60話 親子対決
前回のあらすじ
・子ネズミが火鼠の幼体であったことが発覚
・ドルイドの敗北
ユウキとドルイドの戦いが巻き起こっていた頃。コンラとクー・フーリンの戦いは激化の一途をたどっていた。
「死ね、クソ親父ィ!!」
「ぐっ……?! こっちか!!」
朱槍ゲイ・ボルグと剣がぶつかり、大きな火花が飛び散る。コンラはクー・フーリンの横っ面を狙い、対するクー・フーリンは見えないコンラの致命をカウンターで狙う。
見えていないにもかかわらず、カウンターは鋭く、強烈そのものな一撃である。そして、コンラもまたカウンターを受け止めれば更なる追撃が来ると分かっているため、全力で回避する。
ガツンガツンと金属がぶつかり合い、双方の気迫が焚火に炙られあたりは高揚しだす。
「やれ、クー・フーリン!!」
「ぶっ殺せ!!」
「いいぞ、いいぞ! そこだ殴れ!!」
宴と戦いの熱気に煽られ、ケルトの戦士長たちは職務を放棄し、二人の決闘に見入っている。男二人の命を削り合う大決闘なのだ。男なら誰しも興奮せざるを得ない。
戦士たちは武器を打ち鳴らして掛け声を上げたり、野次を投げかけたり、ツワモノに至ってはどこから持ってきたのか太鼓や楽器で酔っぱらったような音楽をかき鳴らし始めた。
しかし、当事者二人はまるで周りのことに気を回せるほど余裕がなかった。
コンラが見えていないクー・フーリンは当然、一瞬でも気を抜いて一撃を喰らえば、死にかねない。逆説的に、クー・フーリンを仕留めきれるほどの力量のないコンラは、カウンターをまともに食らえばそこで死ぬ。
だからこそ、双方イーブン……否、経験則による読みと力量的に若干クー・フーリン有利な状態での接戦が続いていたのだ。
__畜生、見えてねえのに、全部攻撃を防ぎやがる……!
業物の剣と朱槍がぶつかり合う。コンラは心の中でそう吐き捨てながら、攻撃と回避を続ける。即死さえ回避し続ければ、生きながらえることだけはできた。しかし、父親に決定的な一撃を加えることはできない。
その事実は、クー・フーリン本人もわかっているらしく、不敵に笑みを浮かべて虚空に向けて怒鳴る。
「どうしたどうした! 俺に挑んだのだろう?! なら、様子見なんてしてんじゃねえよ!!」
「してねえよクソが!!」
わかりやすい挑発。その挑発にコンラは怒鳴り返すが、当然誘い込みだと分かっているため、回避のペースを崩すことはない。
激しい剣劇と、クー・フーリンの台詞に、観衆たちの興奮は絶好に至る。女王メイヴさえもこの激しい決闘にその頬を赤く染め、だらしなく緩んだ口元を隠すことさえせずに見入っていた。
ある程度見えない相手との戦闘に慣れてきたのか、クー・フーリンは朱槍の柄を使って足払いをしかける。
ギリギリのところで、一歩下がることでその足払いを回避しきるコンラ。
その次の瞬間、コンラの前髪数センチが、風に舞った。
「__っ?!」
朱槍を足払いに使いながら、手元で一回転させ、そのまま穂先で頭のあるはずのあたりを切り払ったのだ。重たい槍をこうも自在に扱う妙技に、コンラの背筋に冷たい汗が伝う。
「そこか!!」
そして、風に舞う前髪で大まかな位置を把握した戦士は、朱槍を両手で握ると、そのまま強烈な突きを放った。
虚を突く一撃。されども、コンラは、後方へ頭から倒れ込むようにして無理やり回避する。そして、そのまま後方宙返り……つまるところ、バク宙で体勢を立て直し、即座に前に踏みこむ。
渾身の突きが外れたクー・フーリンは、驚きでかすかに目を見開く。そんな彼の腹めがけて、コンラは全力で突きを返す。
「__!!」
その瞬間、すさまじい殺気を感じ取ったらしい戦士は、朱槍を手元に引き戻し、防御態勢をとる。すると、朱槍の柄と剣の切っ先がぶつかり合い、すさまじい火花が飛び散った。
腕がしびれるような強烈な突きを真正面から受け止めたクー・フーリンは、額にうっすらと汗をにじませる。反対に、この渾身の一撃を受け止められたコンラは、奥歯を噛みしめることしかできなかった。
__悔しい。悔しい!!
若き戦士の心ににじむ、確かな憧憬。
聞こえないと分かっている。聞こえないからこそ、コンラは吠えるように己の父に怒鳴った。
「畜生、畜生!! てめえみたいなクズがいるから、母さんはあんなにも苦しんだんだ!! 母さんは、夫であるお前の守護無く俺を生み育てるしかなかったんだぞ?! わかってんのかよ!!?」
……ケルトの時代は、女にとっては暗黒時代ともいえるような時であった。何せ、妻とは夫の所有物であり、そこに人権という発想はなかったのだから。
しかし、妻にとって夫は己を守る最後の砦である。所有者たるもの、所有物を守る義務が発生するのだから。
だからこそ、コンラの母オイフェは、夫であるクー・フーリンが嫁取りに行った後、酷い苦労を強いられた。スカサハの庇護があったとしても、オイフェが女であるという事実は変わらず、そして、一度は影の国に反旗を翻したという事実も消えることはなかったのだから。
母であるオイフェを置いて、アルスターに戻ったクー・フーリン。しかし、母はそれでもコンラに父の勇姿を語り継いだ。己がどれだけ冷遇されているかわかっていても、父が我が子であるコンラを一度も見たことがなかったとしても、確かにオイフェはクー・フーリンを愛していたのだ。
不平を口にすることも無く、幼心に父を問うコンラに、「貴方の父は、ケルトの大英雄なのだ」と言った母の瞳を、彼はまだ覚えている。あの、悲しみとさみしさ、そして、確かな思慕の混ざった、あの瞳を。
コンラが戦士になったのは、男としての義務も当然ある。だがしかし、それ以上に母が寝物語に語る父クー・フーリンに会いたいという気持ちが強かったからだった。だからこそ、大の戦士でさえ死ぬようなスカサハの猛特訓を耐えしのぎ、鍛錬し、やがて、父の遺した指輪さえもぴったりとはまるような、頑強な肉体になった。
己という立派な戦士を育て上げたという実績があれば、きっと父は母に楽な暮らしをさせてくれる。これなら、きっと父も再開を喜んでくれる。そう思って、コンラは単身、アルスターを目指した。
しかして、そんなコンラを待っていた父は、どこにも存在しなかった。
父は己が子に課したゲッシュを忘れ、あまつさえ名乗ることを強要した。そうなれば、コンラはどれだけ不本意だったとしても、己の肉親と刃を交わらせるほかなかった。
コンラは、その黒の瞳に怒りを燃え滾らせ、剣を振り下ろす。何度も、何度も。
「何で、何で母さんを守ってやらなかった?! 何で、母さんを連れて行かなかった?! 野郎としての義務を放り捨てて、一人の妻を放置したてめえに父を名乗る資格はねえ!!」
「……!」
突然の猛攻に、流石のクー・フーリンも防戦を強いられる。カウンターを狙おうにも、彼にはコンラの太刀筋も、立ち位置も見えてはいない。予想と剣戟である程度の位置は把握できていても、今だ反撃をできるほどの隙が無かったのだ。
血を吐くようなコンラの叫びは、続く。
「わかるか?! てめえが俺のことを忘れていた時の絶望が!! わかるか?! 戦いたくもねえのに、実の父親と殺し合わなきゃならねえ絶望が!! わかってんだろう?! スカサハのところで生まれてからずっと一人前になるまで鍛錬積んでりゃ、てめえよりも強くなってるはずだってことを!!」
首筋を狙う上段からの振り下ろし。朱槍の腹で受け止め、逸らされる。
振り下ろしからの切り返しで左脇下から腕の切断を狙う。体さばきで回避される。
切り返しで持ち上がった剣を浮かしきらずに真横にふるい、胴への一撃。ゲイ・ボルグの切っ先が受け止め、高らかな金属音が響く。
見えていないのに、このざまだ。
絶叫の中に、嗚咽が混じる。酷い憎しみ。酷い復讐心。それでもなお、コンラの中に捨てきれない感情が、滲む。だからこそ、己の力量不足の原因がわかって、酷く不甲斐ない感情が、あふれる。
焚火の火花が、夜風を受けて高らかに舞い上がる。響く剣戟と、戦士たちのはやし立てる声の中、コンラは感情を吐き出すように告白した。否、自白した、とでも言うべきか。
「__わかってんだよ、俺が、本来の俺の下位互換だってことは!! なあ、アンタに父であることを求めている時点で、もっと強くなることを望んでいる時点で、俺は俺じゃないんだろう?! わかってんだよ、俺はまだ未熟でしかないことくらい!! 本来、この指輪をはめられるほど成熟しきっていないことくらい!!」
……彼が自白したのは、己の弱さの理由だった。
本来のコンラ……コンラッハならば、指輪をはめられるようになると言うことは即ち、スカサハから教えられることは何もないほどに成長しきっているはずだった。だからこそ、それ以上の強さを貪欲に求めるようなことはないはずなのだ。
されども、今の彼は、本来の彼と比べて、あまりにも弱すぎた。その理由は、己が一番わかっていた。
「俺は、本来のオレが切り捨てた、アンタを憎む気持ちに他ならない! ああ、そうだろうよ、憎しみのための鍛錬なんざ、不毛でしかないだろうからな! 本来のオレは俺を捨ててアンタを超すほどの力を手に入れた! だからこそ、アイツはお前を殺せなかった!! 敬愛する父を殺せるわけねえよな、なあ?!!」
叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。
コンラッハは、冷遇される母を見て、その原因が父だと分かっていた。だからこそ、父を超えたいと、母を見捨てた父に復讐したいと、鍛錬をしていた。
されども、復讐のための鍛錬は、超える目標しか見えない鍛錬は、父の与えた指輪に値する強さをもたらしはしない。そして、己を育てた母は父をまごうことなく愛していた。
だからこそ、コンラッハは、復讐心を捨てた。未熟さの原因であった復讐心を捨てたコンラッハは、やがて大成し、父をも超える武芸者となった。
けれども、おいて行かれた、幼い幼いコンラは?
その結果が、今に他ならない。
「認めろよ、俺を! 忘れんじゃねえよ、俺を!! なあ、分かるかよ、オレの悲しみが! アンタに忘れられていて、傷つかねえわけがねえだろう?!」
幼い復讐心は、吠える。未熟な復讐者は、剣を振るう。
しかし、無情にも、その声は、父には届かない。
「……ふっ!!」
頭蓋を狙った振り下ろし。連撃の中でそれを見切ったクー・フーリンは、コンラの剣を槍を使ってからめ落とす。剣はくるくると回って、砂漠の砂に突き刺さった。
「……悪くない太刀筋だった。だが、あんまりにも愚直すぎたな」
クー・フーリンの声が、響く。そして、剣を失ったコンラの腹に、朱槍ゲイ・ボルグが、突き刺さった。
赤色が、あたりに舞い散る。
【コンラッハについて】
コンラッハの本来の一人称は、0話の通り「オレ」である。しかし、コンラッハが幼少の頃に捨てたコンラの一人称は、当時の父を意識して「俺」となっている。
幼少期のコンラッハの捨てた感情であるコンラは、本来ならば有り得ない存在であるため、通常召喚術式では召喚されない。
しかし、イレギュラーの発生で原典【アルスター物語群】が揺れたために、コンラのような中途半端な下位互換召喚獣が発生したのである。
コンラッハの実力は幼少の頃からスカサハに師事していたために、父クーフーリンをも超える武芸者である。しかし、父との戦いでは肉親を殺したくないがためにその実力を発揮しきれず、己が父に殺された。少しの復讐心があれば、その決着は、変わったのだろうか……?




