35話 他人を頼る勇気
前回のあらすじ
・少女の足を切断し、赤い靴から救助する
・子ネズミが歩いて行った赤い靴を追いかける
子ネズミに赤い靴の追跡を任せ、ユウキとコンラは少女の応急手当てを始めた。
まずは、二人で切断した足の止血である。既に少女は出血多量であり、早く処置しなければせっかく助かった命も失血で失うことになる。探索者資格試験で習った止血手順を思い出しながら、ユウキは少女の足を包帯でしっかりと巻き縛り、ショーケースを横に倒して足を心臓の位置よりも高くする。そして、救急セットの中に常備されていた止血シートを傷口に押し当て、出血を止めた。
とくり、とくりと動く鼓動を感じる。少女はまだ、生きていた。
できる処置を終え、手首から少女の脈拍を確認していたユウキは、小さく息を吐く。何とかなった。後は、足を回収するだけだ。
カクンと肩を落とし、安堵するユウキに対し、コンラは警戒を緩めず、周囲を確認する。一応、ダンジョン【赤い靴】において、危惧すべきモンスターは赤い靴以外に存在しない。しかし、コンラは入り口での不自然な四人組や、何よりも実の父であるクー・フーリンがこのダンジョンにいるかもしれないという事実を警戒していた。
クー・フーリンと敵対すれば、まず勝つことはできない。しかし、コンラはどうしてもあのクー・フーリンと手を組む気にはなれなかった。単純に己を殺したということに関しては仕方ないとあきらめもつく。しかし、己を忘れていたことについては許せなかったのだ。
__最低限、俺の名前を呼べねえと、許せねえ
あたりをふよふよと漂う風の精霊を一瞥してから、コンラは心の中でそう呟く。名前を名乗ってはいけないという禁忌をコンラに与えたのは、父であるクー・フーリンその人だ。普通に人生を左右するような重大なゲッシュを与えていながら、当の本人が息子の存在を忘れるなど、普通にありえない。許すこともできない。
もちろん、このゲッシュのおかげで多大なバフを受けることはできている。しかし、それとこれは話が別だ。
__雑魚四人はどうとでもなるが、ヤツ相手だとどうにもならない。ユウキの筋力的に引きずって構わない死体ならともかく、人一人を抱えて動けるわけがない。
重傷を負った少女がいる現状、コンラは相当行動が制限されかねない。特に、移動をするならばユウキの護衛を中断して少女を運ばなければならないのだ。四人相手ならまだしも、その状態でクー・フーリンと出会ってしまえば、目も当てられない。__まあそもそも、移動以前に重症の少女は現状、不用意に動かす方が危険なのだが。
脈をはかり終え、血でべっとりと汚れた止血シートをビニール袋にしまい込んだユウキは、安堵のため息をついて、レンガの道に座り込んだ。
「処置はある程度終わったかな……後は足を見つけるだけだ」
「そうか。クソ親父に出会って気分悪いから早く帰りたい」
「うん……その、ごめんね。僕もまさか、彼が来るとは思っていなくて……」
コンラの言葉に、申し訳なさそうに肩をすくめるユウキ。そんな彼に、コンラは少しきまり悪そうに口をついた。
「そう簡単に謝るな。……さっきのは八つ当たりだ。悪かったな」
「そんなことないよ! 僕も、二回しかダンジョンの探索してこなかったから、他に探索者がいる状況を考えてなかったし。次からはそう言うのも考えないとなぁ……」
ユウキはそう言ってちらりと道の真ん中に置いてきたマネキンに目を向ける。もしもたくさん人がいるような人気ダンジョンであんなものを持ち込めば、無駄な注目が集まってしまうところだった。
しかも、今回の作戦では、もし赤い靴がマネキンに装備されなかった場合……つまり、失敗した時には素直に赤い靴から逃げ出さねばならず、他に人がいれば赤い靴をトレインしてしまうという最悪な事態に陥る可能性もあったのだ。
湿り気のない乾いた冷たい風が吹き抜ける。赤い靴のエリアは、いつまでも数刻で夜の時を保ち続けている。まばらに見える星空の輝きは弱く、月はない。太陽も月もない不気味な空からそっと目を逸らし、ユウキはそっと意識のない少女の手を握り締める。
命がかかっているなら、正直利益回収など二の次に彼女をすぐにでも病院に担ぎ込まなければならない。
しかし、それだと彼女は足を失うことになる。もちろん、ポーションを使えば四肢欠損を治すことができるだろう。それでも、肉体の欠損を治せる三級ポーションの最低価格は都会の一等地に一軒家を立てられるほどのお値段だ。一生の不便とはかりにかけて購入できなくもない価格ではあるが、それでも、場合によっては一生を棒に振るほどの値段なのだ。
ユウキの脳裏に、まだ目覚めぬ姉の姿が映りこむ。形は違ったとしても、あの悲劇を未然に防げるなら、多少の労力などあってないようなものだ。きっと、この少女にも帰りを待つ家族がいるはずなのだから。
そんなことをユウキが考えていると、ふと、コンラが嫌そうに「げっ」と小さく声を上げた。驚いて顔を上げれば、広場の方からこちらに向かってやってくる草薙翼の姿があった。当然、仲間であるクー・フーリンを引き連れて。
そんな二人を見て、ユウキは慌てて大きな声で彼らに呼び掛けた。
「! ご、ごめんなさい! その、召喚獣の関係で、あまり近づかないでもらえると……!」
「大丈夫! わかっているよ。止血は__終わっているみたいだね」
草薙翼はそう返事をすると、建物二つ分の間を空けたところで立ち止まった。ダンジョン内であるためか、抜き身の朱槍を持ったクー・フーリンは、ユウキらが救護した少女を見て、目を丸くする。
「うっはあ、血の足跡はあの子か……えげつねえな」
「ああ、そうみたいだ。赤い靴と接触すると、誰でもああなるから、本当に気を付けてくれよ?」
そんなことを言い合う二人。そこで、ユウキはあることを思いつく。しかし、一瞬言葉が出なかった。
ユウキ自身の都合で他人にモノを頼むということを、友達のいなかったユウキはあまりしてこなかった。唯一身近にいたシンジには基本的にパシリにされるばかりであり、圧倒的な上下関係からこちらからシンジにモノを頼むということはしたことがなかったのだ。
恥と少しの恐怖がはかりに乗る。しかし、そのはかりは現状の緊急事態と罪悪感という重みであっさりと破壊された。軽く頬の内側の肉を噛み、ユウキはきゅっと拳を握り締める。そして、口を開いた。
「すいません! そ、その、二人にお願いしたいのですが、いいですか?」
震える声で、ユウキはツバサとクー・フーリンに声をかける。
「何だ、坊主?」
ユウキの問いかけに、クー・フーリンが返事をする。
彼は裏返りそうになる声を必死に整え、震える声で言葉を続ける。
「そ、その、彼女を見守ってほしくて……四等級ポーションあるので、足さえあれば、彼女を治療できるんです。足の行方は、あの、仲間のネズミに追いかけてもらっていて、場所はわかると思うのですけど」
言葉がどもる。頭が真っ白になる。それでも、ユウキは必死に言葉を紡いだ。勇気を振り絞って言葉を続けた。
「あ、その、探索者資格の協定で、探索者同士は相互扶助をすべきと言う項目があって、その、本当に申し訳ないのですけれども……」
「うん、いいよ?」
「……へ?」
がちがちに緊張するユウキと正反対に、軽く了承するツバサ。想定外にあっさりとした返事に、ユウキは思わず間の抜けた声を上げていた。
ポカンとしているユウキに、ツバサは苦笑いを浮かべて言う。
「そんなに緊張しないでくれよ。ぼくだって命の危機に瀕している女の子がいるなら、助けるよ。助けない理由がないじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
少しだけユウキの声が裏返る。同時に、緊張がほぐれた。
コンラはユウキの護衛のため、基本一緒に行動をする。そのため、彼女を連れて移動することなどできない。ゆでたけのこの鍋ならまだしも、少女一人の身体を抱えて移動することなどできない。動かすのも危険な状態であることなど応急手当てしたユウキ自身が一番よくわかっていた。
安堵するユウキの元に、子ネズミが戻って来た。
「チュウ!」
「ありがとう! ごめん、できるだけ早く戻るから!」
「大丈夫だから、怪我をしないことを優先して!」
子ネズミを抱え、走り出したユウキに、ツバサは言う。ユウキは何度も礼を言いながら、コンラとともに暮れた街を走り出した。
朱槍を肩に回したクー・フーリンは、聞こえる足跡が二つあるような気がして、思わず首をかしげて眉間にしわを寄せた。……彼には、コンラの姿は見えていないのだ。
子ネズミの案内する方向へ走るユウキとコンラ。彼らがたどり着いたのは、町の靴屋であった。
ぴかぴかの大きなガラス製のショーケースが並べられている店内には、革靴やランニングシューズ、ブーツ、安全靴など、たくさんの種類の靴がある。
遠目からその靴を見たユウキは、上がりそうになった悲鳴を飲み込み、その場で足を止めた。
突然歩みを止めたユウキに、コンラは眉を顰め、といかける。
「どうした?」
「……あれ、ランニングシューズだよね?」
「あ? 見りゃわかるだろ。」
何を言っているのだ、と言いたげに首をかしげるコンラ。しかし、ユウキの恐怖は止まらない。細かく震える手をぎゅっと握り締め、ユウキは口を開く。
「ここ、ダンジョンの中だよ。生成されるものも、物語に準じるはずだ」
「は? 靴屋にランニングシューズがあって何がおかしいんだ?」
まだ状況が理解しきれていないのか、コンラは訳が分からないというように首をかしげる。そんな彼に、ユウキは言葉を続ける。
「……僕、ずっと疑問に思っていたんだ。赤い靴は、強制着用だろう? なら、元々履いていた靴は……?」
__靴屋には、ランニングシューズや革靴、安全靴、ブーツなどが、展示、されていた。




