65話 愛おしき家族
前回のあらすじ
・【狂宴の女王】を攻略
・ユウキとコンラは病院へ移動
・ユウキは、ツバサからもらったポーションが二級ではないことを看破していた
ユウキの祈りが通じたのか、それとも単に運が良かったのか。翌日、姉のサツキの容体は安定した。三等級ポーションを使ったとしても、奇跡だったと医者はつぶやいていた。
そして、輸血を済ませたコンラも意識を取り戻し、あとはリハビリを済ませるばかりというところまで回復した。とはいえ、一般的なリハビリではなく、戦いの勘を取り戻すためのリハビリであるため、ユウキはコンラの手伝いを何一つすることができない。
さて、そんな状態になったわけだが、ユウキは今現在、姉の眠る集中治療室のすぐ隣の待合室で、正座をさせられていた。
ユウキの目の前にいるのは、酷く怒った表情の母と、母のようにあからさまに表情には出していないものの、その瞳は確かに怒りを含んでいる父。一応、ユウキの隣にはコンラがいるが、あまりに気まずいためか、全力で目を逸らし他人のフリをしている。
ユウキはほんの少しだけコンラを恨みそうになったが、どちらにせよ、今の事態を引き起こしたのはユウキ自身に他ならない。完全に諦め、ユウキはそっと母を見上げた。
眉を顰め、口元をきっと引き締めた母の恵美は、怒鳴らず、淡々とユウキに問いかける。
「ユウキ。貴方は昨日、どこへ、何をしに行ったのかしら?」
母は、確かに怒っている。ユウキ自身、ここまで怒った母を見るのはもう何年ぶりかわからないほどだ。にもかかわらず、声は淡々としており、決して大きな声というわけではない。だからこそ、より研ぎ澄まされた怒りを理解し、ユウキは心臓がきゅっと縮むような感覚を覚えた。
「……【アリババ】ダンジョンを攻略してました」
「たしか、特五級のダンジョンよね。イレギュラーが発生していなければ」
一単語、一単語区切るように、淡々と話す母。医師からの説明を聞いた両親は、ユウキが何をしでかしたのかを大体すべて把握していた。
コンラは居心地悪そうに剣を納めた強化プラスチックのケースを指でなぞる。実のところ、ユウキの両親はコンラの存在を知らなかった。探索者資格を取ったという連絡はあったものの、そこからは両親に連絡する暇もなく探索をしていたり、学業にいそしんでいたため、連絡を完全に忘れていたのだ。
由美叔母さんには同居の都合上連絡を入れていたが、当然彼女はユウキが自分で連絡をすることだろうと説明をしていなかったらしい。
反論の余地もない、完全なるユウキの自業自得であった。
母は、淡々と説教を続ける。
「イレギュラーが起きたダンジョンを、わざわざ探索したのかしら?」
「はい」
「ユウキ。貴方は、きちんと探索者資格試験の項目を勉強したの? イレギュラーが起きたダンジョンは、普通の時よりも難易度が上がるっていうことを、知らないわけがないでしょう?」
「……はい。」
「しかも、コンラさんに怪我までさせて! 貴方は怪我してないのよね?!」
「…………はい」
「おいユウキ、お前確か眼科受診予定組んでなかったか?」
「今言わないでよ、コンラ!」
うつむいてただ返事をしていたユウキは、コンラの挟み込んだ台詞で表情を引きつらせる。コンラは小さく肩をすくめて言う。
「主の親に対して嘘をつくのは誠実じゃねえだろ。子は親の言うことを聞くもんだ」
「ううううう、ケルトの戦士みたいなこと言ってる……!」
「実際そうだが?」
そんなやり取りをしていると、今まで押し黙っていた父が、ユウキの右手を指さし、問いかける。
「その手は? お父さん、ユウキが片手だけ手袋付けているの、初めて見たけれども」
「……その、火傷して」
「いつ?」
「俺と出会ったころには右手を負傷していましたよ。結構深く焼けていて、低級のポーションを使っても治らないようでした」
あっさりと言い切るコンラ。その言葉に、父は深くため息をついた。
母は目を吊り上げて、ユウキに言う。
「手袋、外しなさい」
「いや、その」
「外して」
「……はい」
ユウキは小さく肩を震わせて、手袋を外す。革の手袋の下からは、比較的マシにはなったものの、今だ焼けただれた痕の消えない右手。可燃性のガスで火炎放射を行ったためにできたものだ。
あまりに痛々しいその傷を見た母は、小さく息を飲んで、ぐっと奥歯を噛みしめた。
母はユウキの右手をとると、確認するように問いかけた。
「ポーション使っても治らなかったの?」
「……うん。5級ポーション使ってもらったけれども、治らなかった。その、もういたくないし、後遺症も残ってないから……」
ユウキはそう言って気まずそうに目を逸らす。思えば、一番最初の探索から、イレギュラーで変貌したダンジョンに挑んでいた。犠牲者が三人も出て、ユウキ自身もたまたまコンラを召喚できなければ、そのまま死んでいたのだろう。
酷い負傷に悲しそうに表情をゆがめる母。その姿を見て、ユウキはただ肩を落とすことしかできない。
「……その、主の母上。ユウキは姉を助けるためにダンジョンに挑んだので……」
「それくらいわかっていますよ、コンラさん。私が一体何年ユウキの母をしていると思っているのですか。……それでも、この子は賢いから、そんな馬鹿なことを本当にすると思っていなかったの」
ぎゅっとユウキの右手を握り締め、母は複雑な表情を浮かべて言う。
ユウキの姉、サツキが危篤状態になったときいて、母がまず心配したのは、ユウキの方であった。
家族だからこそ、ユウキのやさしさを、思いつめやすい性格を知っていた。そして、いくらひき逃げを行った犯人が悪いと知っていても、自分を責めるだろうということくらいは、分かっていた。同時に、離れた県に住んでいる今、そうなってしまった我が子をすぐ助けられないということも。
そうだとしても、彼は賢いから、命を投げ捨てる覚悟でダンジョンに挑むような、無謀なことはしないと思っていた。
しかし、現実はまるで逆で、無謀にも姉を救える可能性を秘めた薬のあるかもしれないダンジョンをクリアして見せた。……身近にいる人を危険にさらしてでも。
恵美は悲しそうに眉を下げ、ユウキに言う。
「……怪我するくらいなら、危ない目に合うくらいなら、探索なんてしないで。あなたは、大切な私の子なの。この世にユウキって名前の私の子供は、貴方一人しかいないの」
「……はい」
「サツキもたった一人しかいない私の子よ。それでも、サツキを助けるためにあなたまで死んでしまったら、私はとても悲しいわ」
「……うん」
母の悲しそうな顔と、冷静極まりない説教。その表情に、その声に、ユウキはただひたすらに申し訳なさを覚える。
わかっている。ユウキがイレギュラーダンジョンを攻略して三級ポーションを手に入れていなければ、サツキは死んでいたということは。
わかっている。優しい彼がそばにいる人を傷つけかねない場所に連れて行ってしまったことを後悔していることは。
わかっている。賢い彼が、卑屈なまでに自分を軽んじる傾向のある彼が、今回のことを十分以上に反省していることを。
それでも、きっと責任感の強い彼のことだ。臆病でも、才能が無くても、力不足でも、彼はきっと、姉を救うまで探索を止めない。救う方法を手に入れるまで、止まらない。
だからこそ、母は息子を叱る。
真剣な目で、薄く涙の張ったユウキの目を見る。そして、焼けただれた右手をぎゅっとにぎり、母は、ただしっかりと息子に言う。
「貴方はきっと、私がやるなって言ってもするでしょう。いくなっていっても行くでしょう。だから、覚えておきなさい。あなたが怪我をして悲しむ人はここにいるの。あなたが死んで悲しむ人はここにいるの。ユウキ、貴方は優しい子だから、他人を悲しませたりするのは嫌でしょう? だったら、怪我をしないで、危ない目に合わないで、ちゃんと帰ってきなさい」
心に深く深く刻み込まれる、母の言葉。
ユウキはうつむき、そして、小さく頷く
「……うん。ちゃんと、生きて帰る。怪我も……その、できるだけしないようにする」
「できるだけ?」
「その、どれだけ注意していても、怪我しちゃうかもしれないから……」
「……仕方ないわね。あんまりにも怪我の回数が多かったら、探索禁止にするからね?」
「はい……」
ユウキを心配する母の言葉。
集中治療室は時折看護師が患者の様子を見に来るだけで、さほど人が近づくことはない。
しばらく母、恵美の説教が続くだろうと判断したコンラは、そっと強化プラスチック越しの集中治療室を覗き込む。そして、コンラは小さく目を見開いた。
たくさんの管につながれ、白と薄青色の病室で眠るサツキの頬が、一瞬だけ、楽しそうに微笑まれた。そんな気がしたのだ。
ユウキとコンラが病院で説教を受けていたころ。
探索者協会の待合室。問題召喚獣であるスカサハの引継ぎのために、シンジとスカサハはそこでしばらく時間を潰していた。
分配された財宝にさほど興味を覚えられないシンジは、ふと、思い出したように自分のタブレットに手を伸ばす。そして、ロックの解除画面の前に表示された通知を見て、そっと電源を落とした。
彼の脳裏に、ふと、コンラとクー・フーリン姿がよぎる。
コンラ曰く、髪は染めているとのことだったが、それでも顔立ちはどことなくクー・フーリンに似ている。目鼻立ちはそれとなくスカサハにも似ているあたり、母にも似ているところがあるのだろう。
シンジは不愉快そうに眉を顰めてから、現実逃避のために薄く目を閉じる。そんな時だった。
「む?! おい、愚弟子!!」
スカサハは驚いたようにそう叫ぶと、無理やりシンジの頭をつかんで自分の方へ向ける。いきなり首をひねられたシンジは、小さくうめき声をあげたあと、容赦なくスカサハに殴り掛かった。
「殺す気か、クソババア!!」
「それどころではないわ、愚弟子! あれみろ、アレ!」
何のこともなしにシンジの拳を片手で受け止め、スカサハは目を丸くして待合室に何のこともなしにつけっぱなしにされていたテレビを指さす。酷く痛む首筋をおさえながら、シンジはその画面を見る。そして、盛大に舌打ちをした。
画面にうつっていたのは、現在探索中だった特級ダンジョン【ヨミノクニ】から引き上げる探索者たち。レポーターたちはしきりに現在の最新探索状況を繰り返し報道しながら、財宝を持って死の国から舞い戻って来た探索団たちをそのカメラにうつす。
『第52回探索のメンバーは、一級探索者5名、特別特級調査資格保有者2名、補助員3名の合計10名での探索です。死者は無し、負傷者若干名、撤退階層は301階層とのことです!』
叫ぶレポーターの声。そして、カメラがその探索団の長をつとめた人間を、映す。
琥珀のような美しい色合いと透明感を兼ね備えた皮衣を身に纏い、その下には最新鋭のボディースーツという新旧の入り混じった装い。背中には長物の刃物をしまい込むための強化プラスチックの筒。両の手には黒の手袋。そして、目の前に集まった報道陣に不愉快そうに眉を顰め、態度悪く舌打ちをする。
その姿は__
『いました! 彼が今回のリーダー、一級探索者の長瀬龍治郎です!』
長期の探索でさほど身なりを整えられなかったにもかかわらず、乱れただけで老いを感じさせない黒髪。そして、その瞳もまた、世界のすべてを退屈だと思っているような、傲慢さを秘めた黒。
『経歴は指定暴力団長瀬組のトップで、__え、放送しないほうがいい?』
間の抜けたニュースキャスターの声。そして、カメラは長瀬龍治郎の姿をズームする。
大量の報道陣の前でも臆することなく、むしろうざったいとでも言いたげな表情で歩み続けるその男。
その顔は、シンジを大人にした姿そのものであった。
【長瀬龍治郎】
本業ヤクザの一級探索者。
苗字の通り、長瀬慎二と血縁関係がある。




