偶然の出会い
9月になり、小春スペシャルのフルーツが変わった。
今月はフィリピン産のバナナ、石尾県産のシャインマスカット、和歌山県産のいちじく「キノスイート」の3種類だ。
華の羊毛フェルトのフルーツもすっかり常連さんにはお馴染みになり、月が変わると楽しみにして見に来る人や、写真に撮ってSNSに投稿する人も出てきた。
その日は藍子が子供の高校の行事で欠勤したので、華が午前中に出勤して春子と2人だけで勤務したが、さすがに手が足りなくて片付けなどに手間取り、いつもは17時半に退勤するのに18時半近くまでかかってしまった。
駅まで歩く途中、バッグからスマホを出し、電車の時刻を調べる。
華が住んでいるワンルームマンションは、電車でひと駅のところにある。
疲れたから早く家に帰ってお風呂に入ろう、そう思って急ぎ足で駅に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「すみません、落とし物ですよ」
「え?」
立ち止まって振り返ると、小柄な男の子が何か小さいものを持って走ってきた。
男の子はすぐに追いついた。
華と並ぶと10cmほど背が低く痩せていて、中学生ぐらいに見えた。
「スマホのストラップが落ちたのが見えたんです。大事なものですよね」
見ると以前ヒカルに渡したのとお揃いで自分用に作った、羊毛フェルトのフルーツのストラップだった。
華は赤くなって受け取り、
「ありがとう。自分で作ったもので大したものじゃないんですけど」
「手作りならなおさら大事でしょう」
男の子は笑う。
何となくそのまま並んで歩く形になった。
「君、もしかして白沢大の学生さん?僕は白沢大の1年なんだけど、君を見たことある気がして」
「え!そうですけど…。え…どこで私を?」
「学食で、君とよく似たお友達とごはん食べてるところを確か2回ぐらい見たことあるよ。2人とも背が高くて目立つから。それにすごく嬉しそうに話してキャッキャと笑っていたから、楽しそうでいいなぁと思って印象に残ってた」
「え…恥ずかしい…」
「ハハハ!僕は大山伸一。名前には大きい山とか伸びるとかいう字が入ってるんだけど、実際は全然背が伸びなくてさ、159cm。いくら食べても太らないから余計に小さく見える。前まではこんな名前自己紹介するのがイヤだったけど、最近は笑ってもらえておいしいなと思ってるよ。それに小さいからちょっと若く見えるでしょ。それも今後メリットになるかもと思ってるよ。で、君は?」
「…私は上園華です。お花が咲き乱れる花園みたいな名前なのに、実際は全く綺麗じゃないし華やかでもないから、私も自己紹介が嫌いです」
「そうなんだ。でも君とお友達が笑ってた姿はじゅうぶん華やかで楽しそうだったよ。今日はバイトかなんか?」
「はい、そこの小春庵でバイトしてるんです」
「え!手作りワッフルの?うちの父さんがあそこのワッフル時々買ってきてくれるんだ。あ、僕は自宅生で、ここから3駅先のところに家族で住んでる。」
「そうなんですか!?」
「うん、僕は店には行ったことないんだけど、店員さんですごく美人の人いるんでしょ?前に父さんが近所の有名な『みつば』っていう和菓子屋で豆餅を買って、ついでに小春庵のスタッフさん達にも差し入れしたら、母さんが美人に差し入れしたとか言って怒ってた。別に下心はなかったらしいんだけどね。でも2〜3回差し入れはしたらしい」
華の頭の中で、佐藤さんの他にも大山さんという常連さんが差し入れを時々くれるという春子の話が思い出されて、
「えー!?」
と叫び、まだ見たことのない大山伸一の父が藍子に豆餅を手渡す姿、そして奥さんに怒られてシュンとなる姿が浮かぶ。
こらえきれなくなって、立ち止まって笑い転げてしまった。
「ハハ、そこまでウケると思わなかった。でも君の笑う姿見てやっと学食の姿と一致して安心したよ。さっきまでは顔が似てるだけで雰囲気違うからちょっと戸惑ってた。それそれ、華やかな笑顔だよ」
そのまま電車ひと駅を一緒に乗り、思いがけず楽しい会話を交わした。
伸一は、いつかワッフルを買いに行くと言って別れたが、結局その月は小春庵に姿を見せることはなく、大学でも偶然会うことはなく、華も伸一のことはそのうち忘れてしまった。
そして10月になった。
小春スペシャルのフルーツは基本は毎月バナナ+2種類のフルーツだが、10月・11月・12月の3ヶ月間、そしてお正月の三が日だけは、バナナの代わりに安納芋を使っている。
安納芋は厳密には野菜だが、むしろ果物より糖度が高いほど甘くてトロトロで、アイスクリームとも非常によく合う。
というわけで今月のフルーツは鹿児島県産の安納芋・石尾県産のりんご『大松ハート』、そして山梨県産の巨峰と決まった。
女性のお客様から早速小春スペシャルのオーダーを受けた直後、華は春子に呼ばれて厨房の方へ向かった。
「華ちゃんもずいぶん慣れてきたから、今月から小春スペシャルの盛り付けもしてもらおうかと思ってるの」
「スペシャルの盛り付けを!?」
「難しくはないのよ。ここに手順書をラミネートしたものがあるから、見ながらやったらいいんだけど、今日は私がやるからまず見てほしいの。OK?」
「はい!よろしくお願いします」
華はワクワクして、エプロンから小さいメモ帳とペンを出す。
「まず最初に手をアルコール消毒してね。で、スペシャルのお皿はこのいちばん大きいサイズね。これに小春オリジナルワッフルをこのあたりに置いて、季節のフルーツ3種類をひとつずつ盛り付けます。りんごを剥いたり安納芋を切ったりするのは私が厨房のこちら側でするから、華ちゃんはそちら側から取ってこの台で盛り付けてね」
「はい」
華はせっせとメモを取りながら聞く。
「そして次にこのアイスクリーム1スクープをこのあたりにこんな風に盛り付けます。アイスクリームは冷凍庫にすぐに片付けてね」
「はい」
「牛乳よりも気をつけてね」
「わかりました」
華は、
「アイスすぐに片付ける!絶対に片付ける!」
とペンを赤い方にして書いた。
「次にこのミントの葉ね。これくらいをアイスクリームの上にこんな感じでトッピングします。葉が小さすぎたり虫食いがあったりしたら使わないでね」
「はい」
「そして最後にこの金箔をこれくらいトッピングします。食用だけど多くなりすぎないように、これくらいね。ここ白沢市は日本の金箔のトータル生産量の98%を作っている名産地なのよ。だからこれを乗せることで白沢らしくなるし、見た目もゴージャスになるから、この最後の仕上げを忘れないようにね」
「わかりました!」
華は、
「金箔忘れない!!」
と赤で書き込む。
「はい、じゃあこれをお客様にお出ししてきてね」
華はトレーに小春スペシャルとナイフ・フォーク・スプーンを乗せた。
「お待たせいたしました。小春スペシャルでございます」
「ありがとう。いただきます」
女性は嬉しそうに食べ始める。
そのあともう1人小春スペシャルのオーダーがあったので、華は初めて自分で盛り付けを担当した。
春子が見守り、ワッフル、フルーツ、アイスクリーム、ミント、金箔、とひとつひとつ乗せていく。
緊張で震えながらも自分で盛り付けたものを運び、お客様に
「ありがとう」
と言われた時は、いつもの何倍も嬉しかった。
10月はそんな風に平穏に過ぎていった。
この物語はフィクションです。作中に登場する人名や地名、校名、お茶やフルーツの銘柄などはすべて架空のものです。一部実在の名称と同じものも混在しますが、実在の人物や団体などとは一切関係ありません。




