31話 スーパーキャリアウーマン由美叔母さん
前回のあらすじ
・コンラ「俺はあまりタケノコが好みじゃないかもしれない」
・???「許さない……!」
休憩と会議を終えたユウキは、タッパーに茹でたタケノコを入れて由美叔母さんの働くオフィスへと向かう。オフィス、と言っても、彼女自身が経営しているカフェの個室を改造した店舗兼用の仕事場なのだが。
事前に連絡した通り、カフェの裏口から入ったユウキは、一緒に来たコンラにちらりと目線を向ける。コンラの肩には子ネズミがちょこんと乗っかっていた。
コーヒーの落ち着いた香りのするバックヤード。奥の調理場では休日昼下がりの時間をカフェで楽しむ人たちが注文した商品を作るために、店員さんたちが忙しく働いていた。
店内が気になるらしいコンラに、ユウキは少しだけ申し訳なさそうに言う。
「その、叔母さんは割と忙しい人だから、あまりビックリしないであげてね……」
「……?」
ユウキの忠告に、コンラは困惑したように首をかしげる。実のところを言うと、コンラが由美叔母さんと会うのは今日が初めてだった。
「話には聞いていたが、その人は確か、お前が住んでいる家の持ち主だったよな?」
「うん。アパートは由美叔母さんが経営している。ただ、その、趣味と生きがいが仕事の人だから、その……」
ユウキはそっと目を逸らして言葉を濁す。
そんなユウキの言葉に、コンラは首をかしげることしかできない。
事前の電話で知っていた通り、ユウキは迷うことなく裏口からカフェの2階部分へと向かい、そして、廊下の一番奥の個室___スタッフオンリーとかかれたプレートの掲げられたその扉を、ノックする。そして、声をかける。
「由美叔母さん、今大丈夫ですか?」
すると、部屋から「はーい」と言う声とともに、何かをがさがさと移動させる音が響く。一拍遅れて、ガッと何か固いものがぶつかる音が聞こえてきた。
「いったーい!!」
「?!」
突然聞こえてきた由美叔母さんの声に、コンラはピクリと目を見開く。緊急性が高いと判断したのだろう、ユウキの前に出ると、彼はプレートの文字を無視して扉を押し開けた。
そして、表情をひきつらせた。
「ごめんごめん、足ぶつけちゃって……」
「……うわ」
思わず小さく声を漏らすコンラ。
あらかじめ予想していたユウキは、ただ頭を抱えた。
それもそうだろう。五畳と少しの部屋には大量の書類、書類、段ボール、時々何故ここにあるのかもわからないバランスボール、脱ぎっぱなしのスーツ、片方だけのピンヒール、そして、空っぽのペットボトルが数本、取っ散らかっている。
要するに、由美叔母さんのオフィスは、酷く荒れ汚れていた。
ワーカホリック気味なほどのキャリアウーマンの由美叔母さんは、実は片付けが致命的に苦手と言う欠点がある。性格的にはできてもおかしくないはずなのに、何故か部屋がごちゃつくのだ。
床に置きっぱなしだった書類の束の入った段ボールに足をぶつけたらしい由美叔母さんは、痛そうに左のつま先を抑えながら言う。
「あー、初めまして。そんなにドン引きしないでもらえるとうれしいな」
「無理だと思うよ、叔母さん……」
申し訳なさそうに笑顔をコンラに向ける由美叔母さんに、ユウキは頭を抱えて言う。コンラはポカンとした表情を浮かべ、部屋と由美叔母さんを交互に見て、頭を抱えた。
コンラの頭の上に乗っかった子ネズミは、呆れたように一鳴きする。無言でユウキと目を合わせたコンラは小さく頷き、由美叔母さんの部屋の片づけを始めた。
大量の書類を本棚に整理し、ゴミを捨て、服をロッカーにしまうと、ある程度部屋は綺麗になった。収納は余っていたあたり、単純に収納や整理が苦手なだけなのだろう。……とはいえ、それでもどうやってあそこまで部屋を荒らせたのかは不明だが。
重たい段ボールを床からどかし、中身の書類を本棚に振り分けていくコンラを横に、ユウキは思い出したように由美叔母さんに声をかける。
「その、頼まれていたタケノコ持ってきました。下処理はもう済んでいます」
「ん? あ、灰汁取りしてくれたの? ありがとうね」
カフェで使われているコーヒーをたっぷりと入れた蓋つきタンブラーを傾けながら、由美叔母さんは書類から目を上げる。どうやら相当立て込んでいるようだ。
「服飾関連の起業、ある程度目安が付いたわ。飲食に関してはある程度職員たちも育ってきたから、社長兼リーダーを割り振って、ブティックに注力するわ」
「忙しそうですね……」
「楽しいからそれでいいわ」
由美叔母さんはそう言ってクマの住み着いた顔で華やかな笑顔を浮かべる。ユウキは少しは休んでほしいと切に思いながらも、由美叔母さんにタッパーを手渡した。
しっかりとあく抜きの済んだタケノコに、由美叔母さんはほくほくと嬉しそうな表情を浮かべる。そして、思い出したように今まで荒れていた部屋の中でも、置き場所に困ったそれを指さした。
「じゃあ、それ持って行っちゃってもいいわよ。意外と重いから、気を付けてね」
店に合わなくて廃棄予定だったし、と付け加える由美叔母さん。そんな彼女にぺこりと頭を下げ、お礼を言ってから、ユウキはそっとソレを抱え上げようと手を伸ばす。そして、力を込めて持ち上げる。
……地面からたった一センチ、浮いただけだったが。
「……ごめん、コンラ。これ運ぶの、手伝ってもらっていい?」
「……お前なぁ」
コンラはあきれたように言いながらも、肩をすくめてソレを抱え上げた。
翌日。
準備を終えたユウキと布で巻いたソレを抱えたコンラ、そして、今日はユウキのかぶっていないフードの中に場所を移した子ネズミは、電車を数本乗り継いだ先の赤レンガの古民家前に立っていた。
五級ダンジョンとはいえ、赤い靴は靴から逃げれさえすれば収益が確定するため、エントランス部分には数人の新人らしい冒険者が居座っていた。明らかに軽装だが、大丈夫なのだろうか?
「どうする?」
「どうするって、何が?」
突然のコンラの質問に、ユウキは首をかしげる。何がどうしたのだろうか?
「そこにいる連中のことだ。入り口をふさぐということは、俺の行く道を妨害するということだろう? 挑戦と受け取っていいなら戦闘をするが……」
「だ、だめだよ!」
進む道を変えてはいけないゲッシュを持つコンラにとって、入り口である金属の扉の前でたむろする男女は邪魔どころか、文字通り死活問題である。さらに言えば、思いのほか重たい物資を運ぶ今、扉の前からエントランス前のここまで聞こえてくる男女の声は大変不愉快だったのだろう。
何と言うべきか、自分よりも美しいと驕った小娘一人に女神がブチ切れてメドゥーサという怪物を生み出したように、神話やら伝承やらにおいて、神は短気に描かれるのが常である。そんな神の血を四分の1引き継いでいるコンラもまた、それなりに短気なわけで。
今にも背中の固定具を外し、剣を取り出しそうになるコンラをユウキは慌てて止める。召喚獣による犯罪は、犯罪を行った召喚獣のみならず召喚した契約者も罰せられるのだ。さらに、前科が付くと探索者資格を剥奪されかねない。
品のない耳に触る笑い声に苛つきながら、コンラは小さく舌打ちをし、肩をすくめる。
「不殺を挑戦してくれないか? もしあの連中と一緒にダンジョン探索をすることになったら、うっかり殺してしまうかもしれない」
「そんなに腹立ったの?」
「……いやな気配がする。コナハトの女王と同じ匂いだ」
「……それ、相当まずいのじゃない? 彼ら本当に人間?」
「お前はお前で扱いが酷いな」
ユウキの反応に、コンラは少しだけ呆れたように言う。女王メイヴは昔の物語基準でも相当残酷な行為を平気で行う人物である。そのため、コンラの台詞にユウキは警戒感を示したのだ。
コンラは小さくため息をついて、言葉を続ける。
「流石にメイヴと全く同じではない。方向性が同じなだけで、随分希釈されている」
「うーん……でもさぁ……まあ、関わらないように行動しようか」
言葉を濁すコンラに、ユウキは少しだけ警戒感を示しながらしっかりと布でくるんだナイフのある場所を確認する。……捜査はされるとはいえ、ダンジョンでの死人は事故として処理されることが多いのだ。




