04. 放課後クラブ
授業を終え、用事のない生徒は下校する時間だ。
この学校には公式的な部活というものが存在しない。
なので、スポーツがやりたければ屋敷神郷や青喜原のスポーツクラブに所属するしかない。
しかし…コーチの高齢化などの問題で試合が行われる頻度は極端に少ないのだ。
そこで彼らが考えたのが、放課後クラブ。
生徒たちが自主的に集まり、サッカーや野球などを楽しむ。
園芸や写真などの文化系クラブも存在している。
「お~い、きいっちゃん! ボーッとしてるとゴール奪われるぞ!」
祥太郎の呼び掛けに、僕ははっと顔を上げる。
あ……マズい。
考えごとでついボーッとしてたけど、これは単なる遊びじゃない。
なぜなら――
「あーっ!! キイチ、避けて避けて〜!!」
「ん? 秋葉、何言って……ぶふうおぇッ――!?」
どしゃあああ!!
鋭い弾丸ミドルを打ち込まれ、僕は勢いよく砂利の地面へダウンさせられる。
……おいおい、およそ中学三年生が撃ち込めるミドルシュートとは思えないぞ…。
これが屋敷神のエースストライカー、西城寺祥太郎の実力か…。
「あわわ! 大変です、大丈夫ですか……!?」
「杉谷先生、血は出てませんか?」
「う、うん……。まあギリ無事ってとこだ」
ぐったりと倒れ込む僕の下へ、スイと百花が駆け寄ってくる。
クイッと手を引かれ、なんとか体勢を立て直した。
「わりーわりーきいっちゃん! つい本気になっちまった」
「まったく…公式試合でもないってのに、少しは手加減してくれよ……」
この放課後クラブで行われる試合は、いわば屋敷神流のハチャメチャなローカルルールだ。
サッカーにしても、僕たち五人しか選手がいない。
小さなゴールネットを建てて、ただひたすら点を奪い合うという狂気じみたルール…。
「にしても、このグラウンドはどうにかなんないものかね……。固い砂利だし虫も多いし、草木も生い茂ってるし。あまりに時代錯誤だ!」
「そもそも、この学舎自体が戦前に作られたものですからね。疎開といった目的にも使われていたようですよ」
「まあ…たしかにそう言われてみれば名残はある、か」
スイの説明を聞いて、僕は妙に納得する。
校舎案内をしてもらった時から、端々に昭和の雰囲気を感じていたからだ。
校舎裏には地下室へと続く鉄扉が残されており、そこが防空壕になっていたのだろう。
また、旧校舎の柱には当時の児童が刻んだと思われる名前や日付が今も残っており、その中には昭和の西暦が刻まれていたりする。
「にしてもボロいけどな……。誰か校舎改装の打診をしたりはしなかったのか?」
「一回だけ俺が親父に頼んだことあったんだけどなー。西城寺家の権利で何とかしてくれよって!」
「そうだったのか。結局、その話はどうなったんだ?」
「まあ景観上の問題とか青喜原との兼ね合いとか、過疎化の問題とかが重なっておじゃんだよ。マジ意味分かんねー」
祥太郎はやれやれといった様子で息を吐いた。
子供の彼らからしてみれば、校舎を改装しない大人達は頑固者に見えているのだろう。
しかし…この寒村に聳え立つ孤高の学校を今更改装するとなれば、それ相応の問題もあるんだろうな。
その問題を解決するために、郷興しの取り組みが肝になってくるのだろう。
「そういえば金井先生も言ってたなぁ。校舎が新しくなれば、生徒たちがもっと快適な学校生活を送れるのにって」
体調不良でお休みになる前、金井先生が嘆いたことを思い出す。
僕が教育実習生として配属されてから一週間ほどで療養になってしまったので、金井先生とはそこまで言葉を交わせていない。
しかし、彼が優しく生徒想いであったことはたしかだ。
「金井先生、皆が一年生の頃から担任を受け持ってくれてたんだろ?」
「そうそうー。ま、こんな田舎の学校なんか嫌だったろうな~!」
祥太郎は冗談交じりにけらけらと笑った。
他の四人も同じ様子で、金井先生との関係が良いものであったことが見て取れるな。
このクラスの担任が一筋縄でいかないということは、身に染みて感じているが…。
「まあでも、きっと戻ってきたらまた楽しい学校生活になると思うよ。皆には手を焼くだろうけどな!」
「きいっちゃん、次は俺のコーナーキックだぜ。」
僕の言葉に被せるようにして、祥太郎は短くそう告げる。
…その声がいつもより少し低く聞こえたのは、気のせいだろうか。
いや、そんなことより…まだやるのか!?
「お、おい…! 少しは休憩させてくれよ……」
「真剣勝負に待ったなし!! 試合再開じゃ~!!」
祥太郎は息を切らす僕に構うことなく、楽しそうにボールを蹴ってそのまま走り出した。
他の四人も、やれやれと息を漏らしながらもその後を追いかける。
金井先生の話はいつの間にか終わっていた。
まったく。人の話を聞かない奴らばかりだな……。
まあでも…年頃の中学生なんてそんなものなのかもしれないな。
そんなことを思いつつ、結局この後も祥太郎たちの試合に息を切らしながら付き合わされる羽目になった。
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放課後のクラブも終え、辺りはすっかり日が暮れていた。
校舎には既に僕たち以外残っていなかったので、速やかに下校することに。
一面が茜色に染まる屋敷神郷も、風光明媚でいいものだ。
いつもなら、クラスの五人全員で帰宅するのがお決まりの流れだが。
「祥太郎の奴…散々サッカーで暴れ散らかしておいていち早く帰宅か。それにスイも……」
「ほんと嵐みたいな奴だよね~。スイもしれっと帰ってるし」
今日の下校メンバーは、秋葉と百花、そして僕の三人だった。
ホームルームから放課後まで、一日中ずっと五人で騒がしく過ごしていた。
そのせいか、メンバーが欠けると下校といえども少し寂しい気もする。
「あの二人ってホント仲良いよなぁ。ボケ役とツッコミ役って感じで」
「あはは、言いえて妙だね! キイチが来る前からずっとそんな感じなんだよ。ね、百花」
「ふふ、そうですね。見ていて微笑ましくなりますっ」
へえ…僕が来る前からずっとあんな感じなのか。
思えば、皆は中学一年生の頃から……いや、ずっと前からこの郷で共に暮らしてるんだもんな。
きっと重ねた時間分の絆があるのだろう。
「ははっ。もしかしてあの二人、デキてたりしてな。今日だって、二人だけ先に帰って何をしてるか分かんないぞ?」
「はわわっ!? 先生…は、破廉恥です……!」
冗談交じりに僕がそう言うと、百花があたふたと顔を赤くして混乱する。
百花は時折心配になるほどハートが純粋な乙女なので、これくらいの冗談でも刺激が強いらしい。
「あははー、そうなったら面白いけどね。でも今日二人が先に帰ったのには理由があるんだよ」
「理由? 秋葉、なんであの二人は先に帰ったんだ?」
「旧家の寄合いだよ。流石にキイチも知ってるでしょ?」
「えっ? 勿論寄合いのことは知ってるけど…まだスイと祥太郎は中学生だろ?」
旧家の寄合い。
屋敷神郷では、郷の重要な決定を下すために旧家の関係者たちが集まる場をそう呼んでいた。
土地の管理から祭りの運営、神社の管理や青喜原との関係、他地域との取り決めまで。
この郷では昔から変わらず行われている話し合いらしいが、その実態は僕にもよく分からない。
少なくとも、子供たちが気軽に首を突っ込める集まりではないような気がしていたのだが……。
「まあ、他の土地からしたら異質かもねー。でも、旧家当主として将来の屋敷神を担うっていう意味で、大地さんが三人を呼んでるみたい」
大地さんってのは…たしか、祥太郎のお父さんか。
西城寺大地。
旧家である西城寺家現当主であり、屋敷神の実質的なトップ。
「……ていうか、寄り合いに呼ばれる子供は三人って言ったのか? スイと祥太郎だけじゃなくて?」
「あれ、知らないっけ? 祥太郎には妹がいるんだよ。西城寺千雪。中学二年生だから、一つ下かな」
「え? そんな話初耳だぞ……。でも、じゃあなんで屋敷神中学にいないんだ? 二年生にそんな子いなかっただろ」
「うん。ちょっと色々あって、千雪は青喜原の中学校に通ってるの。寄り合いには出てるみたいだけど」
なるほど…そりゃ知らないわけだ……。
祥太郎の妹か。
やっぱりあいつ同様、騒がしくて破天荒な性格だったりするのだろうか?
「あの子はねー、超が付くほどのべっぴんさんだよ。キイチ、鼻の下延ばしちゃ駄目だからね! 変態教師罪で捕まるよ」
「そんな罪ないだろ…」
「わ、私が差し入れを持って行きます! 何がいいですか!? クッキーとかチョコレートとか…」
「なんで捕まる前提なんだよ!」
…まったく、彼女達は一体僕のことを何だと思っているのか。
そんな馬鹿なやり取りをしながら、僕らは無事下校した。




