28話 タケノコ争い
前回のあらすじ
・ユウキ「ゲッシュ対策しておこう」
・コンラ「センシと呼んでくれ」
・気が付くとネズミのモンスターに囲まれていた
最初に飛び出してきたのは、成猫ほどの大きさのドブネズミだった。酷く血走った目でこちらを睨み、黄ばんだ歯をむき出しにして唸る彼らは、酷く植えているらしい。
ユウキの知識で知っているよりもはるかに大きいそのネズミに、彼はポカンと口を開けることしかできない。
「下がれユウキ!」
茫然としているユウキにコンラはそう怒鳴ると、突撃してきたドブネズミを剣で一刀両断する。
頭蓋からやや斜めに断たれたネズミは、その命の灯を消し、笹の葉が覆う地面にドシャリと重たい音を立て落ちた。あたりに飛び散る赤い液体。鮮烈なその色と強烈な異臭に、ユウキは思わず表情を凍えさせた。
ぞろぞろと竹藪から出てくるネズミたち。連携も協調性もない代わりに、ただひたすら数で押してくる。コンラは小さく舌打ちをしながら、剣を振るってネズミを次々に切り落とした。
「スプレー使う!」
群れる小さな獣たちに、ユウキは慌てて装備していたネズミの嫌う臭いのスプレーを手に取る。そして、ストッパーを外した。新品で固いスプレーの引き金をぎゅっと握り締め、ユウキは火元になりえる鍋からできるだけ離れてスプレーを吹きかけた。
直後、鼻を突きさすようなすさまじい臭いがあたりに広がる。コンラは思わず顔をしかめ、小さくうめく。
「ぐっ……?!」
「……うわぁ」
とんでもない臭いが鼻にこびりつく。しかし、その分効果は抜群だ。
ネズミたちがギイギイと悲鳴を上げ、蜘蛛の子を蹴散らすかのように竹藪の方へと逃げ出していく。それでも、まだ残ったネズミはコンラが容赦なく切り殺す。
とんでもない臭いに表情を歪めながら、コンラは短く息を吐く。襲撃も対応も、事前の情報共有通りである。覚悟もできていたため、戦いやすかった。できればユウキにも戦闘に参加してほしいと思わないでもないが、スプレーでネズミの数を減らしただけでも十分期待値に達していた。
最後のネズミの首を切り落としたコンラは、小さくため息をついてからどろどろに汚れた剣を布でぬぐう。
「ありがとう、コンラ! その、ゲッシュのバフのない戦闘だったと思うけど、大丈夫だった……?」
「ああ、あの程度なら問題ない。負傷なし、消耗なしだ」
「そっか、よかった……ダンジョン産だから違うかもしれないけど、ネズミは伝染病や感染症の病原体を持ってることあるから、怪我したらすぐに言ってね」
怪我をしていないらしいコンラに、ユウキは安堵のため息をつく。彼がこの程度のダンジョンで苦戦するとは思っていない。それでも、怪我をしてしまったら申し訳がない。
襲撃の直後と言うこともあり警戒しているのか、コンラは剣を鞘にしまわずに側の金属製のベンチに腰掛けた。
「このまま居たらまた襲撃があるかもしれない。早めに探索を終了することを提案する」
「うん、そうだね。そろそろタケノコも茹で上がるし……」
そこまで言いかけたところで、ユウキはふと口をつぐむ。何か、音がしたような気がしたのだ。そして表情を引きつらせながら鍋の方を見た。
カタカタ、カタカタ
不自然に揺れる大きな安物の鍋。
ユウキは息を飲む。ネズミは臭いを嫌ってここから逃げ出したかコンラに全滅させられたはずである。
ことことと蓋が揺れる吹きこぼれたぬか混じりの熱湯が、笹の床に湯気をこぼした。
ユウキは、恐る恐る鍋の方へと近づく。
カタカタと揺れる鍋。加熱しすぎで吹きこぼれる熱湯。
コンラは無言ながらにも、うすく眉をしかめ鍋の方を警戒していた。
小さく、笹の葉を踏みしめる音が聞こえる。ユウキなりに足音を殺して鍋の方に近づこうとしているのだが、どうしても足音が消えきらない。
しかし、それでも鍋の不自然な揺れは止まらない。
ユウキは、ぎゅっと手に持ったナイフを握り締める。
そして、勇気を振り絞って鍋の後ろを覗き込んだ。
そこにいたのは__
「ぢっ?!」
「わっ?!」
そこにいたのは、鍋から吹きこぼれた熱々のぬか汁を必死に舐める子ネズミだった。ユウキと目が合った子ネズミは、びくりと体を硬直させ、そして、ぬか汁をとられまいと必死に威嚇する。
「大丈夫か?」
「ああ、うん、その、大丈夫みたい……ちっちゃいネズミだった」
少しだけ心配した声色のコンラに、ユウキは肩をすくめて答える。
腹をすかせたらしい子ネズミは、己よりも大きなコンラの姿に一瞬びくりと体を震わせるも、それでも威嚇を止めなかった。
__もしかして、おなかすいているのかな……?
すぐ近くに川があるにも拘らず、これだけぬか汁に執着しているのだ。喉が渇いているのではなく、空腹である可能性が高い。
ユウキは少しだけ悩んだ後、そっと自分の荷物から今日の弁当を取り出す。弁当と言っても、朝食の残り物を弁当箱とは名ばかりのタッパーに詰め込んだだけの代物なのだが。
「今食べてる暇ないかもしれないけど、こっちがコンラの昼食。量多めにしたけど、足りないだろうから帰り道で何か買って帰ろう」
「……待てユウキ。何するつもりだ?」
自分の弁当箱……いや、ただのタッパーなのだが……を取り出したユウキに、コンラは訝し気な表情を浮かべ、問う。しかし、ユウキはその問いには答えずにタッパーに詰め込んだおにぎりを一つ、ラップを外しながら取り出した。
作り慣れていないため、ラップを外すとボロボロに崩れかけるおにぎり。ユウキはそれを、威嚇する子ネズミに半分渡した。
「これ、よかったらどうぞ。たぶん、ぬか汁よりは美味しいと思う」
「……モンスターに餌付けしてどうする」
「流石にこのサイズのモンスターだったら放置してても大丈夫でしょ。ちょっと、あまりにも可哀そうだったから……」
それにこれくらいなら僕でも勝てると思う、と続けるユウキに、不服だったのか子ネズミはギッと低い声を上げた。その反応に、ユウキは苦笑いして「ごめん」と小さく謝った。
ボロボロ崩れるラップの付いていない握り飯を口に放り込むユウキ。そして、残った半分をそっと子ネズミの前に置く。
「その、ラップは食べないようにね?」
「……」
子ネズミは少しだけ警戒しながらも、空腹には勝てなかったのだろう。湯気の立つ水たまりを踏み越え、かつて握り飯だったソレを貪り食べ始めた。赤茶色の毛並みの子ネズミをそっと見つめながら、ユウキは魔石燃料のコンロを止めた。湯で時間もう十分なはずだ。あとはタケノコから灰汁を出すために鍋をしばらく置いておく必要があるが……最悪、熱い鍋に気を付けながら持って帰ればいい。
「どうする?」
周囲を警戒しながら、短くユウキに問うコンラ。その目には呆れも交じっていたが、子ネズミがユウキに危害を加える気が無いらしい事実に、とりあえずは妥協したのだろう。
ユウキは少しだけ考えた後、コンラに言う。
「臭い凄いし……移動してからご飯食べようか」
「わかった」
二人がそんな話をする頃には、子ネズミはボロボロのおにぎりを食べ終えたらしく、口の周りを短い手でこすっていた。ユウキはそっとおにぎりの下に敷いていたラップを拾い上げ、ついで鍋を頑張って持ち上げる。
「お、重い……!」
「俺が持つか?」
「いや、襲撃にあったら詰むから、コンロだけ持って行ってほしい」
「わかった」
水とタケノコがたっぷり入った湯気立つ鍋を持ち上げ、ユウキはふらふらと歩き始める。
赤茶色の毛の子ネズミは、少しだけきょろきょろとした後、立ち去って行った二人とは反対方向の竹藪へ駆け出して行った。
えっちらおっちらと鍋を運ぶユウキ。遅い移動速度がより遅くなり、コンラは不愉快そうにため息をつく。先ほどこそ襲撃はあったものの、道中は基本的に平和そのものだ。
「その、おそくて、ごめ……ごめんね?」
「謝んな。判断は正しい」
息も絶え絶えに歩き続ける彼に、コンラは小さく肩をすくめる。先ほど襲撃があったばかりなのだ。モンスターを警戒するのは当然のことであり、むしろ荷物を預けなかった判断は評価に値する。……もちろん、この移動速度の遅さでプラマイ若干マイナスよりと言ったところなのだが。
笹の葉の降り積もったこの竹藪は、いささか歩きにくい。重く熱い鍋を落さないように運ぶ彼の歩みは、この地形によってさらに遅くなる。このままだと相当時間がかかるだろうと眉を下げるコンラ。
しかし、ユウキは元の道に戻るなく、途中で足を止める。
その場所は、幾度となく人々が突き進んでいったためか、足元は輪切りにされた竹がいくつも転がっていた。
ユウキは一旦鍋を地面に置き、乱れた呼吸を治す。そして、少しだけ申し訳なさそうにコンラに言った。
「コンラごめん、最短距離の方を行こうか。無理だこれ」
「……! ああ、分かった」
ユウキの提案に、コンラはニッと笑む。
本来なら、道を戻ることがコンラのゲッシュに抵触した場合の最終手段。その手段は、今行使された。
「下がってろ」
「ごめん、よろしく」
ニッと不敵に笑んだコンラは、右手に持った剣を振りかぶる。そして、地面をすくいあげるように剣を振るっていく。
順路破壊によるショートカット。迷宮型のダンジョンにおける邪道とも正道ともいえる攻略方法だ。
一流の戦士であるコンラは、本来切るものではない竹もすぱすぱと切り落としていく。あっという間に出来上がっていく環境破壊の道に、ユウキは慌ててついて行った。
【モンスターへの餌付け行為】
明確にしてはいけないとはされていないが、推奨もされていない。単純に、モンスターは食糧がなくとも生きていけるため、したところで意味はない。
それでも、個体やダンジョンによってはモンスターが常に飢餓状態である場所もあるため、そう言ったダンジョンではまれに共食いが発生する。とはいえ、共食いが起きても増える量の方が多いため、放置していれば結果としてダンジョンからモンスターがあふれることになる。理不尽。
なお、モンスターが常時飢餓状態のダンジョンは一般に探索者がモンスターに襲撃されやすく、難易度が高くなりがちである。それでも、竹藪ダンジョンの場合はモンスター自体が弱いため、飢餓状態でもそこまで危険だと判断されなかった。




