4話 想定外の再会
前回のあらすじ
・休んだ分の補習をうける
・一級探索者の櫻木
・櫻木「やべ、約束すっぽかした」
一週間の学業の遅れを少しずつ取り戻し、やがて日常は過ぎ去っていく。そして、学生であるユウキがまともに探索者活動の出来る、週末が訪れる。
ユウキは死んだ目で【アリババと40人の盗賊】ダンジョンの注意事項をまとめた資料を読みこむコンラを一瞥する。視線を感じたコンラは、タブレットから顔をあげると、小さく肩をすくめて言った。
「なんかあったらタブレットに連絡入れろよ。速攻でダンジョンクリアしてから向かう」
「……うん、まあ、そうだろうけどさ。えっと、怪我とかしないようにね。もし怪我したら、すぐに渡しておいたポーションで止血して、それでもどうしようもなかったら、絶対に病院に行って」
「わかった」
「優先順位は僕からの連絡じゃなくて、君の命の方が優先だ。僕は……まあ、うん、最悪一級探索者の人が死なない程度に手加減してくれる……はずだから」
ユウキはそう言って言葉を濁し、目を逸らす。
前回の探索で分配されたポーションのうち、五等級ポーションをユウキが、六等級ポーションをコンラが持っている。ユウキ自身はできれば一人で探索するコンラに良いポーションを渡しておきたい気持ちもあったが、それ以上に今回ばかりは保身の方が勝った。そして、コンラ自身も自分が直接護衛できないなら良い薬をユウキに預けておきたかったらしい。
きっちりと装備をカバンに収め、講習の案内がメールボックスに保存されているのを確認してから、ユウキはのろのろと楽鳥羽町探索者事務所へ向かう。
生前戦いに明け暮れた生活を送っていたコンラにはその背中が、徴兵されて仕方なく戦場に向かう農村の男に見え、盛大にため息をついた。
楽鳥羽町の町役場にたどり着いたユウキは、完全にグロッキーな表情で役場の隅の協会事務所に移動する。
そんな彼に、査定カウンターの奥から声をかける男がいた。
「どうした少年、また面白いものを採取してきたかね?!」
「うわぁ?! あ、よ、吉本さん」
突然かけられた声に、ユウキは裏返った悲鳴を上げる。白髪交じり……というよりは、白髪の中に黒髪が混じっていると言ったほうが正しいような老齢の職員、吉本は少年のように目をキラキラとさせながらカウンターから身を乗り出している。
一番カウンター側の席の職員木林は、いつものことであると分かっているのか、小さくため息をついて吉本の席から崩れ落ちてきた書類を拾い始めた。
ユウキは少しだけ吉本から距離をとりながら、首を横に振って言う。
「いえ、今日は売却ではなく、講習会に参加しに来ました」
「……ほう、少年にしては珍しく、調査不足か?」
カウンターから身を乗り出したために、上に置かれていたタブレットがぱたんと音を立てて倒れる。吉本のその表情は、明らかにユウキに対する同情が浮かべられていた。
苦笑いをしたユウキは、吉本に言う。
「いえ、僕は民間の講習会に参加したかったのですが、コンラに無理矢理参加させられました」
「ふむ……しかし、そうか……なら、逆に運がいいとも言えるな。よかったな少年。今回の講習は代打で二級探索者が行うらしいぞ」
「……へ?! ちょ、そ、それ、本当ですか?!」
何気ない吉本のそのセリフに、ユウキは目を丸くした。
__二級探索者の講習だって? そんなの参加料うん十万支払うようなやつじゃないか!
探索者協会主催の講習会は、参加費用5千円というかなり良心的な値段である。しかし、講師が講師であるため、そう参加者は多くない。民間の講習会はというと、探索者事務所が主催し、事務所に所属する探索者が講師をする。
大抵は手の空いている三級探索者が講師として銃の扱いを講義してくれる。が、特別講座として二級探索者が講師をしてくれるものもあった。
二級探索者は、本業探索者の中でも一流の探索者である。そんな人々に教えてもらえるというのは相当限られた機会であり、当然受講料も事務所や講師によっては青天井である。
驚くユウキに、吉本は肩をすくめて言う。
「今回の講習は風林火山のクソガキ……いや、櫻木が講師をやる予定だったのだが、あの阿呆、まだ【妖伏魔殿】から帰ってきていないらしくてな。向こうさんに連絡を入れたら、二級の講師をよこしてくれた」
「さ、櫻木って、一級の櫻木さん、ですか? あの人、めちゃくちゃ多忙な人では……?」
「いやいや、どこぞのダンジョンヤクザと比べればあのクソガキ相当暇人だぞ。先々週も私の研究室に入り浸って、こっそりとっておいた干し柿を全部喰いおったからな」
結構高くていいやつだったのだぞ、と小さく恨み言を吐きながら、吉本は白髪頭をかく。ユウキはそっと苦笑いをして、「ご愁傷さまです」と消え入るような声で言った。
「そうそう、講習会までまだ時間はあるはずだ。【狂宴の女王】の報告を聞かせてもらえんかね? 草薙君と長瀬君からは一通り話を聞いたが、君からはまだだったはずだ」
「えっと、報告書は提出したと思うのですが……」
「いやいや少年、私は君から直接話を聞きたいのだよ。報告書を見たが、ドルイド僧と交戦したのだろう? 何か採取物はないのか? 言い値で買うぞ?」
「吉本さん、職員の目の前で堂々と不正に手を染めようとしないでください!」
奥の席から職員小林の声が響く。しかし、吉本は依然どこ吹く風といったような表情を浮かべてぐっとユウキの方へさらに体を乗り出す。ユウキはタブレットで時間を確認してから、カウンターの椅子に腰かけた。
「その、ドルイド僧の最後を直接は見ていないので、正確な情報ではないです。ただ、そうですね、あれはきっと、僕にとって運が良かっただけのはずなんです」
ユウキはそう言って、女王の策略から始まる、狂気の宴を支える食糧庫の門番だったドルイドとの戦いを吉本へ話し始めた。
【狂宴の女王】の話を一通り聞いた吉本は、興味深そうに一つ鼻を鳴らすとユウキに言う。
「その子ネズミ……コハクだったか? 興味深いな。正直に言うと一度解体してみたいが、まあ、許可はしてくれないだろ?」
「するわけないじゃないですか! コハクは僕の命の恩人なのですよ?!」
正直すぎる吉本の言葉に、ユウキは肩をびくつかせる。そもそも、コハクとは正式に契約を取り交わしたのだ。契約者としてコハクの身の安全を保障するのは義務である。
吉本は少しだけ残念そうに肩をすくめ、そして、顎に手を当てて口を開いた。
「ふむ……しかし、そうか。ゲッシュを逆手にとって殺傷することも不可能ではないのか。にしても、決まり手が火鼠とは、本当に運が良かっただけではないか」
「そ、そうなんです。しかも、結局、戦ったのはほとんどシンジたちですし……」
そう言ってそっと目を伏せるユウキ。査定カウンターの奥は楽鳥羽町にあるダンジョンから採取された物品が整理されており、まだ査定中だったのか、ぴかぴかの大玉虫の羽根が作業台の上に乗せられたままだった。
あまりに内気、というよりも、弱気なユウキに、吉本は首を横に振る。
「いや、私は別に君が悪いとは一言も言っておらん。むしろ、赤牡牛の時同様、君はとっさの時の思考力と知識には目を見張るものがある。話を聞く限り、ほとんどあってないような状況証拠から、ドルイドのゲッシュを見破ったのだろう? 素晴らしい洞察力ではないか」
「そ、そうですかね……」
そう言われたユウキは、少しだけ気恥ずかしそうに木目のカウンターに目を向ける。褒められ慣れていないため、何と言えばいいのかすぐに思いつかなかったのだ。
吉本は小さく何かを考え込むと、天を仰いでどこに視線を合わせているのかわからない、ある種の狂気性を感じさせる様子で言う。そんな吉本の変貌ぶりに、ユウキは一瞬目を奪われた。
「コンラッハとコンラが別存在であるというのはなかなか興味深い話だったな。素晴らしい。やはり、ダンジョンは面白い」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫? 大丈夫ではなかろう! 召喚獣としてアルスター物語群の【コンラッハ】が確実に存在しえるのが分かったのだぞ?! ああ、まったく退屈させてくれないな。最高だ、まったくもって最高だ!」
高笑いを上げる吉本。その姿は、あまりにも狂気的で、偏執狂で、狂喜的であった。完全に怯えているユウキを哀れに思ったのか、奥の席に座っていた木林は深くため息をつくと、吉本に言う。
「いい加減にしてください、吉本さん。公共の場、それも役場で叫ばないでください。高血圧で血管また切れますよ?」
「やかましいぞ、小林君」
「木林です」
冷静な木林の言葉。それでようやく落ち着きを取り戻したのだろう。吉本は1度ギュッと目を閉じると、顔をゴシゴシと両手で擦り、落ち着いた表情を取り戻す。
かさりと壁に貼り付けられたポスターが、揺れる。防汚のために薄いラミネート加工されたそれらは、普通の紙が擦れ合うような音はしない。
まだ吉本の凶変ぶりに動揺の収まらないユウキに、当の本人は何事も無かったかのように言う。
「有意義な話を聞けた。そろそろ講習会の時間だろう? 早めに待機しに行きたまえ」
「は、はい!」
吉本からかけられた事実上の解放の言葉に、ユウキは少しだけ声を裏返しながらも返事をし、慌ててカウンターの席から降りる。そして、急ぎ足で講義室へ移動した。
吉本と話していたために、集合時刻に遅れてはいないものの、少し遅めに到着してしまった。悪名高い探索者協会主催の講習会に参加する人は多くないようで、学校の教室とさほど変わらない大きさのその部屋には、たったの6人しかいなかった。
まだ講師は来ていないらしく、ユウキは少しだけ講義室……もとい、役場の会議室を見回す。六人のうち男女三人組はもともと知り合いだったのか、至極近い席で楽しそうに買いたい拳銃についての会話をしている。気を遣わずそこそこな大きさの声でしゃべっているため、内容は丸聞こえだった。
残りの三人のうち、二人はどうやら男女の双子であるらしい。二人で一つのタブレットを見ており、小声で何かを話し合っていた。
見たところ、双子は駆け出しの探索者というにはあまりにも装備が整いすぎているように思えた。特に、男性の方は強化プラスチックでできた筒を持っており、大きさ的に刀剣の類が収められているだろうことは簡単に予想できた。
そして、最後の一人は__
「あ」
「!」
ユウキは、最後の一人と、目が合う。
机の上には、今時珍しいノートと万年筆。長い黒髪を組みひもでまとめ、動きやすそうな服装をした地味目の少女。そして、靴は、すっきりとしたデザインのオレンジ色の運動靴である。
ユウキは彼女に見覚えがあった。逆に、彼女はユウキのことを見たことはないはずだが、それでも、目が合うとほとんど同時に席を立ち、彼女はユウキのそばへ駆け寄る。
そして、ユウキに問いかける。
「すみません、貴方、もしかして、長嶋裕樹さんでは?」
「は、はい、そうです。えっと、見間違いだったら申し訳ないのですが、もしかして、貴女は……」
言いよどむユウキ。そんな彼に、彼女はぺこりと頭を下げると、言った。
「私は水無月 志乃と言います。【赤い靴】では、助けて下さり本当にありがとうございました」
「やっぱり、あの時の!」
笑顔で礼を言う少女、志乃。そう、彼女は、【赤い靴】で生贄にされていた少女だったのだ。
想定外の再会に、ユウキはただ目を丸くすることしかできなかった。




