23話 【ミノスの迷宮】
前回のあらすじ
・【ミノスの迷宮】を探索予定
・等級未制定の上、イレギュラーの可能性も高い
状況的にかなり絶望的な中、ユウキたち四人は黙々と資料を読みこみ、必要となりそうな物品をリストアップしていく。基本的には持ち込んできた物資で十分だが、迷宮であるダンジョンの特質上、いくつかまた別途に必要になってくるものが出てきたのだ。
「仮に探索予定のダンジョンがイレギュラーだったとして、タイプはどれだと思う?」
情報をタブレットにまとめながら、ユウキはシンジに問いかける。まだ死ぬ気はないらしいシンジは持ってきた荷物の整理をしながら、短く答えた。
「複合型と物語変更型だと準備がまるで無駄になる。が、まったく関係ないものを持っていけば、試験で容赦なく減点されるだろうな」
「今試験のこと考える必要あるのかい? 正直、そんなに危険なら、今回の試験を見送っても……」
そう言いかけたツバサに、ユウキは申し訳なさそうな表情を浮かべて言う。
「今回の試験を逃すと、次回からは筆記から受けなきゃいけないし、できれば今回合格しておきたい。……あとは、これだけ戦力がそろっているなら、イレギュラーを攻略するメリットがあると思う」
ユウキのその言葉に、ツバサはちらりとクー・フーリンとスカサハの方を見る。彼ら二人もタブレットを覗き込んでそれぞれ話をしている。小声だが時々聞こえてくる声はかなり物騒なことを言っているように聞こえる。
イレギュラーダンジョンは難易度が一級以上上昇する代わりに、珍しい採取物が入手できる可能性が高い。ユウキが切望する二級ポーションかそれに近しい効果を持つ薬も、もしかしたら入手できるかもしれないのだ。
慢心というわけではないが、前回の様なイレギュラー……主にクー・フーリンの裏切りさえなければ、大体のダンジョンはまず敵にならないだろう。
「正直、志乃さんさえ大丈夫なら、探索しても大丈夫だと思う。……その、どうかな?」
そう質問された志乃は、考えることもなく答えていた。
「大丈夫です。行けます! せっかく重火器講習で鍛えたのですから、使わないともったいないです!」
ライフルのしまい込まれた筒を抱え、志乃は力強くそう言う。頼もしい返答に、ユウキは少しだけ申し訳なさそうに「ありがとう」と礼を言った。
全員がダンジョンに挑むと決めた後は、行動は早かった。ある程度まとめて置いた資料をもとに、手短に装備を整える。
「前提として【ミノスの迷宮】の装備を整えたうえで、それにこじつけられるような装備をする。ミノスの迷宮の概要は、ミノタウロスのいない本当にミノスが設計しただけの迷宮。ボスは無しな代わりに、仕組みを見破れないとゴールにたどり着けない。モブはオオカミ、レアモブにシロオオカミ。採取物として時々財宝が見つかるみたい」
「今回の探索はあくまで試験だから、安全重視で行こう。オオカミは獣除けで回避できるから、においが出るタイプの獣除けを持っていこうか」
ユウキの説明に続ける形で、ツバサが支給品の箱の中からプラスチックのパッケージで厳重に包装された獣除けをいくつか入手する。
次に志乃が自分の装備品を見直しながら口を開く。
「ダンジョン内はレンガで覆われているため、天井アリで長物は不利ですね。コンラさんの片手剣までなら何とか振り回せそうですが、長槍装備のスカサハさんやクー・フーリンさんは小回りを利かせるためにもサブ装備に短剣とかどうでしょう?」
「私は素手で十分だ。馬鹿弟子は……まあ、別に何とかなるだろう?」
「無茶言うなよ師匠……ツバサから短剣もらってるから大丈夫だぜ、お嬢ちゃん」
そう答えるスカサハとクー・フーリン。それに対して、コンラは「二人並んでの戦闘がしにくくなるから、俺も短剣を所持しておく」と答える。
「志乃さんが重火器使うので、防弾装備はマストですかね。鎧装備のスカサハ様はともかく、クー・フーリンさんは防弾パーカーでも装備しますか?」
クー・フーリンにそう言うユウキに、首を傾げ少しだけ悩んだような表情をする。今の彼の恰好は、普通の洋服の下にボディスーツを身に着けているような状態だ。
ツバサは申し訳なさそうにユウキに言う。
「ボディスーツは防弾仕様にもなっているんだ。ただ、頭とかは視界が遮られるのが嫌らしくて、あまり装備を増やさないほうがいいかも」
「あと俺、矢避けの加護があるから、銃や矢では死なねえよ。まあ、爆弾とか炸裂弾だと直撃しなくとも爆風やら破片やらに巻き込まれる可能性があるが……そこのお嬢ちゃんはそんな物騒なモン使わねえだろ?」
「ああ、そう言えばそうでしたね。なら、装備は大丈夫かな」
いつも通り長そで長ズボンのジャージを着たシンジは、己が狙われない限り銃弾に当たることはないだろう。なんとなくユウキもそう直感していたため、わざわざシンジに指摘することはなかった。
次に、装備品以外の物資……つまり、【ミノスの迷宮】を探索するにあたって必須となる道具を確認する。
「えっと、資料によると、必須道具に長くて丈夫なピアノ線、もしくはワイヤーって書いてある。長さは最低でも100m、500mあると安心くらい?」
「200mまでしかないから、二つ持って行って途中で足りなくなったら結び合わせようか。マッピングは完全にしてあるけれども、もしもの場合には再マッピングが必要になるかもしれないから、用意だけはしておく?」
「タブレットのアプリで自動マッピングしてくれるのがあるから、とりあえずは大丈夫じゃないかな?」
「そんなのあるんだ。ぼくもインストールしておこうかな」
そう言ってツバサは自身のタブレットを操作してアプリをダウンロードする。ちらりと志乃の方を見てみると、ツバサのインストール手順を見よう見まねで真似てアプリをダウンロードしていた。
全員がそれなりに話し合いを行い、荷物を整えると、時間はもうすでに50分近く経過していた。ユウキは慌てて手荷物検査を受けるために仮設テーブルの方へ走った。
召喚獣とコハク、荷物を確認してもらい、許可の下りたユウキたちは黒色の高級車の一台に乗り、ダンジョンへと移動する。車内は比較的和気あいあいとした様子ではあったが、依然としてシンジだけは硬い表情のままだった。
いかつい男が運転する車が止まったのは、『私有地につき立ち入り禁止』と書かれた立札のある山の手前。切り開かれた山の急斜面、そこに覆いかぶせるようにプレハブの物置小屋のようなものがあった。どうやら、この中にダンジョンの入り口があるらしい。
魔法瓶の水筒から緑茶を飲んでいるシンジをよそに、かなり楽しそうなスカサハはまだ警戒しているユウキたちに笑顔で言う。
「この先か、楽しみだな!」
「イレギュラーが無ければボスの居ねえダンジョンだぞ」
「そんなつまらんことを言うな、愚弟子。……まあ、そうなら馬鹿弟子と手合わせでもすればいい」
「ひっ」
突然場外からすっ飛んできた剛速球に、クー・フーリンは表情を引きつらせて小さく悲鳴を上げる。そんな父親の姿を、コンラはあきれたように一瞥し、すぐに目を逸らした。
この場所まで案内したスキンヘッドの運転手は、雑に電話番号を教えると、そのまま車に戻り、運転席でタブレットをいじり始める。タブレットの中身までは車外から見ることはできない。
ユウキは胸部に広がる不安を左手でこすり落とし、前を見る。そして、改めて全員に向かって言う。
「もしもイレギュラーが起きていたら、ダンジョンに入って最初に遭遇したモブの強さで探索するかどうかを決めよう。重火器が通用するなら探索続行、無理なら連絡を入れて撤退。イレギュラーが起きてなかったら、準備した道具で探索続行。__絶対に無理と怪我は避けてね」
「は、はい!」
「わかった」
「了解だ」
返事をするのは志乃とツバサとコンラ。ついでに、ユウキの頭の上に乗ったコハクも「チュウ!」と元気よく返事をしていた。
依然として随分不機嫌な様子のシンジは、片手で指をパキパキと鳴らしながら、無言でトタン小屋の方へ歩み寄っていく。そして、トタン小屋の安っぽい外れかけのドアノブの付いたドアを蹴り開け、ユウキらに向かって一言。
「とっとと行くぞ」
「う、うん!」
ユウキはそう返事をして、トタン小屋に隠されるようにして設置されていたダンジョンに続く金属製の扉の前へ急いだ。
男は一人、乾燥した携帯保存食をかじりながら青空を見上げる。
入り組んだ薔薇の生け垣が阻む迷宮の中、もはや何日探索したかも覚えてはいない。というのも、永久に晴れた空のこのダンジョンでは、日暮れや夜の概念がないために、時間の経過が嫌にわかりにくかったのだ。
もう少なくなってきたペットボトルの中の水で唇を濡らしながら、男は深く深くため息をついて顎髭をさする。そして、芝生の地面に羊皮紙を広げる。
「また行き止まりか……」
鼻が曲がりそうになるほど濃いバラの香りに、遠くなのに近くで聞こえる茶会の声。男はおそらく茶会の主を仕留めればこのダンジョンをクリアできるだろうとは予想できていた。しかし、広げた羊皮紙に羽ペンでインクを落し、頭を抱えて再びため息をついた。
「訳が分からん。ここは半日前には通れたはずなんだが」
そう言ったひげ面の男の手に収まっていたのは、このダンジョンの地図。かなり正確にマッピングしたはずだが……しかして、この地図には幾本もの修正線が書き加えられ、もはや元の状態が分からなくなっている。
ここ数日、ひたすらこの薔薇の迷宮をめぐりながら書き続けたこのダンジョンの地図。それでもなお、茶会の会場にはたどり着かない。
ひげ面の男は頭をガシガシとかきながら、盛大に独り言を吐き出す。
「わっけ分からん!! 何だ、茶会に行くには招待状が必須ってか?! そんなもんあったらとっくに見つけてんだろ! おっさんいい加減このダンジョン飽きたぞ?!」
元々それなりに気は長いほうではあった。愛おしい家族のため、しょうもない……もとい、可愛い弟のパリスのために軍を率いるくらいのことはできるのだ。それでも、このダンジョンに対してはそうもいかない。
これだけの日数探索して、ようやく男はこのダンジョンを長瀬組の精鋭部隊が攻略できなかった理由を理解した。このダンジョンは、とにかく精神をえぐるのだ。
どれだけ正しく手順を踏んで探索してもおかしくなっていく順路。嗅覚は濃いバラのせいで可笑しくなり、平衡感覚さえ鈍る。そして__
先ほどまでの男の声を聞いてか、酷く揺れる薔薇の生垣。それを見たひげ面の男は深くため息をついて地面に置いていた槍を拾い上げる。
その次の瞬間、奇声を上げて異形の兵隊__紙のように薄っぺらい胴体におもちゃの人形のようなデフォルメされた丸っこい頭をくくりつけた訳の分からない生命体が、スペードの槍やらダイヤマークの剣やらを振り回し殺到してくる。いわゆる、トランプ兵というやつだ。
メルヘンというにはいささか物騒な兵隊5体に対し、ひげ面の男は無言でその槍を振るい、一番先頭にいたスペードの槍を持った兵の首を刈り取る。
次に、その槍の動きをそのまま生かし、ハートのマークの兵隊の胴を切り上げ、手首を返して強烈な突きでダイヤマークとクローバーマークをまとめて貫く。
「げっ!」
突き刺さった槍が思いのほか抜けず、男は小さくうめき声をあげる。その隙を狙い、一人残ったスペードの兵隊が剣を振り上げ駆け寄る。
しかし。
ガキィン!
高らかな金属音とともに、スペードの兵隊の剣の破片が、くるくると回って薔薇の生垣の向こうへと飛んでいく。驚きに満ちたスペードの兵隊のその目に映ったのは、繊細かつ勇猛な彫刻の施された、盾。
「……集中をかき乱すように不定期にやってくる兵隊。こんなのやってらんないって」
男はそう呟きながら、盾を大きく振りかぶり、スペードの兵隊の頭蓋を殴打する。ぐしゃ、と嫌な音が響き、生垣に咲き誇る赤薔薇をより一層赤く染め上げる。
血と脳漿でどろどろに汚れた盾を見て、男は小さくうめく。
強さはそうでもない。しかし、その数が多すぎる。
「何体殺した? 50? 60?」
男はうんざりした表情で槍と盾にこびりついた血をぬぐいながらつぶやく。優にトランプの枚数を超えるほどには殺した。にもかかわらず、一向にトランプ兵の品切れの合図が聞こえてこない。彼がダンジョン探索に入る前に、精鋭部隊もかなり殺したはずであるにもかかわらずこのザマなのだ。
クリアできない迷宮に永遠に現れるザコ。ボスの姿かたちも見えず、ゴールも見えない。ただ薔薇と血の匂いだけが鼻を狂わせ、聞こえてくる近くて遠い茶会の意味のない会話が、精神をえぐる。こんなのが続けば、やる気は失せるし雰囲気は険悪になる。
さらには、報告資料には複数人で探索した時のみのギミックもあるとかで、とにかく友情崩壊待ったなしなのだとか。大の大人が何を言っているのだと思ったが、現地に行くと重々理解させられた。
「いい加減この気狂いじみた茶会をぶち壊しにしたいもんだ」
男はそう言って血と脂で汚れた布を投げ捨て、行き止まりに背を向けて再び歩き出す。薔薇の花は毒々しくその赤色の花弁を散らし、風に吹かれて巻き上げる。吐き気を催すほどの花の香りが、いつの間にか兵隊たちの血の匂いを上書きして消していった。
【パリス】
出典:イリアス
ギリシア神話の英雄で、「パリスの審判」でトロイアに滅亡をもたらしたことは有名。……何かパリスがすごい悪いように言われているけど、ぶっちゃけ神のガバのせいなんだよなぁ……この手の文句を書き始めると無駄にあとがきが長くなるので省略。
トロイア戦争の原因となった人物で、トロイアの王子。のちにギリシアの英雄、アキレウスのかかとを矢で射抜く。
本人は戦やら争いやらが嫌いで、得意な弓も「臆病者の武器」と罵られていた。味方によっては臆病者だったにもかかわらず、兄の仇を討ったまさしく英雄と呼ぶにふさわしい人物である。……なお性格。
パリス「ねえ、アキレウス君、臆病者の武器が死因になってどんな気持ち? ねえねえどんな気持ち???」
アキレウス「控えめに言って死ね」




