゃいけないものが映っちゃうかもしれないでしょ。そういうの配慮してくれたのよ」
「そうなんですか」
「そうよ。容姿のことなんか勝手に結びつけないの」
「…はい…」
しばらく2人は黙って食べ、ヒカルはうつむいた華をじっと見た。
「この前藍子さんが綺麗な髪をバッサリ切ったでしょ。髪っていうすごい長所を切り落としても、藍子さんの魅力には、何も変わりはなかった」
「…それは藍子さんの顔が美人だからなのでは…?」
「もちろん顔自体が美人っていうのも否定しないけどね、でも内面が優しくて所作がエレガントで言葉遣いがふんわり柔らかくて、人を惹きつける魅力がそもそもすごくあるのよ、藍子さんには」
「……」
「藍子さん自身が髪に全く未練がない風でサバサバしてたのも、男前な感じで見ていて気持ち良かった。結局中身の美しさに勝るものはないのよ。ハナも見た目のこといちいち考えるのやめよう。ミスはしてもきちんと謝って誠実に対応できたんだからそれでOK!次はミスしない、それでいいじゃん!」
「…はい」
やっと少し笑顔が出てきた。
「まあ突然考えは変わらないかもだけど、とりあえず今回は美味しいワッフルで気分変えよう。ほれ、ハナのほう大きく切ったからそっち食べな」
華はヒカルの言葉に泣き笑いしながらフォークを手に取った。
ワッフルを頬張る華を見てヒカルも微笑む。
「でもさ、ちょっと動画配信者への対応もこれから考えていかなきゃね」
「そうですね。もしさっきのがライブ配信だったらもっと大変なことになっていたかもしれないし」
「動画でも画像でも内側はやっぱり撮ってほしくないしね」
「確かにそうかも」
「さっきの2人組は礼儀正しかったから助かったね。ミスに気づいたときもすぐに撮影止めてくれて、晒す気とかもなかったみたいだし。全体的にマナー良かったよね」
「はい、育ちの良いお嬢さんって感じでした」
「あの時撮影をやめたのは、次のお客様が庭のあたりまで入ってきたのが見えたからかもよ。テンション下がったからじゃなくて、他の客への配慮だった可能性もあるかも」
「そういえば外を見たりしながら小声で相談してたような?」
「あんなふうに自主的にマナー良くしてくれると助かるけど、そうじゃない人もいるし、撮影ルールのことはあとで春子さんに相談してみよう」
2人は食べ終わって食器を片付け、春子にお礼を言ってから、撮影のことを相談してみる。
「そうねぇ、これから撮影の人も増えてくるかもしれないしね。カウンター内部は映さないでとか、他のお客様が映り込まないようにとか、ライブ配信はやめてほしいとか、リストにしておくといいかもしれないわね。かといって多すぎると感じ悪いしねぇ。難しいけど、近々リストアップすることにしましょう」
「ありがとうございます。ハナ、こうやってミスから始まって改善につながるなら、今日のミスもちょっぴりは良かったかもよ」
「それは楽観的すぎるような気もしますけど、ヒカルさんのその考え方、見習ってがんばります」
「その調子!」
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




