2話 男子高校生の純情を弄ぶ例の紐
前回のあらすじ
・収入の計算と届け出整理
・コンラ「探索者協会主催の講習会、申し込みしておいた」
・ユウキ「(´・ω・`)」
翌日の日曜日には書類やら届け出やらをすべて済ませ、適当に夕食を済ませると、もう1日が終わってしまっていた。その間も、ユウキはコンラに提出されてしまった探索者協会主催の講習会について頭を抱えていた。
焼いた厚切りベーコンをナイフとフォークで切り分けながら、コンラはあきれたようにユウキに問いかけた。
「そんなに嫌なのか?」
その問いに対し、ユウキは朝食の目玉焼きを箸で割りながら答える。半熟の黄身がとろりと白い皿にこぼれた。
「嫌に決まっているだろ。僕だって自殺願望はないんだ」
「しかし……格上に師事できる機会などそう多くはないだろ。いい機会じゃないか」
「そりゃそうだけどさ……」
ユウキは言葉を濁しながら朝食を腹に収める。子ネズミのコハクもネズミ用の餌を食べているのか、小さくカリカリと言う音が聞こえてきていた。
ナイフでざっくばらんに切ったベーコンを、大きな一口で頬張るコンラ。たっぷり脂ののったベーコンの表面は、フライパンでカリカリに焼かれている。確かにおいしそうではあるが、流石に朝っぱらから食べるには胃の負担が大きそうだ。
今日の朝食は、昨日の晩御飯の残りのアジのつみれ汁、ベーコンエッグ、生野菜のサラダと白米である。
コンラは厚切りベーコンの塊の3分の1をそのまま焼いたものに目玉焼きが4つほどついている。それに、キュウリの硬いヘタの部分を切り落とした状態で2本、トマトは洗ってくし切りにしたものを一つ丸ごとを添えてある状況だ。ご飯も日本昔話を彷彿させるような山盛りであり、ユウキはそれを見ているだけでおなか一杯になりそうだった。
あら汁を飲みながら、ユウキは思い出したようにコンラに言う。
「再来週の土曜日が昇級試験だから、今週末はどうする? どこかダンジョンを探索するなら用意が必要になってくると思うけれども」
「なら、近隣の5級と特5級の探索がしたい。準5級は退屈過ぎる」
「そっか……なら、元に戻ったアリババかはなさかじいさんかな。僕も探索について行って大丈夫?」
「構わねえ。資料集めは頼んだ」
「わかった。っていっても、アリババならイレギュラーになった時に調べたデータ残っているから、それ閲覧すれば良いと思うよ。はなさかじいさんも行く?」
「時間があるならそっちも行っておきたいな」
コンラはそう言いながら、くし切りトマトをフォークで刺し、思い出したように言う。
「ああ、あと、事後報告になって悪いが、クソ親父からの着信がうざかったから、タブレット通信着信拒否にした。お前のところにかかってきたら無視しておいてくれ」
「ふーん……いや、待って。そんなに電話かかってきたの?」
「バイト中にかかって来た。1日二回以上の意味のねえ着信はウザい」
「そっか……」
一度は裏切ったクー・フーリンだったが、その後、一応コンラとは和解している。ただし、あくまでも和解したのは裏切りに関してだけであり、原典で己の母を冷遇した上に、自身に相当不利なゲッシュをつけ、さらにそのゲッシュを忘れて名前を尋ねるという愚行を晒したクー・フーリンを、コンラッハはともかく、コンラは許せてはいない。
誠意ある対応と時間が解決する問題であるため、ユウキも干渉はしていない事情だが、まあ、父親初心者のクー・フーリンがやらかさないわけがない。いつかされるだろうと予想できていた着拒が一週間足らずで行われただけである。
目玉焼きと白米を一緒に食べ、つみれ汁を飲み干し、コンラはさっさと空っぽになった食器をシンクへ持っていく。相変わらず、食べるのが早い。
「明日の朝飯はどうする?」
「僕だけ焼き魚にしておこうかな。あと、冷凍庫に刺身が残っていたっけ。刺身は今日の晩御飯にしようか」
「生魚を喰うの、正直訳わからなかったが、まあ、腹壊さねえなら何でもいいな。とりあえず、バイト上がりに俺の分の肉を買って帰る」
コンラはそう言って食器用洗剤を使って食器を洗い始める。家事分担は基本的にどちらかの負担が大きくなりすぎないよう、各自でできることは各自で行っていた。例外はコハク一匹である。
数分遅れてユウキも食事を終え、そして、登校の準備を始める。一週間の休みの後であるため、少しだけ気まずいが、どうせ友達らしい友達は学校には一人もいない。だからこそ、戻ってもさほど話題においていかれるだとか、そう言うことはない。……とても悲しい話ではあるが。
さっさと制服に着替えたユウキは、カバンをひっつかんでコハクとコンラに言う。
「行ってきます!」
「いってこい」
「チュウ!」
そうして、ユウキは高校へ向かった。
私立杉浦学園の一番校門側にある第一棟校舎の三階。一年の教室の一つ、特別進学科は、奨学金を受け取っている生徒が八割以上を占めているため、授業開始10分前にも関わらず、ほとんどの生徒が自分の席について隣の生徒と話したり、自学自習を行っていたりする。
突然一週間もの欠課を行ったユウキに、クラスメイトからの視線が集まる。気弱なユウキは居心地悪そうに視線を床に向けながら、自分の席に移動した。
そして、講義に使うためのタブレットをバックから取り出しながら、ユウキはそっと視線を窓際の空席に向ける。いつも授業開始ギリギリに登校するシンジの席は、まだ空席のままである。
あの席はスカサハのトラウマがあるため、あまり積極的に近づきたくない。……あの時の負傷は、主にシンジによるものだったが。
ともかく、自分の席に着いたユウキは、今日の講義の予習を軽く行っておく。一週間分の欠課を補うための課題は日曜日に9割がた完了させたため、後は担当の先生への報告や残り少しの課題を終えれば、普通に授業について行けるような状態であった。
それでも、返済不要の奨学金支給維持のためには、勉学に手を抜けはしない。探索者としての活動にかまけて勉学を放り捨てれば、待っているのは奨学金打ち切りの連絡だけである。
一応、探索で稼いだ金銭があるため、多少なら問題ない。しかし、そんなことをしてしまえば間違いなく家族に心配をかける。ただでさえ両親には【狂宴の女王】の探索で心配をかけてしまっている。ユウキはこれ以上両親を困らせたくなかった。
ユウキは小さくため息をついて、ノートを確認する。一応、講義を受けていない部分も授業範囲を聞いて勉強してきたが、内容を聞いていない以上どういった内容を行ったのかはわからない。奨学金をもらって勉強をしている以上、ここの学校はとにかく授業の進度が早く、そして、内容もかなり深堀される。
そろそろある定期テストも難易度がかなり高いともっぱらの評判であるため、今のうちにしっかりと勉強をしておきたかった。
ユウキがそんな風に勉強をしていると、そろそろ授業開始時刻になったのだろう。行儀悪く教室の扉を足で開けたシンジが窓際の席に座り、そして、その数秒後に担任の女性教師、近藤先生が教室に入って来た。
「授業始めます。現代文のスライド7番目出してください」
そして、いつもと同じく講義が始まった。
……しかし、ユウキはこの講義で随分困ることになる。
「……」
ユウキは目を細めて電子ホワイトボードを睨むようにして見る。まだ左目の視力が完全に回復していないため、どうしても目つきが悪くなってしまうのだ。
これで一番困惑したのは、男子生徒が一人休み明けに教室に戻って来たかと思えば、突然教師を睨みだしたとも思えてしまう近藤先生である。
目つきの悪いユウキに、近藤先生は困惑しながらも授業を進める。
ちなみに、もっと素で目つきの悪いシンジは、もう教員たちが納得しているため、誰かに手を上げない限り__少なくとも、シンジはスカサハが校内に侵入した一件以外で他人に手を上げたことはないが__静観することになっている。さらに言えば、物理学の小林先生がシンジに注意してからは、授業態度も改善されているため、現状杉浦学園の中ではさほど問題児扱いされていない。
とはいえ、ユウキはシンジが高校に上がって丸くなった、とは思っていない。日々の鬱憤やら暴力性の吐き出し口がダンジョンやスカサハとの修行に置き換わっただけなのだ。第一、ユウキを下僕扱いしパシリに使う癖はまだ直っていない。
さて、話を戻そう。
とにかく、休み明け一度目の授業で妙に目つきの悪いユウキ。クラスの中で(パシリにはされているが)半分孤立している彼が、学生にしては長く休み、久々に来たと思ったらこうなっていたのだ。先生とて困惑しないわけがない。
そして、クラスメイト達もその異変に気が付くことだろう。
妙に目つきの悪いユウキに真っ先に声をかけたのは、隣の席の髪の毛を明るく染めた少年、須藤であった。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、ごめん。な、何でもない」
「何でもない訳ないだろ。すごい先生睨んでいたじゃん」
小声で話しかけてきた須藤だが、残念なことに、友人を作ったことのないユウキには、圧倒的に顔見知り以外の人間と話すスキルが足りていない。緊急時ならともかく、平時の今、ユウキのコミュ障は存分以上に発揮されていた。
「そ、そ、その、ほ、本当に大丈夫。ちょっと、その、あの、み、見えにくかっただけ」
「見えにくい……?」
その言葉で、須藤はちらりと近藤先生の方を見る。そして、須藤は気が付いてしまった。
__先述しておくと、今の季節は初夏。5月も中盤に差し掛かっていることで、クーラーはまだ付けられるほど暑くはないが、その分湿度が高く、蒸すような気温なのである。
つまり、服装は薄着だ。
近藤先生は今日、半そでのワイシャツにスカートという格好である。そして、須藤は見てしまった。短い半そでのワイシャツの裾から見える、ピンク色の紐に。
「……ぶふっ!!」
「どうしました?!」
突然吹きだした須藤に、近藤先生は驚いたように授業の手を止める。
衝撃的なものを見てしまった須藤は、明らかに慌てた様子で両手と首を横に振ると、弁明するように叫ぶ。
「な、何でもないです!」
真っ赤な顔で全力否定する須藤に、近藤先生は困ったように首をかしげる。同時に、須藤がユウキの席に若干椅子を寄せていることにも気が付く。須藤がユウキに話しかけるために、自然と席が近づいてしまったのだ。
そして、次に異変に気が付いたのは、当然ユウキの後ろの席の男子。裏切り者、もしくは、学校生活においてユウキの次にシンジの被害を受けている不憫な少年こと、新井田である。
新井田はユウキの席の後ろであるため、ユウキがしかめっ面をしていることには気が付かない。しかし、斜め右前の須藤の様子は見える。
そして、須藤の外せない視線の先。そこに、近藤先生の袖口から見える紐があることに気が付く。
「ピンっ……!」
「ど、どうしました?!」
アホっぽい声を上げた新井田。新井田は淡淡としながら、苦し言い訳を始めた。
「ぴん、ピンクの象です! その、お酒飲んだ時の幻覚症状で、唐突に思い出しました!」
「は、はあ……唐突ですね……?」
当然、近藤先生は特進クラスらしくもない騒音に困惑する。
何度も何度も上がる声に、困惑しながらも再開される授業。
しかし、クラスのおちゃらけものの新井田のその奇行に、他の男子たちも次々と近藤先生の右手の裾から見えるソレに気が付き、間抜けな声を上げていく。
流石の近藤先生も、こんな調子では授業が続けられないと思ったのだろう。タブレットを教卓において、ムッと怒った様子で特進クラスの生徒たちに言う。
「さっきから何ですか! 集中が切れてますよ!」
「「「「な、何でもないです!」」」」
近藤先生のその言葉に、見事に男子生徒たちの声が重なる。そう言っていなかったのは、依然ボードが見えにくくて目つきの悪いユウキと、いつも通り死んだ目で講義を受けているシンジの二人であった。
先生はぐっと眉を顰めて、先ほどから目つきの悪いユウキに言う。
「長嶋さん。先ほどから何かありましたか?」
「は、はい?! あ、えーっと……その、視力が下がってしまって、電子ボードが見えにくくて……」
「……そうでしたか。では、前の席と交換してください。それでは、先ほどから聞こえる私語は何なのですか?」
想定外にあっさりとしたユウキの答えに、近藤先生は訳が分からないと言いたげに首を傾げた。その問いかけに、男子たちは小さくざわめく。言うべきか、言わないべきか、というか、どういえばいいのか。
顔を赤くしてそんなことを小声で言い合う彼らをよそに、一番後ろの窓際に座っていたシンジが、小さく舌打ちをして近藤先生に言う。
「おい先生。肩からキャミソールの紐が見えてる」
「「「「キャミソール?!」」」」
男子生徒たちはいっせいにそう言ってがたっと席を立つ。視力が落ちているせいで何が起きているかわからないユウキは急に立ち上がった後ろの席と右隣の席にびくりと肩を震わせた。
彼らの思考はたった一つだろう。そして、それを、後ろの席の新井田が代弁した。
「ブラ紐じゃねえの?!」
近藤先生は慌ててキャミソールのピンク色の紐を服の中にしまいながら、苦笑いを浮かべてぺこりと頭を下げている。
「ごめんなさい、紐が出てしまっていましたね。長瀬君の言う通り、キャミソールの紐なので、あまり気にしないでください」
その次の瞬間、クラスの約半分、つまり、女子生徒から、生ごみを見るような冷たい視線が新井田達男子に投げかけられる。そして、前の席の田中さんが、吐き捨てるように新井田に言った。
「男子、最っ低」
その声に、思わず立ち上がってしまった男子生徒たちは、いたたまれない表情を浮かべて静かに座る。その間も、女子が顔をしかめてぽつぽつと文句を言っていた。
「ブラとキャミ全然違うでしょ。サイテー」
「ありえないわー」
「デリカシーなさすぎ」
口々に言われる文句。そんな辛辣な女子たちの様子に、ユウキは心の中で苦笑いを浮かべることしかできなかった。
【例の紐】
ぶっちゃけブラ紐は見えちゃダメでキャミ紐はオーケーという概念がよくわからない。素材同じだし、見ただけじゃどっちの紐かわからんよ……




