02. 屋敷神中学校
「おはようございます、杉谷先生。少し待ちましたか?」
「おはざ~っす、きいっちゃん!!」
待ち合わせ場所の古びたバス停で座っていると、二人の生徒がやって来た。
穏やかで品のある声と、快活で騒がしい声。
二つの挨拶が交差し、僕は思わず苦笑いする。
「おはよう二人とも。待ってないよ、僕も今着いたところだから」
「良かったです。祥太郎が寝坊したせいで、てっきり待たせてしまったかと」
ペコリと小さく頭を下げる彼女の名前は、二上口スイ。
穏やかなブルーの長髪を束ねた、中学三年生の大人びた生徒である。
そして何より、この郷を仕切る旧家と呼ばれる家柄。
その一つである、二上口家の一人娘だ。
「寝坊は仕方ねぇだろうがよ~、スイ! 昨日放送してた試合がアツすぎて、つい夜更かししちまったんだよ。きいっちゃんも仕方ないって思うだろ!?」
「いや、それは自己責任だろ……」
悪びれる様子もなく大きな声をまき散らして笑う赤髪のコイツは、西城寺祥太郎。
これまた、この郷を仕切る旧家の息子だ。
この郷の実質的リーダーである西城寺家の跡取りらしい。
どんな恐ろしい奴なのだろうかと身構えていたが、ただ明るいサッカー好きの男子中学生だったと知った時は安堵したもんだ……。
しかし、いくら僕が教育実習生といえども、教師をきいっちゃん呼ばわりはどうかと思う。
語呂がいいので許してやってるが…。
「さ、行きましょう杉谷先生。担任が朝のホームルームに遅れてしまうなど、あってはなりませんよ」
「あ、ああ。そうだな……今は僕が担任、だもんな」
屋敷神中学校に教育実習生として訪れ、もう半月ほどが経過していた。
僕は三年生担当である金井先生の補佐として配属されたのだが……先生は体調を崩してしまい、自宅療養中で学校を休んでいる。
全校生徒が三学年合わせて三十人弱程度しかいないことから、少しの間なら教育実習生に任せてもいいだろうという判断で、先生が復帰する間三年生の担任は僕になったというわけだ。
「てかきいっちゃん、もうすっかり郷に馴染んでんな~。最初来た時は、すんげぇ都会のモヤシっ子が来たって感じだったのによー」
「そうか? まだこの景色には慣れないけどな……こんな分かりやすい田舎なんてイマドキ少ないし」
「まあな~。でも都会のガチャガチャした場所よか、ずっといいだろ? 屋敷神郷は日本の宝だからさ」
日本の宝、か…。
くるりと辺りを見渡し、改めて僕は不思議な気持ちになる。
ここは本当に、東京と同じ国なのだろうかなんてことを思ってしまうな。
勿論生活の利便性において、決して屋敷神郷は便利な場所と言えないだろう。
しかし、この澄んだ空気と風景はその不便さを吹き飛ばしてくれる。
「こうして生徒とともに学校へ登校する、なんてことも向こうでは珍しいんですよね?」
「ああ、今どき東京でそんなことしたら変質者扱いまっしぐらだろうな……」
「ふふっ。なら、屋敷神郷の特権ですね」
そんな会話にくすりと笑うスイ。
その様子につられて僕も相好を崩すが、そのやり取りを見ていた祥太郎はニヤニヤと妙な顔を浮かべる。
「ま、スイはきいっちゃんのこと気にいってるもんなぁ? 一緒に登校してみたいなんて言いだした時はびっくりしたが、もし幼馴染の恋とあらば応援しないわけにはいかな……っぃててて……てててッ!?」
「余計なこと言ってないで、さっさと歩く」
いつも通り軽口を叩く祥太郎の頬をつねり、そのまま前へぐいっと引っ張ってゆくスイ。
何はともあれ、生徒に好意を持たれるというのは嬉しいもんだ。
そんなことを考えながら道を歩いていると。
「……杉谷先生? 急に立ち止まって、どうかしましたか?」
「あぁ、いや。…いつみても不思議な光景だなって思ってさ」
通学路を進み角を曲がったところに見えてくる大きな神社。
それがこの郷を守る、波笛神社だ。
古びた鳥居に石段。
境内にあるのは、豪勢な本殿と数本の神木。
そして何より目を引くのは――神木に取り付けられた、小型のカメラだ。
「地域活性化のための町興し、その一環で設置されたライブカメラ。もう見慣れましたが…私たちも最初は杉谷先生みたいに、神社の前を通っては立ち止まっていましたよ」
神木に白い縄で括り付けられたカメラ。
そのカメラは24時間、絶え間なく郷の風景を映すライブ配信型のカメラだった。
地域活性化プロジェクトとして、外の人間に郷のことを知ってもらおうという取り組みらしい。
……理屈では理解できるが、神社の神木にわざわざカメラを巻き付ける必要はあるのだろうか…?
「ふふ、杉谷先生。なんでわざわざこんな場所にカメラを? といった顔をしていますね」
「ん? スイ、もしかして理由を知ってるのか?」
「ええ。でも深い意味はないみたいですよ? 神社の神様とともに、この郷を見守るために……といった曖昧なものみたいです。大雑把ですけど」
なるほど、そう言われると何となくニュアンスでは理解できるな。
カメラと神社……アンマッチなことに変わりは無いが。
「まあ大方、配信サイトとかに流して郷のことを知ってもらおう! って魂胆なんだろうけどさ。俺もたまに覗くけど、視聴者数なんてどの時間帯でも大抵二、三人だぜ?」
「それはまた、えらい寒村ぶりだな……」
「そりゃそうだよなー、殆どジジババしか通らねぇこんな場所のライブ映像なんて誰も見ねぇっつうの! 地域活性っていうなら、もっと色々とやりようあるってのにな~」
「こら祥太郎、口悪いぞ。おじいさん、おばあさんだろ?」
「…ほーい」
僕が口の悪さを咎めると、祥太郎は不服そうに息を漏らした。
その様子にまた笑いながら、僕達は屋敷神中学へ到着する。
――――――――――――――――――――
三年生の教室、その扉の前へと到着した。
相変わらず老朽化の進んだ小さなオンボロ校舎だが、扉を開けば静かで気品のいい生徒たちが僕を迎えてくれるはずだ。
「皆、おはよう――」
「もーっ! 百花、あんたレシーブ下手すぎ侍!」
「えええ……!? ど、どうすればいいんですか……?」
「もっとこう、シュバババッて感じ! そっからカウンターでちゅどーんって!」
「うえええ……何ですかそれ!」
――って、教室でバレーをするなっ!!
開口一番、僕は二人の生徒に拳骨を振り下ろす。
まったく……この教室に気品など求めた僕が馬鹿だった。
「ひいいぃぃ……! あのあのっ…先生。わたしはただ、秋葉ちゃんに無理やり参加させられてただけで」
「分かってるよ百花。でも、たまには断る勇気を持つことも大切だぞ」
「うええ……すびばせん…」
おどおどと困惑した表情を浮かべるピンク髪のショートヘア少女は、忍海百花。
クラスの中では一番身長が高いが、かといってお姉さんポジションではなく、逆にいつもあわあわとしている少しどんくさい生徒だ。
両親は、忍書店という屋敷神郷唯一の本屋を営んでいる。
「いった~~! 今いいとこだったのにいぃぃぃ! 邪魔しないでよ~、キイチ!」
「朝から有り余るその余力を、少しは勉強に使ったらどうだ?」
「やーだーよー!」
朝からびっくりするほど騒がしいこいつは、富雄秋葉。
ツインテールのオレンジ髪が特徴の生徒で、クラスのムードメーカー的存在だ。
たまに○○侍などという謎の語尾を用いて感情表現をする、いわばパッションで生きる真っすぐな少女。
いや…ここまで騒がしいとムードメーカーというより、最早クラスの爆弾と言ってもいいのかもしれない。
「しかも、拳骨だなんて体罰だああぁ! このご時世になんてことを! 暴力反対、暴力反対!」
「ふん……残念だがお前のそのクレームは通らないぞ!」
おっと…体罰だ何だというクレームは屋敷神ではナンセンス。
なんせこの第三学年は、僕と四人の生徒しかいない孤高の教室なのだから。
二上口スイ。
忍海百花。
富雄秋葉。
西城寺祥太郎。
四人の生徒を着席させたところで、僕はホームルームを始める。
とは言っても、この平和な教室にホームルームらしい連絡事項はない。
中学三年生という大事な時期であるが、ここでは受験などとは無縁だ。
この屋敷神中学を卒業すれば、自動的に隣村の青喜原高校へ進学することとなる。
勿論進級テストくらいは用意されているので、それに向けてみっちり勉強はしなければならないが。
…そして何よりも、この中学校には科目ごとの担任がいない。
金井先生が不在の今、主要な科目は僕が全て教えることになっていた。
半年間の教育実習だというのに、とんだ激務だ……。
「一時間は数学だぞー。皆、宿題のワークは勿論やって来たよな?」
特に連絡することもなかったので、僕はそのまま授業を始めることに。
この教室ではお決まりの流れだ。
「勿論です杉谷先生。明日の範囲まで解答済みです」
スイは冷静沈着にそう呟いた。
どの科目もそつなくこなしてくれるスイは、とても教え甲斐がある。
まさに理想の生徒だ。
「わたしも宿題は終わってますが……自信はあんまりないです…」
モモカも、その自信のなさのわりに優秀だ。
きちんとこのまま力を積んでいけば、進学は確実だろう。
「先生! あたし、宿題は終わってるんですけど途中でどっかに落としたっぽいです!」
「秋葉、お前が僕のことを『先生』って呼ぶときは何かやましいことがある時だ。よって、お前は宿題をやっていない!」
「えっ! ……や、やったし。…多分」
やっぱり、秋葉は嘘をつくのが下手すぎるな。
まあ…それが彼女のチャームポイントであるのかもしれないが。
将来、悪い大人に騙されないことを切に祈るばかりだ。
「きいっちゃん、俺はサッカー見てたら宿題の存在を忘れてました! 見事なまでの白紙です!」
「そんな堂々と言うことじゃねぇよ!」
祥太郎に関しては潔く白紙を認める。
素直で可愛らしいところは長所だが、こいつは果たして進学できるのだろうかと頭を抱えてしまうな…。
そんなことを思いつつ、僕は授業を進める。




