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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
二章 エラー【迷宮のティーパーティー】
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27話 逃げる紫猫

前回のあらすじ

・ペンキを塗り忘れた薔薇を塗れば、道が開けることを発見

・ユウキがチェシャネコと遭遇

 意識を失ってからほぼ三分後。()()()()かなり短時間で意識を取り戻したユウキは、ズキズキと痛む後頭部をもたげながら、体を起こそうと芝生の地面に手を伸ばす。


 そして、視界に入った両手を見て、ユウキは間の抜けた悲鳴を上げていた。


『もこもこの毛が生えてる……?!!?』


 そう、ユウキの視界に入り込んだ両手は、紫色の毛皮の手。五本指などなく、当然、右手にはまっていたはずの手袋さえもない。裏返してみれば、手には愛らしい肉球が付いていた。


 まったくもって理解しかねる現状に、パニックになりかけたユウキだったが、存外にもすぐに冷静にならざるを得なかった。何故なら……


「こっちか?」

「うん! いきなり来てびっくりしたけど、思ったよりも強くなくって……」

「……。」


 三人の足音とともに、確かにユウキ自身の声が聞こえてきたからだった。

 ユウキは痛む後頭部のことも忘れて、慌ててその場から駆け出して茨の生垣の中へ入り込む。何故か小さくなっているこの体なら、何とか生垣に潜り込むことができたのだ。


 そして、移動するのに両手両足を本能的に使ってしまっていることに気が付く。四足歩行を違和感なくしてしまっていたことにユウキはショックを受けつつ、それでもすぐに隠れることを優先した。

 その判断は、確かに正解だった。


 道の向こうからやって来たのは、コンラとシンジ、そして、限りなくユウキにそっくりな誰かだったのだから。


『……!!??!』


 あんまりな光景に、思わず声を上げそうになったユウキは、慌てて自身の両手で口を押える。意識を失ったユウキが確かにいたはずの場所を見てぐっと眉根を寄せるユウキの姿をした何者か。


 ユウキを模したその存在は、少し何かを考えた後、シンジとコンラに向かって言う。


「ごめん、逃げられちゃったみたい」

「動物の毛が落ちている。探せばまだ近くにいるだろ」


 ユウキを模したその存在の反応に、コンラは芝生の上に落ちていた紫色の毛を拾い上げてそう言う。ずっとトランプ兵と戦っていたために、彼の右手に握られた剣には真っ赤なペンキがべったりとついて、その重い雫が滴り落ちている。


 そんな磨き上げられた剣の反射で、ユウキは初めて、今の己の姿を知覚した。


 丁寧に丁寧に手入れのされた剣にうつりこんでいたのは、紫色の毛皮の猫。口は嫌に大きく、耳のあたりまで裂けている。尻尾は妙に太く、驚いた表紙にあげてしまった右手も、その剣の中に収められ、これが、ユウキ自身であるという証明と化した。

 つまり、ユウキはチェシャネコになっていたのだ。


『……みぃっ?!』


 ユウキは思わず間の抜けた鳴き声を上げる。

 その声に、コンラは反射的に剣を閃かせ、茨の元へ剣を振り下ろす__その直前、シンジが、コンラの右肩を強く後ろに引いた。


 突然の蛮行に、コンラは目を丸くし、たたらを踏む。転倒しなかったのは彼の優れた体幹のおかげだろう。盛大に舌打ちをした彼は、シンジに向かって怒鳴った。


「あぶねえだろ! 剣持ってるときに引っ張るんじゃねえ!」

「黙れ馬鹿が。不用意に茨を壊そうとするな。いい加減雑兵と戦うのは飽きてんだ」

「いや、何か居ただろ。逃げられたらどうすんだ」

「逃げる雑魚なら放置でいいだろ。金なら魔石で十分回収できる」


 死んだ目でそう言うシンジに、コンラは不機嫌そうに眉を顰める。ユウキの姿を模したそれは、突然の蛮行におろおろとしていることしかできない。それもそうだろう。シンジはもとより、ユウキを主と(一応)認めているコンラも、主として相応しくない行動をするならば裏切ると言い切っていることからわかるように、かなり性格難な人物なのだ。


 そして、まごついているユウキを模したそれを見て、紫猫になっていたユウキは確信した。アレが、チェシャネコだと。


__見た目を入れ替える能力かな……? 能力……っていうか、経験の模倣は多分できていないみたいだけれども……


 思考するユウキをよそに、険悪なムードになったシンジとコンラはさりげなく互いにファイティングポーズをとる。馬鹿馬鹿しすぎて止めたくなったが、残念なことにユウキはこの姿のまま二人の前へ……もとい、チェシャネコの前に姿を現せるだけの度胸がなかった。というか、もしも今チェシャネコの姿ではなかったとしても、この状況に介入したいとは思えない。


 今にも殴り合いを始めそうなシンジとコンラを見ていたユウキだったが、すぐにその場を離れることを選んだ。二人ならユウキの姿に変装したチェシャネコに不意をとられることはないはずだ。逆に、チェシャネコの姿になったユウキにしてみれば、不用意に二人の前に出てしまったとき、逃げ切ることすら難しいと思えた。


__いったん引いて元に戻る方法を探そう。多分、どこかに戻る薬みたいなものがあるはず。


 そう判断したユウキは、できるだけ音を立てないように、こっそりと薔薇の木の下を通り抜け逃げ出した。


 逃げ出したユウキの背後で、やはり犬猿の仲の二人はいがみ合う。


「おい、やっぱ何か居たじゃねえか!」

「逃げてんなら別にいいだろうが。追いかけるだけ無駄だ」

「金目のモンスターだったらもったいないだろ。つーか、何だお前、あの程度の雑兵の増援ごときで逃がすとか、腰抜けかよ」

「……余計な口を叩くな。殺したくなる」

「できるもんならやってみろよ、腰抜けが!」


 せせら笑ったコンラは、剣を鞘に戻すと親指を下に下げてシンジを挑発する。額に青筋を浮かべたシンジは、構えた拳をもってしてその挑発に乗った。


「くたばれ雑魚が!」

「雑魚はテメエだ!!」


 握り締めた拳と拳が交差する。互いの頬を捉えた二つの拳は、一切緩められることも躊躇されることもなく振り抜かれる。倫理観が古代ケルトのコンラと精神外道のシンジの二人に、敵と判断した相手に対して手を抜く理由を思いつくことなどないのだ。


 冗談にならないほど強力な一撃が交わされるも、二人は1ミリもひるまずもう片方の拳を攻撃に転用する。

 コンラの拳はボクシングなら反則手のキドニー(肝臓)ブローを、シンジの手刀は総合格闘技なら反則の目玉をねらって振り抜かれる。

 幸いにも、内臓狙いの反則手は受け止められ、目玉狙いの反則手も寸前で回避されたため、双方とも致命傷を負うことはなかった。


 致命を狙う次撃を回避された二人は、即座に次の攻撃にうつる。

 初撃の拳で口の中を切ったシンジは、唇の端から血を滴らせながらも右足でコンラの脇腹を狙った膝蹴りを行う。

 左手で蹴りをガードしたコンラは、鼻血をこぼしながら右手でシンジの首を狙う。容赦の欠片もない殺す気の一撃をシンジは間合いを取ることで回避する。


 血のにじむ激闘を目の前にして、ユウキに化けたチェシャネコは思わずポカンとした表情でその場に突っ立った。それもそうだろう。隙を見てバックアタックをしようと思っていたら、勝手に互いにつぶし合いを始めたのだから。


「え……あの……えっ?」


 言葉の応報すらない純粋な殴り合いに、チェシャネコは間の抜けた声を上げる。その間にも、二人は組手を止めず、内臓なり顔面なり後頭部なり関節なりと言った確実に致命傷になる部位の破壊を狙い続けていた。

 組手ごときに剣を使うほど落ちぶれてはいないコンラは、いい加減腰に装備した剣が邪魔になる。シンプルに殴り合いにのみ固執するシンジもまた、背負っていた探索用の物品が邪魔になる。


 故に、二人はほぼ同時に荷物を投げ捨てると、チェシャネコに向かって怒鳴った。


「「荷物見てろ!! こいつを殺してから先に進む!!」」

「……あ、うん」


 こうして、二人の場外乱闘は始まった。




 戦禍から逃げ出したユウキは、4足歩行のままとぼとぼとダンジョンを探索する。単独でのダンジョン探索の危険性は、重々理解している。それでも、おそらく戦場と化したあの場に残るよりははるかに生き残れる可能性が高いのだ。


「やっぱり、シンジとコンラが一緒に探索するの、リスク高いな……。単純に性格のタイプ相性が悪すぎる。二人とも、何であんなにいがみ合うかな……」


 ユウキはそう呟きながら、耳をひくひくと動かして周囲の状況を確認する。猫の姿になって初めて気が付いたが、どうやら聴覚も視覚も嗅覚も良くなっているらしい。耳を澄ませば、シンジとコンラの激しい殴り合いの音と醜い罵り合いの声が聞こえてきていた。……もちろん、全力で聞かなかったことにするつもりである。


 鼻がおかしくなりそうなほど濃い薔薇の香りの中、嗅覚はむしろ邪魔になる。がんばってかぎ分ければ血の匂いや人の匂い、ついでにトランプ兵の頭蓋から滴る赤ペンキの匂いはわかるが、それ以上に体調が悪くなるほどの薔薇の匂いの方がつらかった。

 対して、視覚はかなり優秀と言えた。かなり遠くの薔薇の花びらの1枚1枚まで見ることができるほどなのだ。耳と目だけである程度は敵を警戒することができそうだ。


「とりあえず、スカサハ様のところに……いや、戦闘に巻き込まれたら死んじゃうな……草薙さんのところに行けば、まだ会話はできるかな……?」


 紫色の眉毛を下げて、ユウキは小さくつぶやく。元より戦闘能力が皆無なユウキは、ネコの姿になってしまってさらに2足歩行の有利を失ってしまった。即ち手で道具を扱えないのだ。人類の文明の利器である重火器もナイフも、さらに薔薇を赤く染めるための筆さえも4足歩行では使うことはできない。優れた身体能力と引き換えに、人としてできる唯一の長所を失ったのだ。


 とはいえ、口は残った。チェシャネコが原典からしゃべることのできる猫だったことが幸いしたようだ。しゃべることができれば、理性的な人間となら話し合うことができる。チェシャネコと入れ替わってしまったことさえ話せれば、3人に協力を仰ぐこともできるはずだ。

 ついでに、チェシャネコが言っていた「このダンジョンの四隅を見に行ってみろ」という言葉も気になる。


「3人を探しつつ、見つからないようなら四隅を探しに行くのが一番いいかな」


 そう判断したユウキは、長く太い尻尾をくゆらせ、気がおかしくなりそうなほど濃い薔薇の匂いの漂う庭園を歩く。茶会の声は、優れた聴覚でも何故だから近くなのか遠くなのかよくわからない距離で、ずっと続いていた。

【チェシャネコ】

 チェシャ猫、チェシャ―猫、チェシャ―キャットなど。表記ゆれや翻訳者の個性で様々な呼ばれ方をしている。

 不思議の国のアリスの物語の中でもかなり不可思議な存在であり、迷子のアリスに道案内をしたりだとか、チェシャネコの不敬にブチ切れた女王に首を刎ねられかけたり(頭だけ浮かんでいたため、死刑執行人もどうしようもなかった)だとか、とにかく神出鬼没で正体不明な存在なのだ。


 人間の言葉をしゃべることのできるチェシャネコは、摩訶不思議な迷宮の力を借りて、姿を取り換えるすべを手にしている。複数人で迷宮の探索に挑んだものに対する強敵として現れる。

 道が変わる迷宮という理不尽を前に、不和になったメンバーのうち一人……特に、ムードメーカーや決定的な攻略方法を見出した人間と入れ替わったチェシャネコは、大体の場合さらに探索者一行のチームワークを瓦解させ、同士討ちを行わせる。チェシャネコ本体に戦闘力はさほどないが、この凶悪な特殊能力をもってして、幾人もの探索者たちを迷宮からあざ笑うように追い払っているのだ。

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