33話 己で蒔いた種
前回のあらすじ
・コンラ「? 頭悪いのか?」
・四人組はユウキを殺害しようとする
・クー・フーリン「危ねえ!」
クー・フーリンへのお礼もそこそこに、ユウキはダンジョン【赤い靴】の入場料金の決済を行う。入場料は五級で収入もほぼ確約していることから、7500円と準五級ダンジョンよりも若干値上がりしている。
腕時計を確認すれば、挑戦をしてから五分が立ってしまっていた。正直なところ、【赤い靴】のダンジョンは何も採取せずにクリアしようと思えば十分で帰還用魔法陣に行くことが可能だ。しかし、その方法はボスでありほぼ即死ギミックと同義の【赤い靴】の存在を無視して中央広場に駆け込むというものであるため、決して安全な行為とは言えない。
さらに、コンラや子ネズミの食費を考えると、正直なところ今回の探索も赤字で終えたくなかった。だからこそ、ユウキはコンラと軽く目を合わせ、荷物の布をはぐ。
__ダンジョン【赤い靴】において、一番の脅威はエリアを徘徊する赤色の靴の存在だ。
接触と同時に強制装備させられる【赤い靴】は、履いてしまえば足を切り落とすまで強制的に踊り続けさせられる。逆に言えば、対象が踊り続けていれば、赤い靴はエリアを徘徊しない(できない)ため、ダンジョンの難易度は一気に下がる。
だがしかし、ここでユウキはある疑問を覚えた。【赤い靴】が強制装備させられるのは、本当に生物だけなのだろうか?
例えば、精巧なマネキンなら? 例えば、医療用の人形なら?
そう考えた彼は、ブティックの経営を視野に資料集めをしていた由美叔母さんに声をかけた。質のいい、可動域の多い良質なマネキンをもらうために。
「これは……すごいな。足の指まで再現してあるのか」
巻いていた布を片手に、コンラは改めて由美叔母さんからもらったマネキンを見る。顔こそのっぺらぼうだが、その代わりに掌、腕、足、膝、腰など、いくつもの箇所に球体が隠され、ほぼ人間と遜色のないポージングがとれるようになっていた。
通常のマネキンは7キロ前後であるにも拘らず、このマネキンは可動域を増やしたがために重量がかさみ、20キロほどの重さである。由美叔母さんがこのマネキンの廃棄を決定したのも、シーズンごとの衣服展示などで頻繁な移動が必要なために、その重さがデメリットになると判断されたからだ。
いつの間にかユウキの頭の上に乗っていた子ネズミは、のっぺらぼうな顔に驚いたのか、小さく鳴き声を上げてフードの中に逃げ込んだ。
ユウキもまたマネキンを確認し、小さく頷く。
「うん。可動域もほとんど人と変わらない。問題は、赤い靴がこれを装備してくれるかどうか、って話だけど……」
そう言いながらも、ユウキは再度時計を確認する。赤い靴は1キロ四方のこのダンジョンを1時間前後で一回りする。巡回航路はほぼ変更せず、時間もほとんど変わらない。そのため、時計を見ながら赤い靴の巡回路にかぶらないよう探索していくのがセオリーだ。
「……後2分くらいでこの中央通りに赤い靴が来る。マネキンを置いてみて、それを履いてくれるようだったら遠慮なく荷物を回収していこう。無理そうだったら予定通り、高値で売れる万年筆だけ持って利益回収して撤退する」
「了解だ」
コンラは短くそう答えると、布をはいだマネキンの腰当たりを片手で抱え、米俵を担ぐように持ち上げる。かなり軽々と持ち上げているように見えるが、マネキンの重量は約20キログラム。そこまで運動の得意ではないユウキでは、持ち上げることはできても、持ち運ぶにはあまりにも重量がありすぎた。
「ごめん、次からは台車とかも用意するね……」
「これくらいなら問題はない。もう時間がないのだろう? 急ぐぞ」
「わかった!」
申し訳なさそうに謝罪するユウキに、コンラはあっさりとそう言う。そして、二人は道を走り出した。
ユウキらから少し遅れ、クー・フーリンと合流したツバサは、事のあらましを一通り聞き、少しだけ困ったように肩をすくめた。
「うーん……多分、殺気の正体はコンラさんだと思うけれども……そっか、今日は探索を止めておくかい?」
「いや、いい。ツバサ、お前のスケジュール的に探索できるのは今日くらいなのだろう? 害があるなら反撃するだけだ」
壁に突き刺さった朱槍ゲイ・ボルグを引き抜きながら、クー・フーリンはそう答える。人気俳優であるツバサは、探索者資格を手に入れたにもかかわらず、忙しすぎてダンジョン探索の出来るまとまった時間が作りにくかった。
ツバサ自身もできるのなら今日【赤い靴】を探索してしまいたかったが、彼としても無用な争いを望んではいない。協力関係にあるクー・フーリンについては調べたため、コンラがクー・フーリンを嫌う理由は十分把握できていた。
「……その、確認だけれども、本当に彼が見えなかったのかい?」
「ああ。師匠にもとやかく言われたが、マジで何も見えねえ。ドウガ……だっけか? あの動く絵にも映っているようには見えなかった」
「うーん……なぜだろう。とりあえず、彼に危害は加えないようにしてくれ。向こうの探索者の人も、多分君に危害を加えないように指示していると思うから」
そんなやり取りをしている二人の横で、四人組は茫然と人間離れした美しさの二人を見ていた。
「あれ、本物……? 本物の草薙翼?」
「そうよね? やっぱりそうよね?」
女二人が、顔を見合わせてつぶやき合う。一応使い捨ての不織布マスクをつけて顔を隠しているツバサだが、それでも俳優であることを隠しきれてはいなかった。
そして、同時に四人は顔を青ざめさせる。
一人ならまだよかった。召喚獣であるコンラは、契約者であるユウキが死ねば消える。事故でユウキが死ねば、その時点で目撃者がいなくなるはずだった。
しかし、ツバサは違う。
クー・フーリンという強力な仲間を持ち、有名人である草薙翼が死亡すれば、事故よりも事件を疑う者が増えるはずだ。
つまり、彼等は彼ら自身で、昨日の生贄をどうにか隠し通さなければならないのだ。……四人のうちだれか……いや、もしかしたら、全員かもしれない。
小さく息を飲む音が、狭いエントランスフロアに響いた。彼ら自身の手で蒔いた悪意の種が、芽吹こうとしていたのだ。
__不殺の挑戦終了まで、あと1時間52分
赤い靴が通るはずの通路にたどり着いた二人は、マネキンを道の中央に置き、道の端に隠れていた。時計を確認すれば、予定時刻まであともう三十秒と言ったところである。
「何とか間に合ったね……」
少しだけ冷や汗をかきながら、ユウキはつぶやくように言う。赤い靴の巡回路は固定されているため、さほど焦らなくとも大丈夫なのだが、作戦が成功するかどうかわからない以上、できるだけ早めに検証をしておきたかったのだ。
よほどマネキンが怖かったのか、子ネズミは文句を言いたげにユウキのつむじあたりを小さな手でタシタシと叩く。まったくもって痛くはなかったため、ユウキは苦笑いしながら子ネズミに謝罪した。
「靴が来るまで待機だな」
「うん。今回は呼び名をどうする? あの四人組がいるなら、センシって呼んだほうが良いかな?」
「……あれだけ頭の軽そうな連中が俺のことを知っているようには思えないが、まあ、そう呼んでおいてくれ。戦闘はメインにはならないのだろう?」
「はは、意外と口悪いね。資料で渡したと思うけど、戦闘になるパターンは盗掘のし過ぎか物件破壊だから、基本的には戦闘皆無で終えられると思う」
時計を見ながら、ユウキは「建物壊さないように気を付けてね」とつぶやき、周囲を見回す。
モブの風の妖精は、『たくさんいる』ことは知られているが、正直なところ実害はさほどないとされている。というのも、ダンジョン【赤い靴】の妖精はほかのダンジョンの妖精と比べても存在が希薄であり、物理的に攻撃をすることができないのだ。
できることはせいぜい追い風や向かい風を作り出す程度で、人に対して興味もないのか、干渉してくることさえ稀であるという。
当然、それだけ弱いため魔石も売買や利用が不可能なほど小さなものしか手に入らない。だからこそ、【赤い靴】ダンジョンのうまみは盗掘のみなのである。
そんなことを話しながら、ユウキは手元の時計を見る。そして、首を傾げた。
「……あれ? 予定時刻を過ぎたのに、まだ来てない……?」
「は?」
ユウキの言葉につられ、コンラも困惑したような声を上げる。到着予定だった時間から、既に五分以上経過している。
彼は困ったように顎に手を当てた。
「うーん……赤い靴に捕まった人が出たって情報は来てないし、順路が変わったって話も聞いてないし……何かあったのかな?」
「……そうか、捕まった人間が出れば、巡回する道は変わらずとも、時間はずれるのか」
「赤い靴に追いかけられても変わるけど……それだったら長くて一分二分くらいでそのずれもすぐに戻るはず」
赤い靴はその巡回の時間を大きく変えることはほとんどない。だからこそ順路マップが作られ、時間帯まで明確に記載されているのだ。
ユウキは少しだけ困惑しながらも、同時に悪い予感を覚える。
「もしかして……誰かがまだ靴に捕まっている?」
「……その場合はどうしたほうが良いとかはあるのか?」
子ネズミは頭の上にいるのに飽きたのか、単純に動く頭の上だと座りにくいと思ったのか、するするとフードの中に戻っていく。コンラのその問いに、ユウキは即座に返答した。
「当たり前だけど、助けないと犯罪。特に【赤い靴】だと、以前に生贄作戦って言って人一人の人生と引き換えに大金を得るっていう方法が問題になって、入った時の人数と出たときの人数が一致しないと確認が入るくらいには厳重になってる。流石にそんなことを気軽にする外道はあまりいないと思うけど……」
「生贄作戦……ああ、資料にあったアレか。しかし、あれやると【赤い靴】出禁になるのじゃなかったか?」
「うん、と言うか、今の法整備整ったご時世でやれば、刑務所に入るせいで強制出禁になるよ」
ユウキはあっさりとそう答える。
__探索者資格を取っているなら、それくらいの知識はあるはずだ。と言うか、それくらいのモラルもなく資格が取れるはずもない。
すっと目を細め、そう思考するユウキ。しかし、彼はある意味で思考を放棄していたのだ。
彼でも知っていた。探索者資格が落ちるほうが難しいと言われるような難易度の低い資格であることを。彼でも知っていた。ネットに流れる情報にはデマが多いことを。
それらが複合的に絡み合った結果、モラルを捨てた人間が何をしでかすのか。倫理観を冒涜した人間が何をするのか。予想はできたはずなのだ。何せ、彼はクー・フーリンによって妨害されたものの、背後から刺されかけていた。
それでも、彼は人間の良心を心の根底から信じていたから。だからこそ、考えもしなかった。思いつきもしなかった。手元にあるカギに目を向けようともしなかった。
カツン、カツン、カツン
「……!」
足音が聞こえてくる。少しばかり遅れたが、ようやく赤い靴がこちらへ来たらしい。
先に異変に気が付いたのは、コンラの方であった。ついで子ネズミ、少し遅れてユウキが、あることに気が付く。
足音に、何かが引きずられるような音が、混ざっている。
同時に、嗅覚に優れる子ネズミと五感が冴えているコンラは、鉄臭い異臭に気が付いていた。
直感的に、コンラは右手でユウキの口を無理やり塞いだ。突然の行動に、暴れかけたユウキだが、身を隠した通路をソレが通り抜けていったことで、むしろコンラの英断に感謝する感情さえ覚えた。
一番最初に通路を通って行ったのは、真っ赤に汚れた靴。真っ赤に汚れた両足は、中途半端な切断が加えられ、動くたびにだらだらと出血が続いていた。ついで、ごろごろと、キャスターが固いレンガの床を引きずられていく音。
そこには、キャスター付きのショーケースにしがみついたまま気を失った少女の姿があった。
「___?!?」
上げかけた悲鳴はコンラによってふさがれた口で表には出て行かなかった。
__赤い靴の通っていく道なりに、真っ赤な足跡が、ぺたり、ぺたりとつけられていた。
【失血死について】
一般に、人間の体重の約8%が血液である。その血液のうち20%が急速に失われると出血性ショック状態となり、30%が失われると生命の危機となる。当然、体重が軽ければ血液の量も少ないため、赤ちゃんの出血には要注意である。
また、女性の方が男性よりも出血に耐えられる体質であると言われている。




