37話 ああ、ああ、靴が、靴が、そこに!
前回のあらすじ
・ユウキらが靴屋を探索
・隠し部屋の奥は、犠牲者の足が展示されていた
・少女の足を回収しようとしたところ、老婆の霊が現れる
目の前に突然現れた老婆の霊は、作業台の上の足に手を伸ばしたユウキに、ニマニマと不気味な笑みを浮かべている。
ユウキは表情を凍らせて動きを止めた。
__まさか、足を持っていったら一発で警告が……?!
どこからともなく現れた老婆の霊。奴は、横暴な強盗たちを見つけると、大声でわめいて赤い靴を呼び出す。
隠し部屋の出口は一つで窓はない。あったとしても、壁一面は足の閉じ込められたショーケースで覆われていて、出ることはできないだろう。要するに、ここは既に行き止まりであったのだ。
「畜生、幽霊は殺すに入るのか……?!」
「わ、わからない! で、でも、どうにかしないと……!」
震える声で言葉を紡ぎ、ユウキはぎゅっと左拳を握り締めた。
とにかく、考えなければならない。どうすれば良い? どうしたらいい?
__赤い靴は、主人公カレンが不義理を働いたがために、踊り続ける……不義理……この場合は、窃盗の罪?
しわがびっしりと刻まれた老婆の顔。口元は半月型に吊り上がり、まるで獲物を前にした猫のような笑顔を浮かべている。ユウキは、それでもひたすら思考を続けた。
__窃盗犯を罰するために赤い靴が徘徊するのだとしたら、老婆の霊の役割は、風の妖精の役割は何だ?
事前情報と知識を必死に脳内の引き出しから引きずり出す。とっ散らかった思考を必死にまとめ上げ、仮説を作り続ける。
隠し部屋には作業台が中央に、周りにはショーケースの中にしまい込まれた足のミイラたち。出口は一つ。少女の足を保存するための作業をしようとしていたのは、風の精霊だった。
__風の精霊の役目は足の保存……? いや、それだけじゃないはずだ! そうだったとしても、なら、老婆は何だ?!
誰もいない店内。誰も住んでいない家々。住人は一人としてこのダンジョンに存在しない。その代わりにただ一人、赤い靴が徘徊し、出会った人間を追いかける。
そこまで考えたことで、ユウキはあることに気が付く。
__赤い靴は、窃盗を行っていなくとも強制的に履かされる……でも、老婆は大きな盗みを働いたものの元に現れ、赤い靴を呼ぶ……?
考えすぎて右目の奥がジリッと痛む。ひきつるような痛みで、ようやくユウキは一つの仮説を思いつく。そして、ニタニタと不気味に笑む老婆の霊に向かって、恐怖で開きにくい喉を無理やりこじ開け、ユウキは声を出す。
「対価はお支払いします。この足を、買わせてください」
「はぁ?! お前、何言って……!」
困惑の声を上げるコンラ。しかし、ユウキはただまっすぐと老婆の目を見る。
老婆は一瞬ポカンとした表情を浮かべたが、すぐに朗らかな笑みに変わった。そして、フッと消えうせる。
__読みがあたった……!
跡形もなく消えうせた老婆の霊。ユウキは安堵で肩をガクンと落とし、転倒しかけ慌てて作業台に縋りつく。危うくその場に膝をつきかけるところだった。急な動きに、フードの中にいた子ネズミは文句とばかりに一つ非難がましい鳴き声を上げた。
何が起きたのかわからないコンラは、あたりをきょろきょろと警戒しながら、ユウキに問いかける。
「待て、何があったのだ?! どういうことだ?!」
緊張状態から解放されたために深呼吸を繰り返すユウキは、まだ力が入らない足に叱咤をしながら立ち上がり、苦笑いを浮かべて答えを口にする。
「老婆の役割は、司法だったんだ」
「……は?」
ユウキの言葉を理解できず、眉間にしわを寄せるコンラ。隠し部屋の中では、風の妖精たちがキャラキャラと何やら高い声で話をしている。ユウキは、作業台に縋りつきながら立ち上がり、コンラに説明を続ける。
「【赤い靴】の物語で、主人公を罰したのは実質三人。赤い靴と、少女の足を切り落とした処刑人、そして、養母の老婆だ。それで、処刑人はこのダンジョンには出現しなくて、出てくるのは赤い靴と老婆。
最初におかしいと思ったことは、赤い靴が何もしていない人も追いかけることだ。赤い靴は、窃盗をする前でも強制装備の対象になる。罪を罪と判断する能力がないんだ。だから、赤い靴は罪を罰する役割でしかない。処刑人の立場も含めていたんだ」
アンデルセンの【赤い靴】で登場する荒れ野の処刑人は、懺悔した少女カレンの足を切り落とした。処刑人は己で罪人の罪を推し量るようなことはしない。その人物に罪があるかどうかなどを知ろうとはしない。ただ、罪人の首を切るために存在するのだ。
だからこそ、このダンジョン【赤い靴】において、処刑人の役割も果たす赤い靴は対象を選ばずに侵入者を追いかけまわす。そして、足を切り落とすまで、その命を落とすまで、踊り続けさせるのだ。
そして、老婆は、そんな赤い靴とは対照的に、罪を推し量る存在である。重篤な建築物破壊や強欲にダンジョンのものを盗んだ罪人に対し、処刑人を呼びつけ刑を執行しようとする。当然、裁判官である老婆は、刑を執行することはできない。
風の妖精たちは、町の住人替わり。通常の二足歩行できる人間では、無差別な処刑の対象になってしまうからだろう。
そう考えたユウキは、己に窃盗の意志がないことを表明するために、少女の足を買うと宣言した。対価を支払えば、窃盗にはならない。住居不法侵入は少々言い訳ができないが、それでも老婆が許したということは、罪にはならなかったのだろう。
ユウキの説明を聞き、コンラは納得したのか、少しだけ目を丸くする。そして、困ったように眉を下げた。
「で、対価はどうするんだ?」
「……あっ」
コンラの指摘に、ユウキは間の抜けた声を上げる。実のところ、ユウキは考えもなしに言葉をついたため、対価のことなど考えてもいなかったのだ。
ユウキは数秒間視線をさ迷わせてから、今の所持品を確認し始める。今持っているのは、探索に必須な最低限の物資と、救急セット、ちょっとした間食、それと、四級ポーション。もちろん、四級ポーションを渡してしまえば少女の足を治すことができなくなってしまうため、必然的に選択肢からは外れる。
少しだけ迷いながらも、ユウキは腰の金具からナイフを取り外す。
「すみません、これでどうでしょう……?」
恐る恐ると言った様子のユウキの問いかけに、風の精霊たちはキャラキャラと笑い声をあげて首を横に振る。どうやら、これだけだとだめであるらしい。
「うーん……どうしようか……?」
「どうするもなにもねえだろ。俺は特に何も持っていないからな……いや、まて?」
コンラはあることを思い出して、ナップザックに手を突っ込む。そして、見覚えのある小袋を引っ張り出した。
それは、先日子ネズミがくれた、謎の物体の入った麻袋である。
その袋を見た風の妖精たちは、ぴたりと笑うのを止め、こちらを見る。そんな妖精たちの視線に気が付いてか知らずか、コンラは言葉を紡いだ。
「こいつを追加したらどうだ?」
「いや、これ、この子のだし……いいの?」
確認するようにフードの中の子ネズミに問いかけるユウキ。のそのそとユウキの頭の上に戻った子ネズミは、ちらりと麻袋を見てから、大きく頭を縦に振った。
「チュウ!」
「大丈夫らしいな」
「ごめん、ありがとう」
ユウキは少しだけ申し訳なさそうにコンラから麻袋を受け取り、中身を確認する。
ボロボロの麻袋の中には、小指の先ほどの大きさの、小さな小さな紫色の結晶。しばらく何だかわからなかったユウキだが、手元に取り出してよく見て、ようやく気が付く。
「あ、これ、もしかして、竹藪ダンジョンのネズミから取れるクズ魔石?」
本来の魔石は、ほとんど光を通さないほど濃い紫色の水晶である。竹藪ダンジョンで使った魔石も、大きさこそかなり小さかったものの、色はほぼ不透明であった。
しかし、矮小な魔物からは、透明度の高い小さな小さな結晶体が採取される。それらはタダ同然の価格で取引されるため、【クズ魔石】と呼ばれているのだ。だからこそ、ユウキたちも竹藪ダンジョンでネズミから取れる魔石の収入は計算に入れていなかったのである。
しかし、どうやら、子ネズミはネズミたちから採取できる魔石をずっと集めていたらしい。
クズ魔石をいくつか取り出す。すると、風の妖精たちは嬉しそうにきゃあきゃあと声を上げた。どうやら、ナイフよりも魔石の方がうれしいようだ。
風の妖精たちはキラキラと透き通る羽根を動かし、ユウキのそばへと近づく。どうやらこの魔石で取引が成立するらしい。
「えっと、いくつ必要かな?」
近づいてきた小さな風の妖精たちにびくりと体を震わせながら、ユウキは問いかける。すると、妖精たちは少しの間顔を見合わせてから、麻袋に近づき、クズ魔石を三分の一ほど持っていく。そして、すぐに足をラッピングし始めた。
足にリボンをまこうとし始めた妖精たちに、ユウキは慌てて言う。
「ご、ごめんなさい! その、足はそのままかガラスケースで持ち帰りたいです!」
ユウキのその言葉に、風の妖精たちは少しだけ残念そうに高い声を上げる。そして、すぐに注文通り清潔な円柱形のガラスケースに少女の足を一揃い入れると、ついでと言わんばかりにラッピングされた赤色の箱をほかの部屋から引っ張り出し、足の納まった円柱のガラスケースと一緒にユウキに手渡す。
「えっと、これは……?」
渡された赤色の箱に困惑するユウキに、妖精たちは表を指さす。表は確か、犠牲者たちの靴が展示されているはずである。
困惑しながら箱を開けてみれば、中には動きやすそうな運動靴。どこぞの高級スポーツメーカーのものなのか、すっきりとしたデザインは愛らしいオレンジ色で統一されている。女性向けの靴なのだろう。
「も、もしかして、彼女の靴……?」
ユウキの質問に、妖精たちは同意を示すようにキャラキャラと高い声を上げた。どうやら、麻袋の三分の一のクズ魔石の対価の中には、靴の代金も含まれていたらしい。
手渡された品々に、ユウキは安堵の感情を覚えながら、妖精たちに向かってぺこりと頭を下げる。
「ありがとうございました。このお店にまた来ることは多分ないと思いますけれども、他のお店でお買い物させてもらえたらうれしいです」
妖精たちに礼を言うユウキを、コンラは不思議そうに見る。当たり前なことをしたというにも拘らず礼を言うことが理解できなかったのだ。しかし、従者としてわざわざ指摘すべきでもないだろうと特に何も言わず、そっと視線を妖精たちに戻した。
ユウキの感謝の言葉に、妖精たちは嬉しそうに高い声を上げると、出入り口の隠し扉を開ける。
こうして二人は、少女の足を手に入れ、元の路地へ走って戻っていった。
__不殺の挑戦終了まで、あと1時間40分
靴屋からユウキらが出て行った数分後。表のショーケースが、パリンと音を立てて砕け散った。
出てきたのは、犠牲者たちの靴、靴、靴。
色とりどりで、形も大きさも全く異なる靴たちは、それぞれショーケースから抜け出すと、ある方向へ向かって行進していく。レンガの道を一斉に歩く靴たちの足音は、少しの間はバラバラだったものの、だんだんと一つにそろっていく。
店内を荒らされたにもかかわらず、風の妖精たちはただけらけらと楽しそうに笑い、ひとりでに歩いていく靴たちを見送った。
__切断された足は、罪人の懺悔の証。しかし、反省しない、しきれない罪人の元には、足を失ったカレンの墓参りを拒んだように、再び赤い靴が現れることだろう。
断罪の時は、もうすぐとなっていた。
【老婆の正体】
レアモブの老婆は、実のところ、討伐可能な魔物の一種である。しかし、討伐には幽霊も討伐できるような希少な武器を用意する必要があり、倒したところで魔石も手に入らず、ただ赤い靴を呼ばれるだけであるため、倒す意味はあまりない。
ダンジョン【赤い靴】内部で、探索者たちの行為を監視し、度が過ぎた蛮行を行ったものを断罪するため、赤い靴を呼び出す能力を持つ。本人に戦闘力はないが、最悪な『なかまをよぶ』をするため、老婆に赤い靴を呼び出されないように立ち回るのが得策である。




