8話 妖精(原作基準)
前回のあらすじ
・二日目の重火器講習
・櫻木「弱そうっていうか、ぶっちゃけ雑魚だよね」
・普通に失礼な櫻木
「__じゃ、講習会はじめよっか」
そんな気軽な言葉から、櫻木は参加者全員を見ず知らずのダンジョンは強制的に転移させた。
青空に、吹き抜ける風には葉の擦れるさざめきの音が響く。ユウキは半ばパニックになりながら慌てて周囲を確認すると、遠くに大量の太陽光パネルが設置されていた。どうやら、太陽光を商業活用しているダンジョンであるらしい。
最初に冷静な行動を起こしたのは、二級探索者の双子である。
「みんな集合ー! ここ、4級ダンジョンだから、絶対にパニックにならないでー!」
「全員集合ー! 防弾服と武器配るから、焦らないでー!」
そう言って二人はあらかじめ用意されていたらしい探索者協会謹製の拳銃やら防弾装備やらを配り始める。競うように支給品を受け取ろうとする三人組をよそに、ユウキは目を見開いて思考を続ける。
「四級ダンジョン……太陽光パネル……商業用に電気発電を行っている四級ダンジョン……」
別に試験に出てくる問題ではないが、基本的にダンジョンの商業化は資格が安易に入手可能な5級ダンジョンで行われる場合が多い。そんな中、例外的に一日中太陽が出続けるということと、電力要求箇所が近いという理由で4級ダンジョンであるにも拘らず、太陽光発電がおこなわれているダンジョンがあった。
そのダンジョンの名前は……
「……まさか、新大阪【妖精の森】ダンジョン?!」
「おー、正解ー!」
「おー、当たり―!」
ユウキの言葉に、キラとアキはけらけらと笑って言う。
ユウキたち受講者は、確かに東京都楽鳥羽町にいたはずだ。それにもかかわらず、今現在いるのは、新大阪にあるはずのダンジョン。まったく理解できない。
しかし、ユウキには一つの心当たりがあった。
それは、このダンジョンに来る直前、櫻木が使った手鏡である。ダンジョンの採取物には、ポーションなどのように特別な力を持つものも存在する。あの手鏡は特別な力を持っていたのかもしれない。
となると、人間をほぼ強制的にダンジョンへ送り込む採取物ということだろうか?
そこまで考えたところで、ユウキはつぶやく。
「あれ、ってことは、あの鏡、めちゃくちゃ危険な採取物じゃないか?」
現状のユウキたちは、二級探索者の双子たち以外、何の装備もなくダンジョンへ……それも、整備されているとはいえ4級ダンジョンへ放り込まれたのだ。使い方によっては、人など簡単に殺せてしまう。
そんなユウキの予想に同意するように、双子もあきれ果てたような表情を浮かべて互いの武器をケースから取り出し始める。
「マジでサクラギのアホいかれてるよねー」
「ほんとにサクラギのバカどうしようもないよねー」
「「初心者のお守りを最終的に押し付けてくるところとかー」」
そう言って、二人は凶悪な笑みを浮かべる。
今までの笑顔は、まるで子犬や子猫がじゃれ合うような、ほほえましいものだった。しかして、今の笑みは違う。まるで群れで生活する肉食獣が獲物を見つけたときのような、残酷で、しかして無邪気な笑みだった。
恐怖で固まったユウキ。そんな彼に、声をかけるものがいた。
「長嶋さん、これを!」
「あ、し、志乃さん」
既に防弾装備と拳銃を手に持った志乃は、まだ何の装備もできていなかったユウキに、支給品一式を手渡す。その装備をみて、ようやくユウキはハッとして着替えを始めた。
ここはもうすでに、ダンジョンの中である。しかも、ユウキたちはまだ入る資格を持ち合わせていない四級ダンジョンだ。さらに、事前調査さえもできていないため、出てくるモンスターやダンジョンのマップなどは理解できていない。
急いで装備を終えたユウキは、さっさと拳銃の点検を行う。ユウキのその行動につられて、志乃も慌てて点検をする。安全性の確保されている探索者協会謹製の武器とはいえ、配られたばかりのならしの済んでいない銃など、どんな動きをするかわかったものではない。
案の定、ユウキの持っていた箱の拳銃は埃をかぶっており、このまま使っていれば暴発しかねない代物だった。
昨日篠原二級探索者に教えてもらった通り、箱の中に入っていた乾いた布で手早く整備を終えたユウキは、震える手で銃弾に手を伸ばす。ここから先の、銃弾を入れて弾を撃つところまでは、講義でしか教えてもらっていない。実践はまだしてはいないのだ。
動揺するユウキとは反対に、家に重火器があるらしい志乃は慣れた手つきで銃弾を装填すると、周囲を警戒し始める。
そんな志乃の行動を見て、ユウキは覚悟を決めて銃に弾を込めると、タブレットを取り出して情報収集を始めた。
「モブはゴブリンとレッドキャップ、レアモブにクー・シー、ボスはホブゴブリンです! どれも妖精種で、いびつな人型ですが、剣も銃も効きます。ホブゴブリンは人間並みの体格とかなり強めの筋力を持ち合わせているみたいです!」
「! ありがとうございます、長嶋さん。私はタブレット持っていないので、今ダンジョンのことは調べられないです!」
電子機器類排他主義の両親を持つ志乃は、外部へ連絡できる機器を持ち合わせていない。同時に、互いに連絡し合える手段もないため、絶対にはぐれるわけにはいかなかった。
同時進行で、ユウキは周囲を見回し、小さく息を飲んだ。気が付けば、あたりに生えた木陰から何か動くものが見えていたのだ。ギリギリ見えた色彩は、赤色の帽子。あれは、レッドキャップだ。
正直、検索して出てきた資料によれば、拳銃があればレッドキャップに後れを取ることはない。それでも、不安材料があった。それは__
「ひっ、あ、あそこにいる!!」
そう言って悲鳴を上げながらレッドキャップのいる木立に向かって指をさすのは、三人組のうち一人、髪の毛をクリーム色に染めた少女である。すっかりビビってしまっていた三人組だが、少女の危機にいいところを見せたかったのだろう。髪の毛を茶髪に染めた少年が、点検もしていないらしい拳銃に弾を込め、叫んだ。
「よっしゃ、俺が殺してやるよ!」
そして、乱雑に引き金を引き始めた。
狙いも定められていないために、銃弾はまったくもって見当違いの方向へすっ飛んでいく。
木立から今七人がいるところまでの距離は、おおよそ30メートル強。まともに狙えれば外すこともないような距離ではあるが、初めて拳銃を使った少年少女たちがまともに的当てをすることなど当然できない。最悪の場合は流れ弾さえ飛んでくる可能性もあった。
ユウキは小さく息を飲んで、自分の持つ拳銃を見つめる。
モンスターを倒せる出力ということは、当然人間が当たれば死ぬ。つまり、銃弾が無秩序に乱射されるのはあまりにも危険だ。
体が恐怖で震える。邪悪な妖精たちは、不気味な鳴き声を上げてこちらへ歩み寄ろうとしていた。
場所は変わり、楽鳥羽町探索者協会の講義室。
そこでは、電子ホワイトボードやディスプレイなどに映像を展開し、講義室の安っぽいパイプ椅子にもたれかかってその映像を見ている櫻木がいた。
「キラアキいるから参戦はしなくていいよね。彼らなら4級くらい楽勝だろうし」
櫻木はそう言って鼻歌を口ずさみながら、ずいぶん楽しそうにディスプレイを操作する。転移させたダンジョンは、ゴブリンやレッドキャップなどと言った妖精種中心の企業保有ダンジョンである。何度かダンジョンを探索したことのある五級探索者なら死なない程度の探索を行うことができるはずだ。
ついでに、企業が太陽光パネルの保持や作業のために監視カメラや定期討伐を行っているため、もしものことも起こりにくい。一応、櫻木もそう言う考えで講習会の実習先にこのダンジョンを選んだのだ。……当然、報告や事前連絡などは行っていないのだが。
「おー、さっきの雑魚そうな子、割と冷静に対処してるな」
銃の点検を行う志乃とユウキを見て、櫻木は少しだけ感心したようにつぶやく。パニックになりながらも、探索者としてやらなくてはならない基礎はきちんと行っているのだ。召喚獣ありきとはいえ、流石にイレギュラーダンジョンを攻略しているだけのことはある。対応力は問題なさそうに見えた。
それに対して、三人組はとりあえず銃の発砲はできているようだが、点検を怠っているため、そのうち銃が使い物にならなくなるだろう。同士討ちは……念のため防弾装備一式を配っておいた。それで被害は軽減されるはずだ。万一の場合はキラとアキに預けておいたポーションがあるため、どうにでもなる。
むしろマズいのは__
そこまで考えたところで、講義室の扉が乱暴に開けられた。
入ってきたのは、青筋を額に浮かべ、両手にちぎれた手錠をかけた篠原である。足を縛っていたはずの結束も引きちぎれ、ブーツにちぎれた鎖が引っかかっていた。若干疲れたのか荒く息を吐きながら櫻木に向かって怒鳴る。
「ふざけるなよクソ上司!! アンタ、何を考えて__」
「おー、思ったよりも早かったね。っていうか、拘束全部力技で解いたの? 怪我するよ?」
「アンタがやったんだろうが!!」
篠原は激怒した様子で拳を握り締めた。朝、講習会の準備を終え、講義室で待機しようと思ったら突然目の前の男に拘束され、ロッカールームに蹴り込まれたのだ。怒るなと言われても無理な話である。
何とか拘束を破壊して講義室に来てみれば、もうすでに参加者たちはいなかった。篠原は頭を抱えて櫻木に怒鳴る。
「今すぐ参加者たちを転移させたダンジョンの場所を教えろ。参加者の安全を守る義務は俺にあるんだ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんと監視してるし、もしものことがあってもキラアキいるから」
「違う。そもそも何の準備も練習もなしにダンジョンに転移させるのがダメだつってんだよ! もしも彼らが怪我したらどうするつもりだ!」
「痛い目にあって勉強するのが一番身につくじゃん。__あー、初期点検もなしに拳銃使うから、暴発したっぽいね」
櫻木はそう呟いて、監視カメラの画像を拡大する。後遺症が残るほどまでの負傷ではないが、出血はしている。混乱する初心者たちをなだめ、ユウキは負傷した茶髪の少年の方へ駆け寄り、応急手当を始める。そして、短く指示をすると、全員でキラとアキの方へ移動した。
その間に、銃の扱いに慣れているらしい志乃がレッドキャップの頭蓋を撃ち抜く。二発ほど無駄な発砲をしてしまったものの、初めての戦果である。
櫻木は顎に手を当てニッと笑う。
「へー、素質あるね、彼女。ちょっと練習すればすぐに三級くらいにはなれるよ」
そんなことを言いながらディスプレイを覗き込む櫻木の胸ぐらをつかみ、篠原はギリと奥歯を噛みしめ、再度言う。
「ダンジョンの場所を教えろ。負傷者が出ている」
「やだな、死者は出てないだろ。問題ない。あと、まだ重火器使ってない子いるから、それだけ見たら移動させてあげるよ」
櫻木はそう言って締め上げられた襟元をそのままに、手元のタブレットを操作して【妖精の森】ダンジョンのセキュリティにアクセスする。ゴブリンやレッドキャップと言った邪悪な妖精が武器を持って出てくる【妖精の森】は装備なしで挑戦すれば間違いなく重症か、最悪の場合死に至るため、等級は4級に割り当てられている。
しかし、近年ある傾向が判明してしまったため、その等級を下げるかどうか議論が行われている。
それが、レアモブであるクー・シーを除いたすべての妖魔たちが、必ず洞窟からリスポーンすることだった。
その洞窟はボスエリアになっており、普段はホブゴブリンが奥に構え、帰還用術式の前の門番となっているのだが、洞窟の入り口にバリケードを作ってしまえば、妖魔たちは外に出ることができなくなる。
窮屈になり苛立つと勝手にホブゴブリンが間引きをするため、よほど長期間放置しない限り、【妖精の森】からモンスターがあふれ出てくることはない。ついでに、掃討作業もその洞窟の中に重火器類か爆破物かなにかを放りこめばいいだけなので、かなり楽である。
とはいえ、モンスター自体はそこそこ強く、群れで武器を持って襲ってくるという悪辣さを持ち合わせているため、初心者である五級まで落ちることはないはずだ。
「やっぱりキラアキは流石だね。まったく動揺していない」
「黙れクソ上司。いいから場所を教えろ」
「黙ったら場所も教えられないじゃーん?」
「ふざけてんじゃねえぞ……!」
けらけらと笑いながら篠原をからかう櫻木。ついに怒りが頂点に達した篠原は、右拳を振りかぶる。しかし、拳は振り下ろせずに固まった。
目を丸くする篠原に、櫻木は小さく肩をすくめて言った。
「右手の拘束具。細工してたから一度は使っておきたかったんだよね。一応拘束されたまま君が乱入してきたときように用意してたし」
「この用意周到さを普通の講義に使ってもらえるか?!」
奥歯をギリギリと音がなるほど歯ぎしりする篠原。櫻木の言うように、彼の右手の手錠には、透明な糸が絡まっていた。糸は天井の照明機器の金具を通して櫻木の右手にその終端があり、その糸を引っ張ることで篠原の行動を制限していたらしい。
いつの間にこの糸を細工したのか。いつの間にこんな用意をしていたのか。まるで篠原には分らなかった。ただ一つ、分かることがある。それは、篠原が何度殺す気で櫻木に殴り掛かっても、その拳は掠ることもないということだけだ。
絶望的な実力差に、篠原は盛大に舌打ちをすることしかできない。そんな篠原にニコリと笑顔を浮かべ、櫻木はタブレットの画面を篠原に見せる。そこには、この研修の参加者である長嶋裕樹のプロフィールが表示されていた。
「この長嶋裕樹って子、初回の研修からイレギュラー引いて生還してるんだよね。しかも、広範囲複合型イレギュラーの【英雄無きアルスター】を解消した探索者パーティの一員だったみたいだし」
「……は?」
櫻木の言葉に、篠原は眉間にしわを寄せる。怪訝な表情を浮かべる篠原をよそに、櫻木は楽しそうに、こんな蛮行をした理由を吐いた。
「そんな子の探索、見て見たくない? __僕は最っ高に興味あるんだ」
まるで、アリを水の中に入れたらどうなるのだろう、とでも言いたげな純粋な子供のような興味。それこそが、探索者を等級以上のダンジョンへ強制転移させるという蛮行の動機だった。
「クソ上司……!!」
篠原の心の底からの言葉は、目の前の男に無視されてしまえば、誰に届くこともなく、講義室に反響して消えてしまう。
【妖精の森】
四級ダンジョン。とある企業が賠償して、大規模なソーラーパネルを設置し新大阪の電気供給を担っている。
妖精は妖精でもゴブリンとかの妖魔タイプのモンスターがたくさん出てくる。モブはレッドキャップとゴブリン、ボスにホブゴブリン、レアモブにクー・シーが出現する。
クー・シーは二足歩行する犬の妖魔で、強烈な噛みつきと体当たりによる攻撃が脅威。




