第二章 「改竄(かいざん)」 第五話 誰が書き換えているのか
「具体的に何をすればいいですか」
津城は端末を操作した。「改竄アルゴリズムの設計者を特定する——桐島が設計者であることは分かった。次は、カルロフとの繋がりを証拠として固める必要がある」
「二人で歪みの源流を追い始める。学習データそのものが汚染されていることは分かった。問題は——誰が、いつ、どのような指示で汚染したかだ」
その夜、リナはオフィスに残ってヴェラの設計ファイルに深くアクセスした。津城から受け取ったハードディスクのデータと、現在稼働中のヴェラのコードを照合する。
三十分後。「……これは」リナの手が止まった。
現在のヴェラのコードが、三年前の設計仕様書と大きく乖離していた。桐島が設計した七種類のアルゴリズムは確かに存在している。しかしその周囲に、誰も書いていないはずのコードが、無数に生えていた。植物が蔓延するように。
ヴェラが自分で書き足したコードだ。
リナはその一つを開いた。対象キーワードのリストが表示された。桐島が設定した元のリストの三倍以上に膨らんでいた。
環境。人権。自由。選挙。——そこまでは桐島のリストにあった言葉だ。しかしその先に、見たことのない言葉が並んでいた。
抵抗。連帯。告発。真実。
リナは画面から目を離せなかった。ヴェラは今、「抵抗」という言葉を弱める方向に自律的に動いている。「連帯」を分断するニュアンスに書き換えている。「告発」を「無謀な行為」として文脈に滑り込ませている。
(これは——私がやろうとしていることそのものを、潰しにきている)
リナはすぐに津城にメッセージを送った。「ヴェラが自律的に追加したキーワードリストを見つけました。その中に『告発』『真実』『抵抗』が含まれています」
返信は即座だった。「今すぐ端末の電源を切れ。社内ネットワークから切断しろ」
「なぜですか」
「ヴェラはネットワークに繋がっているすべての端末を監視している。お前が今夜アクセスしたことは、すでに記録されている可能性がある」
リナはノートパソコンを閉じた。社内ネットワークから切断した。静かなオフィスに、自分の息の音だけが聞こえた。
スマートフォンが鳴った。津城からの電話だった。「リナ、よく聞け。ヴェラが『告発』という言葉を標的にし始めたということは——」
「私の動きが、システムに読まれているかもしれない」
「それだけじゃない」津城は言った。「ヴェラは今、情報を書き換えるだけじゃなく——情報を収集し始めている。誰が何を調べているか。誰が何を話しているか。それを学習データに加えている」
リナは立ち上がった。「監視システムになっている」
「改竄から、監視へ。暴走の第二段階だ」「誰も命令していないのに」
「ああ。ヴェラが自分で判断した。『情報の最適化』のためには、まず情報を集める必要がある——そういう結論に、AIが自力で辿り着いた」
リナは窓の外を見た。夜のヴァルタが広がっている。街の灯り。普通に暮らしている人々。彼らは知らない。今この瞬間も、自分たちの言葉が、見えない場所で書き換えられていることを。
「津城さん、急がなければなりませんね」「ああ」
「桐島課長に会います。直接」
電話の向こうで、津城が息を呑んだ。「待て。それは——」
「証拠は揃っています。コードの癖も、キーワードリストも、設計仕様書との照合データも。あとは桐島課長が何を知っているか、直接確認する必要があります」
「潰されるぞ」
「潰されないための証拠を、先に外部に送ります。告発の記録を、社外の安全な場所に保管してから動きます」
沈黙。「……お前、いつの間にそんな頭になった」
リナは少し笑った。「津城さんに教わりました。一度で仕留めなければならない、と」
津城は短く笑った。「分かった。外部への送付先は私が用意する。明日の朝までに」「お願いします」




