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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
二章 エラー【迷宮のティーパーティー】
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26話 笑う猫

前回のあらすじ

・スカサハが【ゲイ・ボルグ】を使用

・三組に分断される

・ひげ面の男がスカサハの黒槍を回収

 それぞれ薔薇の迷路を走り出した探索者たち。

 背後から聞こえてくるスカサハの笑い声と戦闘音、そして、トランプ兵の金切り声や絶命の悲鳴が背に刺さる。辛笑いではなく心の底から楽しそうに笑っている声なのが若干恐ろしくもあるが、まあ、元気なようで何よりだ。


 スカサハが相手をしていない端数のトランプ兵がユウキ、コンラ、シンジの三人を追いかける。スカサハが創り出した一本道の破壊も一瞬だけユウキの脳裏によぎったが、あれだけの数のトランプ兵を対処しながらコンラに己を守ってもらうのは流石に無理だと判断した。

 追いかけてくるトランプ兵の足の速さは、ギリギリユウキよりも遅い程度。とはいえ、ユウキはさほど体力があるわけではないので、すぐに追いつかれるだろう。


 そう判断したコンラは、短く二人に言う。


「追いかけてきている個体を討伐してから再度撤退を進言する! このままだと追いつかれる!」


 そんなコンラの言葉に、シンジは不機嫌そうに舌打ちをして言う。


「振り切るか数が減るまで逃げてから戦ったほうが有意義だ。っていうか、こんなにほぼ無限に兵が来るなら、どっかに供給源があるはずだ。そっちを叩くほうがいい」

「それまでユウキの体力が持たねえだろ!」


 全力……それでも、一番足の遅いユウキに合わせながら並走するコンラとシンジは、そんなことを言い合う。元よりかなり馬の合わない二人に対し、ユウキは声を出すことすらできないままひたすら呼吸のためだけに使っていた口を閉じ、走った時特有の脇腹の痛みを感じながら、二人に向かって言う。


「マップ、見る限り、……ふっ……まっすぐ行けば突き当りの空間に。なる! 確実に、バックアタック、されないところで戦闘しよう!」

「道がふさがれていたらどうするつもりだ?!」

「今更、トランプ兵が、二体や三体、増えたって、大差ないだろう?」

「それもそうだな!」


 息も絶え絶えなユウキの言葉に、コンラは同意の笑みを返す。シンジもその提案に同意したのだろう。相変わらずの無表情ながらも首だけを小さく縦に振り、ついでと言わんばかりにユウキの首根っこをつかんで加速する。


 転ばないように必死に足を動かすユウキ。走るユウキから振り落とされないようにしっかり防弾パーカーのフードにしがみつくコハク。そして、目の前の薔薇の生垣に、シンジは飛び蹴りを食らわせる。

 青々とした薔薇の茎はミシリと悲鳴を上げ、あっさりとへし折れた。通路一つを無理やり切り開けば、8メートルほど先に遥か空まで立ちはだかるダンジョンの終わりを示すレンガの壁。今までこんなもの見えはしなかったはずだが、この空間はダンジョンなのだ。気にするだけ無駄なのだろう。

 シンジはへし折れた薔薇の木を頑丈なブーツで踏み越え、短くコンラに言う。


「五秒後だ、下らねえところで死ぬなよ! ついでにヨワキ、てめえは死なねえ程度に自衛しておけ!」


 そう宣告したシンジは、壁に向かってユウキを引きずり、そのまま壁を蹴って前に向き直ると、拳を構える。

 シンジの宣告通り、ほぼ丁度五秒後、すぐ左の路地から飛び出してきたクラブのトランプ兵の首めがけて拳を振り抜く。鈍い破壊音とともに、トランプ兵の頭はガクンと後ろにうなだれ、そのまま地面に崩れ落ちる。


 シンジの右隣、壁際のユウキを守るように立ったコンラは、正面からやって来たトランプ兵に向かって剣を振り抜く。数体のトランプ兵の腕を切り落としたその一撃は、帰す刃で一体のハートのトランプ兵の首を断ち切る。たやすく跳ねられたトランプ兵の首は冗談のように吹っ飛び、そのままどこかへ転がっていった。


 群れて襲ってくるトランプ兵相手に、有効な範囲攻撃を持たない二人は、黙々と一対一を何度も繰り返すことでトランプ兵の数を減らしていく。

 ユウキもまた、何かできることはないかとナイフを握り締める。……が、そもそもかなりの強者である二人が前線を突破させ後衛……もとい戦力外のユウキに近づけさせることはなく戦闘を継続させているところを見て、逆にヘタな援護をすると巻き込まれて負傷しかねないと判断し、そっと目を伏せた。


 そして、ユウキはフードの中でチュウチュウと盛んに鳴いてコンラを応援している(ように見える)コハクに、そっと声をかける。


「悪いけど、周囲の警戒をお願い。やることないから、すぐ撤退できるように解体始めるから」

「チュウ!」


 ユウキのお願いに、コハクは首を縦に振って高らかに返事をした。

 そして、ユウキはそっと顔を上げると、すぐそばに倒れていた首のひしゃげたクローバーマークのトランプ兵……おそらくシンジが殺したものだろう……の死体の足を引きずり、安全地帯に運んでから解体を始める。

 一撃で首を折られたトランプ兵は返り血ひとつなく、紙の部分もまっさらで回収がしやすい。黙々と折れた首を断って頭蓋から魔石を引きずり出し、胴体の紙は巻いて回収する。そう言った作業を淡々と繰り返す。


 頭蓋からあふれるおもちゃのような液体は、本物の脳髄ではないため多少心に余裕はできるが、それでもグロテスクなのには変わりがない。「うえ……」と小さく声を漏らしながらも、黙々と胴体部分の紙が汚れていなければ回収し、頭蓋を割って魔石を回収するという行為を繰り返す。ペンキまみれの魔石は、サッと水で洗い流せばすぐにマシになるが、それでも、真っ赤なペンキは血のようで……


 そこまで考えたところで、ユウキの脳裏にある疑念が思い浮かぶ。


「あれ、そう言えば、ここは不思議の国のアリスが原典……薔薇って、赤だけじゃなかったはず……?」


 そこまで考えたところで、ユウキはハッとしてタブレットのマップを開く。そして、右隣の行き止まりが、かつては通路だったことを理解した。


「……もしかして……」


 今だ戦闘の続く二人を横目に、ユウキは先ほど解体したばかりのトランプ兵の首を抱え、行き止まりに向かう。そして、行き止まりの生垣に咲き誇る薔薇の花を確認した。


 どこの生垣とも変わらない、血のように真っ赤な薔薇の花。通路は通路だと判断していたためさほど気にしていなかったが、隣の通路の薔薇と見比べると、どこか違う。行き止まりになった通路でないほうの道の薔薇は、どこかみずみずしく、生命力を感じられる。それに対して、行き止まりになった通路の薔薇は妙にテカっている、というか、どことなく作り物の様な雰囲気が感じられた。


 ユウキは小さく息を飲んで、行き止まりになった通路の薔薇の花に手を伸ばし、そのドス赤い花弁を右手の指で触れる。そして、指をちらりと見た。

 右手を覆う医療用の手袋の被膜の上には、赤色の液体が薄く伸びていた。これは、解体の時に付着した汚れではない。これは__


「赤色の、ペンキだ」


 べったりと指についたのは、トランプ兵の体から流れるペンキと同じ真っ赤なペンキ。つまり、これは白薔薇の上に赤色でペンキを塗り、無理やり赤薔薇にしているのだ。こんな無意味な行動の理由を、ユウキはなんとなく察せた。


「これ、原典再現だ……」


 小さくつぶやくユウキ。そう、これは不思議の国のアリスの一場面、女王の茶会の前の様子を再現しているものだった。そして、それならば、と、ユウキは再び壁を再度確認する。

 上から順番に咲き誇る白薔薇に塗られたまがい物のペンキの花を確認し、そして、右斜め下。あるはずだと思って探せば、やがてそれを見つけた。


「あった、ペンキ塗り忘れの白薔薇……!」


 青々とした葉っぱに埋もれるようにしてこっそりと咲いていた、生命力あふれる白薔薇。

 ユウキは少し悩んだ後、バッグの中から包帯を少しだけ切り取り、ナイフの鞘に縛り付けて即席の筆を作る。その筆の先をトランプ兵の頭蓋に浸し、赤色に染め上げる。

 そして、不格好な筆を使って、そっと白薔薇を赤く塗り上げる。


 血のように真っ赤なペンキは白薔薇をドス赤く染め上げ、裏の白紙部分まで真っ赤になり、一輪の赤薔薇に変わる。すると、薔薇の生垣が、ずるりと動き始めた。


「うわっ?!」


 ユウキは思わず声を上げ、しりもちをついた。

 まるで生き物のように蠢いた薔薇の生垣は、その長い蔦を左右の通路に忍び込ませ、道を創り出す。すべてが終わってしまえば、そこにはマップ通りの通路が出来上がっていた。


 ユウキは茫然としながらその通路を見つめ、そして、ハッとしてタブレットに情報を書き込む。みんなと情報共有すれば、スムーズにスカサハが作った一本道に合流できるはずだ。


「変化した通路はペンキの薔薇だったら通行可能! これで、普通の迷宮型のダンジョンになる……!」


 そうしてタブレットにユウキの意識が移動したその時だった。


「チュウ!」


 フードの中に隠れていたコハクが、短い手でてしてしとユウキのうなじを叩き、警戒を促す。その警戒を聞き、ユウキは慌ててタブレットから顔を上げ、ナイフを握り締めて周囲を警戒する。

 前にはいない。右にも、後ろにも、左にも、いない。

 なら、すぐに二人の元へ逃げなければ__


 そう思った直後、鋭い視線を感じたユウキは、反射的にフードの中に隠れていたコハクを両手ですくい出し、叫んでいた。


「逃げて、コハク!」

「チッ?!」


 驚くコハクの声。それでもユウキはコハクを逃がしたすぐ後にナイフを握り締め、反射的に右の薔薇の木の上を見上げた。

 予想通り、と言うべきか、しでかした、と言うべきか、もはやわからない。少なくとも、そこにそれは居なかった。なら、今後ろに回った視線が、このダンジョンなら現れてもおかしくない敵の気配だ。


__個人行動をしなければよかった……!


 心の中でそう叫びながら、ユウキはナイフをぐっと力強く握りしめ、後ろを振り返る。


 そこにいたのは、薔薇の木の上に寝転がった、紫色の毛皮の猫。口が裂けるほどニタリと笑んだその猫は、ダンジョンだからなのか、ネコにしてはかなり大きく横に寝そべって背中を丸くしている状態でも1mを優に超していた。

 ユウキはじりじりと紫猫を視界に入れたまま、後ろに下がっていく。


 しかし、ネコは依然として不気味な笑顔を浮かべたまま、真っ黄色な瞳でユウキの怯えた瞳を除いているだけだった。

 ユウキは息を飲んで、あの紫猫……いや、笑い猫から目をそらさずにいた。むしろ、逸らせずに、の方が正しいだろうか?


 笑い猫は心底楽しそうにユウキを観察しながら、鋭い犬歯の生えた口を開く。そして、驚くほど低い声でユウキに語り掛けた。


「こんばんは、いや、もしかしたら、おはよう、かにゃ?」

「……!」


 突然話し出した笑い猫。しかし、ユウキは動揺することなくナイフを構え、ぐっと笑い猫を睨んだ。そんなユウキの反応に、笑い猫は少しだけつまらなそうに言う。


「にゃんだ、お前さん、ワタシのことを知っているのか」

「有名だから、知らないわけがないだろう、チェシャネコ!」


 笑い猫の正体を看破したユウキは、ナイフを握り締めた右手がギシリと痛むのを感じた。トランプ兵以外の初めての敵に、自然と手に力がこもってしまっていたのだ。

 チェシャネコは、不思議の国に迷い込んだアリスが出会った不可思議な猫の名前である。紫色の縞模様の毛に、不気味な笑顔が張り付いた巨体の猫で、神出鬼没に現れては女王をからかったりアリスを導いたりとかなり不思議な役割をする登場人物である。


 天敵である猫の姿を見たコハクは、「チュウ!!?!」と高く悲鳴のような鳴き声を上げると、すぐにコンラの居る方へ走り出す。一瞬だけチェシャネコの視線がコハクの方へと向けられたが、すぐにその黄色の目はユウキの方へ向き直る。


 正体をあっさりと看破されてしまったチェシャネコは、退屈そうにため息をつくと、にんまりとした笑顔をその面に張り付けて口を開く。


「女王様は今いにゃいし、君たちの目当ては狂った茶会かにゃ? にゃら、真ん中の茶会の会場にいけばいいだけよ。でも、お庭の四隅にゃいいものがあるから、せっかくにゃら見に行ったらどうかにゃ」

「……道案内をありがとう。何の用かな?」


 ユウキは警戒しながら、導きの言葉を紡ぐチェシャネコにそう言う。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、相変わらずニタニタと不気味な笑顔をその顔へ張り付けている。

 あくびをしながら、チェシャネコは答える。


「お前さんはちょっと察しが良すぎだにゃ。通路を破壊したおっかないお姉さんとも迷ったけど、ワタシにとっては君の方が厄介だにゃ」


 その言葉を紡いだチェシャネコは、次の瞬間、尻尾の方からその体を消していく。そして、何もない空間に口だけ浮かび、その口はこう言葉を紡いだ。


「まあ、にゃんだ。お前さん、死なないと良いにゃぁ?」


 ユウキは慌てて最後の警告を二人に聞こえるよう、大声を出そうと口を開き……その直後、背後から飛んできた衝撃で、意識を失う。ユウキが心の底から死にたくないとおもったその瞬間、笑い猫は不気味な笑顔を浮かべてユウキに向かって言った。


「仲間との絆がにゃければクリアできないダンジョンだけれども、その絆が足を引っ張るのにゃ。__よい仲間がいればいるほど、お前さんの首を絞めることににゃる。せいぜい、仲間を信じずに頑張りたまえ、にゃ」


 遠のく意識の向こうで、ユウキは、己の体が小さくなっていくのを感じた。まるで、不思議の国に迷い込んだアリスがおかしな食べ物を食べたときのように。

 悪意ある不思議の迷宮は、少しずつ、脈動をしていた。

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