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監視郷(かんしごう)――屋敷神郷の失踪者に関する中継記録  作者: 青餅猫
一 杉谷喜一に関する中継記録

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9/12

08. よかったね

 波笛神社の清掃を終えた僕たちは、自転車で帰路を辿る。

 本来なら家までひとっ飛び……と行きたいところなのだが。


「うっまー! やっぱサンバシマートのきな粉パフェが優勝侍だね~」


 お腹が空いた、甘いものが食べたいという秋葉の駄々に僕は付き合わされていた。

 帰り道の脇にある郷唯一のコンビニ、サンバシマートにて僕は彼女にパフェを買ってやった。

 そのせいで、僕たちは自転車を押して帰ることになったのだ。


「お前なぁ…昼にあんだけハニートースト食ったじゃないか」

「甘いものは別腹なのー! んまっ♪」


 やはり、女子のスイーツに対する情熱は全国どこでも変わらないらしい。

 余計な出費だと肩を落としていたが…そんな美味そうな顔をされたなら、奢った甲斐があったってものだ。

 僕たちは郷の風景を見渡しながら、帰路を辿る。


「あらあら…こんにちは、秋葉ちゃん。それに先生まで」

「あっ。三浦のおばちゃん、こんにちは~」

「どうも、こんにちは」


 郷を歩いていて気付いたことは、やはり郷民たちは顔見知りであるということだ。

 目の前には、腰の曲がった三浦というおばあさんがこちらへ頭を下げていた。

 優しそうな人で、笑顔が可愛らしい。

 

「神社清掃の帰りかい?」

「そうだよー! ピッカピカにしてきちゃった!」

「ふふ、そうかい。ありがとうねぇ。波笛神社はこの郷の守り神だからねぇ」


 三浦さんはそう言ってにこやかに笑う。

 やはり、昔からこの地に暮らしてきた人ほどその想いが強いのかもしれないな。


「先生もありがとねぇ。この郷での暮らしは、少し慣れたかい?」

「ええ。最初は都会から出てきたもんで不安でしたけど…皆さんが優しいので、すぐに慣れました」

「わっ! ちょ、なによキイチ」


 三浦さんの問いかけに、僕は秋葉の肩を小さく叩きながら答えた。

 皆のおかげで、慌ただしくも良い生活を送らせてもらってます。

 そんな意味も込めて。


「そうかい…よかったねぇ秋葉ちゃん。こんな男前の先生に可愛がってもらえて」

「ん……。別に、男前とか思ってないから…」


 いやおい、思ってないのかよ。

 そこはお世辞でもいいから思っとけ。

 ぷいっと顔を背けた秋葉に対し、僕は心の中でツッコミを入れた。


「ふふ。先生にとっても、きっと秋葉ちゃんは可愛い生徒でしょうに」

「ええ、可愛いですよ。とっても」

「は――!? 何言ってんのキイチ!」

「ほんと、可愛くて可愛くて仕方ないです。教育実習生として、色々なことを学ばせてもらってます」

「もうっ。……ばかあっ!」


 うごげえっ――!?

 さっきの仕返しに、これでもかというくらい秋葉のことを褒めちぎってやったが……。

 僕はもう何度目か分からない秋葉の正拳突きをくらい、三浦さんの前で転がり込む。


「あらあら、本当に仲が良いんだねぇ」


 その様子を見て、三浦さんはまた柔らかく笑った。

 ……いや、ちょっとは心配してくださいよ三浦さん!?

 まあ、もしかしたら秋葉の正拳突きは郷の人にとって当たり前の光景なのかもしれないが…それにしてもだろう。


「今度、ウチの畑で採れた大根を持ってきてあげようねぇ。古漬けにすると、凄く美味しいのさ。それじゃあね~」

「いいんですか? 一人暮らしなので、そういうのは凄い助かります」

「やったー! ねえキイチ、三浦のおばあちゃんの大根、凄い美味しいんだよ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら僕の肩を掴む秋葉を見て、三浦さんは嬉しそうに去っていった。

 おばあちゃんが作る野菜が美味い、というのは太古からの常識である。

 そんな大根を、味の染みた古漬けにする……。

 想像するだけでお腹が空いてくるな。


「てか…やっぱすげぇな。屋敷神郷って。郷民同士の繋がりが凄いんだなぁ」

「でしょ? お野菜やお醤油なんかも分けてくれることが多いし、作り過ぎたおかずなんかも持ち寄ったりするんだよ」


 おお……それはいわゆる――


『あのっ。肉じゃがを作り過ぎちゃったんですけど……よかったら食べてくださいませんか?』


 みたいな、美少女がおかずを持ってきてくれるという、古のギャルゲーにありがちな展開か?

 …まあこの郷は高齢化社会だし、そんな都合よく美少女が持ってきてくれることなんてないんだろうがな。


「今度、富雄家で作ったおかずも持ってきてあげるよ」

「おお……それは助かるな。なら僕も、お礼に渾身の料理をお見舞いしてやるとしよう!」

「ふん、その時は料理の出来をあたしが採点してあげる。厳しめに採点するからね!」


 そんな冗談を言い合いながら道を歩いていると、いつの間にか僕の家まで到着していたようだ。

 僕の家は空き家を改装した短期滞在用の住宅なので、比較的見た目が新しい。

 秋葉の家は僕の更に奥なので、ここでお別れだな。


「んじゃ、ありがとうな秋葉。お前のおかげで、掃除の手順も分かったし助かったよ」

「ふふん。困ったことがあれば、この秋葉ちゃんにお任せ侍!」


 ふんっと胸を張り、秋葉はそう意気込んだ。

 彼女は冗談混じりに言っているが、生徒たちの親切さに僕は本当に助けられているのだ。

 ニコッと優しく微笑む秋葉の姿が、僕には眩しく見えた。


「次までに掃除の腕も高めとくよ。今日は結局、真菅さんと話し込んじまってあんま成果を得られなかったからな……」

「そうだよぉ! 初回だから大目に見てあげるけど、今度はちゃんとしてよね!」


 ぷくっと頬を膨らましながら、秋葉は僕に言葉をぶつけた。

 次は必ずリベンジだな……本来僕が持っている、僕の掃除スキルの高さを見せてやろう。

 今日は真菅さんが不穏なことを口にしていたから、つい気になって話し込んでしまっただけだ。

 ――三浦のおばあさんを見て分かったけれど、この郷に不安を感じる必要なんて無いのだ。

 そう確信し、秋葉に別れを告げる。


「んじゃあな、秋葉。日が暮れる前に、気を付けて帰れよ!」

「うんっ。また明日学校でね~」

「ちゃんと理科の宿題もやってこいよ?」

「うっ! ………や、やってくるし? …多分」


 この様子だと、まだ宿題には未着手らしい。

 秋葉と祥太郎に配慮して量を減らしてやったんだから、少しは頑張ってほしいものだな。

 くすっと小さく笑いながら、僕は手を振って家の扉を開けようとした。


「――あのさ、キイチ!」

「……ん? どうしたんだ秋葉」


 しかし…改めて背後から秋葉に呼びかけられたことで、僕はその手を止めた。

 彼女はオレンジ色の夕日に照らされながら、笑みを作ってこちらを見ている。

 一体どうしたというのだろうか。


「なんだよ秋葉、もしかして神社に忘れ物したとかか?」

「あはは、違う違う。あたし、百花と違ってそんなドジじゃないし!」

「その言い方は百花に失礼な気がするぞ……」


 わたし、別にドジじゃないですよおお!

 そう言ってぷんすかと頬を膨らませる百花の姿が容易に想像できるな。

 秋葉の言葉に、僕は再びくすりと笑う。

 

「……ねえキイチ。よかったねっ!」

「ん? 良かったって、何がだよ」


「――真菅さんと、メールアドレス。交換できてよかったね」


 ……え?

 心臓が…ドクンドクンと波打つ。

 秋葉の声は、いつも通りの明るいものだった。

 だが……その声音は、いつもよりも僅かに粘着質で…僕は絶句する。

 …真菅さんに向けていた、()()()だ。

 いま秋葉が僕を見つめている、食い入るような視線。

 薄ら笑いを浮かべ、彼女はこちらをじっと見ている。


 ……僕が真菅さんにメールアドレスの書いた紙を渡された時、秋葉は境内の脇にある物置へ向かっていたはずだ。

 距離は離れており、意識してないとやり取りなんて聞こえるはずがない。

 

「そんなに焦らなくていいよ。 知ってるから。」

「…見てたのか? 秋葉……」


 秋葉から目を背けることが出来ず、辺りには風の音だけが漂う。

 …恐る恐る、僕は彼女へ言葉を投げかける。

 その声はきっと、無様に震えあがっていたに違いない。

 頼む……戻ってくれ。

 戻ってくれよ、頼むから。

 いつも通りの明るい……あの秋葉に――


「――あはははっ!! もー、やっぱり交換してたんだ。キイチってやっぱ女好き?」

「……は?」


 僕が硬直していると、秋葉は突然…堪えきれないと言ったような様子で笑い始めた。

 その様子は、いつも通りの秋葉に戻っていたように思う。

 それに、『やっぱり交換してた』ってことは……。


「いやー、もしかしたら連絡先とか交換してるんじゃないかって思ってさ。カマかけたんだよ。まさか本当に交換してるとは!」

「はあ……? な、何だよそれ!」

「いや~、我が担任の女癖の悪さには恐れ入りました!」


 困惑する僕の様子が面白いのか、秋葉は楽しそうに僕をからかう。

 ……カマをかけた、ということは…様子を見られていたということではないらしい。

 その事実が分かると、先ほどまでの恐怖が少しずつ和らいでいくのを感じた。

 そして……僕たちのやり取りは次第にいつものものへと戻る。


「お、大人をからかうのも大概にしろよ秋葉……。真菅さんとのやつはあれだ、大人の挨拶代わり的なやつだ!」

「大人の挨拶代わり~? それって普通、名刺とかでやるもんじゃないの~?」

「ぐぬっ……」


 こいつは、何でこういう時だけ微妙に知恵が働くんだ。

 僕はニヤニヤとこちらを覗く秋葉に口を尖らせた。


「――まあでも、隠し事するならこっそりしたほうがいいかもね。ほら、この郷ってライブカメラもあるわけだしさ。」

「……え? あ、ああ…。そう、だな」

「ま…ちょっとからかいすぎたか。んじゃ、またね〜キイチ!」


 秋葉は、改めてこちらへと向き直って僕にそう告げた。

 満足そうな笑みを浮かべたあと、彼女はそのまま自転車に乗って去って行く。

 ……何とも…ないんだよな?

 僕は、彼女にからかわれただけなんだよな?

 いや……それとも…。

 そんなことを頭の中で考えても、一向に答えは出なかった。



 




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