21話 四級昇格試験
前回のあらすじ
・試験二日前にして急遽試験内容の追加
・シンジ「明らかに悪い予感がする」
・ユウキ「なんか変」
昇級試験の準備を整え、授業の課題をこなし、そして、本番の今日。ボディスーツの上に防弾パーカーを身に纏ったユウキは、首元で楽しそうに外を見るコハクが落ちないようにそっと手を添えながら、不安そうにコンラに声をかける。
「事前にダンジョンが分からないの、凄く不安だね……」
そんなユウキの言葉に、布袋で包んだ剣を担いだコンラはあきれたように言う。
「むしろお前は5級ごときに準備をし過ぎだ。入場料は探索者協会持ちだし、撤退自体も理由さえあれば可能なんだろう? 消耗品も向こうが用意してくれるっつってんだから、荷物の持ち込み過ぎも意味がねえだろうが」
「……それもそうだけどさ。その、やっぱり心配だから……」
うーん、と小さな声を上げてうつむくユウキに、コンラは深くため息をつく。そして、ユウキの頭をはたいた。突然刺激を加えられたために、コハクは非難めいた鳴き声を上げた。
かなり手加減されていたものの、それなりに痛かったのか、ユウキは頭を抱えて眉間にしわを寄せる。剣と傷薬だけという軽装のコンラは、小さく息をついて
「主ならもっと自信もって構えろ。つーか、イレギュラーでも起きてなけりゃ、五級程度で苦戦するわけないだろ」
「……確かに、そうだね。ごめん、コンラ。ただ、悪い予感がしてさ」
「試験内容が急に変わったことか? それならあまり深く考えたところで意味はないだろう。罠だと分かってても踏み抜かなきゃならねえ場合なんていくらでもあるんだ」
コンラはそう言うと、ユウキの手の中から自宅の鍵をかっぱらい、扉をしめる。あまりの早業に、ユウキは茫然と自身の手元とコンラの指輪の付いた右手を見る。コンラは涼しい顔でユウキに鍵を返すと、軽く手を振って言う。
「さっさと行くぞ。うだうだやってて時間に遅れるほうが馬鹿馬鹿しい」
「う、うん!」
ユウキは大きく頷いて探索用の荷物を背負いなおす。そして、探索者協会楽鳥羽町支部に急いだ。
楽鳥羽町の町役場前には、既に何人かの探索者が各々準備を整えて待機していた。手早く手続きを終えたユウキとコンラは、町役場前の待機場……もとい広場で、試験の開始時刻を待っていた。
町役場の前の整った広場には、何人かの探索者がいくつかのグループに分かれて談笑している。友人らで一緒に来たのか、装備の金属バットを片手に楽しそうに話をしている同年代の彼らを見て、ユウキの脳裏にふと、研修探索のことがよぎる。
イレギュラーダンジョンを前に、あえなく命を散らしていった己以外の三人。薄い医療用の手袋の下、火傷を負った右手がヒリヒリと痛む。目の前で三人が死んでいく姿を目撃した彼は、今だその心に大きな傷を残していた。
心臓がキリキリと締め付けられるように痛む。
生き残ってしまった罪悪感が酷く胃を重たくするのだ。そんなユウキの心持に気が付いたのか、コンラはぐっと眉を寄せると、小さく舌打ちをして言う。
「周りを見るな。ユウキ、お前が気にすべきは試験であって、周りの人間じゃねえ」
「……うん、そうだね」
固く握りしめた右手を左手でほぐし、ユウキはうつむきがちにコンラの言葉に同意の声を返す。それでも、まだその表情は硬く、動きはぎこちない。
__だめだ、試験に影響が出ないようにしないと……!
ユウキは必死に深呼吸を繰り返し、脳裏によぎる三人の死に際を……罠に慈悲の欠片もなく貫かれ命散らした彼女の姿を、心臓を槍で射抜かれ即死した彼の姿を、赤牡牛を前に命散らした職員の彼を……忘れようと思い出さないようにしようと、心に封じ込める。
そうやって必死に感情を沈めている彼に、声をかける人がいた。
「長嶋さん?」
「?」
高く澄んだ声に、コンラは怪訝な表情を浮かべて彼女を見る。声をかけられ驚いたユウキは、顔を上げてさらに驚いた。そこにいたのは、探索用の装備を整えた志乃の姿だったのだ。
「志乃さんも昇級試験受けるのですか?!」
「はい。会場は違うところにしようかとも思ったのですが、一級探索者が監督に来ると聞いたので、また櫻木さんがおかしなことをしでかさないか確認したくなってしまいまして……」
「あ、そうなんですね……」
重火器講習の後ライフルを装備に加えたらしい彼女は、頑丈そうな筒を抱え、跳弾防止のため防弾装備である。志乃の姿を初めて見たらしいコンラは、小さく小首をかしげてユウキの方を見る。
そんなコンラの視線に気が付いたユウキは、ハッとして志乃にコンラの紹介をした。
「そうだ、彼は僕の召喚獣のコンラです。ゲッシュの影響でいろいろ縛りがあるので、名前は聞かないでください」
「えっと、コンラさんで大丈夫ですか? 私は水無月 志乃と申します。【赤い靴】ではお世話になりました」
そう言ってぺこりと頭を下げる志乃。【赤い靴】のダンジョンのことを思い出したらしいコンラは、納得したように首を縦に振ると、志乃に言う。
「なるほど、あの時の。足は無事か?」
「はい、おかげさまで。あの時は助けてくださって本当にありがとうございました」
礼を言う志乃に、コンラはひらひらと手を振って「気にするな」とだけ言うと、改めて周囲を確認する。まだ五月ということもあり、昇級試験を受けようという人間はそう多くはない。初心者向けのダンジョンの多い楽鳥羽町では特に高校生探索者が多く、今回の試験もコンラが見た限り、全員がユウキと同年代、もしくはそれよりも一つ年上くらいにしか見えるものがいなかった。
そして、そんな試験を受ける予定の人間の中に、コンラは一人不愉快な人間を見つける。
「……チッ、あの野郎も今日が試験かよ」
「うん? あっ」
吐き捨てるように言ったコンラの視線につられ、町役場のすぐそばを見たユウキはピシッとその表情を固めた。
そこにいたのは、いつものように運動服と運動靴という探索を行うとは思えないような装備のシンジと、今回は鎧をケースにしまって持ってきたらしいスカサハ。……そして、スカサハに首根っこをひっつかまれてアスファルトの地面を引きずられているクー・フーリン。
「ね、ねえ、クー・フーリンさん、ピクリとも動いてないけど、あれ、首締まってない……?」
「ああ、がっつり締まってるな。……でもまあ、親父がこれくらいで死にはしないだろ」
表情をひきつらせたユウキに、コンラは肩をすくめてそう言い返す。シンジの後ろには、スカサハに引きずられるクー・フーリンを心配そうに見ているツバサがいた。いつもと同じように軽く変装をした彼もまた、今回の昇級試験を受けるつもりらしい。
一番最初にユウキたちの存在に気が付いたのは、黒槍の入った筒を担いだスカサハであった。
「おお、甥と甥の主ではないか! 息災か?」
「あ、はい。お久しぶりです、スカサハ様。僕は特に変わりはありません。……そ、その、クー・フーリンさんは、大丈夫でしょうか……?」
スカサハのハスキーな声に、ユウキは背筋を正して問いかける。そんなユウキの素朴な問いかけに、スカサハは首をかしげて言う。
「まあ、おそらく大丈夫だろう。この程度で死ぬような教育はしていない」
「__人間だったら首絞められたら死ぬんだぞ、師匠!!」
あっさりと言い切るスカサハに、何とか気道を確保できたらしいクー・フーリンが怒鳴るその目元は、心なしか涙目である。スカサハに引きずられている間も朱槍ゲイ・ボルグからは手を放さなかったらしく、スポーティーな塗装の施された武器ケースはアスファルトの上で何度も転がされ、かなり傷まみれになっていた。
最近は撮影や何やらで忙しかったらしいツバサだが、イレギュラーダンジョンを攻略した際に伝手ができ、それなりに有利に探索活動ができているらしい。そんな彼の装備は、固いシルバーのアタッシュケースの中であるらしく、何なのかはまだわからない。
それよりも。ユウキは少しだけ緊張した面持ちでシンジの方を見る。いつも通り特に何の感情も浮かんではいないシンジの視線は、手元のタブレットに向けられていた。歩きながらのタブレットの操作は、マナー違反に当たるが、正直きっちりと守っている人間の方が少ないほどだ。だからこそ、ユウキは彼のマナー違反には特に言及せず、声をかけた。
「シンジ、荷物は大丈夫だった……?」
「……問題はなかった。が、現状はそう良くはない」
「そっか……」
タブレットから顔を上げることもなく答えるシンジ。そんな彼の言葉に、ユウキは少しだけ表情を曇らせた。基本的に傍若無人、唯我独尊を地で行くシンジがこう言うのだ。おおよそ状況が良くないことは、嫌でもユウキにはわかってしまっていた。
ユウキと志乃、シンジ、ツバサの四人が合流したところで、集合時刻まであと数分となった。
その時だった。
何台かの黒い外国車が町役場前に次々と駐車していく。
あまりに異様な光景に、周囲の探索者たちが困惑の声を上げる。志乃とツバサもまた、不思議そうに首をかしげる。
そんな中で、表情をこわばらせた者が二人いた。……それは、シンジとユウキだった。
ユウキの脳裏に、つい先ほどの志乃との会話がよぎる。
__『はい。会場は違うところにしようかとも思ったのですが、一級探索者が監督に来ると聞いたので、また櫻木さんがおかしなことをしでかさないか確認したくなってしまいまして……』
「……一級探索者って、まさか__」
こみ上げる恐怖がユウキの喉を締め上げる。ユウキの緊張を読み取ったらしいコンラもまた、警戒したように剣のしまい込まれた筒に手を駆ける。
黒塗りの高級車のうち一台、駐車場から一番町役場に近い場所に停められたひときわ高級そうな車のドアが、付き人によって開けられる。車の後部座席から降りてきたのは、太陽の日差しを浴びて琥珀色に輝く皮衣を纏った、和装の男性。
「__時間丁度だ。ここから遅刻したやつは、強制的に実技試験を不合格とする」
低く冷酷な声。堂々たる出で立ちに浮かべられたその表情は、シンジと瓜二つ。
その男は、探索には不向きに見える下駄をかつかつと鳴らし、楽鳥羽町役場へと歩み寄る。
そして、ユウキたちを軽く一瞥した後、残忍に笑みを浮かべ、昇級試験受験者たちに言う。
「本日の4級昇格試験を担当する、一級探索者の長瀬龍治郎だ。合格したいならせいぜい努力しろ。」
__ダンジョンマフィアの帝王たる彼は、シンジを完全に追い詰めようとしていた。




