18話 人を殺めるということ
前回のあらすじ
・はなさかじいさんダンジョンを探索
・モブの害虫を討伐
無事にモブを討伐したユウキたち探索者は、周囲の警戒をしながら討伐したモンスターから魔石や売却可能部位の採取を行っていた。ちなみに、ヒスイアゲハは殺虫剤の散布に巻き込まれていたらしく、死んでしまっていた。さらに、死んだあと地面に落ちて他の虫に踏み潰されたのか、羽は木っ端みじんになっている。この状態では買取をしてもらうことは不可能だろう。
折れた虫取り網を片手に、櫻木はずいぶん不満そうに口をとがらせていたが、ユウキの記憶が定かであれば、このあたりに殺虫剤を振りまいたのは、櫻木本人だったはずである。
ともかく、ユウキは余計なことは言わずに大百足の硬い甲殻の隙間に解体用ナイフを突き刺し、心臓のあるあたりを探る。蜂やほかの虫だと魔石がほぼむき出しになりかけていることも多いため簡単に採取をすることができるのだが、大百足に関してはなまじ体が大きいせいで、魔石は体内……主に心臓の奥に張り付いている。そのため、魔石を採取するには解体が必須になるのだ。
資料を読みこんで解体方法を学んでおいたユウキは、少し不格好ながらも大百足の解体ができる。アキも黙々と死んだ蜂から魔石をもぎ取っている。
そんな風に採取作業を黙々と繰り返しているユウキたちをよそに、櫻木は
タブレットをいじっている。ちらりと見えた画面には、週間連載のコミックが表示されていた。
それを見て少しだけムカついたユウキは、櫻木に言う。
「探索したいのではないのですか? 採取作業も探索の一部だと思うのですが」
「えー、そんなクソめんどくさい作業したくない。苦戦するぐらい強いモンスターと戦ってその採取ならまだしも、こんなクソ雑魚虫の採取なんてそんなに高く売れないし、めんどいだけじゃん」
べ、と舌を突き出してそう言う櫻木。そんな櫻木の台詞に、ユウキはあきれてものも言えなくなってしまった。確かに、櫻木が普段探索するような2級や1級のダンジョンでは、そもそもモンスターに懸賞金がかけられていることさえある。そうなると、このダンジョンの虫に価値があるとは思わないだろう。
アキは退屈そうに蜂を解体しながら櫻木に言う。
「くだらないこと言ってないで、さっさと手伝ってよ。手伝わないなら武器の手入れでもしてればー?」
「えー、でも面倒じゃんー? 武器大して使ってないし、やることなくない?」
「それこそ知らないよ。なら、トレーニングか重火器講習の資料の音読でもしておけばー? シノハラが用意してたテキスト、まだ教科書2冊分残ってるじゃん」
「篠原が作り過ぎなんだよ。2000年代からの仕組みで動作している拳銃ごときにそこまでキリキリする必要ないじゃん。誤射しても建物倒壊するとか、ダース単位で人死ぬとか起きるわけじゃないし」
「倫理観って知ってるー?」
アキと櫻木はそんなことを言い合っている。そんな二人のやり取りを志乃はあきれたように一瞥してから、淡々と蛾の鱗粉に触れないように作業を進める。殺虫剤対策にマスクをつけているため一応鱗粉を吸い込まないようにはなっているものの、あまり長時間鱗粉に触れていると手が荒れてしまう可能性があるのだ。
アキの言葉を聞いたユウキは、目を丸くして櫻木に問いかける。
「え、テキストあるのですか?」
「うん? あるけど。ほぼ実技じゃなくて手入れとか法律関連だから別に勉強しなくても……」
「いや、すごく大切じゃないですか。その、著作権の関係があるならしなくて構わないのですが、タブレットにダウンロードさせてもらっても……?」
「全然いいよー。ダメって言われてないから」
ユウキの言葉に、あっさりとそう答える櫻木。その返答に、ユウキは少しばかり不安になったものの、余計なことを言ってテキストを見させてもらえないほうが損だと判断して口をつぐんだ。さらに言えばどうせなら重火器の法律関連の資料は手元に置いておきたい。
そんな下心を抱えたユウキをよそに、櫻木はポケットからタブレットを取り出し、さっさとデータを送信する。受け取ったデータを確認し、ユウキは嬉しそうに表情をほころばせた。
タブレットを手にしたユウキに、志乃は少しだけうらやましそうに視線を向け、すぐに目を虫の死骸に落す。資料に興味があったものの、電子機器を持っていない志乃は櫻木のデータを受け取ることはできないのだ。
そんな志乃の視線に気が付いたユウキは、少しだけ複雑な表情を浮かべ、考える。紙の教科書など、ユウキが保育園のころに教育実習にやって来た高校生が見せてくれた時以来だ。その高校生も、学校の方針で来年以降はオールタブレットになってしまっていた。
とはいえ、自宅に印刷機などと言うものがあるはずもなく、気軽に「紙でわたす」などと言い出せない。
少し時間をかけて魔石を採取した後、ユウキたちはボスエリア手前の安全地帯へと移動した。
ボスエリアは荒れ果てた農村の二つ並んだ屋敷。そのうちの、切り倒された切り株から桜の新芽が萌え出でているほうの家。こちらの家の方が比較的荒廃が少なく、ただ無常な時の流れに逆らえず、緩やかに滅びたのだろうことがわかる。
反対に、隣の屋敷は人が住んでいるらしいことはわかるものの、物理的に荒らされた形跡があり、打ち破られた入り口の扉には赤黒い血痕も残されている。
ユウキたちはそのうちの比較的荒廃が少ないほう……つまり、良いお爺さんの空き家に足を踏み入れた。桜の花芽の守る家屋には、害虫は近寄らない。
なお、子ネズミのコハクは桜の花芽を見てよだれをたらしている。相変わらず食い意地が張っていると思いながらも、ユウキは何も言わずにコハクの頭を撫でた。
まだ固い花芽はほころぶ気配一つなく、お世辞にもおいしそうには見えない。……そこまで考えたところで、ユウキは小さく首を振った。思考が腹ペコ子ネズミのコハクにつられている。
おそらく、この桜の花が咲くことは、このダンジョンが存続している限り未来永劫ないのだろう。枯れ木の中で唯一命ある新芽を横目に、ユウキは改めて空き家を確認した。
長い間誰も住んでいなかったらしい空き家は、それでも蜘蛛の巣一つなく、埃もさほど積もっていない。ぺんぺん草の生えた軒下を興味深そうに見ているアキをよそに、櫻木は堂々と屋敷に上がり込むと、荒れた畳の上に座りこんだ。そして、ユウキに問いかける。
「今どれくらいかかった?」
「えっと……ダンジョン探索開始から、45分です」
「おっけー。全然大丈夫そうだね。五分休憩とるよ」
櫻木はそう言うと、タンス一つない空っぽの屋敷で横になる。
少しだけ警戒を続けていたらしいアキも小さく息をつくと、畳の上に腰をおろし、銃の手入れを始めた。そんな二人の様子を見て、ユウキと志乃も慌てて銃の手入れを始めた。
寝転がった櫻木は、思い出したようにアキに問いかける。
「そういや、キラアキはもう特二級探索しないの?」
「……するつもりはないかなー。キラがいなくなるのはやだし」
「いなくなるって。三年前よりも武器の性能上がってるし、ぶっちゃけガチればクリアは余裕だと思うけど」
重火器の筒を布で磨きつつ、アキはただ無言を貫いて櫻木の言葉を否定する。もう一人の講師である篠原は一級を目指して特二級探索をしているというが、アキやキラは一度特二級を探索して以来、もう一度チャレンジすることはなかった。
二級資格を持っていれば、探索者としては一流を意味する。数えるほどしかいない一級の探索者は一流というよりも、むしろ災害呼ばわりされることさえあるのだから、ある意味では二級探索者のままでもいいとは考えられる。その点、選択して二級のままでいるキラとアキにおかしな点は特にはないのだ。
そもそも、ダンジョン自体1級の数はそう多くはない。国内に限って言えば、6つである。特級と合わせても探索できるようになるダンジョンが8つ増えるだけなのだ。もちろん、等級が上がることで入手できる採取物の質も良くなるため、収入は増える。しかし、危険度は飛躍的に上昇するのだ。割に合わない、と考える人間も多い。
だからこそ、探索者事務所も二級までは積極的に昇級させようとはするものの、一級になることを推奨している事務所は少ない。
特二級の探索で心が折れたということもあるが、キラとアキはそう言った理由でも一級に昇格する気はなかった。
黙々と銃の手入れをするアキに、櫻木はつまんないと言いたげに無駄に整った顔を歪ませて唇を尖らせる。そして、いきなり起き上がると、時計をちらりと見てユウキと志乃に声をかける。
「そろそろ時間だから、これからの作戦の話をしようか」
「あ、はい!」
「チュウ!」
手入れの済んだ拳銃を握り締め顔を上げる志乃と、力強く返事の声を上げるコハク。ユウキは頭の上に乗っかったままのコハクが滑り落ちないよう、頭を下げたまま上目遣いに櫻木の方を見た。
そんな初心者二人と一匹の前に、櫻木はライフル銃を一丁を横向きに置いた。
何が何だかわからずけげんな表情を浮かべる二人に、櫻木は良い笑顔で言う。
「実は、意地悪爺さん、ここから狙って殺せるんだよね。重火器講習だし、ボスはここから狙撃で倒してもらう。撃つのは……そうだな、君にしようか」
そう言って櫻木は志乃にライフル銃を渡す。手渡された重たい金属に、志乃は思わず目を丸くした。
「あれ、僕ではないのですか? モブ戦であまり銃を使っていませんでしたけれども……」
「うん、だって君、別のダンジョンで人型のモンスター倒したことあるだろ? 狂宴の女王ダンジョンでドルイド殺したって報告書にかいてあったし」
あっけらかんとした様子でそう言い放つ櫻木。その言葉で、彼の狙いがようやくわかった。……人型のモンスターを殺す練習をしようとしているのだ。
間接的だったとはいえ、ユウキは人型のモンスターに手を下している。しかし、志乃はそうではない。志乃は、小さく息を飲んで手元の銃に目を落す。
モンスターと言えども、人を殺す。それを経験しなければ、もしもの時に引き金を引けないかもしれない。それでは、意味がない。
志乃はぐっと息を飲んでライフルを受け取る。そして、櫻木の方を見た。
櫻木はニッといたずらっぽく笑って、先ほどまで寝転がっていた畳の床を指さした。
「あそこで寝転んで、隣の家の破れた障子の隙間を狙えば、大体当たる。何なら見えるからね」
手をひらひらと振り、空き家の柱にもたれかかる櫻木。どうやら、彼もただ休憩をしていたのではなく、この空き家からボスエリアである隣の家を狙える位置を探していたらしい。
コハクが少しだけ不安そうに鳴き声を上げる。志乃の瞳は依然、不安に揺れている。彼女も流石に人を殺すことには抵抗があった。
ゆっくりと、ゆっくりと、櫻木の指さした畳の位置に、移動する。そして、ライフルを構えて畳に膝をついた。
少しだけ手が震えているらしく、構えた銃口がうまくターゲットを狙えない。視線が泳ぎ、呼吸は早まっている。
そんな志乃を見て、櫻木はフッと鼻で笑う。
「モンスターとは言えども人を殺すのは、早めに慣れておいた方がいいよ。人型だからってためらっていたら、4級ダンジョンで死ぬよ?」
「難易度高いダンジョン、人型がモブとして出るのも多いからねー。ちょっと前の広範囲イレギュラーでも、モブはほぼ人型だったらしいし」
櫻木の言葉に続け、アキもそう言う。彼女も彼女なりに割り切って人型のモンスターを殺すことができるのだろう。
ライフルを構えた志乃は生唾を飲んでライフルのスコープを覗き込む。ただ、生理的な恐怖が彼女の心臓を締め付けていた。怖い。ただ怖い。モンスターとは言えども、人を殺すのだ。恐怖しないわけがなかった。
志乃は銃の引き金に指をかける。スコープの向こうには、骨と皮だけの老人が不気味な笑みを浮かべたままそこに突っ立っていた。老人の視線の先には、隣の家の入口。入って来た探索者に目つぶしの灰を投げてやろうとしているのだろう。
狙いは定まった。構えも正しくできている。最後は、引き金を引くだけだ。
__だが、志乃は、引き金を引くことができなかった。
彼女の心の中で、酷い悲鳴が上がる。
人を傷つけるのが怖かった。己が酷い目にあったからこそ、他者を殺すことに抵抗があった。己の尊厳が、この引き金を引くことを拒んだ。
おそらく、己が「いやだ」だとか、「無理だ」と言えば、櫻木はこのライフルをユウキに渡すだろうことはわかっている。そして、ユウキはきっと、あの老人を「モンスターだから」と割り切って殺すことができるだろうことを、志乃はわかっていた。
割り切らなければならない。探索者としてこの先も続けていこうと思っているのなら、モンスターを殺せないのは話にならない。
奥歯を噛みしめ、志乃は引き金にかけた指に力を籠める。
己を殺し、心を殺し、あのモンスターを、意地悪爺さんを殺す。
そんな時だった。
「志乃さん、だ、大丈夫、ですか?」
不安そうな表情を浮かべたユウキが、志乃に声をかけたのは。
【人型モンスター】
ダンジョンは、世界中に存在する物語をベースにしている。そのため、登場するモンスターは必然的に人間が多くなっている。
もちろん、害虫ダンジョンのように虫だけ、妖精の森のようにゴブリンなどの妖魔だけのダンジョンもある。しかし、ボスやモブとして人間が登場するダンジョンは多いのだ。だからこそ、探索者として活動を継続していくならば、人型のモンスターを殺さなければならない。
そのため、特五級ダンジョンでは必ず対人戦が発生するようになっている。残酷になれなければ、人を殺す覚悟ができないのならば、級を上げてもただ無駄に命の危険を晒すだけになってしまうのだから。




