63話 英雄クー・フーリン
前回のあらすじ
・ツバサの説得
・ユウキが食糧庫で回収した固いチーズの投擲でメイヴが大ダメージを受ける
・クー・フーリンが完全復活
「俺の名は、クー・フーリン。アルスターの大英雄の、クー・フーリンだ!!」
高らかな英雄クー・フーリンの名乗り上げ。
彼は、召喚術式の上で原典をなぞることにより、自力で自己の再召喚を果たして見せたのだ。そして、正規の手段で再召喚された彼はしかし、今までの記憶を……つまり、ツバサと出会ったことや、己が殺しかけたコンラのことを覚えていた。
そんな現状に、ユウキは小さく息を飲む。彼が探索者試験のために勉強をした時、そんな話を聞いたことがなかったのだ。召喚獣が死亡して、同一名の召喚獣が再び召喚されたことはある。しかし、その召喚獣は、前の主の記憶を失っており、完全に新しい召喚獣とカウントされていた。
出典違いだった可能性も否定できない。けれども、ユウキはこれが異常事態だと肌で実感していた。
不敵な笑顔を浮かべ、クー・フーリンは後頭部をおさえているメイヴに向かって言う。
「前は女だからと見逃した気もするが、叔父が実害にあっている。ついでに息子の前だからな。恰好をつけさせてもらうことにしよう」
「……だから私はアンタが嫌いなのよ、クー・フーリン!!!」
額に青筋を浮かべ、血を吐くように怒鳴る女王メイヴ。そう、コナハト軍は、事実上クー・フーリン一人によって大損害を与えられていたのだ。一度は刃を首につきつけられたものの、性別を理由に見逃されたこともあり、彼女はクー・フーリンに対して酷い憎しみの感情を覚えていた。
強く鞭を握り締め、そして、彼女もまた殺意を動力に立ち上がり、その瞳に残虐性を取り戻す。はちみつ色の髪の毛を逆立たせ、女王は叫んだ。
「いいわ、全力で叩き潰してあげるわよ、この命尽きようとも!! __私の兵士たち、メイヴは無視してクー・フーリンを殺しなさい!!」
男を操る女王の命令。その言葉通り、スカサハに阻まれていたコナハトの戦士たちが雄たけびを上げて殺到する。……その首がスカサハに撥ね飛ばされようとも、腕を失っていようとも、足の骨が折れていようとも。
クー・フーリンは己に近づくおぞましい進行を一瞥し、そして、自然体に朱槍を構える。
雄叫びを上げる戦士。そんな彼らに、クー・フーリンは一言。
「うるせえな。息子が起きちまうだろうが」
そして、ゲイ・ボルグを横なぎにふるう。
ユウキは、赤色の横一線を見た。
次の瞬間、クー・フーリンを殺そうと殺到していた戦士たちは皆、その首を刎ねられて息絶えた。
「戦士の百人切りは、まあ、エメルに求婚した時にやったことだからな。これくらいはできる」
他愛もないと言った様子でつぶやくクー・フーリン。スカサハの元で修業を積み、やがて英雄になった彼にとって、有象無象はさほど警戒に値しない。瞬殺された手駒に、メイヴは小さく息を飲んで指を鳴らすと、屈強な戦士を七人、周囲に侍らせて警戒する。
しかし、それでもクー・フーリンの不敵な笑みは、消えない。
「懐かしいな。人数は違った気がするが、これもまた、エメルに要求されたやつだ。__七人同時殺しの、中央一人だけ生き残らせろってな」
英雄はそう言って朱槍を振りかぶると、一気に八人の間を通り抜ける。
まるで、反応することができなかった。ただ、女王メイヴは、背後でクー・フーリンが槍から血を振り払った音が、聞こえていた。
一拍遅れて、側に侍らせた七人の屈強な戦士たちが、崩れ落ちる。倒れた死体は全て、心臓を貫かれていた。
女王は、歯ぎしりをして怨嗟を吐き散らす。
「おのれ、おのれクー・フーリン!!!」
女王は、鞭を振りかぶる。
だがしかし、しっかりとなめされた皮でできた鞭が、クー・フーリンを捉えることはなかった。
夜風が、今だ熱い焚火のあった砂の上を、吹き抜ける。鞭を握り締めた女王の右腕は、黒く焼け焦げた砂の上に落ちた。
「じゃあなメイヴ」
「……ああ、やっぱアンタ、嫌いだわ」
右腕を失った女王の胸に突き刺さった朱槍。メイヴは血反吐とともにそう吐き捨てる。それが結局、彼女の遺言だった。
引き抜かれたゲイボルグ。砂の地面に倒れた女王の頭から、王冠が落ちる。砂と血に汚れた王冠は、今までの輝きが嘘だったかのように黒ずんでいった。
__狂った宴は、酒不足と主催の女王が死したことで、幕を下ろした。
クー・フーリンが女王を仕留めたあと、ユウキたち探索者は急いで探索を再開した。もとより、この探索の理由は二等級ポーションを探すためである。五等級ポーションで腹の負傷を手当てしたコンラは現在もまだ昏倒しており、彼の父……クー・フーリンが介抱している。
__女王メイヴやフェルグスがいたあたり、絶対に難易度は高いはず。帰還用魔法陣を使った直帰も、焚火のせいでできないようになっていたし……
見事な装飾の銀食器の並ぶ宴会場を見回しながら、ユウキは回収できそうなものを探索する。銀食器はそこそこの値段になるだろう。食事自体も結構上質な食材を使っているはずであるが、資格を持っていないユウキは食材を回収しても売り払うことはできない。さらに、どこで作られているかもわからないダンジョン産の食事をわざわざ買いたいという奇特な人間もそう多くはないだろう。……一人は確実に心当たりがあるため、いないとは言い切れないのだが。
既に食事を食い尽くされ、空になった銀食器をいくつか見繕い、汚れを布で軽く拭って回収。銀食器二枚あれば全員分のダンジョンへの入場料は賄えることだろう。同様に、高級そうな装飾の施されたゴブレットもいくつか回収し、傷がつかないように布でくるんでリュックサックの中にしまいこんだ。
「黒字にはなるけれども……ポーションはどこにあるのだろう?」
ぐっと拳を握り締め、つぶやいてしまった不安を必死になかったことにする。いくら高難易度のダンジョンだったとはいえ、ポーションが報酬として確実に用意されているとは限らないのだ。
結局のところ、この無謀なイレギュラーダンジョンへの挑戦は、一縷の望みにかけた運だよりでしかない。……理解していたとしても、その事実はユウキに重くのしかかっていた。
不安そうにうつむくユウキを慰めるように、子ネズミがチュウチュウと鳴き声を上げ、肩を小さな手でテチテチと叩いた。そんな子ネズミに、ユウキは頼りなく微笑んでそっと子ネズミの頭を撫でた。
「ごめん、心配させたよね。……大丈夫。きっと見つかるよ」
自分自身に言い聞かせるように、ユウキはそう言ってもう一度探索を行う。簡単に諦められるほど簡単なダンジョンではなかった。簡単に諦められるほどの目標ではなかった。だから、小さく息を吐いて、宴の会場に転がった瓶を一つ一つ確認していく。
酒瓶。ゴブレット。酒瓶。ワインが半分残った酒瓶。ゴブレット。空っぽの小皿。酒瓶。野菜しか残っていない大皿。
そして、ユウキは、ある空の小瓶を見つける。その瓶に、見覚えがあった。
「ポーションの……空き瓶」
小さな細工のされた、小瓶。キャップはどこかに行ってしまったのか、のこされてはいない。それを見て、ユウキは絶望が胸に広がるのが分かった。
記憶にある採取物と照らし合わせても、この瓶は五等級か六等級。しかも、もうすでに使われてしまっているのだ。ユウキは、悔しそうに手を握り締め、換金用の採取物のみを回収して、集合場所となっている帰還用魔法陣の前へ戻った。
ユウキが宴会場を探索している間に、シンジとスカサハは食糧庫の探索を行っていた。
清潔な食糧庫には、大量の宴用の食料や野菜、肉などがしまい込まれている。鼻を突くアルコールの匂いは、ユウキが酒樽を破壊して周った名残だろう。石の床にこぼれたワインを見て、スカサハは小さく「高級なのにもったいない」とつぶやいた。
「さて、愚弟子。売り払えそうなものを探すとするか」
「セリフが強盗そのものだぞ、クソババア」
「教育的指導!!」
スカサハはそう言ってシンジに拳を振り下ろす。あまりの素早さに回避することすらできず、シンジはその場に頭を抱えてうずくまった。
半分程度自業自得のシンジを置いて、スカサハは食糧庫の探索を始めた。
食糧庫の隅はちょっとした料理場となっており、そこにはいくつかの棚や調理器具、仮置き用の皿やボウルなどが残されていた。
「ふむ、ここいらの刃物はなかなかいい出来ではないか。家で使う分には十分な切れ味だろうな」
「俺もお前も料理しねえだろ」
「む、失礼だな。私はこれでも料理はできるぞ? 弟子たちも泣いて喜んで食べていた。……なぜか一度作ってやると二度目以降は弟子たちが勝手に私の分まで用意するようになるが」
私が作ってやると言っているのに、とつぶやくスカサハ。そんな彼女の台詞を聞いて、シンジはこれ以降の探索で日をまたいでの探索活動を行わざるを得ない場合は保存食を買い込むことを決意した。
ただのキッチンと言うこともあり、さほど高価そうなものはない。スカサハは食器棚にしまわれていた未使用のカトラリーセットを取り出し、鑑定する。
「ふむ、なかなか質のいいカトラリーだな。……装飾がいささか悪趣味ではあるが、銀で出来ているなら溶かして売り払うこともできるだろう」
「そういや、宴の食器も銀が多かったな。毒殺でも警戒していたのか?」
「おそらくメイヴの奴が警戒していたのだろうな。フェルグスの死因の一つは、毒殺もあったはずだ」
スカサハはそう言って、カトラリーセットをシンジに押し付ける。言外に持てと言われたシンジは、渋い表情を浮かべつつもおとなしくその器具を一旦そばにあった流しの上に置いた。
そして、彼も適当にキッチンの戸棚を開ける。
すると、そこには治療品がしまわれていた。おそらく、料理の際にうっかり怪我をしたときのため備えなのだろう。五等級と六等級のポーションがそれぞれ、5本ずつと、正体不明の薬草が一緒に置いてあった。
それを一瞥して、シンジは小さく舌打ちをする。
「流石に二等級は置いてねえか……」
「そうだろうな。キッチンで四肢欠損を負うようなことなど、あまりあるまい。……私がやってしまったときはすぐくっつければ治ったからな」
「クソババア、この探索終わったらお前絶対キッチンに入るな。いいか、絶対だ」
目を逸らし口笛を吹くスカサハ。そんな彼女に、シンジは額に青筋を浮かべて言い切った。
高い食器は食糧庫にはおいていないらしい。そもそも、ここの食糧庫のキッチンは急設されたもので、あまり専門的な道具も置いていないのだ。
シンジとスカサハは、カトラリーセットと五級六級合わせて10本のポーション、そして、正体不明の薬草を持って待ち合わせ場所へ向かった。
焚火跡からほど近く。クー・フーリンにコンラの介抱を頼んだツバサは、女王メイヴの玉座を探索していた。
女王メイヴは相当用心深い性格だったのか、獣の骨と皮で作られた悪趣味な玉座の下にはたくさんの護身道具がしまい込まれていた。
小さな瓶に閉じ込められた毒薬。短い槍。こぶし大の石。そして、謎の干し肉。おそらく、この干し肉は狗肉なのだろう。有名どころのゲッシュを網羅する対策用の物品に、女王の狡猾さを感じるとともに、どこか臆病さというか、誰も彼女を助ける人がいなかったのだろうという同情にも近い感情が浮かんでは消えた。
それでも、女王メイヴは己の残虐さをさらけ出し、数多くの探索者たちを火あぶりにしたり拷問したりで殺したのだ。ボスモンスターとして出会ってしまった以上、殺さざるを得なかったのだ。
ツバサは心のどこかでそう言い訳をしながら、玉座を確認する。様々な対策用の物品が下にある代わりに、座席部分や背もたれは悪趣味と言えるほど豪華な飾りがなされている。
金の装飾品や赤毛皮のマントなどの女王を飾り立てるための物品はもちろん、高級そうな櫛や未開封のワイン、頑丈そうな鞭やその他拷問用具なども取り揃えられていた。
金銭になりそうなものはとりあえず取り分けておき、ツバサはとあるものを探す。これだけゲッシュの対策をしているような用心深い性格の女王なのだ。どうにかして死を回避できるだけの上等な回復薬を持っていてもおかしくはない。
そう判断して、しっかりと丁寧に探索を行う。
そして、玉座の手すり。彼女が座っているときには隠れてしまう箇所に、留め具が付いていることに気が付いた。
「……。」
ツバサは、玉座に取り付けられた留め具を慎重に外す。すると、玉座の手すりの中に空洞があることに気が付いた。
小さく息を飲み、ツバサはその空洞を確認する。すると、そこには、紫色の液体の封じ込められた、一つの小瓶が隠されていた。
「あった……!」
こうして、四人は全員が集合場所へ移動した。
【エメル】
エヴェル、エマ―、エウェルなど。
いいところのお嬢さんで、クー・フーリンの奥さん。めっちゃ美人で、6つの才能に恵まれている。なお、戦闘力は皆無。スカサハしかり、メイヴしかり、結構強めな女性が多く登場するアルスター物語群には結構珍しい。……いや、普通はガンガン戦場に出る二人が可笑しいのだが。
ちなみに、アルスター物語群の話にもよるが、基本的にエメルとクー・フーリンの間に子供はもうけられていないことが多い。あと、牛争いのあたりでは、エメルはクー・フーリンとコンラが戦うとき、直感で戦う相手がクー・フーリンの息子だと察していたが、クー・フーリンは聞き入れずに戦う。お前さぁ……




