03. 昼食の時間
東京の学校では…というか通常の学校ならば、いわゆる『グループ』という概念がある。
特にお昼の時間では、班のグループや仲のいいグループで机を寄せ合い昼食を取るのが定石。
そのグループにより発生するヒエラルキーやらなんやらも、都会の面倒くさい部分だ。
しかし、この屋敷神中学の三年教室にそんなものは無かった。
というよりも……不要なのだ。
「ねー、キイチ! 何してんの、早く食べようよぉ~!」
秋葉たちはわたわたと僕を急かし、五つの机を向かい合わせる。
クラスにはそもそも四人の生徒しかいないので、グループは常に固定。
プラスして教育実習生の僕が加わり、ランチフォーメーションの完成だ。
「いただきまーす!」
五人の元気な挨拶が響き渡り、互いに弁当をつつき合う。
傍から見れば、ワイワイと賑やかに談笑しながらおかずを摘まむ生徒に混じる僕の姿は友達のように見えるだろう。
それがこのクラスの不思議な所でもある。
一人だけ教育実習生がグループに混じっているのは嫌じゃないか? と問いかけたところ、
「そんな細かいこと気にするとか、やっぱ都会っ子だな~。もしかしてキイチ、女の子に囲まれて意識しちゃってんの?」
と秋葉にニヤニヤと囃し立てられたので気にすることは止めた。
今では随分とこの光景にも慣れ、お互いに弁当の感想を言い合うほどになっている。
「相変わらず、スイの弁当は美味そうだな。このレンコンの挟み揚げ…スイが自分で作ったのか?」
「ええ。たしか杉谷先生の好物、でしたよね?」
「そうそう、東京ではこれと白米ばっかり食べてたよ。……お、美味い! 味が染みてていい感じだな」
やはり解釈一致というか、スイは抜群に料理が上手だ。
和洋折衷なんでもござれの腕前で、いつも僕達に絶品を案内してくれる。
文武両道&容姿端麗で、おまけに手先まで器用。
彼女に成しえないことなどあるのだろうか、なんてことを思ってしまう。
「やっぱりスイちゃんは凄いです……何でも出来てしまいますね」
「なー。ちったぁ隙見せろよな。放課後のサッカーでボコってやんよ!」
彼女の能力の高さに、百花と祥太郎は感嘆の声を漏らす。
やはり、昔からスイと共にこの郷で暮らしている皆からしても、彼女に隙はないらしい。
しかし…どうやら秋葉はその反応が気に入らないようだ。
「ちょっとスイー、あんたばっかり褒められてずるいよ。ねえキイチ、あたしの料理だって美味すぎ侍だから! ほら、このから揚げ食べてみてよ」
むすっと膨れ顔を作りながら、秋葉は僕の眼前にから揚げを突き出してくる。
ここでも彼女の負けず嫌いが爆発してるな……。
「ほお…すごい自信じゃないか秋葉。期待していいんだな?」
「うん。あたしのから揚げが一番美味いんだから!」
最近料理を勉強中の僕だが、やはり揚げ物は初心者最大の難所と言えるだろう。
揚げ過ぎると衣が炭と化し、かといって揚げ時間が短いとサクッと仕上がらないのだ。
ふむ……天真爛漫で繊細さとは真逆を行く秋葉。
そんな彼女が作る、美味すぎ侍な唐揚げはいかほどか。
「あーむ。…うおお……。これは…何だよ……!」
「えっ。…何よ、あたしの自信作なんだけど? 文句あんの?」
「――何でその性格でこんな繊細な味を構築できるんだよ……。滅茶苦茶美味い!」
「やったー!! えへへ、美味いっしょ?」
僕の感想を聞いた秋葉は、ぱあっと顔を輝かせる。
唐揚げを一口頬張ると、思わず頬がとろけた。
いわゆるニンニクやショウガの効いたスタミナ唐揚げという味付けではなく、鶏肉本来の旨味を丁寧に伝えてくれる唐揚げだ。
一口ごとに繊細な脂と旨味が広がる。
……にしても、味の感想を聞くまで不安げな表情を浮かべていたというのに。
「やっぱあたし、料理のセンスあるんだよねー。今度、レンコンのはさみ揚げ作ってきてあげる! 絶対スイより上手につくれるしー。こう見えてあたし、富雄家の調理当番なんだから!」
僕が褒めた途端に、上機嫌で料理の腕を豪語する秋葉。
面白いくらい分かりやすい奴だな…。
「オムライスみたいな、乙女って感じの料理も作れるよ。将来はいいお嫁さんになれると思うんだよねー、あたし!」
「ああ…驚いたよ。てっきり秋葉が作る料理だから、ニンニク、スタミナ、男飯!! みたいなもんかと思ってたぜ……。失敬、失敬」
「ちょ、それどういう意味? あたしだって乙女だっつーの!!」
「ぐぼあッ!!」
鋭い正拳突きを食らい、僕はそのまま椅子から転倒して天井を仰いだ。
頭上では星とひよこのサンバが繰り広げられている…。
こんないなたい攻撃を繰り出しておいて、何が乙女だ……!
「でも、秋葉が料理できるとかびっくりだよなー。地味に女子力高ぇし。俺も最初コイツが裁縫してる時、夢かと思ったよ。お前のどこにそんな乙女が眠ってんだよって!」
「何をぉ~! だから乙女だっつっててんだろ――!」
「うぶあっ――!?」
軽口を叩いた祥太郎は、僕と同様に秋葉から正拳突きを食らって宙を舞った。
そのままうめき声を上げ、ダンゴ虫のように丸まってしまう。
「お前の攻撃、もう何回食らったか分かんねぇけど……やっぱり慣れねぇ。それより、年々威力増してねぇか!?」
「ふん、まああたしも密かに鍛えてるからね。この郷に不審者が来た時、ばばばばーんっ!! って撃退できるようにね!」
もし秋葉の正拳突きを何度も食らえば、不審者は泣いて逃げだすだろうな……。
この郷には化け物がいると噂になるかもしれない。
「そういえば…正拳突きで思い出しましたが。百花もたしか、格闘技を少したしなんでいましたよね?」
「えっ…? 百花が格闘技って……それ、本当かよ?」
スイの言葉に、僕は思わず目を丸くしてしまった。
も、百花が格闘技…?
「ええと、あはは…。まあ、少しだけですが。でも私は秋葉ちゃんと違って全然強くないですよ……」
「いやいや、わっかんないぞ~。こいつ、怒らしたらすげえ怖いかも。今度秋葉と戦ってみろよ!」
「えっ! もう、何言ってるの祥太郎君……!?」
「いいねいいね。その勝負、この私が受けて立とうじゃないか!」
「ふえええっ!? やだよ…怖いよぉ……」
二人の悪ノリに、百花はあたふたと困惑していた。
しかしまあ……こんな様子の百花が格闘技とは、意外な一面だな。
やっぱり僕はまだ知らないことだらけだ。
屋敷神郷のことも、生徒たちのことも。
これからの日々の中で、きっと僕は色々なことを知っていくのだろう。
それだけでも、こんな郷にまでわざわざ教育実習に来た甲斐があったというものだ。
そんな高揚感に心が満たされながら、僕たちは昼食を終えた。




