10話 駄々っ子の総評
前回のあらすじ
・ユウキが櫻木を脅迫する
櫻木から参加者たちの居場所を聞き出した篠原は、自宅に走って戻ると、装備と武器をひっつかみ、荒々しく金庫の静脈センサを動作させて中からダンジョンの採取物である巻物を引きずり出す。
高難易度のダンジョンに挑むときには、安全のために必ず一つ持っていくその古ぼけたスクロールの正体は、使用することで一度限り使用者を望む場所へ移動させるという効果を持ったダンジョンの採取物である。どこにでも行ける、とは言うものの、ダンジョンの中へ転移することはできず、一度でも足を運んだ場所でなければ転移できないため、主にダンジョンの中から地上に引き返すために使われることが多い。
「頼むから、無事に生きていてくれよ……!」
篠原は必死にそう祈りながら、巻物を開いて中の文字を軽くなぞる。すると、巻物の解読不可能な文字が突然輝きだし、文字が浮かび上がる。黒と光に象られた解読不可能な文字の列はやがて篠原の近くを取り囲み、彼を望む目的地__【妖精の森】の前、大規模変電所にたどり着く。
突然出現した篠原に、ダンジョンの前の警備員たちは困惑の声を上げる。幸いにも、掃討作業や点検警備などで面識のある警備員であったため、篠原は年配の警備員に早口に言った。
「すまない。予約は入れていないが緊急事態だ。探索させてもらう。入場料以外の探索許可料は事務所に連絡を入れてくれ」
「あ、いや、その、篠原さん、どうしてんか? 随分焦って行かはるように見えますけれども……」
「本当に申し訳ない。弁明……いや、ほとんど言い訳になってしまうが……は後でする」
軽くなまった警備員の言葉。それでも、篠原は本当に申し訳なさそうに表情を歪め、頭を下げた。顔なじみの探索者が高級品であるスクロールを使ってまでこのダンジョンに来たのだ。警備員のおじさんは困ったように眉を下げてから、タブレットを取り出して本部に一言連絡を入れる。直後に抗議めいた声が聞こえていたが、警備員のおじさんはそれらすべてを無視して、頭を下げている篠原に言う。
「頭上げてください、篠原さん。何ぞ大変そうに見えるけれども、とりあえず探索許可はしとくから」
「……ありがとう。あとで何か東京土産でも差し入れさせてくれ」
「賄賂は困りまっせ。そのかわり、探索終わったら飲みに行こか。篠原さんのおごりで」
いたずらっぽく笑う警備員のおじさん。そんなおじさんに、篠原もつられたように苦笑いを浮かべ、すぐに装備を抱えなおした。
【妖精の森】のダンジョンの入り口は、元々は公衆電話の通話室の入り口部分であった。何年にもわたる改築の結果、周囲は完全に変電施設に置き換わっており、銀色の金属扉の上部には優に人一人分の太さはありそうなほどの太さのケーブルが幾本も伸び出していた。
装備品を軽く整え、鞘に入ったままの短剣を腰の金具に固定してから、篠原は入り口の金属扉に探索者証明書をかざしてパスワードを打ち込み、ほんの少しだけ空いたそこに足を踏み入れる。
そして、後ろを振り返って再度おじさんに礼を言ってから、彼は駆け足で【妖精の森】に挑む。
ダンジョンに侵入してすぐ、周囲には晴れ渡る空の下、森が広がる。うっそうとした……というにはやや見通しのいい森には、妖魔たちの息遣いが聞こえてくる。
周囲を警戒しながら、篠原は短剣を片手にそのまま森を突っ走る。目的地は、既に定めてあった。
__監視カメラの位置は、おそらく来月太陽光パネルを増設するための空き地。そこなら、ボスエリアからも入り口からも距離が離れている。
確実にユウキの力量を見るつもりなら、森の樹木などの遮蔽物がなく、逃げ出しにくい場所に転移させるはずだ。篠原も櫻木が使っていたあの手鏡に心当たりはなかったが、あの上司が未提出の採取物を事務所のデスクに大量に山積みにしているところは知っている。どうせその中の一つなのだろう。
もちろん、特級探索や新規ダンジョンの探索のために採取物の提出書類が膨大になるのは篠原とて理解できる。それでも、強制的に人を転移させるような強力な採取物を未届けというのは社会人としてどうなのだ。
まだまだ検査されていない採取物があるのだろうと容易に想像できてしまった篠原は、かすかに胃のあたりをおさえた。この件で一番心労がたたる羽目になるのは、マネージャーの牧田さんなのだ。控えめに言って哀れで仕方がない。
そんな時だった。
木陰から無謀にも、一匹のレッドキャップ……返り血の付いた帽子をかぶったゴブリンが、篠原の目の前に飛び出してきた。
ナイフを振りかざしたレッドキャップはぐぎゃぐぎゃと不愉快な金切り声を上げ、どろりと濁り正気もないような視線を篠原に向ける。そして、次の瞬間、ずれ違いざまにその首を短剣でかき切られ、レッドキャップは何が起きたかを理解することもできずにその命を失った。
返り血ひとつ浴びなかった篠原は移動の速度を落とさず、刃先だけ赤く濡れた短剣を乾いた布で拭い、次の襲撃に備える。普段は二級ダンジョンを専門に探索する篠原にとって、四級程度の敵にてこずるわけもなかった。
軍でも採用されているスパイク付きのブーツは、木の根のはびこる森の中でも一定の速さを保って走り続けることができる。一応もしもの時には武器なしでもブーツだけで戦闘することもできなくはないが、靴に血が付くと濡れて転ぶ可能性もある。
そうやってナイフで安全にモンスターを狩りながら、やがて広場にたどり着く。そこで篠原が見たのは、ユウキのタブレットを抱えて地べたで駄々をこねる上司の姿だった。
「やーだー! 通報しないって言うまで返さないもん!!!!」
「いい加減にしなよ、サクラギー」
「いい年して恥ずかしくないの、サクラギ―」
困惑するユウキを前に、全力で駄々をこねる28歳男性一等級探索者(しかも上司)の姿を見た篠原は、酷くズキズキと痛む頭をこすり、深くため息をついた。
「…………はあ。アンタマジで何やってんだ」
短剣を片手に心底がっかりしたという表情を浮かべる篠原に、ユウキは少しだけ安堵したように顔を上げた。いくら許せない相手だとはいえ、流石にここまでの奇行をいきなりされると困ってしまうらしい。茫然としている三人組と心底軽蔑した視線で櫻木を見る志乃をよそに、櫻木は軽く手を振って篠原に言う。
「あ、篠原。ダンジョン入れたの?」
「アンタと違って人望があるからな。あとで新大阪電力の人に土下座しに行く予定だが」
「へー、頑張ってね」
「アンタも頭を下げるんだよ、何で他人事だと思ってんだ!!」
ヘラヘラと笑って言う櫻木にピキリと額に青筋を浮かべ怒る篠原。そして、櫻木を放置して、彼は三人組のうち銃の暴発で負傷した茶髪の少年の方へ歩み寄ると、できるだけ落ち着いた声で確認をした。
「怪我は? 他の人たちも、負傷した箇所があればすぐに言ってくれ」
「その子はちゃんと応急手当てしてもらっていたし、大丈夫でしょ。むしろ後ろの女の子、耳か鼓膜負傷してない? 若干聞こえ方に難がありそうだけど」
駄々をこねながらも指摘する櫻木。その言葉に、少女は目を丸くして首を縦に振った。どうやら、至近距離で銃の発砲音を聞き続けてしまったため、耳にダメージを負ってしまっていたらしい。
篠原は少しだけ考えてから、少女に5級ポーションを飲むように指示をした。鼓膜を欠損しているわけではないのなら、ポーションを飲んでおけばそのうち耳も正常に治るはずである。
そして、しばらく嫌な表情を浮かべたあと、ユウキに問いかけた。
「すまない、そこのクソ上司が持っているのは、君のタブレットであっているかい?」
「あ、はい。その、通報しようと思ったらとられちゃって……」
「なるほど。うーん、そうか……」
とりあえずは現状を把握した篠原。いつまでも青空の澄み渡るダンジョンの中で、探索者九人はとりあえず撤退を選択した。
__リザルト
攻略ダンジョン:【妖精の森】
討伐したモンスター:ゴブリン、レッドキャップ、クー・シー、ホブゴブリン
総討伐数:不明(未確認)
採取物:なし
死者数:0名
補足事項:ダンジョン講習会にて挑戦。
ホブゴブリンが二級探索者3名と一級探索者1人というあまりにも戦力差がありすぎる不憫な状況で瞬殺されてから数分。無事に【妖精の森】から撤退したユウキたちは、【風林火山】の送迎者が来るまで、変電所のご厚意で貸してもらった待合室で待機していた。
その間に、今だユウキのタブレットを奪ったままの櫻木が、ポケットから自分のタブレットを取り出し、今回の蛮行……もとい、講習会の総評を放し始める。
「とりあえずは全員お疲れさま。負傷者二名で探索が終わってよかったね。予想は怪我人4人そのうち重傷者が1人は出るかなーって思ってたけど、そうでもなかったみたいだ」
「私たち、そんなダンジョンに挑まされていたのですか?!」
表情を引きつらせて声を上げるのは、4人掛けの皮張りソファの端に座った志乃。そんな志乃に櫻木は「だってキラアキいるから死者はでないし」と悪びれもなく付け加える。
そして、壁にタブレットを使って映像を映しながら、個人への評価を伝え始める。
「まずは三人組。最初こそパニックになって冷静さを欠いていたところはあったけど、真っ先に武器をとって戦闘態勢をとる初動は結構よかった。落ち着いて武器の点検とかの基礎から固めていけば、問題なく重火器を取り扱う探索もできるようになると思うよ。
茶髪の君は女の子にいいとこ見せたいのはわかるけど、焦り過ぎないようにね。君は命中率割と良かったけど、周りを見ていなかったせいでキラアキが仕留めたゴブリンに無駄打ちしてたから、そこ気を付けて。君はちょっと銃の構えが悪いかな。そのせいで発砲音が直に耳にダメージ与えていた」
そう言われた三人組は、少しだけ目を丸くしたものの、嬉しそうに三人で顔を見つめ合う。
そして、櫻木は次にキラアキのほうを見て口を開いた。
「キラアキはまあ、流石2級。足手まとい5人いても問題なく護衛できてたね。ただ、やっぱり二人の世界に入りすぎてて、周り見えてないのは問題だね。周囲の警戒してたキラがクー・シー見逃したのは、ちょっと問題かな。二人だけの探索じゃなく、足手まといいること忘れないでね」
「……そうだけどさー……」
「……そうでもさー……」
唇を尖らせ、不満そうに肩をすくめるキラとアキ。しかし、指摘自体は的を射ているため、反論はしないらしい。
そして、次に志乃を見て、櫻木は笑顔で言う。
「君は今回、一番才能あったと思うよ。初めて銃を使ったにもかかわらず、ちゃんと狙えていたし、指摘はあったとしても初期点検できてたし、キラアキ除けば一番モンスター討伐できてるから、安心すると良いよ。
__ただ、長嶋くん、だっけ? ぶっちゃけ君は才能ないね」
「……へ?」
ユウキは思わず、間の抜けた声を上げて櫻木を見る。
【スクロール】
出典:不明(3級以上のダンジョンから低い確率で採取可能)
三級以上のダンジョンから時々採取される解読不能の文字で書かれた巻物。大きさは長さ20センチ、太さは直径5センチ程度。使い捨ての転移装置として使用できる。ただし、ダンジョンの中には転移できない。
お値段は一つあたり1500万前後。結構なお値段だが、ダンジョンからの緊急避難に使えるため、命が買えると思えば普通に安い。二級以上の探索者は基本的に所持していることが多い。
ちなみに、スクロールを使っての犯罪行為などが横行しかけた時期もあったが、法整備が進んだ現在そんなことをしようものなら、一発で実刑以上が確定するため、する人はあまりいない。そして、仮に使ったとしても、スクロールの文字がしばらく使用場所と移動場所に残るため、すぐに検挙されてしまう。悪いことには使わないでね。




