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マイナーズ:弱小探索者と下位互換召喚獣の楽しいダンジョン冒険譚  作者: ooi
一章 イレギュラー【英雄無きアルスター】
35/152

34話 赤い靴を追いかけて

前回のあらすじ

・ダンジョン【赤い靴】に入場

・男女四人組が自分たちの悪事がバレるかもしれないと焦りだす

・赤い靴を履いた少女が、引きずられていた。

 反射的に動き出そうとしたユウキを、コンラが止める。そして、コンラは慌てたように小声でユウキに問いかける。


「馬鹿野郎、何をするつもりだ?!」

「んー! んー」


 返事をしようとしたユウキだが、口はコンラによってふさがれているため、まともに声を出すことができない。コンラは通りを警戒しながら、小さく舌打ちをしてユウキに言う。


「……絶対に大声を出すな、いいな?」


 その言葉に、ユウキは無言で首を縦に振る。コンラはユウキが首を縦に振るのを見てから、口を塞いでいた右手を離す。その瞬間、ユウキは小声でコンラに言う。


「早く助けないと……!」

「助けるつったって、どうするつもりだ?!」

「あのままひきずられていたらそのうち死んじゃう! だから、とりあえず足を切って……」

「できるのか、お前に?」

「!」


 コンラの指摘に、ユウキはピクリと肩を震わせる。

 そう、赤い靴を履いてしまった少女を助けるには、少女の足を切断しなければならない。しかし、ユウキは人を傷つけたことなど、イレギュラーで変貌した【害虫ダンジョン】くらいでしかしたことがない。しかも、今回は明確に少女の足を刃物で切断しなければならないのだ。


 自然と、ユウキの右拳に力がこもる。

 わかっている。やらなければ彼女は確実に死んでしまうことを。


 【赤い靴】の探索のセオリーは、赤い靴に出会わないように、巡回路を赤い靴の移動速度に合わせて探索するというものが主流である。そうすれば、確実に赤い靴と出会わず、追いつかれることも無いためだ。


 つまり、今ユウキが助けなければ、ユウキの後から探索を開始しただろう他の探索者たちが少女を見つけることはできない。もちろん、血の足跡から異変を感じ取ることはできるだろう。だがしかし、その時には既に手遅れになっている可能性が高い。


 恐怖で体が震える。赤い靴装着時の傷害行為は、救命目的ならば合法となりえる。それでも、通常の倫理観を……普通に平和に生き、普通に人を殺してはいけないと知り、普通に日常を過ごしてきた彼の常識を、打ち崩すような行為をしなければならないのだ。


 息を飲んだユウキに、コンラはあきれたように言う。


「意志薄弱の内に主人であるお前を敵の前にさらすことはできない。足なくなったって生えてきたりはしないのだろう?」

「うん、まあ、僕は別にトカゲやイモリじゃないし……」


 コンラの発言は基本的に神代基準である。父クー・フーリンはメイヴの姦計で狗肉を喰らわされた後、内臓を川の水で洗い腹の中に収めるという現代医療だとまずありえない行為を行ってまで戦闘を続行したという。コンラの知り合いに失った肉体を復活させるような奇跡を起こせる人間がいたとしてもおかしくはないだろう。


 とはいえ、ここは現代日本。足を生やすような奇跡を起こせる人間などおらず、医学は簡単に足を治せるほど進歩したわけではない。化学は発展せども、まだ魔法(きせき)には至っていなかった。


「でも……僕が、するよ。いや、僕がしなきゃいけない」


 震える手で、ユウキは念のために持ってきた手斧を取り出す。まさか、他人のためにこれを使うことになるとは思っていなかった。

 ユウキには、人を救うためとはいえ、四肢を欠損させるような度胸はない。それでも、救うために傷つける選択肢を手に取れたのは、たまたまある可能性を持ち合わせていたからだった。


「……問題は、切った後の足がどこに行くか、だけど……」

「足の行方? そんなの知るかよ」

「切った後の足があれば、出血以外はどうにかできる」

「そうなのか?」


 きょとんと首をかしげるコンラに、ユウキは持ち物の中から四等級のポーションを取り出す。小瓶に閉じ込められた紫色の液体は小さく揺れていた。変貌した【害虫ダンジョン】で手に入れた四等級ポーションだ。


「四等級ポーションだと、流石に四肢欠損までは治せない。四肢欠損が治せるのは、三等級ポーションからだ」

「じゃあだめじゃねえか」

「切ってすぐなら、四等級ポーションを使って切断された四肢を後遺症なくくっつけることができる。経口摂取させるわけじゃないから、血液まではどうしようもないけれども……」


 ユウキはそう言いながら、薬瓶をきゅっと握り締める。姉を救うためには、結局のところ二等級ポーションが必要なのだ。四等級ポーションはあると安心感があるが、それでも必須ではない。むしろ、ポーションが必要になるほどの大けがを負わないように立ち回るのが探索者としての本質である。


 バクバクとうるさい心臓に手を当て、ユウキはコンラに言う。

 覚悟ができたわけではない。それでも、彼に他人を見殺しにできる度胸はなかった。ただ、どっちつかずで意気地なしだからこそ、良心に従っただけだったのだ。


「……あの子の足を切ってくる。もしも危なそうだったら遠慮なく止めてくれるとうれしい」


 ポーションをカバンにしっかりとしまい込み、ユウキは手斧を両手で握り締める。ただただ、怖い。暴力を振るう人間を見たことがないとは言わない。幼馴染のシンジは不良であり、彼が喧嘩をしているところを何度も目撃したことがあった。

 ただ、その時は殴られていて可哀そうだとか、痛そうだとか被害者側の想像しかできなかった。だからこそ、加害する側に回るのがここまで恐ろしいとは思ってもいなかった。


 がらがらと、キャスター付きのショーケースが引きずられ、レンガの細かな凹凸で大げさなほどに揺れる。もしもショーケースを抱えずにそのまま地面に引きずられていれば、それこそ固いレンガの上で大根おろしのように体中が削られていたことだろう。少女の機転にユウキは感心した。


「……。」


 ユウキは無言でガラガラと引きずられていくショーケースと、少女を引き回す赤い靴を追いかける。両手で握り締めた斧は恐怖で小さく震えていた。


 赤い靴の移動速度はそこまで早くはない。少しだけ早歩きをすれば、数秒足らずで赤い靴に追いついた。ひとりでに動く赤色の靴は自力でどうにか足を切断しようとしたのだろう。赤くえぐれた肉から見える血液によって、赤黒く染められている。


 あまりに痛ましい光景に、ユウキはびくりとその動きを止める。

 しかし、時間はそう残されていない。かろうじて彼女の胸が上下することからまだ息があることは確認できるが、残される血の足跡から見ても、出血量は相当だ。早く処置をしなければ、本当に命に関わってしまう。


 こみ上げてくる恐怖を、水気の少ない唾液と一緒に嚥下する。酷く喉にへばりつき、まともに飲み下せない感情をそのままに、ユウキは奥歯を噛みしめて足を止めたがために開いた距離を大股で歩いて詰める。


 そして、手斧を両手で振りかぶった。


「ごめん、本当にごめんなさい……!」


 罪悪感で瞳に涙が浮かぶ。謎の汗が止まらない。

 振りかぶった斧は、やがて重力と振り下ろす力によって地面へと加速する。そして、斧の刃は、彼女が足を切ろうと抉っていた箇所を見事に叩き切った。


 がこん、と、骨のへし折れる鈍い音が響く。

 ユウキは小さく悲鳴を上げながら、再度斧を振りかぶる。両足を切らなければ、彼女は結局ひきずられるままなのだ。しかし、あまりの恐怖に狙いが定まらず、ユウキはなかなか斧を振り下ろすことができない。


 赤い靴の原典のように、踊り続ける少女の足を切るのが処刑人なら話は違ったのだろう。懺悔する少女の足を何のためらいもなく、苦痛も少なく切り落とすことができたはずだ。

 だがしかし、ユウキにはそんな技量が、度胸が、何よりも、勇気がない。


 焦り、動転し、恐怖でまともに動けず、進み続ける赤い靴にさらに焦りを覚える。どうしようもない悪循環でパニックになりかけたユウキに、コンラは小さくため息をついた。


「おいユウキ」

「な、なに?」

「それよこせ。見ていられねえ」

「へ?」


 コンラは、茫然としているユウキの手から手斧を奪い取ると、つかつかと少女の元に歩み寄る。

 ひとりでに歩く足つきの右靴を放置し、コンラは少女の左足を手に取る。そして、何のためらいもなく斧を振り下ろした。


 ざしゅ


 短い切断音の直後、コンラの左手から赤色の靴を履いた左足が逃げていく。


「! コンラ、彼女の応急手当てを……!」


 慌てて靴を追いかけようとしたユウキ。しかし、そんなユウキの襟首をコンラがつかみ上げ、静止した。


「馬鹿野郎、俺はお前の護衛をしなきゃいけねえんだよ!」

「でも、放っておいたら足が……!!」


 かつんかつんと軽いステップを踏みながらレンガの道を歩いていく赤い靴。まだ靴は血に汚れて赤い足跡を残している。しかし、血は本来の役割として基本すぐに固まり、やがて足跡を残さなくなってしまうだろう。


 表情を引きつらせるユウキ。その時だった。


「チュウ!!」


 ユウキの防弾パーカーのフードに隠れていた子ネズミが高く鳴くと、そのフードの中から抜け出し、テチテチと短い足を動かして赤い靴を追いかけていく。

 目を丸くして、ユウキは子ネズミに問いかける。


「君が追いかけておいてくれるのか?!」

「チュウ、チュウ!」


 赤茶けた毛並みの子ネズミは、ユウキの言葉に同意するように首を縦に振った。

 赤い靴は、人間のような二足歩行の存在でなければ強制即死を発生させることはない。もしも子ネズミが赤い靴と接触してしまっても、死ぬまで踊り続けさせられる羽目にはならないだろう。


 想定外に心強い味方に、ユウキは不器用に笑顔を浮かべ、言う。


「ありがとう! 絶対に彼女を助けるから、足はお願い……!」

「チュウ!」


 ユウキのお願いの言葉に、子ネズミは高く一鳴き。そして、足だけになっても踊り続ける赤い靴を追いかけて行った。

 ぐったりと力なくレンガの道に横たわる少女。ユウキは、慌てて持ってきていた救急セットをバッグから取り出した。


__不殺の挑戦終了まで、あと1時間45分

【赤い靴】原作:ハンス・クリスティアン・アンデルセン Hans Christian Andersen


 あらすじは、赤い靴にあこがれた少女が教会にまで赤い靴を履いて行ってしまい、養母の看病を忘れてダンスをしていたら、靴が勝手に踊りだしてしまうというもの。結局懺悔し赤い靴ごと足を処刑人に切り落としてもらってその後の人生は反省して過ごす。


 最近の絵本だと大分マイルドに変更されていたりするが、原典はグリムではないためガチグロテスクはない。ぜひ原典も読んでね。


__少女カレンの罪は、養母への恩を忘れ神への敬意を忘れて赤い靴で踊ったこと。ならば、このダンジョンでの罪は? 強盗? 破壊行為? 住居不法侵入?


 罪人が、心の底から後悔し、懺悔するならば寛大なる神は許しを与えることだろう。

 しかし、自覚もなく、後悔もなく、罪を重ね続ける愚かな罪人に手を差し伸べるほど、神の心は広くはない。

 そうだとも、処刑人の斧は本来、懺悔も後悔もしない愚かな罪人の首を刎ねるためにあるのだから!

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