24話 薔薇園のお茶会
前回のあらすじ
・ダンジョン【ミノスの迷宮】前に到着
・先に探索していたらしい男
・「半日前には通れたはずなんだが???」
ダンジョンの中に足を踏み入れたユウキたちは、上空に広がる青空に小さく息を飲む。そして、うんざりした表情で、シンジは吐き捨てるようにつぶやいた。
「やっぱりイレギュラーか。ダンジョンが完全に変貌している以上、変更型か複合型だな」
本来の【ミノスの迷宮】はあくまでもレンガ造りの迷宮に過ぎない。天井もまた壊せないレンガで出来ており、青空が見えるなどと言うことはないはずなのだ。
緊張した面持ちで、ツバサは全員に警戒を促す。
「みんな、マッピングアプリ立ち上げておいて! 多分、【ミノスの迷宮】のマップは使えない」
「わ、わかりました!」
ツバサの言葉に、志乃は慌てて慣れないタブレット操作を行い、マッピングアプリを立ち上げる。ユウキは冷静に周囲の状況を確認し、ハンカチを取り出す。
立ち込める薔薇の香りは、あまりにきつすぎて頭をくらくらとさせる。……その香りに、違和感を抱いたのだ。
「あまりこの薔薇の匂いを嗅ぎすぎないほうがいいかも……単純に体調悪くしそうだし、嗅覚鋭いコハクはもうしんどいみたいだから……」
ユウキはそう言って【はなさかじいさん】ダンジョンで使った小さなマスクをコハクに渡す。これで多少は臭いがマシになるはずだ。そして、ユウキ自身もポケットの中から白色のハンカチを取り出し、マスク代わりに巻き付ける。
甘ったるいバラの香りは、薄ければ多少はいいにおいなのかもしれないが、現状は体調を崩しかねないほど濃いために、デバフにしかなっていない。かなり五感の鋭いコンラやスカサハもユウキを真似てマスクをつける。ただ、志乃とツバサは特に影響がないのかそのままである。
臭いで体調の悪くなったらしいコハクはぐったりとユウキの頭の上に寝そべっている。
全員がある程度の準備を終えたところで、スカサハが楽しそうに笑い、口を開く。
「ふむ、少し遠くで宴の声が聞こえるな」
「宴……っていうか、茶会だろ。もうちょい格式ある感じに言おうぜ、師匠」
「生意気だぞ馬鹿弟子。格式あるというには、音が乱れすぎているだろうが」
茶会というワードを出せなかったのがよっぽど悔しかったのか、スカサハは唇を尖らせてすねたような表情を浮かべる。ユウキは、シンジが余計なことを言うよりも先にスカサハに対し質問をした。
「乱れている……というと?」
「簡単なことだ。正式な茶会なり、奥方の茶話にしては、あんまりにもうるさすぎる。しかも、声は男……おそらく男だ」
「……えっと、ケルト基準ですか? それとも近代基準ですか?」
「ギリギリ近代基準だ。ケルトだと決闘が始まってからが本番だからもう少しうるさい」
そう答えたスカサハに、コンラは顔をしかめて言う。
「物騒な嘘を言うんじゃねえよ、宴ならまだしも茶会で決闘は流石に風評被害だ」
「あー……うん、まあ、そのなんだ。俺はノーコメントとしておくわ」
スカサハしかりメイヴしかり、気の強い女性が周りに多かったクー・フーリンは、コンラの言葉にそっと目を逸らす。女性オンリーの茶会で決闘が無かったと言い切れないからだ。
そんなクー・フーリンの台詞に、ユウキは思わず苦笑いを浮かべた。しかし、すぐに表情を戻して、口を開く。
「なら、まずはその茶会をしているらしい場所を目指しましょう。多分、そこにクリアの糸口があるはずです。どの辺の場所か、教えてもらえますか?」
「よいだろう。一応馬鹿弟子とも差異がないか確認しておこう」
そう言ってスカサハとクー・フーリンはほぼ二人同時にまっすぐと前を指さす。とりあえず、方角は完全に一致した。問題は距離である。
マップに印を書きこみながら、ツバサはクー・フーリンに問いかける。
「距離はどれくらいかわかりそう?」
「うーん……わからん。近いようにも遠いようにも聞こえるが、おそらくそう遠くはないと思うぜ」
そう答えた彼につられ、ユウキもそっと耳を澄ませる。しかし、残念なことにユウキは二人の言う『茶会の音』を聞きつけることができなかった。
とりあえず、そこまで準備をしたところで、薔薇の園の探索を始める。
壁のようにそびえる薔薇の生垣の高さは3mほど。ユウキや志乃は乗り越えることができないが、身体能力の高い召喚獣三人やシンジなら無理やり生け垣を乗り越えることができそうだ。
薔薇の葉はかなりしっかりとしており、幹や枝は鋭い棘が付いている。そのせいで、手をかけて生垣を登ろうとすれば、それなりの負傷をしてしまうことだろう。
花は血で染め上げたかのように真っ赤で、枯れたりくすんだりした花は一つたりともない。生垣もほぼ垂直で角も立っていることから、かなり入念に手入れされているのだろうことがうかがえる。
入り口からまっすぐ進むと、二メートルほど前に歩いたところですぐに右手に曲がり角がある。索敵能力と戦闘力の高いクー・フーリンを先頭に、七人と一匹は警戒を崩さずに道を曲がる。
すると、また直線の後にいくつか分かれ道があった。
今のところ、敵には遭遇していない。一番最初に出会った敵次第では撤退を余儀なくしているため、まずは敵を探す__その前に、コンラに向かってユウキは言う。
「ごめんコンラ、ちょっとだけ動かずに待ってて。もしかしたら引き返さないといけなくなるから」
「ああ、そうだな。最悪、この薔薇の生垣をぶっ壊せば何とでもなりそうだが……壊してみるか?」
コンラのその問いかけに、全員が顔を見合わせる。
たしかに、迷宮型のダンジョンではあるが、路地は薔薇の生垣である。【竹藪ダンジョン】のように、壁破壊で移動をすることも可能そうだ。
ユウキは少し考えてから、口を開く。
「何が起きるかわからないから、全員戦闘態勢に入って。その上で、壁を壊してみよう」
「了解。5秒後に破壊する。総員警戒してくれ」
短いコンラの宣告。その言葉を聞いた全員が、各々の武器を構える。
宣告通り丁度五秒後、コンラは片手剣を横なぎにふるい、薔薇の生垣を切り落とす。
生の薔薇のツタは、華奢な見た目とは裏腹にかなり硬い。それでも、切断できないほどではなかった。
薔薇の生垣は割とあっさりと破壊され、再度剣を振り下ろせば小さな道を作ることもできた。どうやら、破壊不可能な壁であるわけではないようだ。
しかし、次の瞬間、コンラは叫んでいた。
「三時方向敵襲! 数は5、力量不明!」
「!」
その言葉が聞こえた直後、やや北東の方向を向いた志乃が、ライフルの引き金を引く。高らかな銃声の直後、志乃は宣言する。
「一体撃破しました! 敵は、トランプの兵隊、【不思議の国のアリス】のイレギュラーです!」
距離は50m、頭蓋を撃ち抜かれ死亡したハートマークのトランプ兵を踏み越え、クローバーマークとハートマークが二体ずつ、こちらに向かって奇声を上げながら駆け寄ってくる。仲間が瞬殺されたにもかかわらず、まるで恐怖する様子も怒る様子もなく、ただ不気味な笑みが張り付けられた真ん丸な作り物の頭をこちらに向けてただ突っ込んでくるだけだった。
敵を視認したスカサハとクー・フーリンは即座に動き、クローバーマークとハートマークを一体ずつ、槍を短く振り払って首を撥ね飛ばす。そして、後衛に移動できないよう、槍を構えて牽制する。
二人に行く手を阻まれ、足を止めた二体の頭が再び破裂し、奇怪な命は失われた。志乃のライフルとツバサのクロスボウがトランプ兵の頭を撃ち抜いたのだ。
見事な命中力に、スカサハは感心した、と言いたげに言う。
「ほう、なかなかやるではないか、シノとやら!」
「あ、ありがとうございます! スカサハ様もすごく雄々しくてかっこよかったです!」
ニコニコと笑ってスカサハにそう言う志乃。そんな志乃を見て、スカサハは一瞬目を見開き、きょとんとした表情を浮かべる。そして、無言で志乃をぎゅっと抱きしめると、ジトッとした目でクー・フーリンとシンジを睨み、言う。
「愚弟子ども、ちょっとはシノを見習え。貴様らは可愛げが足りん!」
「こんな厳つい野郎二人に可愛げを求めるなよ、キモイぞ師匠」
「教育的指導!!」
あきれたような表情を浮かべるクー・フーリンの顔面目掛けて、黒槍がすっ飛ぶ。クー・フーリンは情けない悲鳴を上げて薔薇の生垣に突っ込むようにして投法ゲイ・ボルグを回避した。
「何しやがる! 当たってたら死んでたぞ?!!?」
「避けられんほど雑魚に育てたつもりはない!」
額に青筋を浮かべそう言うスカサハ。しかし、すぐにその表情は怒りから警戒に切り替わり、短く全体に指示する。
「次だ! 3体、10時方向!」
「悪いお知らせだ、3時方向3体追加!」
一度戦闘に区切りがついたかと思えば、すぐに追加の敵が現れる。志乃は警戒を緩めずに次の弾をライフルの銃身に込め、戦闘態勢に移行する。
体制を戻したコンラは、10時方向に向かって剣を構え、ユウキに向かって言う。
「下がってろユウキ!」
「わ、わかった!」
ユウキは短く返事をし、お守り代わりにナイフを握り締めて後衛まで下がる。遠距離攻撃手段をもたず、前衛に出るだけの技量のないユウキは現状、下がっていた方がよかった。
「三時方向援護射撃します!」
「あいわかった! まだ序盤なんだ、弾使い過ぎねえようにな!」
クー・フーリンはそう言って再度前衛としてトランプ兵の警戒に当たる。トランプの兵隊は恐怖という感情がないのか、カラカラ、けらけらと不気味な笑い声をあげて武器を振りかぶり、探索者たちに向かって突っ込んでくるばかりだ。
ひるまない怪物に、シンジは小さく舌打ちをすると、手薄になっていたコンラの方へ駆け出し前衛に移動すると、ガンナーである志乃に投擲しようと槍を振り上げていたダイヤの兵士の頭を蹴り上げる。顎骨を砕かれる勢いで蹴られたダイヤのトランプ兵は、首をおかしな方向へ捻じ曲げられ、そのまま命を失う。
コンラは冷静にクローバーとスペードの兵士二体と向き合い、一体ずつ対処する。突撃する兵士に惑わされずに長剣の間合いから外れず、腹に一太刀。薄っぺらい肉体のトランプ兵はあっさりと剣で両断され、切り口からなぜか錆び臭い赤色のインクが滴る。
コンラが攻撃した隙をついて、クローバーの兵士が剣で突きを放つ。どてっ腹を狙ったその一撃を足さばきで回避し、刃を切り返して首に向かって一撃。半ばまで首を断たれたクローバーの兵士は、奇妙な笑い声をあげてそのまま倒れる。
力量は正直、対したことはない。トランプ兵の死骸を見下ろし、コンラは一応一対一ならギリギリユウキでも対応可能だろうことを察する。……問題は、トランプ兵が一体でいるところをまだ見たことがない点だけなのだが。
左からやって来たトランプ兵三体の討伐を終えたコンラたちは、志乃の方を見る。そちらもすでに対処は終わっていたらしく、首と体が泣き別れになった死体が二体、転がっていた。
戦闘が終わったところで、ユウキは改めてトランプ兵の死体を確認する。
「回収できそうな素材は……魔石と武器くらいかな? 体は……厚紙にしか思えないのだけれども、血は通っていたよね……?」
コンラが仕留めた胴体で真っ二つにされたハートのトランプ兵を見て、ユウキは首をかしげる。触った感じ、本当にただの紙である。回収すれば、ダンジョン産の上質な紙の材料として売却ができそうだ。
あとは、魔石の場所だが……
ユウキは、ぐっと下唇を噛みしめて、真ん丸なおもちゃのようなトランプ兵の頭蓋に手を伸ばす。触った感じは、まるでボウリングの球の様な、つるつるとした何かである。小さな声で「ごめんなさい」と謝罪の言葉を紡いでから、ユウキはその球体にナイフを当てる。
球体の中身のほとんどは錆び臭い赤色のインクと、脳みその様な謎の物体。見た目は多少不愉快だが、それでも、死体をそのまま捨ててしまう方がもったいない。頭蓋を解体すれば、予想通り頭の中央あたりに大きなビー玉ほどの大きさの魔石を見つけた。
魔石を回収し水筒の水で軽く洗い、ユウキは全員に言う。
「トランプ兵から回収できる採取物は胴体部分の紙と、兵隊が持ってる武器と、後は頭の中の魔石みたい。胴体はただの紙だから、魔石以外は難易度低く回収できそう」
「あー、頭砕けちまってる奴にはないな……紙と武器だけ回収してくか」
銃で撃ち抜かれ頭部を破損した死体を前にクー・フーリンはそう言って肩をすくめる。彼自身もトランプ兵の首を撥ね飛ばしてどこかにやってしまったため、魔石は回収できなかった。
襲ってきたトランプ兵合計11体のうち、魔石が回収できたのは6体。胴体の厚紙はコンラに真っ二つにされた一体以外は全て丸のまま回収できた。武器は三つほど倒れた衝撃で壊れてしまったものがあったが、残り8つはそのまま武器として転用できるほどの状態である。
ざっと品を見たツバサは、ユウキの方を見て言う。
「紙は結構質が良いね。でも、あまり需要無いから、そこまで高値では売れないと思う。武器は何かしらの効果があれば単価5ケタくらい、無ければ4ケタ程度かな。魔石は単価2千円……いや、2千5百は固いと思う」
「あんまり体積とるもん回収しても高値で売れねえならあんまりうれしくねえな……余裕がなければ胴体は放置で魔石と武器を優先して回収するか」
ツバサの査定に、シンジは小さく肩をすくめて言う。
急な襲撃はあったものの、それでも全員無傷で消耗も少ない。これなら、イレギュラーダンジョンだということを把握したうえで探索したほうが、実りがありそうだ。
ユウキはぐっと拳を握り締めると、皆に向かって問いかける。
「モンスターの出現条件は、多分迷路の薔薇の木の破壊だと思う。そうじゃなくて不定期に襲い掛かられたとしても、対処はできる。……探索を続けないか?」
その問いかけに、全員が首を縦に振った。
「はい、そうしましょう! 銃弾も今日のは一発700円なので、外さなければ十分収益が出ます!」
「仮に目当てのものがなかったとしても、イレギュラーダンジョンなんてなかなか狙って探索できるものじゃない。ぜひ探索したい」
笑顔で言う志乃とツバサ。
こうして、イレギュラーダンジョンの探索は始まった。




