15話 敗戦処理と情報共有
前回のあらすじ
・長瀬組の召喚獣に追いかけられる
・ユウキ「……何とかなったかな?」
・荷物をすり替え、何とかやり過ごす
追跡者であるひげ面の男がいなくなったのを見計らって、ユウキは少しだけためらいつつも、シンジに『荷物は僕の家に取りに来てほしい』とチャットを送る。
すると、ほぼ即座に既読マークがつき、そして、何のコメントもなく現在地が返信された。位置情報を検索すれば、それは楽鳥羽町の隣町、清水町のホテルであった。どうやら、ここに送れということなのだろう。
ユウキは少しだけ考えた後、コンラがシャンデリアを購入した雑貨屋の店員に声をかけた。
「すみません、荷物の配送とかってできますか?」
そして、抱えたシャンデリアの箱を、店員に見せた。
ユウキたちが悠々と荷物の配送を終えた後。適当な路地裏で念のために荷物の確認をしたひげ面の男は、顔面蒼白で頭を抱えていた。箱の中に入っていたのは、何とシャンデリア。十中八九、いや、ほぼ百パーセントしてやられた。念のために逃げていた二人には監視を付けたが、ビルを出るときに箱を持っていた形跡はなかったらしい。
「クソ……してやられた」
すぐ近くに設置されていた室外機の生暖かい風を浴びながら、腹の底から絞り出すように苦悶の声を上げるひげ面の男。
二人を最後まで監視したのは、このビルを出るところまで。つまり、彼等が結局最後にどこに行ったのかまでは見ていない。つまり、適当に脅して本当の荷物の場所を聞き出すことはできない。
このままだと本気で長瀬に殺されかねない。だからこそ、半殺し程度で済むように、ひげ面の男はタブレットに手を伸ばした。
「チャット……いや、ガチで謝罪するなら電話か?」
心配そうにひげ面の男の周囲に集まるチンピラたちをよそに、男は小さく独り言を吐く。一応、制服から所属する学校は割り出せている。最悪の場合は長瀬組の権力を使って脅しをかけることもできなくはない。が、暴力団は暴力団。あまり大っぴらに行動すると、捕まってしまいかねない。
だからこそ、男は上司に相談……つまり、長瀬龍治郎に報告を入れることを選択したのだ。
眉間にぐっとしわを寄せ、男は部下たちに今のうちに避難しておくように指示する。今回の件の責任は、あくまでも男一人であるのだ。部下たちを巻き込むわけにはいかなかった。
指示に従い、一目散に逃げだす部下の背中を見守り、男は深く深くため息をつく。逃げて行った部下が踏み潰していった、プランターから零れ落ちるように咲いたパンジーから、青臭い香りが立ち込める。
そして、覚悟を決めてタブレットの通話開始アイコンをタップした。
数度のコール音の後、パツンと短い音がして通話がつながる。そして、開口一番、通話口の向こうから低い声が響く。
『また失敗したのか』
「あれま、お見通しでしたか、長瀬サン」
『……手前、少しばかりヘタこき過ぎだ。どう落とし前をつけるつもりだ?』
温度のない、しかし、怒りの感情のこもった声。その声に、ひげ面の男は肩をすくめて言葉を紡ぐ。
「今回ばかりは本当に俺の不始末だ。伏兵を想定しかねていた」
『……伏兵?』
疑念の混ざった男の声。そして、男は数秒間何かを考えた後、突然の無言に気まずい思いをしていたひげ面の男に問いかけた。
『まさか、そいつの名前は『長嶋裕樹』か?』
「うん? あー……二人いたんだが、ちんちくりんの方が『ユウキ』って呼ばれていたはずだ」
『二人か……なら、別人の可能性もあるが、しかし、それなら……』
ひげ面の男の返答に、長瀬は何やら考え出す。そんな彼の様子に、ひげ面の男はふと、考える。
__もしかして、今回やりようによってはおとがめなしになるのか?
どこかの家のベランダから見えている毒々しい色の洗濯物が、風に揺れる。
何やら考え込んでいる長瀬は、何やら確信が持てないらしい。そのため、ひげ面の男はこみ上げてくる笑顔を必死に噛み殺して言葉を紡ぐ。
「『ユウキ』って呼ばれていた方の見た目は、黒髪のモヤシみたいなガキだ。年齢は……多分お坊ちゃんと変わらない、っていうか、同い年だと思うが。もう一人は金髪の男。『コンラ』って呼ばれていた。どっかで見たことがあるような気がするんだが、思い出せん。多分身のこなしから召喚獣だ」
『……また長嶋か、面倒だな。しかし、何で東京に……』
「制服を着ていたから、普通に東京に住んでいるんじゃないのか?」
ひげ面の男はそう言いながら、タブレットを操作して先ほど見た制服の特徴を検索する。すると、すぐに学校の名前が判明した。
路地裏の室外機に腰かけ、男は長瀬に言う。
「『ユウキ』の在籍する学校は私立杉浦学園。服装からも高等学部所属っぽいな。お坊ちゃんも同じところに通っているのか?」
『いや、アイツは確か、公立の工業学校だったはずだが』
「何で長瀬サンがあいまいなんだよ。アンタ父親だろ」
ひげ面の男はあきれたように言いながら、困ったように頭をかく。
指摘された長瀬は特に反応を帰さない。しいて言うなら、不愉快そうな息遣いが通話口の向こうから聞こえてきていた。
空気を換えるためにも、ひげ面の男は一つ咳き込み、無駄に明るい声で口を開く。
「どうする、ユウキとやらは始末したほうが良いのか?」
『いや、面倒だからするな。息子が何か命令しなきゃ問題はねえ。基本は放置で、目的で敵対した時のみ対応しておけ』
「面倒っていうと」
『そいつの叔母はちょっとした資産家だ。ウチにも彼女関連でちょっとしたシノギがある。全面的に敵対されると割を食うのはこっちだ』
「へえ……面倒だな。坊ちゃんの子飼いか?」
『いや、ただの運の悪いパシリだ』
長瀬のその言葉に、ひげ面の男はチベットスナギツネのような何とも言えない表情を浮かべる。すくなくとも、長瀬組に自分の意志以外で関わらざるを得ないのはなるほど、運が悪いと言って差支えはない。それでも、その運の悪さに己が巻き込まれたと考えると、腹が立つ。
そんなひげ面の男の気分に気が付いたのか、長瀬は小さく舌打ちをして言う。
『イレギュラーがあったにしろ、今回の件は手前の失策だ。落とし前はつけることだ』
「こっちの落とし前っていうと、指を切り落とすアレかい?」
『そんな下らねえことはするな』
「へえ、お優しいことで」
薄笑いで言うひげ面の男。吹き抜けた風が、踏みつけられたパンジーを揺らす。しかし、そんな男の笑いをかき消すように、長瀬の低い声が響く。
『当たり前だろうが。わざわざ指減らして戦力外作ってどうする。どうせ手前は召喚獣である以上、契約が切れれば死体が残らねえ。骨の髄まで利用するなら、欠損させる理由がねえだろうが』
「……へえ、お優しいことで」
再び、同じ言葉を吐くひげ面の男。しかし、そんな彼の額には、薄く汗がにじんでいた。春も過ぎ、初夏の風が洗濯物をはためかせる。
純粋悪たる長瀬龍治郎に、『慈悲』という言葉は存在しない。そんなクズに召喚されたこの男もまた、根を探れば正義というには薄汚れた人間性しか持ち合わせていなかった。
深く深くため息をついた男は、長瀬に言った。
「なら、そうだな、アンタのところのイレギュラーダンジョンの下調べしてやるよ。そいつでどうだ?」
『……まあ、今はそれでいいだろう。イレギュラー解消まで済ませればチャラにしてやる』
「ひでーこと言うな。アンタのところの探索部隊が全部攻略もできずにケツまくって来たダンジョンをぼっちで攻略しろってか?」
『部下を使うなとは一言も言っていないだろうが。__まあ、手前なら使わないとは思うが』
「……へいへい。わかってらっしゃる」
喉奥でクツクツと笑い声を上げながら、ひげ面の男は通話終了のアイコンをタップした。
必要事項は共有した。最悪の場合は己一人で危険地帯の探索を済ませれば、部下に累は及ばないと言質もとれた。なら、やることは一つ。
男は盛大に舌打ちをして、いっそ腹立たしいほどすがすがしく晴れ渡った青空を見上げる。そして、つぶやいた。
「探索の用意、するかァ……」
踏みにじられたパンジーの花は、もはや花としての機能を果たすよりも先に、その花びらをアスファルトの上に散らばしていた。
第二新宿区。ダンジョンの警備講習を終えた新人警察官は、バディの先輩警察官に、首をかしげて問いかける。
「すみません、日本に現在あるダンジョンの数って、発表されている限りだと350か所程度ですよね?」
「ああ、そうだな」
「……その、資料と数合わなくないですか? 特級はともかく、5級ダンジョンって200か所以上ありますよね?」
その言葉に、先輩警察官は小さく肩をすくめて言う。
「正式に発表されている数が350か所で、それ以外のものは非公認、もしくは未探索のダンジョンが多いとされている。この資料は、届け出されているが正式な等級制定がなされていないダンジョンを含めているからな」
「……? 等級未制定? そんなことがあり得るのですか?」
新人警察官の素朴な疑問。それもそうだろう。何故ならば、ダンジョンの入場料金は、等級によって左右される。つまり、等級が定まっていなければ、ダンジョンの入場料金も決められないのだ。
メモ帳代わりのタブレットを片手に首をかしげている新人警察官に、先輩警察官はそっと遠くを見てつぶやくように言う。
「土地の権利者が強く言い出した場合、正しく等級を定めることができなくなる可能性がある。よくある例なら、出てくるモンスターはせいぜい4級のゴブリン程度でも、ダンジョンからよくモンスターが出てくるからという理由で3級指定を要請している、とかだな」
「そんなことして、何か意味があるのですか?」
「等級が高いと、探索者事務所が警戒して見回りやら警備をよこしてくれることがある。それを狙って理由をつけて等級を高く設定する輩が多い」
どうやら、先輩警察官はそう言ったたぐいのダンジョンに苦々しい思い出があるらしく、その眉間にしわが寄っていた。
先輩警察官の解説を聞いた新人は、タブレットにメモを取りながら、先輩に質問を重ねる。
「えっと、では逆に、低く等級を見積もる要請を出す人もいるのですか?」
「ああ、いるぞ。というか、それがダンジョンマフィアの常套手段だ」
あっさりと言い切る先輩警察官。そして、彼は眉間のしわを指で無理やりほぐしながら言葉を続ける。
「マフィア連中……って言っても、日本だと基本極道連中なんだが……は、債務者からダンジョンの湧いた土地を買い上げ、等級を低く見積もってダンジョン探索を行う。そうすりゃ、入場料は低いまま、等級を上げずにいい採取物が手に入る可能性が高まるからな」
「な、なるほど……でも、等級を下げたところで難易度は変わりませんよね?」
「あたりまえだろ。だから、等級未制定のダンジョンは死者が多い。連中の準3級はおおよそ2級相当だからな」
一級以上もサバを読んでいるというそのセリフに、新人警察官は思わず間の抜けた声を上げる。なるほど、推奨難易度が表記とは異なるダンジョンに、一般の探索者を踏み入れさせるわけにはいかない。そのために、公式にはそのダンジョンを認めてはいないのだろう。
しかし、その話を聞いて、新人警察官は次の疑問がわいてくる。
「その、等級を上げるというのは危険だということでわかるのですが、下げるというのは難しいのでは……?」
「……そこが頭の痛いところでな。ダンジョンマフィアの連中は、必ず『攻略法』を見つけて、そこが決定的だと主張する。腹立たしいことに、実際有用な攻略法も多くてな」
「え、そうなのですか? なら、問題ないのでは?」
そう首をかしげる新人警察官に、先輩警察官は渋い表情を浮かべる。
「その攻略法を見つけるために何人の人間が犠牲になることかわかったものではない。既に検挙されている例もある上に、召喚獣を犠牲に探索を行うという事例も発生している。真っ当な活動をしているなら、『マフィア』などとは呼ばれん」
タブレットを片手に、そう言い切る先輩警察官。
特に最近では、特級ダンジョン【ヨミノクニ】から長瀬龍治郎が生還している。基本的に厭世的な彼は、他の一級探索者たちと比べればさほど騒ぎを起こすことはない。が、しかし、最近は活動を繰り返している。所有するダンジョンでイレギュラーが発生したという話もあるため、警察庁としても警戒しなければならないのだ。
そして、先輩警察官は深くため息をついて、新人にこう言って話をくくる。
「まあ、とにかく、一級探索者には積極的に関わらないことだ。特に反社会的勢力にはな」
__こうして、騒動の足音が、徐々に楽鳥羽町へ近づいていった。
【ダンジョンマフィア】
暴力団がダンジョンを不法に占拠し、採取物を売り払うことで収入を得ることがある。そういった組織を総称して『ダンジョンマフィア』と呼称し、警戒に当たっている。日本では関東地方最大勢力として長瀬組がある。
基本的に行動が黒よりのグレーであるが、ダンジョンの管理やモンスターの間引きをしてくれているため、警視庁も探索者協会も部分的には見逃しているところがある。特に、一級探索者である長瀬龍治郎の実力は本物であり、彼の作成する攻略マニュアルはかなり高値で取引されている。




