36話 靴屋の真実
前回のあらすじ
・ユウキが勇気を出してツバサたちに頼みごとをした
・コンラとユウキは赤い靴を追いかける
・ツバサとクー・フーリンは路地で待機し、少女を見守る
靴屋にたどり着いた二人と一匹。そして、靴屋の靴が赤い靴の犠牲者のものであることを看破したユウキは、急いで靴屋へ向かった。
コンラは警戒しながらガラスでできた扉を押し開ける。カランコロンとドアベルが気楽に鳴り響き、コンラは少しだけ顔をしかめた。
「……。」
召喚されたときから持ってきていた剣に手をかけ、コンラは店内を注意深く観察する。そして、どこにも危険が無いと判断してから、ユウキに後ろ手で手招きをした。
埃一つない清潔な店内には、壁を埋め尽くすように配置されたガラスでできたショーケース。一つ一つ区切られ小分けされたショーケースの中には、二つそろいの靴が一足ずつ収められている。
店内に足を踏み入れたユウキは、子ネズミをちらりと見つめる。子ネズミは小さな鳴き声を上げて、するりとユウキの手のひらから降りると、てちてちと短い手足で店のスタッフルームを指し示す。
「あー……もしかして、この中?」
「チュウ!」
「スタッフルームか……ちょっと入るのに気が引けるな……」
「んなこと言っている場合じゃねえだろ」
少しだけ申し訳なさそうにするユウキに、コンラが呆れたように突っ込む。ユウキは小さく肩をすくめて、スタッフルームの扉をノックしてから足を踏み入れた。
スタッフルーム……いや、バックヤードは、どうやら靴の工房であるらしい。作業台の上には木でできた足型、壁には金属製の道具がかけられ、棚には革や布、靴ひもなどが所狭しと乗せられていた。作業台のすぐそばの棚は飾り棚なのか、出来上がった靴が少しならんでいるばかりで、あまり荷物は載せられていなかった。
革の切れ端や布クズ、縫うには短すぎる糸などが床に散らばり、清潔とはとても言えない状態の工房に足を踏み入れた二人と一匹は、一瞬だけ目を合わせ、すぐに探索を始めた。
「足の場所はわかるかな?」
「チュウ!」
ネズミは高い鳴き声を上げると、作業台の上に並べられた靴をすべて無視した。
そして、するすると作業台の上に昇り、そこから横づけにされていた木棚に乗り上げる。何をしているのだかわからないユウキだったが、しばらくその木棚を見ていたコンラが、あることに気が付く。
「……この棚、妙に空きが多い……まさか、隠し扉か?」
「チュウチュウ!」
ネズミは高い声で鳴き声を上げ、同意を示すように首を縦に振った。子ネズミではこの棚をどかすことはできないらしい。……赤い靴がどうやって棚をどかし、隠し扉を通って行ったかも気になるが。
コンラは子ネズミを棚から摘み上げ、作業台の上にどかしてから棚を横へ力強く押す。すると、後ろにレールが隠されていたのか、思っていたよりもするりと棚は滑らかにスライドし、後ろに隠されていた扉を表に出す。
「わあ……すごいな。隠し扉なんて初めて見た」
「まあ、そう作るものでもないからな」
間の抜けた感想を口にするユウキにコンラはそう言いながら、右手に剣を握り、左手でドアノブに手をかける。この奥は、おそらく子ネズミも見てはいない。何があるかわからないのだ。
ユウキはさりげなく作業台の上から子ネズミを抱え上げる。二人の緊張を感じてか、子ネズミは少しだけ不安そうに小さく鳴き声を上げると、ユウキのフードの中に戻っていった。
視線で軽く合図してから、コンラはドアノブを引き、ドアを押し開ける。そして、表情を歪めた。
奥の部屋には、四枚の壁全てに表の店同様ショーケースがびっしりと並べられている。表と違うのは、そのショーケースにしまわれているのが、靴ではないことだろう。
キラキラと青白い照明を浴びて輝くショーケースの中に収められたのは、ミイラ化した足。数十年の間、探索に失敗した探索者たちの夢の跡が、彼等の失われた肉体の一部が、ガラスの棺に閉じ込められていたのだ。
「__!」
ユウキは上げかけた悲鳴を飲み込む。
大量のショーケース。表の靴の持ち主たちは、素足のまま恒久的に閉じ込められていたのだ。そして、ショーケースの中の足たちがどれも腐っていないことに気が付き、ユウキは顔を真っ青にした。
「マズい!! 早く探さないと!」
ユウキはそう叫んで茫然としていたコンラを押しのけ、隠し部屋の中に駆け込む。流石のコンラもこの異常な光景にひるんでいたため、突然なユウキの行動を止めることができなかった。
「馬鹿野郎、何を……?!」
「足がミイラ化しているってことは、防腐処理がされているってことだ!! 防腐処理で薬品が使われていたら、あの子の足を治せなくなる!!」
ユウキはそう言って隠し部屋に足を踏み入れる。改めて部屋を見てみれば、部屋はかなり広く、中央に作業台があった。そして、その作業台の上には新しい足が二つ、横たえられていた。
突然の侵入者に、作業をしていたらしい風の妖精たちがキャラキャラと高い声を上げて逃げ出す。避難がましいその視線に、ユウキは思わず小さな声で「ごめんなさい」とつぶやいていた。
風の妖精たちが作業台から離れたところで、ユウキは改めて机の上を確認する。作業台の上には防腐剤として使われていたのか、薬剤の瓶が複数種類並べられ、作業台そばのバケツの上には謎の色の液体がたっぷりと満たされていた。どうやら、ギリギリ防腐処理まではされていなかったらしい。
ユウキはほっと溜息をついて、足を見る。足には少女が必死にガラスの破片で切り落とそうとしたためについた鈍い切り傷が残されていた。そこから見ても、彼女のもので間違いないのだろう。
「よかった、あった!」
「あった、じゃねえよ馬鹿野郎! やばいモンスターがいたらどうするつもりだ!!」
安堵するユウキとは反対に、コンラは額に青筋を浮かべて怒鳴る。もっともな彼の言葉に、ユウキは申し訳なさそうに肩をすくめた。
ともかく、これで少女を救うことができる。ツバサやクー・フーリンたちも少女の元で待っているはずだ。そう判断して、ユウキは救急セットの中から使い捨てのビニール手袋を取り出し、雑菌が付着しないように気を付けながら手袋を装着する。
その状態で作業台の上の足に手を伸ばし__
「___!!」
目の前に突然現れた老婆の幽霊に、声なき悲鳴を上げた。
__不殺の挑戦終了まで、あと1時間35分
ユウキらが少女の足を探すために探索していたころ。クー・フーリンとツバサは少々危機的状況になっていた。
それは、少女の足を靴屋で脱ぎ捨てた赤い靴が、この通りに戻ってきたのだ。
高い足音を鳴らしながら、赤い靴は大通りを歩いている。
慌てて細い路地に身を隠した二人は、息を殺して赤い靴が通り過ぎるのを祈っていた。少女を姫抱きしたクー・フーリンは、小声でツバサに問いかける。
「ツバサ、どうする?!」
「ギリギリまで待とう。彼女の容体はあまりいいとは言えない」
ツバサもまた小声でクー・フーリンに言う。あまり大げさに移動してしまうと、ユウキらとはぐれてしまう危険性もあった。そして、何よりも、ツバサが危惧していたのは、入り口で出会った四人との遭遇だった。
クー・フーリン曰く、先ほどの四人はユウキをナイフで刺そうとしていたらしい。そして、ダンジョン内に入ってみれば、赤い靴を履かされた少女の姿。彼女一人がミスをしたという可能性もゼロではないが、状況的には四人組が怪しいと思えた。
赤い靴から逃げている間に四人組に妨害されてしまえば、己たちはまだしも、瀕死の少女がどうなるかわかったものではない。だからこそ、ツバサは移動せず隠れることを選んだ。
かつん、かつんと高い足音が響く。
緊張でツバサは小さく息を飲む。クー・フーリンに至っては、少女を右手で抱きかかえ、左手に朱槍ゲイ・ボルグを構えていた。
かつん、かつん、かつん
レンガをうつ、赤い靴の足音。
一定のリズムを刻み、ステップを踏みながら歩く、空っぽの靴。
かつん、かつん……
その音が、不意に、止んだ。
「……?」
「?」
突然止まった足音に、思わず二人は顔を見合わせる。
何が起きたのかわからず、ツバサは恐る恐る細い路地から顔を出す。そして、目を丸くした。
赤い靴は、ユウキが道の中央において行ったマネキンに履かれていたのだ。
マネキンにとりついた赤い靴は、動きを確認するようにステップを踏む。そして、腕を軽く動かし、くるりとターンをする。
問題なく動けると分かったらしい赤い靴は、その場でワルツを踊り出した。
かつかつ、かつーん。かつかつ、かつーん。
三拍子を刻み、足音が響く。
ツバサとクー・フーリンは路地で息を殺しながら、赤い靴のワルツを見る。
「すげえな……アレ、多分さっきの奴らのトラップだろ?」
「ああ……マネキンでも大丈夫だったのか」
二人は驚きを隠せず、しかし、それでも少女を守るため、路地の奥で息を殺し続けた。




