64話 父と息子、姉と弟
前回のあらすじ
・自力で再召喚された英雄クー・フーリンが、女王メイヴを討ち取る
・帰還前にダンジョンを探索
・ツバサが、女王メイヴの隠していたポーションを、見つける
焚火の下に隠されていた帰還用魔法陣を使い、ダンジョンから出たユウキたち探索者は、戻ってこれた駅前に感動するよりも先に、救急車を一台、そして、探索者協会に電話せざるを得なかった。
結局、探索にかかった時間は三時間もかかっていない。それでも、とにかくまずは回収した遺品をすぐに提出しなければならなかった。
帰る前に焚火の灰の下を探ったところ、出てきた遺品は報告されている15人をはるかに超え、何とおおよそ30人分。ユウキたち同様、イレギュラーで等級の上がったダンジョンに無謀にも挑んだ五級探索者の遺品が多く残されていたのだ。……もしくは、等級を上げるためにイレギュラーが起きているとも思わずに挑んだ探索者か。
とにかく、初心者向けのダンジョンだったにもかかわらず、変貌したイレギュラーが悪すぎた。経験不足で女王メイヴやフェルグスを相手するのは、生身で焚火に突っ込むのとそう変わらない蛮行でしかなかったのだ。
同時に、ユウキもまた猛省していた。太陽の下に戻った今も、ドルイドに杖で殴られた左目の下はじくじくと痛む。そして、低下した視力も戻ってはいなかった。
仲間を、危険にさらした。自分自身も死んでいたかもしれなかった。冷静になればなるほど、その事実が嫌というほどのしかかる。ずっしりと、胃が重たかった。
酷く気落ちした様子のユウキに、ツバサは困ったような笑顔を浮かべて言う。
「そんなに気にしないでほしいな。ひやりとした場面はあったけれども、ぼくだってこの探索で四級資格試験まで一歩近づいたのだから」
ひやりとする場面、という言葉で、フェルグスがいたために一度は裏切ったクー・フーリンは全力で目を逸らす。その両腕にコンラを抱えているため、さりげなく逃げるということができなかったのだ。
探索者三人の中では一番戦闘に携わっていったシンジは、何故か無傷である。……とはいえ、全身に返り血を浴びたその姿は、楽鳥羽駅の前においては相当悪目立ちしているようだったが。
それに気が付いたユウキは、子ネズミを肩に避難させて慌てて自分の防弾パーカーを脱ぐ。火のそばにいたせいで少しだけ煤汚れが付いているが、それでも血みどろよりはマシなはずだ。
体格が違いすぎるため、ユウキのパーカーをシンジは着ることができない。そのため、彼は小さく舌打ちをすると、血みどろな上衣を脱ぎ捨て、ユウキの防弾パーカーを軽く羽織って皮膚にこびりついた返り血を隠す。上着の下のインナーも血でぐっしょりと濡れていたが、まだ黒地であったため、汚れは目立たない。
ボディースーツ一枚になったユウキは、少しだけ居心地悪そうに駅前のベンチに座った。
購入したは良いものの、結局、今回の探索でボディースーツが活躍するようなことはなかった。いや、ボディースーツが活躍するということは、もうすでに敵に接敵され、死にかけているときくらいなのだ。活躍しなくてよかったと感謝すべきだろう。
「愚弟子、あとどれくらいで職員どもは来る?」
同じく返り血を浴びた……しかし、シンジと比べれば幾分血に汚れていないように見えるスカサハは、退屈そうにシンジに質問する。相当疲れ切っていたらしいシンジは、不機嫌そうに返答する。
「俺が知るか」
「口のきき方がなっていないぞ、愚弟子。そら、馬鹿弟子、こいつに人間の言葉を教えてやれ」
「ええぇ……自分で何とかしてくれよ、師匠。俺は弟子をとる趣味はないんだ」
「私はやれと言っているのだが?」
「後にしてくれ。息子が寝てんだ__10年くらい後になったら考えなくもない」
さりげなく期限を引き延ばして逃げの一手を打つクー・フーリン。そんな彼に、スカサハは「使えない馬鹿弟子め」と小さく吐き捨てる。当然、師匠の無茶振りには慣れているクー・フーリンは小さく肩をすくめるだけで特に反応はしなかった。
物騒ななりのユウキたち探索者に、出勤ラッシュも終わり幾分少なくなった駅の利用者たちの視線が集まる。確かに、瀕死のコンラ、血まみれのシンジとスカサハ、マスクで顔を隠しているもののよく見れば美形だと分かるツバサ。そして、頭に子ネズミを乗せたユウキ。はた目にはかなり異様な集団だろう。
ある程度状況が落ち着いたところで、ユウキは小さく息をつくと、改めてコンラの容体を確認する。
息はある。心臓も動いている。ただ単純に、出血してしまった量が多く、意識がない。危険な状態には変わらないが、傷口は完全にふさがっており、後は病院で処置を受けるだけで完全復活できるはずだ。
そもそも、コンラは半神半人のクー・フーリンの血を引き継いでいる。つまり、四分の一は神なのである。たとえ、彼が本当のコンラの捨てた、幼い恨みから派生した存在だったとしても、その生命力は折り紙付きであった。いや、恨みだったからこそ強い生命力を持ち合わせていたのか。
そっと、ユウキはコンラの右手を見る。彼の指できらりと輝くのは、金の指輪。もともとはこの右手につけるべきだったその指輪は、武骨な戦士の筋張った手をさりげなく飾る。シンプルではあるものの、かなり質が良いのだろう。
クー・フーリンは優しい笑顔を浮かべて彼を抱えている。
その姿をみて、ふと、ユウキの脳裏にあることが浮かぶ。
「……あれ、そう言えば」
「ん? どうしたの?」
突然声を出したユウキに、ツバサは不思議そうに首をかしげる。
そんな彼に、ユウキは少しだけためらいながらも記憶を口にする。
「アルスター物語群で、コンラは必ず父クー・フーリンに殺されるんだ。それでも、その前後のパターンは結構いろいろあって。後世の脚色とか追加とかもあるだろうけれども、たしか、クーリーの牛争いの時の彼は__」
ユウキがそこまで言ったところで、サイレンの音が駅へ近づいてくるのが聞こえてきた。ツバサも彼も、話を続けるべきか顔を見合わせたあと、どちらともなく互いに小さく首を横に振る。探索者としての責務を果たす方が優先なのだ。
そのために、ユウキはスカサハに声をかけた。
「申し訳ありません、スカサハ様。原典の関係上、できればコンラの介抱はこれ以降スカサハ様にお願いしたいのですが」
そう声をかけられたスカサハは、少しだけ眉をひそめたが、すぐに納得したのだろう。黒槍をしまい込んだ強化プラスチックのケースを軽く担ぎなおし、快活に笑むと気前よく言う。
「む? ああ、かまわんぞ。__おい馬鹿弟子、甥をこっちに渡せ」
「えー……。せっかく息子と対面したんだぞ、もう少し一緒に居たっていいだろ」
明らかに渋った様子のクー・フーリン。オイフェの腹の中にいる段階で別れたため、再開したとは言えないだろう。だからこそ、彼にしてみれば、生まれてから初めて見る息子である。できるならば、ずっと共にいられなかった時間を取り戻すべく、一緒に居たかった。……まあ、ずっと共にいられなかったのは紛れもなくクー・フーリン自身の判断のせいなのだが。
しかし、スカサハはそんなクー・フーリンに否を突き付ける。
「それがマズいと言っている。少なくとも、お前が瀕死の甥を抱える状態は原典を再現している状況に近しい。いわゆる死亡フラグというやつだ。ああ、もちろん馬鹿弟子、お前のフラグではないぞ? 甥のだ」
「は? ……ああ、そういや、牛争いの時はほぼ死んだコンラ抱えて息子の紹介とかしてたな。いや、でも、あの時は死んでたが、今回はちゃんと生きてるから大丈夫だろ」
「原典に引っ張られて本当に死ぬかもしれんだろうが。この状態で甥の紹介などしてみろ。張り倒すぞ」
召喚獣は、原典をなぞった行動は良くも悪くも影響が大きく出る。とくに、死因はその影響が強く、本来なら死ぬほどの怪我ではなくとも死因をなぞるだけで致命傷にかわることもある。
それを鑑みると、死後の再現をしてしまっている現状は、さほどコンラにとっていい状況とは言えなかった。むしろ、彼の負傷の回復の妨げになっている可能性の方が高い。
クー・フーリンは少しだけ渋った後、納得したのだろう。少しだけ名残惜しそうにコンラの頭を撫で、そして、スカサハに息子を預けた。
そうこうしているうちに、緊急車両が駅前にたどり着く。再び、日常が戻ろうとしていた。
__リザルト
攻略ダンジョン:【アリババと40人の盗賊団】→【狂宴の女王】
討伐したモンスター:ケルトの戦士長、ドルイド僧、女王メイヴ
総討伐数:不明
採取物:銀食器(12)、豪華な装飾のゴブレット(6)、六等級ポーション(5)、五等級ポーション(5)、正体不明の薬草(1)、未使用のカトラリーセット(1)、金の装飾品(4)、女王の赤マント(1)、*等級ポーション(1)
死者数:0人
補足事項:イレギュラー発生によりダンジョンが変貌。回収された遺品と入退室の記録を照らし合わせたところ、ダンジョン内での死亡者は31人であると判明する。また、このダンジョンのイレギュラー解消の報告がなされた後、広範囲イレギュラー【アルスター物語群】は消失した。
採取品の分配は後回しに、意識不明のコンラが乗り合わせた救急車で、ユウキとコンラは楽鳥羽中央病院にたどり着いた。重体のコンラを病室へ入れるための手続きを行い、病院の待合席で、彼はツバサから受け取った液体の封じ込められた小瓶を見る。
「……言えなかった、なぁ……」
病院独特の、薬っぽいというか埃っぽいというか、とにかく特有の空気を肺に収めながら、ユウキはそっとつぶやく。
紫色の液体の入った小瓶。ユウキは、それの正体を正確に理解できていた。……これは、二等級ポーションではない。そして、女王メイヴが己の身に合わないようなポーションをわざわざ手に入れる必要もないと、分かっていた。
二等級ポーションは、死んでいなければほとんどの人間を生き返らせることができるほど、強力なポーションである。それに対し、女王メイヴは配下の戦士たちを手駒にしているため、基本は前線に出ない。
配下の戦士はいくら死んでも構わない。フェルグス・マク・ロイヒは強すぎておおよそ大怪我をする可能性が皆無に近しい。ドルイド僧は正直消極的に死ぬようにしていたあたり、そもそも負傷をしたとしても治療を施すような真似はしないだろう。つまり、このポーションを使うのは、メイヴただ一人なのである。
死ぬような怪我をすることはない。しかし、それでも不安なら何を用意するか。
ユウキは、ぎゅっと右の手を握り締める。
……これは、三等級ポーションだったのだ。三等級ポーション以上から、四肢の損失を回復できる。後衛が用心のために持っておくなら、この等級で十分なのだ。
誰だかわからない老人の名前を、看護師が読み上げる。壁に表示されたパネルの番号はくるくると変わり、待つのに飽きた子供が母親に話しかけようと服の裾を引っ張る。平日昼前の、一見平和極まりない光景だ。
カチカチと、一定のリズムを刻んで音を鳴らす、電子版のアナログ風時計。なんでも、一定のリズムの音は人に安心感を与えるらしく、学校や病院の時計はわざわざ時計用の音源を入れているらしい。少なからず、今のユウキにはまるで逆効果であったのだが。
心臓が、嫌に鳴り響くのを実感していた。
ツバサから小瓶を手渡された時点で、ユウキはこれが二等級ポーションでないと看破できてしまっていた。
それでも、ユウキはツバサたちに何も言わなかった。いや、何も言えなかった、というのが真実なのだが。
イレギュラーの発生したダンジョンをクリアしてなお二等級ポーションが見つからないのなら、もはやこれ以上の手立てはない。結局は、この三等級ポーションで、せめて姉の症状が緩和するか、完治まで行かなくともせめて生きてくれることを祈るしかない。
ユウキはぎゅっと目をつむり、そして、深く息を吐きだす。待合室には子供の退屈そうな不満声が聞こえている。母親は困ったような表情を浮かべているものの、手元のタブレットから視線をそらさない。
余裕はない。それでも、希望がゼロなわけではない。一筋の希望に縋りつくことくらいはできるのだ。それだけは許されたのだ。
「大丈夫。大丈夫。……みんなが手を尽くしてくれた。これ以上、できることはもうない」
自分自身を納得させるために、まとわりつくような恐怖を無力感を振り払うために、ユウキは目をつぶったまま小さくつぶやく。もう、彼は何もできなかった少年ではない。完璧でなくとも、まだ不足していたとしても、未熟だったとしても、やるべきことのために動けるようになったのだ。
この臆病な感情さえも、この息の詰まるような空気さえも、すべてすべてを忘れて祈る。ただ、祈る。すべてがうまく収まることを。すべてがうまく収束することを。
そして、呼ばれた自分の番号で、彼は息を飲んで覚悟を決めた。
【原典再現】
召喚獣は、様々な物語を原典に持つ。そのため、物語の原典がそのまま弱点になることもあるのだ。有名どころだと、狼男やヴァンパイアなどだろう。二種類とも、銀に弱いのは有名な話だ。
強力な召喚獣は、それに比例して強烈な弱点を持ち合わせていることが多い。そのために、契約した探索者は十分に注意する必要がある。
逆に、原典を再現することでバフをかけることもできる。




