07. 真菅さんのメルアド
真菅さんの一言。
それが自分の頭を支配し、こびりついて離れない。
彼女はそんな僕を気にも留めず、美味しそうにコーラを飲んでいた。
「はー。サボってるとそろそろ峯本さんに怒られそうなんで、そろそろ移動しますかぁ」
「そう……ですか。今日は郷の様子見、みたいな感じでここに来たんですか?」
「まあそうっすね。ここに来る前、一応旧家寄合いの内容とか軽く聞き込みしたんすけど…やっぱ濁されて詳しく教えてくれないんすよー。厄介者扱いってやつすかね」
大きく嘆息を漏らすと、真菅さんは目を細めた。
二上口家や西城寺家に聞き込みをしたのだろうか。
……なぜ寄合いの内容を濁す必要があるのだろう?
別にやましいことがなければ、そんなことをする必要はないじゃないか。
でも……真菅さんの言う通り、もし本当にこの郷が何かを抱えているのだとしたら。
「あの、真菅さん。少しいいですか?」
「ん? 何すか何すか。そろそろ上司から電話来そうなんで、移動しようと思ってたんすけど」
「……この郷が抱えている何か。その正体について、真菅さんは知っているんですか?」
僕の言葉に、彼女はきょとんと目を丸くした。
自分の言動に驚いたのは僕も同じだ。
教育実習が終われば屋敷神郷を離れ、いつも通りの生活に戻る。
そうなればもう、この郷とは関係のない他人だ。
それでも…僕は妙に真菅さんの言葉が引っ掛かった。
それを知っておかなければならない気がして。
「この郷は、僕にとって本当に居心地の良い場所です。この郷が平和そのものであると、ずっと思っていた。…でも、違うんですか?」
「……ほー、意外っすね。東京から来たもんだから、てっきりこんな田舎のことなんて興味無いのかと」
さすさすと顎をこすり、興味深そうにこちらを見つめる真菅さん。
薄らと笑みを浮かべる彼女はどこか少し不気味で、僕の不安を煽るようだった。
「――あはっ。センセー、そんなビビんなくていいっすよ。別にそんなシリアスになんなくても、普通にしてたら大丈夫っす」
「普通に…してたら?」
やはり、真菅さんの言葉にはどこか含みがある。
一体何なんだよ……。
それに、もしこの郷に何かがあるとしたら…生徒たちはそれを知っているのか?
「ま、普通の定義って難しいっすけどねー。たとえばほら」
そう呟くと、真菅さんは徐に神木に取り付けられたライブカメラを指さした。
その行動の意味が理解できなかった僕は、小さく首を傾げる。
「それだって普通じゃないっすよ。この郷に来た時、びっくりしませんでした? そのカメラ」
「え、ええ。でも郷興しの活動の一環だと知って納得しましたが」
やはり、青喜原の人間でもこのカメラの存在は知っていたのか。
まあ…神木に巻き付けて設置してあるライブカメラは物珍しいだろうし、噂になっているんだろうな。
「――本当にそれだけなんすかね?」
「…何ですか、それだけって」
「設置の目的ですよ。ライブカメラ、実は青喜原にもあるんす」
「それは…屋敷神郷と同様、郷興しの為ですか?」
「まあそういうことになってるでしょうね。でも――青喜原にあるライブカメラも、神木に括り付けられてるんすよ」
「…え」
真菅さんの言葉を、僕は咀嚼しようとする。
つまり……青喜原村にも屋敷神郷同様にライブカメラがある。
それも郷と同じく、神木に括り付けられたような形で。
別に、それ自体は特におかしなことではないだろう。
でも…なんだか少し気味が悪い気がして。
「真菅さん。一体それがどうしたと――」
「おっまたせ~、キイチ! 掃除捗ってる?」
「――! 秋葉」
僕の質問は、本殿から飛び出してきた元気の良い声に掻き消された。
どうやら一足先に清掃を終え、境内に戻ってきたらしい。
「って……キイチ! まだ全然落ち葉残ってんじゃん!」
「あ、ああ。ごめん」
「も~、お仕事遅すぎ侍…って、あれ?」
「うっす。ちょいと用事で失礼してます」
境内の様子を見た秋葉は僕に不満を漏らそうとしたが、真菅さんの姿を確認すると首を傾げた。
どうやら二人に面識はなかったらしい。
青喜原村の人口はそこそこ多いので、おかしなことではない。
「……まま…まさか! キイチ、ガールフレンドとかいたの!?」
「――はあ!?」
「もう、じゃあ何で隠してたのよ!! この馬鹿キイチ!!」
「うげぼあっ――!!」
理不尽に正拳突きをくらい、僕の身体は境内の石畳を転がる。
なんだか盛大な勘違いをされているようだ……。
それに…もし仮にガールフレンドだとして、なぜ秋葉が怒る必要があるのか。
「あのー、普通に勘違いっすね。センセーとは今日初めて会ったっすよ」
「えっ!? …あはは。ごめん。なんか勘違いしちゃってたみたい…」
「お前なぁ……パッションだけで生きてると、いつか痛い目に遭うぞ」
腹部を抑えながら、ゆっくりと体勢を立て直す。
彼女には是非、一度立ち止まって考える癖を付けてもらいたいものだ。
「初めまして、あたしは富雄秋葉です。屋敷神郷一番の正拳マスターって言われてます!」
ヘンテコな挨拶とともに、秋葉は深々と挨拶をした。
…なんだ、意外にもちゃんと礼儀がなってるじゃないか。
正拳マスターとやらは意味不明だが、僕はきちんと挨拶をこなした秋葉に少し感動した。
「よろしくっす。ジブンは真菅陽菜っていいます。青喜原村の地域整備課やってます。今日はちょっと調査でここに来たって感じっす」
いつも通り気の抜けた調子で名乗る真菅さん。
この人…誰にでもこんな調子なのかよ……。
――ふと、その時だった。
隣に立つ秋葉の空気が、ほんの僅かに変わった気がしたのだ。
いや、それはただの気のせいかもしれない。
でも…普段から騒がしい秋葉を知っている僕にとって、その変化は大きなものだったのだ。
彼女は数秒の間……食い入るような目で、静かに真菅さんの方を見つめていた。
「……よろしくお願いします、真菅さんっ。いや~、すみません。ガールフレンドとか変な勘違いしちゃって!」
「あ、全然大丈夫っす。こちらこそいきなりでしたし」
「この人、多分年下好きなんで狙われることはないと思います! 安心してください!」
「は!? 秋葉、お前なぁ…何余計なことを……」
…やっぱり、僕の心配は杞憂だったのかもしれない。
秋葉はまたいつも通りの調子に戻り、軽口を叩く生意気な生徒へ戻っていた。
「じゃ、ちょっと時間もやばくなってきたんで。ジブンはこの辺で失礼しまっす」
「あ……分かりました。すんません…僕のせいで話し込んじゃって」
「いえいえ、こちらこそっすよ」
僕は真菅さんに頭を下げる。
…時計を見ると、十六時。
思ったよりも長く話し込んでしまっていたみたいだ。
「ま、キイチの掃除スキルはまだまだって感じだけど。あたしたちもそろそろ帰りますか!」
「そうだな、明日からまた学校だし」
「箒とか直してきてあげるから。ほら、貸して?」
「いいのか? えらく素直だな」
僕が手に持っていた竹箒を回収すると、秋葉はパタパタと物置へ走っていった。
……話し込んだせいであんまり掃除できなかったし…何だか申し訳ないな。
今度、個人的に清掃に来るとするか。
「――あ、そうだセンセー。これを」
「ん? ……え、何ですかこれ」
境内を去ろうとした真菅さんは、何かを思い出したように振り向くと、こちらへ小さな紙切れを差し出してきた。
一体なんだというのだろう。
「メルアドっす。そこに連絡してくれればジブンに繋がるんで」
「えっ。…ええ!? メルアド……?」
おいおい、これは急展開だぞ。
まさか…さっき言っていたことが現実に!?
「そ…それって。さっき言ってたガールフレンドと関係あったり――」
「あ、そういう意味は全く無いっす。すんません」
……そんなに即答しないでくれよ。
センセー悲しくなっちゃうだろ。
「さっきはお嬢ちゃんの登場で話しそびれましたから。何か気になることがあったら聞いてください」
「――! 郷のこと、ですか」
「そうっす。実を言うとジブンもまあ、色々探ったりしてるんで。んじゃまた」
真菅さんは一方的に連絡先を手渡すと、そのまま足早に神社を去っていった。
――気になることがあれば。
できればそんなもの、無いと願いたいが。
「――お~いキイチ! 道具直し終わったからさ、駐輪場いこ~」
「ッ! あ、ああ。ありがとう秋葉」
突如として背後から呼びかける声に、僕は思わず肩をびくつかせた。
その拍子に、慌てて連絡先の書いた紙切れを鞄へと直す。
「ん? どうかしたの、キイチ」
「ああいや。何でもない。さ、日が暮れる前に早く帰ろう」
立ち話をした隣村の人間と、連絡先を交換する。
別に悪いことはしていないのだから、こんな後ろめたい気持ちにならなくてもいいじゃないか。
そう自分に言い聞かせて、秋葉に並んで駐輪場へと向かう。
神木に取り付けられたライブカメラだけが――僕の全ての気持ちを、ただジッと見透かしているような気がした。




