5話 初心者向け講習会
前回のあらすじ
・吉本「良かったな少年、今日は二級探索者が講師だ」
・【赤い靴】で生贄にされていた少女と再会
【赤い靴】で生贄となっていた少女、水無月志乃と出会ったユウキは、彼女の隣の席に座り、講義を受けることにした。
志乃は現代では珍しくノートと万年筆を机の上に出している。ユウキはタブレットを机の上に出しながら、志乃に問いかける。
「そ、その、ノートで講義を受けるのですか?」
「はい。両親が電子機械類排他主義でして。タブレットを使わせてもらえないんです」
「そっか……」
電子機器類排他主義とは、タブレットをはじめとする電子機器類での行政手続きに対する反対から始まった主義であり、インターネットの接続の有無にかかわらず、電子機器類を一切使用しない生活をすることで有名である。
とはいえ、志乃自身はさほど電子機器に忌諱感はないらしく、ユウキの持っているタブレットをうらやましそうに見ていた。
例の四人組に目を付けられるきっかけとなった、紙のノート。ここ十数年、全ての学校教育はタブレットで行われており、紙の教科書やノートは必要とされていない。ユウキは勉強のために廃業する文房具屋からルーズリーフを購入したこともあるため、一応家には紙とペンがあるのだが、普段の勉強はタブレットで行っている。
ほとんどの店が支払いをキャッシュレス化している今、電子機器類排他主義者たちは、少しずつその数を減らしていると聞いていたが、どうやら志乃の家は相当徹底しているらしい。よく見てみれば、服装も身に着けているものも所持品も、電子機器で作った既製品ではなく、ハンドメイドのものであった。
ユウキは少しだけためらいながらも、志乃に質問する。
「その、どうしてこの講習に? 参加している僕が言うのもあれだけど、探索者協会主催の重火器講習会って結構評判悪いよね」
「あ、はい。講師の探索者さんが父の知り合いらしくて。武器もできればほしかったので、せっかくなら参加しようと思いまして」
「そ、そうなのですか。櫻木さんと知り合いなのですか?」
「あ、ご存じだったのですか。何度か顔を合わせたことはありますが、おそらく櫻木さんは私のことを認知してはいないと思いますけれども……」
志乃はそう言って力なく肩をすくめた。
赤い靴の生贄にされ、一時は出血多量で入院したというにも拘らず、志乃は探索を続けるらしい。ユウキは心の中で「強い人だな」と思いながら、入って来た講師に目を向ける。
ワカメのようなヘアスタイルの講師は両手に持った木箱を誰も座っていない一番前の席に置く。シンプルなワイシャツとパンツ姿の彼は、教卓の方へと歩いていく。
ユウキは、どこか彼に見覚えがあるような気がして、小さく首をかしげる。どこかで彼を見たことがある気がする。しかし、それがどこだったか思い出せない。
教卓から講義室を見回したワカメのような髪型の講師は、小さくため息をついて、一番前の席に座っていた双子を指さし、吐き捨てるように言う。
「キラ、アキ、お前ら帰れよ。二級のお前らが参加して面白いことなんて何もないだろ。っていうか、第一予約してないだろ」
指摘された双子は、ふくれっ面で言い返す。
「空席多かったしいいじゃん別にー」
「篠原のけちんぼ―」
その声と、その名前を聞いて、ユウキはようやく思い出す。
「あ、102号室の人か!」
思わずつぶやいたユウキ。かなり小さめの声であったはずだが、聞こえていたらしいワカメのような髪型の男性……篠原はユウキを見て、納得したように口を開いた。
「ん? あ、君、アパートの掃除をしている子か」
メゾン・ラローズの102号室に住んでいる篠原は、時々アパートの掃除をしているユウキを見かけたことがあった。
遅刻と勘違いをした篠原を見かけたことのあるユウキは、彼の部屋に鍵のかかるロッカーがあったため、探索者ではないかと予想していたが、まさか二級探索者で、さらに講師になるとまでは思ってもいない。
空気を換えるため、篠原は一つ咳き込むと、キラとアキと呼ばれていた双子に声をかける。
「ふたりとも、拳銃を配るのを手伝ってくれ。今日は銃の手入れの仕方と扱い方を解説する。付随する法律も適宜説明を加えるため、必要なところはメモを取るように」
そう言って、篠原と双子は鍵のかかった木箱を参加者たちに配る。箱と鍵を受け取ったユウキと志乃は互いに顔を見合わせた。そして、指示をされるままに鍵を使って箱を開けた。
中に収められていたのは、ごく単純な仕組みかつ、探索者たちには【豆鉄砲】と称される、探索者協会謹製の拳銃。それを見て、ユウキは小さく息を飲んだ。
「すごい、本物だ」
「あれ、家にはなかったのですか?」
「うん、僕の家は本業が探索者の人はいなかったし、親戚にもいなかったから……」
志乃の口ぶりからして、彼女自身は何度か拳銃にも触れたことがあるのだろう。箱だけを空けて、銃には触れず、二人は次の指示を待つ。
その間に、本物の拳銃を見てテンションの上がったらしい三人組が、拳銃に手を伸ばす。その瞬間、篠原は短く言った。
「指示があるまで銃には触れないように」
しかし、そんな言葉で止まれるほど三人組は冷静ではなかった。三人のうち一人、パーカーを着た男子が、ふざけた調子で拳銃を構え、隣の席に座っていた男子に銃口を向ける。
その時だった。
「馬鹿が」
短く、冷たい声。そこからの動きは、ユウキの目では終えなかった。
教壇に戻っていたはずの篠原が、音もなくふざけた三人組の側へ近くにいた。それだけは、見えていた。
そして、篠原はさっさとパーカーを着た少年から拳銃を奪うと、少年に向かってスッと手を伸ばす。そして、次の瞬間放たれたのは、割と容赦のないデコピン。
高らかに音が響き、少年は頭を抱えて机に突っ伏した。
そんな少年を見下ろしながら、篠原は言う。
「冗談でも他人に銃口を向けないように。弾は入っていないが、立派な法律違反だ」
そして、拳銃を箱の中に戻し、篠原は教壇に戻る。
茫然としている三人組をよそに、クフクフと双子の笑い声が聞こえてくる。ユウキと志乃は何が起きたかわからず、目を丸くして篠原を見ることしかできない。
空気の変わった講義室に、篠原のため息の音が響く。
そして、思い出したように口を開いた。
「そう言えば、自己紹介をしていなかったな。俺は二級探索者の篠原 司だ。普段は講義はあまりしていない。不慣れなことが多いが、怪我無く、トラブルなく講習が終わることを祈っている__まずは、銃を箱から取り出す前に、必要になる法律から説明して行こう」
こうして、重火器講習は始まった。
初日の講習会ということもあり、篠原の事前説明の通り、今日は拳銃に弾を入れることなく講義は終わった。それでも、学ぶことは多かったとユウキはタブレットを見返しながら考える。
講義室には斜光が差し込み、講義が終わるなり早々帰宅した三人組以外の人々……楽しそうに話をしている双子と、ノートを読み返している志乃、そして、講義に使った拳銃の再点検をしている篠原のみが残っている。
そして、双子のうち一人、黒色のアタッシュケースを抱えるようにして持っているショートカットの女性……たしか、アキと呼ばれていた……はふと思い出したように、箱に鍵をかけている篠原に声をかけた。
「ねえねえ、シノハラー。櫻木さんは? 今日の講義、櫻木さんだって聞いたから来たのだけど」
「あ? ……言うの遅くないか? 櫻木さんはいつも通り行方不明だ。探索からまだ帰ってきていない」
「えー、つまんないのー。一級ダンジョン探索させてくれるかと思ったのに―」
「流石のあの人でも、そんなバカげたことはしないだろ。犯罪もいいところだぞ」
ふくれっ面で不満そうに言うアキ。肩をすくめて首を横に振る篠原に、キラ……双子の長いプラスチックケースを携えた男性の方……は、クフクフと笑い声をあげて言う。
「いや、前回の刀剣講習で『参加者が危機感なさすぎてやっちゃった☆』って言っていたから、一級じゃないにしても、参加者をダンジョンに連れて行ったことはあると思うよ?」
「……胃が痛え。櫻木さんが帰ってきたら、俺、一緒に講習会しねえといけねえんだけど」
ガチャンと箱に鍵をかけ、篠原はそっと左手で胃のあたりをおさえた。そんな篠原の様子を見て、キラとアキはキャラキャラと無邪気な笑い声をあげた。
そして、篠原は、思い出したようにまだ講義室で復習をしていた二人に声をかける。
「あー、水無月さんと、長嶋さん。そろそろ講義室をしめるけれども」
その言葉で、ユウキはタブレットから顔を上げ、慌てて謝罪する。
「あ、す、すみません」
「いや、大丈夫。質問あったら聞くよ。あと、講義でよくわからなかったことがあったら、ぜひ教えてほしい」
後は元の倉庫に戻すだけの状態になった木箱を教壇の上に置き、篠崎はそう言った。ユウキは、少しだけためらった後、思い切って質問をした。
「その、銃ではなく、銃弾の保管管理に関する質問なのですが。所持弾数によって追加増税が発生する場合って……」
「ああ、それは探索者事務所向けの法令だな。500前後の新品の箱が無ければ課税されない。それよりも、所持している銃の個数に関する課税のほうに気を付けたほうがいい」
「そうそう。本格的にダンジョン探索に銃を運用するってなったら、最低近距離、遠距離、狙撃、乱打用の四つはないと面倒だからねー。狙撃と乱打は本体の値段も結構高くなるし、税率も高めになるのー。個人の時は計算面倒だったよー」
鍵付きのケースを持った双子の女性、アキがニコニコと笑いながら言う。その言葉に、志乃は首をかしげて問いかける。
「その、銃で近距離っていうのが想像つかないです。あと、遠距離と狙撃の違いって……?」
その質問に答えたのは、アキの隣でニコニコと微笑んでいたキラであった。彼は楽しそうに答える。
「近距離は散弾銃みたいな比較的近距離で効果力の銃だよ。拳銃なんかはクソ雑魚で採用している人ほとんどいないけど、一応近距離に分類されるかな。遠距離と狙撃の違いは、一番は装填弾数だねー」
そして、キラの言葉を継ぐように、アキが説明をする。今日の講習でも扱った豆鉄砲と称される探索者協会謹製の拳銃は、近距離向きの銃であるらしい。
「そうそうー。狙撃は一撃必殺だから、装填弾数は多くて二つか三つ、最近の流行だとドラゴンの逆鱗を撃ち抜ける装填弾数一発の狙撃銃。遠距離銃は弾数多めで大きめの銃身になることが多いかな。鳥とか空飛ぶ系のモンスターを撃ち落とすのに使うことが多いよー」
「乱打はいわゆるフルオートやマシンガンの類だ。弾にも金がかかるし、何よりも税金が高くつくが、ダンジョンの掃討戦にはほぼ必須の武器だな。作業効率が段違いだ」
補足するように篠崎はそう言うと、手元のタブレットを操作していくつかの写真を表示する。どうやら、篠崎はメインの銃としてサブマシンガンを使っているらしく、対モンスターように強化された大型のマシンガンを抱える写真がいくつかあった。
「任務で準三級以下の掃討を依頼されたときは、基本サブマシンガンだ。それ以上はダンジョンによって使い分けているな」
「アキは散弾銃とサブマシンガンー。キラは日本刀使っているよー」
ニコニコと笑ってアキは手元のアタッシュケースを掲げる。どうやら、そこにサブマシンガンがしまい込まれているらしい。そして、アキの隣でニコニコと笑っているキラの長筒の中には、やはり日本刀がしまい込まれているようだった。
どうやら、本気で二人は講習中にダンジョンへ直行するのだと思っていたらしい。そうなりかねない次回以降の講習にほんの少しだけ戦慄しつつ、ユウキは問いかける。
「その、皆さん二級探索者と聞きましたが、やっぱり、事務所に所属しているのですか?」
「ああ、そうだな。俺も二人も【風林火山】所属だ」
「キラたちは、三級まではフリーだったけど、二級以降事務作業が面倒になって、風林火山に入ったのー。だから、シノハラはキラたちの先輩だよー」
日本刀のしまい込まれたケースを足で絡めるように抱き寄せ、キラはそう言う。明るい茶色がかった短髪が窓の隙間から差し込む日差しを受け、柔く輝く。どうやら、双子の一人称はそれぞれ自分の名前であるらしい。
いつでも楽しそうな双子のキラとアキとは対極的に、篠原は困ったように頭をかいた。
「俺は三級昇格時点で面接を受けて風林火山に所属したんだが……もしかして、二人はプロの探索者希望か?」
その質問に答えたのは、意外にも志乃であった。
志乃は、少しだけ恥ずかしそうにうつむき、そして、答える。
「はい。できれば三級資格を持った補助員になりたいと思っています。探索者協会に就職するか、事務所に所属するかは迷っているのですが……」
はっきりと答えたその言葉。志乃のそのセリフに、キラとアキはスッと目を開く。そして、ニコッと笑って言う。
「ふーん。なら、武器の扱いは学んでおいた方がいいねー。武器手入れしてくれるだけで探索のしやすさ全然違うー」
「刀剣の手入れも勉強しておくといいかもねー。補助員は割と希望者多いから、取れる資格は取っておいた方がアピールポイントになるよー」
「どこの級の補助員をしたいかによって協会か事務所かは変わってくるな。安定しているのは半分以上公務員扱いの協会だが、二級以上の補助をしたいってなるなら、相応の事務所に所属したほうが現実的だ」
「は、はい!」
キラ、アキと篠原のアドバイスをノートにメモする志乃。そんな彼女に、ユウキは思わずぎゅっと手を握った。
__そう言えば、僕は将来何したいとか、無いな……
将来に関して、まだユウキは考えられるだけの心の余裕がない。進学も『友達を作るため』だった。今すぐ願うことは、姉を救うことであり、その先についてまだ思い描けていないのだ。
現実的な未来を見ている志乃を見て、ユウキはほんの少しだけ不安な気持ちになる。こうして、初日の重火器取り扱い講習会は終わった。
【篠原司】
初登場は一章42話「メゾン・ラローズの住人」。
かなり常識的な二級探索者で、ワカメのようなくせ毛が特徴の結構筋肉質なお兄さん。年齢は28歳。才能あふれる有力な探索者であり、一級探索者を目指して鍛錬や探索を続けているが、まだ人間を辞めるほどの力量を身につけられてはいない。
基本的に重火器を扱って探索を行っているが、一通り武器は何でも扱える。が、だからと言ってクー・フーリンやスカサハのようにめちゃくちゃ強いかというと、そうでもない。あくまで人間の強さでしかない。
後輩にキラアキ、上司に櫻木という結構胃にクるメンツに挟まれた苦労人。ちなみに、櫻木のマネージャーの牧田と友人関係。




