62話 血濡れの正義
前回のあらすじ
・コンラが、クー・フーリンを殴る
・クー・フーリンが正規のクー・フーリンでないことが発覚
・【英雄無きアルスター】
コンラとクー・フーリンが決闘を続けていた頃。ツバサは、己がやるべきことを計りかねていた。
シンジとスカサハは決闘の熱に浮かされず、こちらの命を狙う戦士長たちとの戦闘につきっきりであり、ユウキは現状どこにいるか分からない。それでも、召喚獣であるコンラが生存している以上、ユウキは生きているはずなのだ。
反対に、ツバサは、否、彼だけは、何もできずにいた。
理由は分かっている。圧倒的な、実力不足故だった。
スカサハはもとより、彼女に師事する(師事させられているとも言う)シンジは、人間離れした戦闘能力と、何よりもモンスターを殺すことにためらいがない。だからこそ、一見人間にしか見えないコナハトの戦士たちを相手していても、ひるむことがない。
素手と、時折戦士長たちから奪い取った武器で敵の命を奪い、返り血を浴びながら戦い続ける。そんなシンジの瞳は、しかしていつも通り退屈そうであった。一体、どんな精神力をしていれば、命を奪い続けながらもあんな表情ができるのだろうか?
「クソババア、一旦前衛から抜ける」
「む? 敵前逃亡は鍛えなおし……いや、直観か? ならいいだろう」
ふと、何かを思い出したように血で汚れた短剣を放り捨てたシンジは、スカサハにそう言い残すと、踵を返して迷いもせず食糧庫の方向へ走り出す。そして、すれ違いざま、ツバサに一言。
「てめえはてめえの仕事をしろ」
「え……?」
「あるだろうが。てめえは、あのクー・フーリンの契約者じゃねえのか? 探索者なんだろ、仕事をしろよ」
シンジはそう言うなり、燃え上がる焚火の奥の二人の決闘を指さす。そして、ついでと言わんばかりにダンジョンに入る前にユウキに渡されていたポーションを投げ渡す。
薄紫色の液体の封じ込められた小瓶を見て、ツバサはその心臓を責任の鎖が縛るような感覚を覚えた。
__まさか、自分の召喚獣……いや、実際のところ召喚はしていないため、召喚獣ですらなかったのだが……が、裏切るとは思ってもいなかった。
前兆などなかった。ただ、クー・フーリンの視界にフェルグス・マク・ロイヒがそこに存在したというそれだけの理由で、彼はあっさりと今までの関係がなかったかのようにツバサを裏切った。
ショックがなかった、と言えば、嘘になる。それでもツバサは、心のどこかで納得にも近い感情を覚えてしまった。
生まれた直後から広告塔として生きてきたツバサは、友達を自称しようとする人間は多くとも、実際に友達である人間はそう多くはなかった。もちろん、ユウキのように友達ゼロ人であるわけではない。単純に、信用できる友人が少なかった、という話である。
輝かしい俳優の世界も、モデルの世界も、人々の裏に隠れる影は存在する。ちょうど、彼がダンジョン探索を始める前の友人だった人も、ツバサのゴシップをつかもうと潜入したマスコミだった。
ツバサは、面白みがないと言われるほどに清廉潔白な人間である。
俳優の父と、元アイドル現女優の母を持ち、名のある幼稚園保育園を経て受験必須の小学校に入学し、そのまま附属中学校に進学。その間も、子役として様々な映画やドラマに出演し、俳優としての名前を上げていく。学業も順調で、成績は常にトップか高順位をキープ。
表彰されることはあれども、犯罪やグレーな行為に手を染めることはなく、ゴシップとは無縁。時折湧いて出てくるアンチも大人の対応か放置を決め込み、炎上とも無縁。それにもかかわらず……いや、それだからこそ、マスコミたちはよりツバサの闇を探そうと躍起になった。
友達だと思っていた人に裏切られるのは、慣れている。そして、それを後悔し続けても無意味だと、分かってしまっている。だからこそ、『またか』と思いつつも、彼はさほど人に執着しない。
けれども、仮にも契約を交わしていたクー・フーリンを、そんな理由で放置するのは、探索者として正しくない。そして何よりも、友人を危険な目に合わせてしまっているという事実が、彼の心に重しを乗せていた。
__ぼくは、正しい人になりたい
幼いころから大人の薄汚いところを見続けていたツバサは、正しくあることに固執している面があった。だからこそ、見ず知らずの少女を助けたユウキに好感を覚えたのだ。
ダンジョンは、人類に恵みと損傷を与えた。特に、五十年前のダンジョン出現当初、人類は30年前後の文化後退を強いられたという。そして、年々ダンジョンはその数を増やしており、ダンジョンを破壊する方法はいまだに見つかっていない。
俳優である彼はドキュメンタリーの撮影で、その地域が消失するようなダンジョン災害が起きたことを知っている。ダンジョンのせいで故郷を、家族を、財産を、家を、失った人を何度も見てきた。
ダンジョンは、清潔な空気も、飲料可能で大量の水も、養分の豊富な富んだ土壌も、地球上では研究不可能な内容の研究資料も、未知な方法で人体を癒す薬剤でも、何でも存在する。ならば、ダンジョンを破壊する方法だって、ダンジョンの中にあってもおかしくない。
だからこそ、完全踏破のなされていない特級ダンジョンを目指していた。まだ探しきっていないなら、無いとも言えないのだ。
その上で、今のシンジの言葉は、ツバサにとってかなり屈辱的なものであった。
探索者としてやるべきことを成せていない。そんなの、一級探索者を目指す以前の問題であった。
「……。」
ツバサは、ぐっと手の中の小瓶を握り締める。液体の閉じ込められた小瓶は、焚火の炎をずっと前にしていた彼の体温よりも温度が低く、ほんの少しひんやりとしていた。
__やるべきことは、何だ?
心の中で、ツバサは自分自身に問いかける。赤々と燃える炎。争いの音。ケルトの屈強な戦士を殺せるだけの技量は、まだ五級探索者であるツバサにはない。
「やらなきゃいけないことは、何だ?」
自分に言い聞かせるように、ツバサは再度問いかける。
そして、小さく息を飲んで、彼は再びこのダンジョンを確認した。
「事前資料によると、元の【アリババ】ダンジョンは、一層のみのダンジョン……連戦が発生する可能性があるにも拘らず、等級が特五級である理由は……たしか、帰還用の魔法陣が、特定のモンスターを討伐しなくても使えるため……」
記憶を漁り、脳の中の地図と現状を照らし合わせる。イレギュラーによる変異でダンジョンの性質が変わっている可能性も考えられたが、それでも帰還用の魔法陣の位置の把握はしておきたかった。
食糧庫と化した宝物庫。壺が並べられるはずの場所は調理場に、刃を振るうダンス会場は宴会場に。
帰還用魔法陣の場所は、盗賊頭を殺すダンスを披露したその場所であるはずだ。なら、この毛皮の下に隠されている?
一瞬そんなことを考えたツバサだが、ふと、その視界に天へ上る焚火の炎が入る。
「あ……」
そこで、ようやく彼は気が付いた。
組み合わされた巨大な薪。その下に、淡く光る模様が二つあることに。それを見て、彼は確信した。
「一つは帰還用、もう一つは……召喚術式」
そして、コンラとクー・フーリンの決闘の決着が、ついた。
コンラの腹をえぐる朱槍。若き戦士の指輪を見て、ようやく彼が己の息子だと理解した戦士。そして、メイヴの姦計。この【英雄無きアルスター】の真実を語る。
__それを見て、聞いて、ツバサは、初めて動いた。できることを、理解したのだ。成せる正義を、見つけたのだ。
メイヴの経血入りの蜂蜜酒を飲まされ、砂の地面に片膝をつくクー・フーリン。その瞳は確かな怒りと、絶望に染まっていた。
ツバサは、深く息を吐きだす。そして、覚悟を決めて、高笑いをするメイヴのそばへ歩み寄った。
突然の乱入者に、戦士たちは一瞬静まり返る。が、戦うには細すぎるツバサを見て、男たちは大笑いをした。
「どうしたんだかわいい子ちゃん?」
「よ、イケメン!」
どこからどう見ても戦うなりではないと判断した男たちのからかいの掛け声。それでも、ツバサは黙ってメイヴに跪くクー・フーリンのそばへ、歩み寄った。
美しい整った顔のツバサをみて、メイヴはくすくすと妖艶に微笑む。そして、煽るように口を開いた。
「あら、お綺麗なお兄さん。どうしたのかしら? 鞭でも欲しいの?」
「__君は、別にどうでもいい」
「……は?」
あっさりと言い切るツバサ。煽りの意味がほとんどであったとはいえ、誘いをすげなくフラれたメイヴは、その目を見開き、ひくりと額に青筋を浮かべる。しかし、ツバサは全くメイヴを気にせず、意識のないコンラを庇うクー・フーリンに向かって声をかける。
「クー・フーリン。君に、話がある」
「……今しなきゃいけない話か?」
「うん。そうです。__これを見てくれ」
ツバサはそう言って、シンジから受け取った五等級ポーションを見せる。回復薬を見たクー・フーリンは一瞬だけ驚くものの、すぐに使用用途は察せられた。
燃え上がる焚火の爆ぜる音を聞き流し、ツバサは言葉を続ける。
「見ての通り、五等級ポーションです。コンラさんを全回復させることはできないが、これを使えば確実に彼が死ぬことはない。スカサハ様がすぐ近くにいる以上、君をおいて行けば、撤退は可能です」
淡々と紡がれる、ツバサの言葉。その言葉に、クー・フーリンは安堵したように笑む。
「ありがてえこった。なら、俺を置いて__」
「でも!!」
ツバサは、クー・フーリンの言葉に重ねるように、声を張る。クー・フーリンの知る彼は、さほど自己主張をするような様子はなかった。調和を尊ぶ、というよりも、どこか誰かの機嫌を損ねるのが嫌だと言わんばかりの様子で、基本的に誰かがしゃべるのを遮るようなことはしない。
彼らしからぬ様子にクー・フーリンは小さく息を飲む。
「でも、君は、それでいいのか?」
「は? それでいいって何が……」
「君は、英雄でないまま終わって、いいのか?」
まっすぐなツバサの目が、クー・フーリンの目とかち合う。
困惑した様子の彼に、ツバサは言葉を続ける。
「ぼくの知るクー・フーリンは、たった一人でコナハトの戦士たちを抑え込んだ大英雄だ。そして、今昏倒しているコンラの知る君も、おそらく英雄の君だ」
「だが、俺は、ただのモンスターで……」
「__君がただのモンスターだったなら、ぼくは君と出会った檻で死んでいるはずだ! 君が特別だとは言わない。ただ、さっき女王が言った言葉を思い出してくれ!」
まっすぐと叫ぶツバサ。
何が何だかわからず、クー・フーリンは跪いたままポカンとすることしかできない。
「女王はこのイレギュラーは【英雄がいないこと】が原因で起きていると言った。なら、君が英雄になればいい!」
「……無理だろ。俺は、ただの戦士だぞ?」
「正直、建前だけ言う気はないです。本音を言います。挑戦した全員の中で、英雄になる適性があるのは二人。そして、現状ではクー・フーリンさん、貴方一人しかいない」
あっさりと言い切るツバサの背後で、赤々と輝く炎が、瞬く。
彼の瞳は、決してやさしくはない。彼の言葉も同様に、やさしくはなく、ひたすらに現状を伝えていた。
その言葉に、困惑を隠せないクー・フーリン。だが、同時に理解しがたいという表情を浮かべたのは、側で話を聞いていたメイヴもだった。
「何よ、どういうこと?」
「……英雄になる資格は、前提として、英雄でない状態でないと達成されません。なので、既に英雄に近しいスカサハ様は除外されます。そして、ぼく以外の二人、彼等もまた英雄になる適正は多分あると思います。が、このイレギュラーを解消できるような状態に即座になれるとは思えません」
淡々と理由を語るツバサ。その瞳は極めて冷静で、とても敵に囲まれているような状態には見えなかった。
戦士たちのからかうような声にもひるまず、彼は言葉を続ける。
「正直、一番可能性があると思ったのは、コンラさんでした。が、今コンラさんは、どう考えても戦闘できるような状態ではない。だから、貴方しかいないんです」
その言葉を聞いて、メイヴはけらけらと笑うと、馬鹿にするようにツバサに問いかけた。
「あらやだ、その考えに、貴方は入っていないじゃない! まずあなたが英雄になってみればいいのじゃあないの?」
「__女王メイヴ。貴女の【英雄無きアルスター】の考察を聞いて、真っ先に思ったのは、ぼく以外の他人が英雄になることだった。他人に敵を殺すことを押し付るぼくに、英雄となる素質はない」
問から数秒と開けず、即座に返答するツバサ。迷いなど、無かった。己に英雄の素質があるなど、欠片も思えなかった。
己の正義のために。味方のために。このイレギュラーを望む結果で終わらせるために。そして、自分自身を見失ったクー・フーリンのために。ツバサは、言葉を紡ぐ。
「ぼくはとてつもなく無責任です。同時に、無理難題を貴方につきつけている自覚があります。でも、ぼくは、貴方に英雄となることを強いります。__このイレギュラーで、これ以上死者を増やさないために」
凛と、声が響く。まっすぐと、演説が響く。
しばらくの間黙っていたクー・フーリンは、盛大に笑う。そして、大声で吠えた。
「御託は良い。さっさと方法を言え!!」
「宴を、破壊することです! 貴方がこのイレギュラーをクリアできれば、それは間違いなく、貴方がただのモンスターではなく、英雄であることを意味する!」
「はっ、脳みそ煮えてるくらいに無理難題だな!! 少なくとも、あのクソ女の蜂蜜酒飲まされる前に言ってほしかったもんだ!!」
表情を引きつらせ、女王メイヴの前に跪いたまま、クー・フーリンは吠える。しかし、それでも、覚悟は決まったらしい。
最初に異変に気が付いたのは、クー・フーリンを支配下に置いたはずの女王メイヴだった。
ゆっくりと、ゆっくりと、クー・フーリンの足元の砂が、ずれているように見えたのだ。まるで、立ち上がるために力を込めているかのように。
そして、同時に、コンラが若干の意識を取り戻す。
今だ戦闘不能の状態ではあるものの、コンラは血反吐を吐きながら腹に突き刺さった朱槍をつかむと、出血を気にすることなく、その槍を腹から引き抜いた。
それを見て、ツバサは慌ててコンラに五等級ポーションを使おうとする。しかし、コンラはそれさえも邪魔だと言わんばかりに引き抜いた槍の穂先を手で握り、柄をクー・フーリンの肩めがけて振り下ろす。
「……見えないが、恩に切るぞ俺の息子」
肩に乗った柄を右手につかみ、クー・フーリンはニッと不敵な笑みを浮かべる。そして、足に力を籠める。
その様を見て、初めて女王メイヴはその瞳に恐怖を滲ませた。彼女は、取り乱した様子で周囲を見たあと、即座に宴の参加者であるフェルグスに向かって怒鳴った。
「クー・フーリンを殺しなさい、フェルグス!!」
しかし、返答は無常であった。
女王メイヴのそばに、空になった酒樽が投げられる。砂の地面に落ちた衝撃で、酒樽はバラバラに砕け、一部は燃え上がる焚火の炎に入り込んでどす黒い煙を上げた。
「そいつは無理な相談だな。酒がなくなった以上、お暇させてもらうことにしよう」
酔いどれのフェルグスは、そう言うと愛剣カラドボルグを片手に皮の敷物から出て行く。無限に酒が湧き出てくる酒樽は、食糧庫に侵入したユウキによって破壊された。酒の追加は、もう二度とやってこないのだ。
フェルグスの離脱に、女王は目を見開いて奥歯を噛みしめる。そして、配下の戦士たちに向かって怒鳴る。
「アンタたち、さっさとクー・フーリンを殺しなさい!!」
「残念な知らせがあるぞ、メイヴ。私の存在を忘れていたな?」
そう言ってニッと不敵に笑んだのは、血まみれのスカサハ。おそらく、そのすべては敵の戦士長のものであると容易に予想できた。鈍く輝く黒の槍からは絶えず血が滴っており、どれだけ多くの戦士たちを屠って来たかを物語っている。
そして、スカサハは女王に命ぜられてクー・フーリンに殺到した戦士たちをたった一人で抑え込んだ。
「馬鹿弟子とはいえ弟子は弟子。我が弟子の門出を邪魔しようとするならば、私を超えて見せろ!!」
そう叫ぶスカサハの瞳は完全に瞳孔が開き切っており、戦士たちは震えあがった。
「なら、私が殺すわ!! スカサハをおさえていなさい!!」
ついに、鞭を振りかぶり女王メイヴがそう叫んでクー・フーリンに近づこうとする。その時だった。
女王メイヴの後頭部に、鈍い痛みが広がる。同時に、通常の投石ではありえないような、とてつもない脱力感と、理解しがたい重すぎるダメージが全身を襲う。
彼女は、小さくうめき声を上げると、思わず片膝をついた。
「ま、間に合った……!」
肩で荒く息を吐き、護衛代わりのシンジとともにこの焚火にたどり着いたのは、食糧庫から駆け戻って来たユウキ。彼が投げたものは、女王メイヴの足元に転がっていた。
それは、古くなって硬くなったチーズの塊だった。
砂にまみれたチーズを見て、メイヴはおぞましいものを見たと言わんばかりに悲鳴を上げた。
「おのれ、私の死因を……!!」
女王メイヴの死因をなぞったチーズの投擲に、恨めしそうに低い声を上げる。
時間は、稼がれた。
女王メイヴの命令を振り切り、立ち上がったクー・フーリンは、巨大な焚火を前にして、ツバサに向かって怒鳴る。
「ツバサ、俺の名前を呼べ!!」
その声に、ツバサは間違うことなく、ためらうことなく、応える。
「君は、ケルトの大英雄の、クー・フーリンだ!!」
その言葉を聞いて、クー・フーリンは何のためらいもなく燃え盛る焚火の中に足を踏み入れると、手元のゲイ・ボルグをくるりと回し、腹を腹を掻っ捌いた。
目を丸くするツバサ。小さく息を飲むユウキ。
クー・フーリンは、狗肉を盛られた際、腹をさばいて内臓を川で洗ったときのように、己の原典の再現をしていた。つまり、内臓を炎で炙ることで洗っていたのだ。
組まれた薪が崩れ、クー・フーリンの姿が、大炎に隠れる。
炎に包まれたクー・フーリンのシルエットを見て、半死半生のコンラは、口から血を吐きながら、叫ぶ。
「親父……!!」
崩れた薪は、あたり一面に広がっていく。それに従って、天高くそびえるように燃え盛っていた炎は、だんだんとその標高を下げていく。
そして、ツバサは見た。焚火の中の召喚術式が、淡く輝いたのを。
風が一瞬、凪いだ。
その次の瞬間、あれだけ高く燃え上がっていた焚火が、かき消された。
かつて焚火があったその場所。役目を終えた召喚術式の中央に、彼は立っていた。
金を紡いだ糸のように美しい金髪。整ったその顔には、両目に七つずつの宝石が埋め込まれ、髪留めは琥珀のビーズ。両手のすべての指には金でできた指輪がはめられており、一般に装飾過剰にも見えるようなその姿はしかし、彼を飾り立てるには役立っていた。
朱槍ゲイ・ボルグをその右手に持ち、彼は、思い出したように右手の中指の指輪を外すと、迷うことなくコンラのそばに歩み寄った。そして、片膝をつく。
力なく地面に垂れ下がったコンラの右の手を取り、彼はその中指に金の指輪をはめさせる。指輪は、クー・フーリンの時と同様、コンラの右手にぴったりとはまった。
それを見て、彼は、慈しみの笑顔を浮かべた。
「ああ、ようやく見つけた。ようやく思い出した。お前が、コンラなのか」
「……気が付くのが、遅いんだよ、クソ親父」
嫌味っぽく答えるコンラ。そして、ゲイ・ボルグを引き抜いたときの失血が効いたのか、ついに完全に意識を落した。
クー・フーリンはそんなコンラの頭を撫で、目の前で後頭部をおさえて恨めしそうに探索者たちを睨むスカサハを一瞥し、高らかに名乗りを上げた。
「俺の名は、クー・フーリン。アルスターの大英雄の、クー・フーリンだ!!」
__決戦の時は、近い。
【メイヴの死因】
悪逆非道の女王メイヴの死は、かなりあっさりとしたものである。
夫をメイヴに殺されたとある女性が、メイヴの後頭部に投げた石のように固い古いチーズ。それが、彼女の命を奪ったのである。
ユウキもまた、完全にメイヴの死因をなぞったのだがしかし、彼女は死ななかった。
その理由は二つ。復讐のために投げられたわけではないこと、単純に投げる力が足りず威力不足だったことである。
しかし、もうすでにユウキがメイヴを仕留める理由はない。何故なら、英雄は目覚めたのだから!!




